嫌いでたまらないのにその人のツイッターを見に行っては、もやもやしてしまって苦しいのですが、どうすればこの心理状態から抜け出せるのでしょうか。

以前とても好きだった知人がいたのですが、あるきっかけでその人の視野の狭さに気づきました。またこの知人の、常に断定的に他人を断罪する姿勢もそこから来ているとわかりました。

自分自身もその知人の言葉に傷つけられたことが過去に幾度もあり、根は悪い人ではないとは分かっているものの、これ以上傷つけられるのが嫌で、距離を置くようになりました。

しばらくはそれで自分の心も落ち着き、色いろと悩まされることもなくなりました。
ところが最近、またその知人のツイッターなどを読むようになってしまいました。

つい習慣で毎日見にいってしまっています。
そのため知人の発言がいちいち気になって、落ち着きません。

他の方への上から目線なリプライを読んで腹が立ち、意見したくなってしまうのを、ぐっと堪えるということが増えています。
そのためか、なにかもやもやしたものが残ります。とってももやもやします。

知人のツイッターを見なければよいのですが、どうしても気になって見てしまいます。

その人の考え方や価値観には同意できませんし、言動も眉をひそめてしまうことが多々あるにも関わらず、見にいってしまうのはどうしてなのだろうかと、自分でも不可解です。

どうすればこのもやもやから抜け出せるのでしょうか。

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A 回答 (1件)

自分の決断の弱さだよね。

自分で損切りできないからずるずる負荷がかかる。

考え方や価値観などの人格と、成果や人脈は違うものだから、
性格が悪くてもその突出した性格のせいで成功している人はいるし、いい人だから凡庸で興味がない人もいる。
人を惹きつけるカリスマという能力に善悪はいらないのです。強弱だけ。

割り切って、利益だけもらうって付き合い方もあるし、
絶対に意見しないって自分のルールを守れば、ぐっと堪える必要もない。
もやもやするなら、一切見えないように切るってのもお得な方法だし。
だらだら付き合っちゃダメなのよ。人との付き合いには旬があるから。
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この回答へのお礼

善悪はいらないということになるほどと思いました。
たしかにそうですね。
割り切って利益だけもらうか、すっぱりと切るか、どちら決めようと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2017/04/15 22:18

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Q「落ち着け!」 で、落ち着く?

ふと思ったのですが、興奮していたりして、落ち着かす必要があるとき、興奮していたりする人物に「落ち着け」と言ったところで落ち着くのでしょうか?
興奮しない人もいるのに興奮する人物がいます。その人を落ち着かせるためにはどうすればいいですか?

外人はすぐに興奮しますが、それでも同じ対処法でいいのでしょうか?

Aベストアンサー

「落ち着け」と言って落ち着く人もいるかもしれませんし、落ち着かない人もいるでしょう。ただ、もしあなたが相手を落ち着かせたくて「落ち着け」と言ったが、相手が落ち着かない場合、要はあなたの解決像が達成されていないわけですから、その状況、相手、文脈においては「落ち着け」は効き目がないことになります。
 これを心理学上のシステム論では悪循環とパラドクス(逆説)といいます。主にブリーフセラピーの考え方ですね。どういうことかといいますと、まず悪循環ですが、ある状況のなかでのお互いの解決努力が空回りをして問題を維持してしまっている状況をいいます。あなたは相手が落ち着くという解決を目指して「落ち着け」と言うという解決努力をしています。一方、相手自身もその状況に対応した表現をするという解決を目指して、「興奮する」という解決努力をしている、というふうに捉えることができます。そしてお互いがお互いの足を引っ張りあい、「落ち着け」→「逆に興奮」→「だから落ち着けよ」→「もっと興奮する」という悪循環を形成します。パラドクスとは、要は落ち着かせようと思って「落ち着け」と言えば言うほど、状況は目的とは逆の方向に向かっていく、という逆説的な状況のことを指しています。
 前置きが長くなりましたが、ではどうしたらいいのでしょうか。万人に共通する魔法の一言はありませんが、共通する方法としては、この悪循環を断ち切ればいいのです。悪循環を断ち切るための基本は、今までと違ったことをする(Do different)ことです。違ったことの代表は、
少々荒っぽいのですが現在の解決努力と逆の行動をとればいいのです。よりソフトなやり方としては、「例外をさがす」ということもありますが今回は説明しません。
 具体的には、Do differentでうまくいく方法なら何でもいいのですが、最も単純に考えると、「落ち着け」といわず、もっと相手が興奮するような行動をあなたが取ることです。これをパラドクス技法といいます(興奮させようとするほど、相手が落ち着いていく。)例えば、「その相手以上にあなたが興奮してみせる」というのが今思い浮かびました。相手が逆にあなたに「落ち着けって」と言ってくるかもしれませんね。これもまた結果的に相手は落ち着いているわけですから、解決です。これに限らずうまくいくならなんでもいいので、自分で考えて楽しみながら色々試してみてください。基本はDo differentです。そしてうまくいったなら、その相手、状況においてはその方法を続けることです。なんとなく分かっていただけたでしょうか。長文失礼しました。

「落ち着け」と言って落ち着く人もいるかもしれませんし、落ち着かない人もいるでしょう。ただ、もしあなたが相手を落ち着かせたくて「落ち着け」と言ったが、相手が落ち着かない場合、要はあなたの解決像が達成されていないわけですから、その状況、相手、文脈においては「落ち着け」は効き目がないことになります。
 これを心理学上のシステム論では悪循環とパラドクス(逆説)といいます。主にブリーフセラピーの考え方ですね。どういうことかといいますと、まず悪循環ですが、ある状況のなかでのお互いの解...続きを読む

Q泳ぐ魚を見ると心が落ち着くのは

泳いでいる魚を見るととても心が落ち着き、癒された気持ちになります。
これは何故なんでしょうか?
魚の泳ぐ行為のどこに心を癒すものがあるのでしょうか?

水中の魚は風にそよぐ木の葉のように常に動いており、生命を感じさせます。
同時に自由さも感じます。
ただそれだけではないように思います。
飛ぶ鳥やハムスターなども似たような動きをしますが、それを見ても癒されません。

心理学ではどのように分析されているのでしょう。
どなたか思い当たることがあれば書き込んでください。
またこの現象は、「1/fゆらぎ」というものに関係がありますか?

以上です。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

心理学には詳しくないのでないので、その現象はわかりませんが、
人は泳いでいる魚や(聞いた話は)特にイルカが泳いでいるのを見ると癒されるそうです。それは目的をもたずに始終動き回るイキモノに癒しを見出すからだそうです。
飛ぶ鳥やハムスターは、何かしら目的がないと動きません。エサをとる・外的から隠れるなど。その際に、別に我々は呼吸している事に関心を持ちません。
イルカや魚にとっては、動作する事が呼吸することと同値なんだと思います。陸上動物は私たちと一緒なので、同じ部類のイキモノから受ける以上に、それと異なった存在の魚類・水中動物 その絶え間ないゆるやかな動作に人は癒されるのではないでしょうか。

Qよく○○の才能がある人はその物事は大抵その人生にかけますよね。

よく○○の才能がある人はその物事は大抵その人生にかけますよね。

たとえばゴルファーの石川選手やスケートの浅田選手など
自分に素質がある物事は大抵好きになるのはまあ当たり前ですよね?
 (ちょっと言い方が難しいので文章が滅茶苦茶ですが)

Aベストアンサー

才能は、練習、鍛錬によって身につくものです。
石川選手や浅田さんも始めた頃は、才能があったかどうかわかりません。
彼らの日々の鍛錬が才能を開花させたことでしょう。
そして、好きにならなければ、何十年とその一つのことに専念できないでしょう。
「好きこそものの上手なかれ」ではないでしょうか?

Q災害で恐怖の思いをされた方が、その時の状況を話す時の目が笑ってる時があるんですけど、その心理状態を教

災害で恐怖の思いをされた方が、その時の状況を話す時の目が笑ってる時があるんですけど、その心理状態を教えて下さい。

Aベストアンサー

No.2の回答が不十分だったと思えたので、補足します。
情動(感情のようなもの)は、《外部の刺激(見聞きしたもの味わったもの皮膚で感じたものなど)で起きる》というものではないです。自分自身の反応や状態によって、同じような外部刺激でも、違った情動が起きます。さらに、反応が別の反応を引きおこすという連鎖?もあり、情動や情動の自己認知に関しても、いくつかの仮説が出されています。
確かに、笑ったから楽しくなった、泣いたからすっきしした、好きな人の言葉だったので嬉しくなった、あいつが言うので頭に来たのようなことは多くの人が何となく分かることです。
だから、ネガティブ思考、ポジティブ思考とか、前向きに考えるとか言うのでしょう。
また写真を撮ってもらうときに「笑顔」を作る人は多いです。また接客をする場合は、多くの人は笑顔を作ります。ということは、多くの人が自分の感情や想いとは別になのかどうかは不明ですが、かなり自由自在にその場その場で「笑顔」は作れることをでもあります。「心で泣いて、笑顔で別れる」「不愉快な相手だけれど、笑顔で挨拶する」などもやるし、明るく積極的な人であるとの印象をもってもらうように表情を作る人もいます。俳優でなくても、涙を流したり、笑ったり、哀しんだり、困惑したり、我慢してる顔などを作る人も少なくないです。
「表情を見て、その表情をしている人の気持ちを推し測る」ようなことでは、推測を間違ってしまうことになるのは明らかです。分かるのは、そうした表情をしているということだけなのでしょう。

また、災害で恐怖した経験があり、その恐怖経験を重ねるとますます恐怖度が増す、怖いと思い思い出す度に怖さが増すというような自己昂進的な感情が起きるのでヤダと思っている人ならば、怖かった経験を語る場合にも事実のサマリーを述べるが、感情過多になってしまわないように、出来るだけ平静で淡々というように努めることもあるでしょう。ならば、自分では意識せずに、緊張や感情の昂進がないように理性を出来るだけ働かし、表情はゆるめ、笑顔を作り気味にして、自分のバランスをとるというのも、まあ、ありそうなことです。一種の生理です。
どちらにしても、「心理」という言葉で理解してしまおうとしないことが肝心だと思います。

No.2の回答が不十分だったと思えたので、補足します。
情動(感情のようなもの)は、《外部の刺激(見聞きしたもの味わったもの皮膚で感じたものなど)で起きる》というものではないです。自分自身の反応や状態によって、同じような外部刺激でも、違った情動が起きます。さらに、反応が別の反応を引きおこすという連鎖?もあり、情動や情動の自己認知に関しても、いくつかの仮説が出されています。
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Qどうして人は狭い所だと落ち着くのでしょう?

私は、狭い所にいるととても落ち着きます。それはだれにでも言えることだと思います。でも、なんで落ち着くのでしょうか。そういう本とか、考えとかあったら教えてください。

Aベストアンサー

狭いところは私も落ち着きます(笑)
#1様のおっしゃるように恐怖症の方もいますね。

狭いところはプライベートな空間を作りやすいために落ち着きやすくなります。
典型的な例として、トイレの個室も鍵をかければ、誰も侵入しないのですからね。
よくホームドラマで父親がトイレで新聞を読むのも、居間が落ち着かないので、トイレで読むのでしょう。

猫や犬、ウサギなどの動物も狭いところを好みます。私の推論ですが、ただ単に人間の心理というだけでなく、生きるための本能かもしれません。
狭いところにいれば外敵から見つかりにくく、自分が警戒する範囲も狭くて済むなど、利点があります。


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