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本当に素朴な疑問です
なんで<宗教学><人類・考古学>等で質問しないので<哲学>なのでしょうか?
何を求めて問うているのでしょうか?

哲学的な質問では無いですが読んで回答して欲しい人は<哲学>カテの人達なので
<哲学>カテで質問します

質問者からの補足コメント

  • うーん・・・

    皆さん、回答、閲覧ありがとうございます
    皆さんの回答、参考にさせて貰ってます
    お礼、BAは後ほどさせていただきます

    質問する時、書こうと思っていたのですが、情報として
    頭の中でまとまって無かったし、回答に偏りが発生するかも、、、
    と、思い書く事を躊躇した考えを補足します(実際、今でもまとまっていません)
    それは「神学と哲学」です
    何と言えば良いのか、、、<哲学>カテの質問では信仰の有無が大きな要素となる
    神や仏の問題なのに神学的回答が軽んじられる傾向が多い気がします
    う~ん、、、物凄く率直に書くと
    「神様、仏様信じて無いのに何で、神や仏が存在してる事前提の質問出来るの?」
    と、言う疑問です
    議論や討論したい訳では無く、本当に不思議なんです

      補足日時:2017/05/03 22:23

A 回答 (14件中1~10件)

存在を知ることも哲学ですから帰結として神が原因なのかあるいは神そのものを知る、こういう働きもある。


今は頭を働かせば賢いとされる時代ですから、唯物論者も神を語れる。
ある事柄を否定したとたんに認めるという離れ業も出来る。
ようは頭がおかしい。
この哲学カテゴリーも低脳おっさんの語らいの場、社交場(サロン)と成っている。

四元素から原始の発見へ、万物は流転する(ヘラクレイトス)のエネルギー保存の法則やデモクリトス・エピクロスの原子論も、ストラトンの気体と真空説など昔は哲学者は科学者でもあった。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
補足に関する疑問に対し非常に納得出来た
部分が多々有りました
参考にさせてもらいます

お礼日時:2017/05/08 00:00

OKwaveとの提携であった時期はあちらの方針で『宗教』関係カテゴリーがなかったので、大きく考えて生き方を考察する分野だろうと『宗教』関係の質問は『哲学』カテゴリーに投稿されることが多かったのです。

独立運営当初もたぶん無かったはず。

その頃から宗教関連質問をやっている人にはカテゴリーができたことも知らない人が多いのでは。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
確かにそういう人もいると思いました
参考にさせてもらいます

お礼日時:2017/05/07 23:56

布教と自己預言成就のため。


http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BC%AB%B8%CA%C0%AE …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
参考にさせてもらいます

お礼日時:2017/05/07 23:55

▲(ヰキぺ:天之御中主神) ~~~~~~~~~~~~~~


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%B9%8B …

(アメノミナカヌシノカミ)は、日本神話の神。

天地開闢に関わった五柱の別天津神(ことあまつかみ)の一柱。

『古事記』では、天地開闢の際に高天原に最初に出現した神であるとしている
(『日本書紀』では国之常立神 が初めての神)。

その後高御産巣日神(たかみむすび)、神産巣日神(かみむすび)が現れ、す
ぐに姿を隠したとしている。

この三柱の神を造化三神といい、性別のない「独神」(ひとりがみ)という。
~~~~~~~~~~~~~
☆ 《独り神》――それは 複数の柱ですが――が最初だと言うのに この国
は アマテラスオホミカミとか名乗る神が 祖神(おやがみ)だと言っていま
す。

どうして?

★ なんで<宗教学><人類・考古学>等で質問しないので<哲学>なのでし
ょうか? / 何を求めて問うているのでしょうか?
☆ 考古学は 文献のない昔の時代にまでさかのぼって 人間と社会の問題を
問い求めるのによい資料を提供してくれます。

人類学は さらに視野を広くして同じ主題を探究します。

こと宗教の分野としては 宗教学があります。

ところが 人間と社会についての探究は もともと哲学のお手の物です。総合
的な分野(?)であり その視点に立っています。

▲ 性別のない「独神」(ひとりがみ)
☆ とは何か?

▲ 高天原
☆ とは何処か? このタカマノハラに イヅモは何で《くにゆづり》をした
のか? 

天孫(アマテラスの孫のホノニニギ)が 日向の高千穂に降りたというのは
いったい何処から来たのか? 誰なのか?

<宗教学><人類・考古学>等を総合して全体の観点からこの問いに答えるの
は――その言葉こそなかったけれど もともと研究を怠っては来ていないとこ
ろの――哲学なのでは?

宗教学やそしてそれが人間学となったのなら そのカテのもとで問い求めをす
ればよいわけです。

でも 人間学というのなら すでに哲学のことでしょう。テツガクという名前
にこだわることはないでしょう。





 こころなき身にも あはれは知られけり
 鴫立つ沢の秋の夕暮れ

この《あはれ――もののあはれ――》として 世界を観ていたわけです。
その内容は いろんな風に・さまざまな分野で究められて来ました。

ただし理論化は少なかったでしょうね。

わび・さびと言い ユヅリアヒ・思いやり・ありがとうの哲学と言い 恥ぢ・
聖なる甘えと言い きよらかなおそれと言う。

どの分野・どのカテでも まなび究めるのは 哲学することです。便宜的に
分けているだけのことですから カテにこだわることもないでしょう。
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この回答へのお礼

あ、スミマセン
そういうのいらないです

お礼日時:2017/05/07 23:54

西洋哲学はキリスト教により誕生したような


モノだからです。

古代ギリシア哲学がキリスト教と結合して
西洋哲学が発生したのです。

神は己に似せて人間を創ったのだから人間は
特別な存在に違いない。

では、神が人間を創った意図は何なんだ。
人間は何のために存在しているのだ。

ということになり、まず存在論が議題になり
次に、神から離れようとして認識論がメインに
なり、とそういうのが哲学の歴史です。

キリスト教という宗教と哲学は密接に関係している
からです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
仰る通りだと思います

お礼日時:2017/05/07 23:54

中世以前、宗教が哲学(世界観)であり科学(存在論)


でした。
人々の環境に対する認識の深まりにおいて、科学が
独立した知的作業分野となり、次いでその科学の発達
において得られる世界像の深まりにおいて、宗教は
日常の即物的実感から遊離した、独自の世界観となり、
独立したものになったのです。
その意味では、「哲学をしよう」とことさらに構えなくても、
何か1つの事について深く&広く考察すれば、哲学的に
なると言えます。

つまり哲学とは、総体的な世界全般について日常実感
の奥に向かって洞察する事であり、そこの中から特定の
対象についての「洞察」が、たとえば生物は生物学、
化合物は化学、星は天文学といった具合に独立した、
残りが哲学なのです。
(このサイトにもそれぞれの分野に対応したスレッドが
ありますので、それに該当する質問をここで行うのは
違反です)
この世界を構成する情報は、生物学・化学・物理学と
いった具合に分断して存在する訳ではなく、そうして
独立した分野になるのは、それを扱う我々の側の
処理能力の限界によるのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
参考にさせてもらいます

お礼日時:2017/05/07 23:52

★ 「神様、仏様信じて無いのに何で、神や仏が存在してる事前提の


質問出来るの?」
☆ 信じる・信じないや 神や仏が存在している・していないなどな
どのすべてを一度リセットして 初めから考えるのが 哲学です。

宗教学カテでは そこまで深堀りしないのでは? すくなくともあい
まいにしたままで 話をすすめるのでしょう。

神学や教理学は 一定の宗教や宗派がすでに決まった上でその枠内に
自己を置いた視点から その宗派のオシヘをなるべく理論的に整理し
ようとつとめるものです。

むろん哲学は それらの枠組みを取っ払います。誰が泣こうが笑おう
が 勝手に取り払います。

人間という視点でどの宗教をも超えて人間の人間による人間のための
社会と世界を考えるという自信があるからです。

党派つまり 宗教・宗派は 糞くらえだと思っているからです。
でも 宗教のオシヘとは そういった不偏不党の精神を説いているの
ではなかったの?

宗教は 徹底的に・蛇蝎の如く にくまねばならないでしょうね 人
間なら。そしてそれが 哲学の立ち場だと信じます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
回答者さんのスタンスが理解出来ました
それだけでこの質問した意義は有ったと思います

お礼日時:2017/05/07 23:51

宗教は ひとの信じる(つまり 無条件に無根拠で受け容れるという


意志行為の)対象を すでにそのオシヘ(教義)の中に規定している
ものです。

要らぬお世話だというのが 哲学の立ち場です。

ので。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます

お礼日時:2017/05/07 23:50

素朴に私の類推を答えます。


・神は宗教にも関連するが、形而上学にも関連するから。
・かつて宗教学カテがなかった頃に、常連となってしまったから。
・自分は哲学者で、その自分が発する言葉はすべて哲学的だと考えているから。
・哲学はすべての学問の祖であり、なんでも詰め込めるから。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
参考にさせてもらいます

お礼日時:2017/05/07 23:49

多分、宗教学が、信仰の形を扱うだけで、その信仰対象に対する疑問に対する答えを得られないからでしょう。


質問の内容を見てみれば、それが、信仰の事か、信仰対象の事なのかが、わかるでしょう。
宗教学では、具体的な宗教・宗派に対する質問が多いと思いますよ。(当然、そのような質問をしても、教義の説明をされるだけだと思います)
人類・考古学も、人文学とか、歴史・考古学的な内容ですよね?
多分、そういう答えは求めていない質問が大半なのでは無いでしょうか?
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます
確かに、そのような質問が多い様に思いました

お礼日時:2017/05/07 23:48

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