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「ヒノデハヤマガタ」と「ニイタカヤマノボレ」の
違いを教えて下さい。
ヒノデは開戦。ヤマガタは日にちの語呂合わせ(1日が
ヒロシマ、2日がフクオカ3日がサセボ・・・。は、知っているのですが。
「ニイタカヤマノボレ」は、日時、場所的な意味はあったのでしょうか。

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A 回答 (2件)

「ヒノデハヤマガタ、トス」は陸軍の隠語、「ニイタカヤマノボレ一二〇八」は海軍の隠語でどちらも開戦日が12/8であるという意味です。


海軍隠語の場合、日時はそのまま一二〇八と示されていますので、ニイタカヤマ自体に日時的な意味はありません。ニイタカヤマ(新高山:台湾)は、当時日本一高かった山です。
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この回答へのお礼

有り難うございました。
ニイタカヤマが当時日本一の高さ・・は、知りませんでした。

お礼日時:2005/12/08 21:17

No1の方のご回答の通りです。



補足しますと、いずれも「暗号」ではなく「隠語」です。隠語とは、暗号の強度をさらに上げるため、また文章の簡略化のために使われるものです。

「ニイタカヤマノボレ」は、「ニ・イ・タ・カ・ヤ・マ・ノ・ボ・レ」と送信されたのではなく、たとえば「1234・2345・4532・(略)」というように、4桁の数字の連続による暗号で送信されました。この暗号文を、暗号規則にしたがって平文に直すと、「ニイタカヤマノボレ一二〇八」になりました。「ニイタカヤマノボレ」という隠語が何を意味するのかを知らないと、暗号を解読しても内容が分かりません。
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この回答へのお礼

有り難うございました。
暗号と隠語も勉強になりました。

お礼日時:2005/12/08 21:21

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Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Q原爆・長崎・広島の被害者数は一体どれくらいなんでしょうか。

鳥インフルエンザ、新型(鳥)インフルエンザが流行してしまった場合、最悪の事態の予想を、新型インフルエンザ対策検討小委員会が明らかにしたという数値をみて、死者、患者共にその数の多さに驚きました。あくまで最悪の場合の予想とはいえ、ものすごい惨事であると思いました。そこで、生物兵器という言葉を思い出しました。兵器には核兵器もあると。そこで気になりました。原爆・長崎広島の被害者数はどれくらいなんでしょうか。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

広島は当時人口42万人、死者、行方不明合わせて
12万2338人、長崎は、人口24万人、
死者、行方不明合わせて7万3884人と言われています。

被爆後5年間の間に広島で20万人、長崎で14万人
です。

Q北朝鮮は民主主義なんですか?

タイトルの通りです。
なぜ「朝鮮民主主義人民共和国」なのか疑問です。
初歩の初歩のような質問で申し訳ないのですが、宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

 まずDemocracyの訳語としての「民主主義」ですが、あくまでも体制概念(cracy)であって、主義(ism)ではありません。ですので「民主制」という方が的確であり、民主主義は誤訳とする考えもあります。
 つまり「君主制」「寡頭制」「貴族制」「共和制」など主権者がだれであるかという概念・制度です。ですから日本国を含めイギリス・ノルウェーなどの大半の君主国は自由主義であり「立憲君主制」であっても、厳密な意味では民主制ではないといえます。もちろん、その逆に形式上では民主制であっても、実質独裁ということもあります。
 つまり民主制であるなしと、国民の自由や権利・福祉が保証されているか否かは別問題であり、また自由主義や社会主義などの主義とも別物です。
 ただし、いわゆる“民主的”という言葉が、参政権や思想信条の自由などが保証されている状態を指すため、両者が混同されるのでしょう。

 それと、朝鮮民主主義人民共和国という呼称はあくまでも外国語です。なぜなら漢字を廃止しているからです。正式名称をカタカナ表記すると「チョソンミンジュジュイインミンコンファグク」です。

 つまり、彼らにとっての“民主主義”と、われわれの“民主主義”は別物だということですね。

 まずDemocracyの訳語としての「民主主義」ですが、あくまでも体制概念(cracy)であって、主義(ism)ではありません。ですので「民主制」という方が的確であり、民主主義は誤訳とする考えもあります。
 つまり「君主制」「寡頭制」「貴族制」「共和制」など主権者がだれであるかという概念・制度です。ですから日本国を含めイギリス・ノルウェーなどの大半の君主国は自由主義であり「立憲君主制」であっても、厳密な意味では民主制ではないといえます。もちろん、その逆に形式上では民主制であっても、実質独...続きを読む

Q「海ゆかば」の意味は?

海ゆかば水漬く屍

山ゆかば草むす屍

大君の邊にこそ死なめ

かえりみはせじ


という軍歌?の意味やどんなときによくうたわれたのかなどおしえてください。

Aベストアンサー

歌詞は万葉集から採られたもので、以下が歌詞の意味です。

海で戦って死ねば、死体は海水に浸かって浮かぶだろう。
山で戦って死ねば、打ち捨てられた死体は草に覆われるだろう。
天皇のおそばで死ぬのだから、決して後悔はしないぞ

太平洋戦争前、日本政府によって国民精神強調週間が制定された際、そのテーマ曲としてNHKが信時潔氏に依頼して作られた曲で、出征兵士を送る歌として歌われました。本来は国民の戦闘意欲を昂揚させるために作られた曲ですが、太平洋戦争末期の大本営による戦地玉砕のラジオ発表の際に、テーマ音楽として用いられたことで国民に強く印象付けられたようです。

Q「聯合艦隊解散之辞」のわかりやすい訳をご存じですか?

こんにちは。
お聞きしたいことがあります。

「聯合艦隊解散之辞」のわかりやすい訳を探しています。
ご存じでしたら、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

連合艦隊解散の訓示 二十ヶ月にわたった戦いも、すでに過去のこととなり、我が連合艦隊は今その任務を果たしてここに解散することになった。しかし艦隊は解散しても、そのために我が海軍軍人の務めや責任が軽減するということは決してない。

この戦争で収めた成果を永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには平時戦時の別なく、まずもって、外の守りに対し重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。

ところで、戦力というものは、ただ艦船兵器等有形のものや数だけで定まるものではなく、これを活用する能力すなわち無形の実力にも左右される。百発百中の砲一門は百発一中、いうなれば百発打っても一発しか当たらないような砲の百門と対抗することができるのであって、この理に気づくなら、われわれ軍人は無形の実力の充実すなわち訓練に主点を置かなければならない。

この度、我が海軍が勝利を得たのは、もちろん天皇陛下の霊徳によるとはいえ、一面また将兵の平素の練磨によるものであって、それがあのような戦果をもたらしたのである。もし過去の事例をもって、将来を推測するならば、たとえ戦いは終わったとはいえ、安閑としてはおれないような気がする。

考えるに、武人の一生は戦いの連続であって、その責任は平時であれ戦時であれ、その時々によって軽くなったり、重くなったりするものではない。ことが起これば戦力を発揮するし、事がないときは戦力の涵養につとめ、ひたすらにその本分を尽くすことにある。過去一年半、あの風波と戦い、寒暑に耐え、たびたび強敵と相対して生死の間をさまよったことなどは、容易な業ではなかったけれども、考えてみると、これもまた長期の一大演習であって、これに参加し多くの知識を啓発することができたのは、武人としてこの上もない幸せであったというべきであり、どうして戦争で苦労したなどといえようか。

もし武人が太平に安心して目の前の安楽を追うならば、兵備の外見がいかにりっぱであっても、それはあたかも砂上の楼閣のようなものでしかなく、ひとたび暴風にあえばたちまち崩壊してしまうであろう。まことに心すべきである。

むかし神功皇后が三韓を征服されて後、韓国は四百余年間我が国の支配下にあったけれども、ひとたび海軍が衰えるとたちまちこれを失い、また近世に至っては、徳川幕府が太平になり、兵備をおこたると、数隻の米艦の扱いにも国中が苦しみ、またロシアの軍艦が千島樺太をねらってもこれに立ち向かうことができなかった。目を転じて西洋史をみると、十九世紀の初期、ナイル及びトラファルガー等に勝った英国海軍は、祖国をゆるぎない安泰なものとしたばかりでなく、それ以降、後進が相次いでよくその武力を維持し世運の進歩におくれなかったから、今日に至るまで永く国益を守り、国威を伸張することができたのである。

考えるに、このような古今東西のいましめは、政治のあり方にもよるけれども、そもそもは武人が平和なときにあっても、戦いを忘れないで備えを固くしているかどうかにかかり、それが自然にこのような結果を生んだのである。

われ等戦後の軍人は深くこれらの実例を省察し、これまでの練磨のうえに戦時の体験を加え、さらに将来の進歩を図って時勢の発展におくれないように努めなければならない。そして常に聖論を奉体して、ひたすら奮励し、万全の実力を充実して、時節の到来を待つならば、おそらく永遠に護国の大任を全うすることができるであろう。神は平素ひたすら鍛練に努め、戦う前に既に戦勝を約束された者に勝利の栄冠を授けると同時に、一勝に満足し太平に安閑としている者からは、ただちにその栄冠を取り上げてしまうであろう。

昔のことわざにも教えている「勝って、兜の緒を締めよ」と。

明治三十八年十二月二十一日

連合艦隊司令長官 東郷平八郎

参考URL:http://www5f.biglobe.ne.jp/~bun-bu/bungakuno-ma/meibunno-ma/%98A%8D%87%8A%CD%91%E0%89%F0%8EU%94V%8E%AB.htm

連合艦隊解散の訓示 二十ヶ月にわたった戦いも、すでに過去のこととなり、我が連合艦隊は今その任務を果たしてここに解散することになった。しかし艦隊は解散しても、そのために我が海軍軍人の務めや責任が軽減するということは決してない。

この戦争で収めた成果を永遠に生かし、さらに一層国運をさかんにするには平時戦時の別なく、まずもって、外の守りに対し重要な役目を持つ海軍が、常に万全の海上戦力を保持し、ひとたび事あるときは、ただちに、その危急に対応できる構えが必要である。

ところで、...続きを読む

Q海軍の口調が知りたい

太平洋戦争頃の、日本海軍がどんな口調で話していたか知りたいです。
階級によって違うと思いますが、参考になるような
映画、本(フィクション、ノンフィクション問わず)を
教えては頂けないでしょうか。
また、映画の場合は現代の言葉にアレンジされて
いることはありますか?それとも当時の再現が
多いのでしょうか。
軍艦の乗組員や、戦闘機のパイロットの会話が
多く知れるものがあれ場と思います。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 海軍関係者の思い出話集を何冊か持っていますが、光人社の本が一番気楽に読めます。貴様と俺とは同期の桜、潮気とユーモアの海軍物語、海軍機雷兵よもやま話、軍楽兵よもやま話・・・ 。

 陸軍は堅苦しいドイツ、海軍は柔らかなイギリスを手本にしたんじゃなかったかな。そのせいで、海軍にはイギリス流ジェントルマンを気取る部分があったようです。

 さらに、軍艦には総司令官から二等水兵までいる(陸軍総司令官は戦場の遙か後方)ので、いざ戦闘となるとそんなに力んだ特殊な方法で話してはいられないし、昇進も乗艦時間に応じてほぼ一斉に行われ、沈没するときはみんな一蓮托生なので、階級ほどの格差を感じていなかったようです。

 さらに、陸軍でやることは、走ったり跳んだりという誰でもすることですが、海軍の仕事には訓練が必要です。海軍大学を出ても、泳げなければ話にならないですし、訓練でやるカッター漕ぎでも号令でもへたくそはへたくそ。頭を下げて水兵に教えを乞わないといけないという事情もあったりで、基本的に平等意識が強かったようです。

 「すまんが俺の号令に合わせて漕ぐと(レースに)負けるので、号令は無視していつもの通り漕いでくれ」というようなことを、部下に頼む将校もいたりしたと書いてありました、どの本か忘れましたが。

 で、海軍では陸軍のようなに将校に殿は付けない(○○少尉殿とは言わず、単に○○少尉)し、号令などの場合など特殊な場合を除いて、しゃちほこばった話し方はしなかったようです。

 例えば、「○○少尉殿でありますか!。自分は××連隊・・・ 小隊所属上等兵△△であります!」というようなことは言わない。「戦艦大和の○○少尉ですか。私は出雲の一等兵△△です」的なのでOK。もちろん正式な対面の場合は多少丁寧だったようですが。

 阿川さんの本だったかな、敬礼の仕方も、肘を挙げず、手のひらを下にして敬礼するのが海軍流だそうです。ロープ操作や甲板作業に手袋をしていて、汚い手袋を上官に見せられないせいだとか、狭い通路で敬礼できるようにとのこと。

 帽子に庇がないのは、狭い扉を迅速に抜けないといけないから、とか。

 とにかく、軍艦生活に合わせて諸事簡略化してあるので、会話も(多少丁寧な部分もありますが)現代も通じる上位者への敬意を込めた言い方、と思って大過ないようです。

 同期の場合は、敬語なしの俺おまえの間柄です。「貴様はぁ」なんて陸軍的なことは言わないようです。
 

 海軍関係者の思い出話集を何冊か持っていますが、光人社の本が一番気楽に読めます。貴様と俺とは同期の桜、潮気とユーモアの海軍物語、海軍機雷兵よもやま話、軍楽兵よもやま話・・・ 。

 陸軍は堅苦しいドイツ、海軍は柔らかなイギリスを手本にしたんじゃなかったかな。そのせいで、海軍にはイギリス流ジェントルマンを気取る部分があったようです。

 さらに、軍艦には総司令官から二等水兵までいる(陸軍総司令官は戦場の遙か後方)ので、いざ戦闘となるとそんなに力んだ特殊な方法で話してはいられないし...続きを読む

Q「プロデューサー」と「ディレクター」の違いについて

 テリー伊藤氏の或る本を読んでいたら、次の一節が出てきました。
  「テレビ業界にも、ディレクターとしてはダメだったけれどもプロデューサーとしては優秀だという人たちが少なからずいる」
 これってどういう意味なんでしょうか?
 プロデューサーは「企画する人」、ディレクターは「指示を出す人」だというのはわかるんですが、プロデューサーは自分の頭の中に企画のイメージやアイデアがあるということで、ディレクターの代わりにディレクションをすることはないんでしょうか?
 また、「プロデューサーとしてはダメだったけれどもディレクターとしては優秀」というのならなんとなくわかるんですが(自分で企画を立てられるほど発想が豊かでない、アイデアマンではないけど、他人に指示を出すのはうまい)、その逆ってどうも今ひとつイメージできません。
 テレビ業界に限らず、映画・アニメ・音楽などの業界での話として、どなたか説明してくださる方、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは。

まず、

>「プロデューサーとしてはダメだったけれどもディレクターとしては優秀」というのならなんとなくわかるんですが(自分で企画を立てられるほど発想が豊かでない、アイデアマンではないけど、他人に指示を出すのはうまい)

という認識が、理解を妨げている気がします^^;

ディレクターとは、No.3の回答者さんが仰る通り、演出を行なう者の事です。
演出とは頭の中の考えを表現する事ですから、それこそ『発想が豊か』かつ『他人に指示を出すのがうまい』事が求められます。

一方、「プロデューサー」が行なう事は、制作全般の運営・管理です。
企画立案、資金調達(企画売り込み営業等)、スタッフや出演者のキャスティング、スケジュール管理、予算管理、作品のクオリティー管理などなど。
従って、プロデューサーはこれら制作管理の立場から、場合によってはディレクションに口を出すこともあり、ポジションとしては紛れも無くディレクターの上司に当たります。

即ち、ディレクターは演出力のみ発揮すれば良いですが、
プロデューサーは制作の全責任を負う職務な訳です。
従って、これまで投稿された回答がプロデューサーを軽んじてるように思えるのが少し気になるところです。
とりわけ、企画を通す、とか予算を引っ張って来る、なんて事はどんな業務より困難なのは明らかですよね。

しかしながら、以上は理想であり建前です。
現状は演出力のないディレクターや何もやらないプロデューサーを大勢見てきました。
ですから、『プロデューサーは「企画する人」』というのは、本来は間違いではありませんが、自分で企画を起さない人も多数いますから、むしろプロデューサーに絶対必要な資質というわけではないのでしょう。
現にテリー氏の会社には構成作家を何人も抱えていて、プロデューサーが企画を立てたい時は彼等を自由に使える仕組みになっています。

「営業」も然りで、テレビ局等との関係によっては勝手に仕事が舞い込む場合もあったりして、自らの営業力を発揮しないプロデューサーも少なくありません。

では、テリー氏の言う優秀なプロデューサーとは何を指すのかと言うと、
『企画を“然るべき”作家に立てさせる』
『その企画を“然るべき”スポンサーやテレビ局に通して資金を調達する』
『企画を遂行できる“然るべき”スタッフや出演者をブッキングする』といった、
当該企画に必要な“然るべき”人物達を見極められるだけの十分な【人脈】と、
それらと折衝を行ない使いこなす【コミュニケーション能力】ではないでしょうか。

私が業界に入った当初、私の師匠から「ディレクターになれなくてもプロデューサーにはなれる」と教わりました。
その意図するところは、ADや制作進行、助監督など(現場によって呼び名や職務は様々ですが)下積み業務をこなしているうちに自ずと制作管理全般の知識は身に付き、加えて、多くの人々に出会い人脈も構築できる。だから仮に演出能力がない場合に備えて人望を磨いとけ、というものでした。
ちなみに、テリー氏と私の師匠は元同僚なので同じ教育を受けて同じ考えを持っていても不思議ではありませんし。

加えて、
他の方々も指摘してらっしゃる通り、ディレクター達は往々にしてコスト意識が薄く、
それに対してプロデューサーは「金がかかり過ぎ!」などと怒ったりぼやいたりするのが常ですが、ディレクターのアイデアが実現できるように立ち回りつつも、同等の効果が得られしかも安く上がるような提案を積極的に行なうようなアグレッシブな予算管理を行なう事なども良いプロデューサーの資質だと思います。
また、それをしないと商業映画のプロデューサーなら即失格でしょう。

それから、

>ディレクターとしてはダメだったけれどもプロデューサーとしては優秀

ご承知かも知れませんが、
プロデューサーになるには必ずディレクターを経るというわけではなく、ディレクターを目指して業界入りしても修行半ばでプロデューサーに目標を変える人や、最初からプロデューサーを目指して業界入りする人も大勢います。
要するに、ディレクターはプロデューサーへの通過点ではなく、
プロデューサーはディレクターの成り損ないでもないという事をご理解下さい。

こんばんは。

まず、

>「プロデューサーとしてはダメだったけれどもディレクターとしては優秀」というのならなんとなくわかるんですが(自分で企画を立てられるほど発想が豊かでない、アイデアマンではないけど、他人に指示を出すのはうまい)

という認識が、理解を妨げている気がします^^;

ディレクターとは、No.3の回答者さんが仰る通り、演出を行なう者の事です。
演出とは頭の中の考えを表現する事ですから、それこそ『発想が豊か』かつ『他人に指示を出すのがうまい』事が求められます。

一...続きを読む

Q"~せりの意味は?"成功せり、死せり

 我、奇襲に成功せり
など、いろいろなところで見かけるんですが、正しい意味がつかめないのです。これは奇襲に成功したということではないのでしょうか?(真珠湾攻撃のこの打電は攻撃が成功すると確信した時点で打ち出されたものであるらしいが、"せり"を推測の意味でつかっているのでしょうか。)

 我、死せり
だと、これから死に至る…という"推測"している感じがします。

この"せり"とは意味が異なるのかもしれませんが、勝てり、来たり、など"り"で終わる言葉がありますが、国語的な正しい解釈はどうなっているんでしょうか?

 今川義元を討ち取ったり~
だったら、うちとった後だし

 我、勝機を見たり。我、勝てり。
だったら、これからの推測ですよね。

ちょっとでも意味がわかる人いましたら、よろしくお願いします。戦いの時の言葉によくつかわれる気もしますし…。なんなんでしょうか。
 これまで何となく使っていた言葉でしたが意味をわかっていませんでした…アドバイスお願いします。

Aベストアンサー

完了の助動詞「り」なのでは?

Q仏教の過激派というのがありますか?

イスラム教やキリスト教では過激派というのがあり、テロやかつての侵略戦争などを起しています。
しかし仏教勢力によるそのような暴力沙汰はあまり聞いたことがありません。
かつてそのようなことがありましたか?
また現在そのような組織は存在しますか?
存在しないとすれば、どうして存在しないのでしょうか?
仏教の教えは柔軟性があって、信者の思想を拘束しないからでしょうか?
イスラム経などは、生活スタイルまで拘束されているそうです。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

過去には多数存在し、例えば日蓮宗の開祖の日蓮は、他宗教への過激な攻撃を行っていましたし、平安時代は延暦寺と麓の三井寺とは仲が悪く、度々僧兵を出して焼き討ちしてました。
大阪の一向宗も武力を蓄え、織田信長と覇権を争ったのは有名で、近代以前は僧侶もイスラムのジハード(聖戦)のように武器を取って戦うことは珍しくありません。
明治以降でも「大元教(神道系)」などは、相撲の双葉山などが入信し、官憲と暴力沙汰を起こして逮捕されており、仏教では「オウム真理教」がテロの準備としてサリンを撒いて大量殺人をやりましたし、国柱会(日蓮系)は戦争中にアジア諸国で暴れまわり、中国の「法輪功」も信者が過激なことをやるようです。
仏教に過激派がいない訳ではありません。

Qニーチェの有名な言葉「神は死んだ」について

「神は死んだ」についてです。

何故にこの言葉が広まった?のでしょうか?ニーチェのこの言葉を重要視して有名な言葉として広めた人がいるのでしょうか?

自分で「ツァラトゥストラのかく語りき」を読んだのですが、その言葉はさほど重要な点ではないと感じましたが…

Aベストアンサー

 キリスト教批判については、西洋の思想史をさかのぼれば、無神論の思想家を見つけ出すことができますが、最も明確に筋道立てて隅々まで否定したのはニーチェだけでした。特に、日本人にとっては、キリスト教は世界宗教の一つにすぎませんが、ヨーロッパ文明にとってキリスト教は、文明のバックボーンであり、キリスト教を否定することはすさまじいものがありました。

 例えば、マタイの福音書に「貧しい人は幸いである。天国は彼らのためにある」という有名な言葉があります。この言葉は、貧しい者や無力な者、弱い者こそ神に祝福されるという意味ですが、ニーチェは、そこに無力な者が有力な者に持つルサンチマン(怨念、ねたみ)が隠れていると指摘したのです。実際、キリスト教は最初、ローマ帝国の奴隷の間に広まったものですし、キリスト教はさかのぼればユダヤ教を母胎として発展したもので、そのユダヤ教自体、他民族によって滅ぼされたユダヤ人の間に広まったものですので、そうしたことからも、弱者の強者に対するルサンチマンが含まれているとしたのです。

 ですから、キリスト教の根底には、弱者(能力のない者・病人・苦悩する者)が強者(能力のある者・健康な者)をねたみ、恨む気持ちが隠されているとニーチェは主張します。ですから、こうしたことからニーチェはキリスト教を「奴隷道徳」と批判し、そうした弱者に代表される、没落し衰退し滅んでいくべき存在に同情や憐れみを持つことは、人間の心の弱さから生じたものであり、自分自身を弱者の地位にまで引き下げるとしたのです。言い換えれば、弱者への同情や憐れみは、人間が本来持っている「生」へのたくましい欲求(支配欲・権力欲・性欲・我欲など)を押さえつけ、人間を平均化し、無力化してしまうとしたのです。そこで、ニーチェは「神は死んだ」と宣言し、キリスト教的価値観を否定したのです。

 また、彼が否定したのは、キリスト教の「神」だけではありません。自己よりも崇高なものを認める価値観すべてを否定していったのです。ですから例えばそれは、イデア世界に永遠なる真・善・美を認めるプラトン哲学も、キリスト教の奴隷道徳の系譜に属していますし、その他、自己より崇高な価値観である「真理」「理想」「理念」もすべて否定していったのです。つまりそれらは、弱い人間が、自己から逃避した結果であり、自己の生を意味づけるためにねつ造したものであり、虚構であると暴露したのでした。そして真の価値基準は、「神」や「天国」「真理」ではなく、自分が生きている現実の「大地」に置くべきとしたのです。

 またニーチェは、キリスト教は「畜群本能」にとらわれた道徳であるとしています。畜群本能とは、自分を越えた特別な能力を持った者を危険視し、群れから排除しようとする「弱者」たちの本能であり、それは主体性を否定し、平均化し没個性的に生きることで安心しあう心理によって支えられているとしたのです。そのためニーチェは、民主主義や平等主義をキリスト教の俗化したものとして嫌悪したのでした。

 なお、ご質問の「ニーチェのこの言葉を重要視して有名な言葉として広めた人」は、特にいません。「ツァラトゥストラ」も当初、40部を自費出版しただけで、晩年は彼を敬愛する妹に見守られながら、次第に高まる名声を知ることなく静かに息を引き取っていきました。

 キリスト教批判については、西洋の思想史をさかのぼれば、無神論の思想家を見つけ出すことができますが、最も明確に筋道立てて隅々まで否定したのはニーチェだけでした。特に、日本人にとっては、キリスト教は世界宗教の一つにすぎませんが、ヨーロッパ文明にとってキリスト教は、文明のバックボーンであり、キリスト教を否定することはすさまじいものがありました。

 例えば、マタイの福音書に「貧しい人は幸いである。天国は彼らのためにある」という有名な言葉があります。この言葉は、貧しい者や無力な...続きを読む


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