中学2年生の音楽の授業で,ベートーベンの交響曲第5番「運命」を扱っています。
第1楽章中に出てくるいわゆる運命の動機のリズムの回数を数えさせたのですが,正確な数がわかりません。隠れ「タタタタン」も含めて,もし数がわかれば教えてください。連続するリズムも含めて数えさせています。ちなみに,私が数えたのでは365回でした。でも,後でもう一度聞くと,もっと多いような気がします。さらに,何かの書物で呼んだのでは,280数回と書いてありました。

A 回答 (3件)

こんにちは。


さて,スコアを見ながら数えてみました。
条件として,
(1)原則として8分音符3つ+4分音符1つ,または8分音符4つ(の連続)をカウントする。
(2)8分音符4つの連続の場合は,4つごとに切り分けたときあまり不自然にならないものだけをカウントする。従って,95小節~(階名で書くと「ラソファ|ファミレド|ドシラシ|レドソミ…)のように全体として一まとまりの大きなフレーズになっているものは含めない。
(3)8分音符6つは,最後の4つだけをカウントの対象とした。
(4)以上の条件を機械的に適応するのではなく,実際に曲を聞きながら,曲全体の構成から見て第1動機およびその変形であると思われるものを数えた。
(5)なお,出現パートは問わない。ティンパニだけがこのリズムを叩いているような場合も含めた。

結果は,提示部(1~124小節)が67回。展開部・再現部が170回。
合計すると,提示部はNo.2で述べたように繰り返されますので(実際の演奏では1回だけのこともありますが),67×2+170=304回。
繰り返しを省略すると237回。
という数字になりました。

taminoさんのお示しの数字とは,なかなか一致しませんね。(^^)
(2)の条件をつけないで数えたらもう少し増えそうです。これから仕事なので,終わってから帰りの電車の中で数えなおして見ます。
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面白い授業をなさっていますね。


さて,正確な回数はスコアを見ないと分からないでしょうが,ちょっと今手元にありません。私からもあと1日お待ちいただけますでしょうか?

もっとも,本当に「正確な数」というのであれば,定義をきちんとしておかないといけないでしょうね。
たとえば,冒頭の部分。
ソソソミ♭ーで1回。ファファファレーーで1回。
ソソソミ♭,ラ♭ラ♭ラ♭ソ,ミ♭ミ♭ミ♭ドで3回。(あれ,この後に低音で1回入るかな?)
ソソソレ,ラ♭ラ♭ラ♭ソ,ファファファレで3回。(+また1回?)
ソソファミ♭(ミ♭ミ♭ファソ)ソソファミ♭(ミ♭ミ♭ファソ)ソソファミ♭・ド・ソは3回? 「隠れ」のミ♭ミ♭ファソは逆行だけど,これもカウントして5回?
つまり,8分音符が4つ続くのは全て含めるのか,最初の3音が一緒でないと含まれないのか,もしそうなら4音目は下がるのか,上がってもいいのか。
さらには,8分音符が6つ続くのはどうするか(シ♭シ♭シ♭シ♭シ♭シ♭ミ♭ーファーシ♭ーという所など)。

あと,第1楽章にはリピートがあって,初めの数十小節が終わったら最初に戻ってまるまる繰り返します。これを2度数えるかどうかでも違ってきます。(小節の数え方にならうのであれば,繰り返しは数えない,ということになるのでしょうが,設問の趣旨(?),つまり聴衆の耳にこのリズムが何回響くか,ということを考えると,2度数えたほうがいいような気もします。)

ラヴェルの「ボレロ」などは,定義が明確で間違えようがないので,正確な回数もすぐに求まりますね。
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答になっていないのですが、題名のない音楽会で、黛敏郎さんがとりあげたことがあるとかで、僕も何回なのか書いてあるエッセイを図書館で見かけました。

しかし、火曜まで行かれないので、それでもお待ちいただけるのであれば調べて参ります。
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Qソナタ形式の交響曲を聴いていて、どこからが展開部だとか、どこからが第2

ソナタ形式の交響曲を聴いていて、どこからが展開部だとか、どこからが第2主題だとか、聴いてもなかなか分かりません。
そういうのはどうやって知るのですか。
何かの本に書いてあるのですか。
どこからが第2主題だとか、どこからがコーダだとかはどうやって知ることができるのですか。
教えてください。

Aベストアンサー

>第2主題だとか、どこからがコーダだとかはどうやって知ることができるのですか。
スコアを見れば、各部分が∥←二重になった小節線で区切られているので判ります。

ソナタ形式は、とても解りやすい作曲形式です。
第一主題∥第二主題∥展開部∥再現部(第一主題)∥再現部(第二主題)は、スコアを見ると、各部分が複縦線(ふくじゅうせん)で区切ってあるので、一見して判ります。普通の小節線は「|」ですが、複縦線は「∥」←このようなニ本線です。
最後の第二主題の再現部分とコーダ(エンディング)の間には複従線が無い場合もありますが、これは、第二主題から切れ目なくなだれ込むようにコードに繋がる場合が多いからです。しかし、第二主題は最初の提示部に示されているので、見比べれば境目は判ります。

ソナタ形式は、簡単に言うと
Aメロ∥Bメロ∥サビ∥Aメロ∥Bメロ&エンディング∥
となっており、最初の「Aメロ∥Bメロ」が主題提示部です。
「サビ」が主題展開部で、Aメロ&Bメロに使ったモチーフなどを使って展開します。
再び「Aメロ&Bメロ」を聞かせて(主題再現部)エンディングで終わり。
主題提示部は、「これから演奏する曲はこのような曲です。このあとこれを応用して展開しますので、よく聴いておいて下さい。」という部分です。

展開部は、本来の曲の部分です。この展開部で作曲技巧を見せつけたいために曲が作られています。
「オレが書くと、さっきの主題をここまで展開できるのだぞ!」と自慢する部分です。

主題再現部は、「いま激しく展開したのをしっかり聴いていただいたと思うが、その原型はこれでした。もう一度よくお聴き下さい」という部分です。

主題提示部は、スコアで見ると、長調の場合、ある調子から始まって、複縦線の後ろに#が1ヶ増えている部分(♭が1ヶ減る部分)があります。最初からその複縦線までが第一主題(Aメロ)で、その後ろが第二主題(Bメロ)です。第一主題が男性的な感じで書かれていて、第二主題は対照的に女性的ななめらかな旋律で書かれているのが普通です。第一主題と第二主題の終わりは、各々に軽いエンディングが付いているので聴いていてもそれとスグ判ります。
AとBが判りにくければ、AメロとBメロをわざわざ書いた意味がないので、対照的でハッキリ判るように書かれています。
展開部は、先ほど聴いたAメロとBメロのごく一部のモチーフが出てたり変奏されていたり、なんとなく、「あぁ、さっきの部分を引っぱてきたな・・・」と判ります。
主題再現部は、一番最初のAメロがほぼそのまま出てきますので判ります。続いてBメロもそのまま再現されますが、今度は複縦線があるものの、#や♭の増減はありません。しかし、冒頭提示部でA&Bは一度聴いているので「ああ、ここからBメロだな!」とスグ判ります。
最後は、お馴染みのしつこいエンディングで派手に終わります。

ポケットスコアの解説などでは、解説者にもよりますが、上記のとおり、複従線で区切ってある以外は「第125小節から展開部です」などとは書いていません。書いてなくても区切ってあるので判ります。

歌謡曲や、ポップスも、Aメロ→Bメロ→サビ→Aメロ→Bメロ→エンディングという「ソナタ形式」で書かれているものが非常に多いです。「ソナタ形式」は音楽の永遠不滅にして最高の作曲形式だと思います。

>第2主題だとか、どこからがコーダだとかはどうやって知ることができるのですか。
スコアを見れば、各部分が∥←二重になった小節線で区切られているので判ります。

ソナタ形式は、とても解りやすい作曲形式です。
第一主題∥第二主題∥展開部∥再現部(第一主題)∥再現部(第二主題)は、スコアを見ると、各部分が複縦線(ふくじゅうせん)で区切ってあるので、一見して判ります。普通の小節線は「|」ですが、複縦線は「∥」←このようなニ本線です。
最後の第二主題の再現部分とコーダ(エンディング)の間には複従...続きを読む

Qベートーベンの「運命」の鑑賞について

自分は中学生です。学校の課題でベートーベンの「運命」という曲を鑑賞し、その曲を聞いて思った感想をレポート用紙に書いて提出しなければならなくなりました。
自分はあまり音楽についてよく分からなくて、曲を聞いてその感想を書くというときにどのようなことを書けばいいのかが分かりません・・・。
どのようなことを書けばよいのでしょうか?
出来れば「運命」という曲を聞いて書くといい具体的な文章を教えていただければ嬉しいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ANo.1さんがモーツァルトときたので、対抗するわけではないのですが、もっと普段接する音楽、今聞いてる曲や携帯の待ち受けにしているような曲と比べてどうか率直に感想を言えばいいと思います。

あまり「こういう文章を書かなければならない」というのではなく、あなたの言葉で書けばいいのです。

まず、あの特徴的な、ジャジャジャジャーンという最初の響きを聞いてあなたはどういうふうに感じましたか? 「運命」というタイトルは、この冒頭の音楽が「運命がたたく」ように聞こえたからつけられたものだと聞いたことがありますが、あなたはどのように聞きましたか?あなたが普段聞く曲と違って、歌詞もなく、ある種の倦怠感もなく、有無を言わせずどんどん突き進んで行く「運命」の純粋さ、強引さをどういうふうに感じましたか? とにかくよく何回も聞いて、自分の感じたことをそのまま紙(或いはパソコン)に落とせばよいのです。何も悩む必要はありません。

Q「夏の思い出」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「夏の思い出」という唱歌の歌詞を読みましたが、理解できないところがあるので、質問をさせてください。

 歌詞の全文はこちらでご覧ください。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/natsunoomoide.html

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。

2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。

3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いているのでしょうか。野の小径ですか。それとも水のほとりなのでしょうか。分からなくなりました。

4.「夢見て咲いている水のほとり」とはどのような意味でしょうか。句読点がないので、混乱しています。誰が夢を見たのでしょうか。作詞者自身ですか。第二段落の中の「夢みて匂っている水のほとり」もこれと同じような理由で、よく理解できません。句読点を入れていただければ助かります。

5.「花のなかに そよそよと ゆれゆれる 浮き島よ」とはどのようなことを指すのでしょうか。なんか省略が多すぎるような気がします。風情を壊してしまって申し訳ありません。具体的な情景をつかみたいので、説明していただけないでしょうか。

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

 日本語を勉強中の中国人です。「夏の思い出」という唱歌の歌詞を読みましたが、理解できないところがあるので、質問をさせてください。

 歌詞の全文はこちらでご覧ください。
http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/natsunoomoide.html

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。

2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。

3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いている...続きを読む

Aベストアンサー

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。
⇒正解です。
⇒夏が来るたびに思い出すのは、遠い空の下にある尾瀬沼のこと。
その尾瀬沼は霧が深く、野の小径を歩いていくと、その霧の中に何かぼんやりとやさしい影が浮かんでくるのです。そう、水芭蕉の花が咲いているのです。まるで水のほとりで夢でも見ているかのように咲いているのです。


2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。
⇒正解です。
⇒上記の説明でお分かりのように、見えてくるのは「水芭蕉のやさしい影」です。


3.この歌詞の中の「水芭蕉」はいったいどこに咲いているのでしょうか。野の小径ですか。それとも水のほとりなのでしょうか。分からなくなりました。
⇒歌詞の中にある「尾瀬」という沼の「水のほとり」です。
尾瀬沼のすばらしい景色をご堪能ください。

http://www.towabank.co.jp/oze/oze97/oze97.html

4.「夢見て咲いている水のほとり」とはどのような意味でしょうか。句読点がないので、混乱しています。誰が夢を見たのでしょうか。作詞者自身ですか。第二段落の中の「夢みて匂っている水のほとり」もこれと同じような理由で、よく理解できません。句読点を入れていただければ助かります。

⇒「夢見て咲いている、水のほとり」
⇒読んで字の如し「水芭蕉の花が夢を見ているかのように静かに美しく水のほとりに咲いている」
⇒「水のほとりに、夢見て咲いている」が倒置されてます。
⇒「水芭蕉」を擬人化して「夢を見ているかのように咲いている」と表現しています。

第二段落も同じです。
「水のほとりで、夢を見ているかのように匂っている」
⇒「夢を見ているかのように」という表現は、「水芭蕉の純白の可憐な花が、そっとやさしく咲いている様」を【純真で汚れの無い小さな子供が、スヤスヤとやさしく、そして幸せそうに眠っている様】に喩えているのです。


5.「花のなかに そよそよと ゆれゆれる 浮き島よ」とはどのようなことを指すのでしょうか。なんか省略が多すぎるような気がします。風情を壊してしまって申し訳ありません。具体的な情景をつかみたいので、説明していただけないでしょうか。
⇒省略はありません。
⇒下記のURLをご覧下さい。
⇒「水芭蕉」は沼地にあるところでは点々と、あるところでは何本かが寄り添って、またあるところでは道のように連なって、さらにあるところでは花たちが集まって島のような塊となって咲いているのです。水の中に咲いている様子が「浮き島」のように見える水芭蕉もあるのです。

【浮き島】のイメージが下記の写真で解るといいのですが・・・。
http://www.page.sannet.ne.jp/moris/oze.htm

質問文の1.
【辞書で調べましたが、見つけませんでした。】
⇒【見つけることが出来ませんでした】
⇒【見つかりませんでした】
⇒【探せませんでした】
⇒【探すことが出来ませんでした】
⇒【見当たりませんでした】
⇒【辞書で調べましたが載っていませんでした】
★「見つけませんでした」は、ご自分の意志で見つけなかったという意味になり、「探しても見つからなかった」という意味とは違ってしまいます。

質問文5.
【なんか省略が多すぎるような気がします。】
⇒「なんか」ではなく、もし使うのであれば「かなり」とかになります。しかし、ここではそのような言葉を使うのではなく、「この文章は省略されたものが多すぎるような気がしています」などの方が、質問文としては良いでしょう。

歌詞はメロディーに当てはめ、音符に乗せることなどが優先され、倒置法が用いられていたり、省略されたり、妙な造語が出てきたり、擬態語が使われたりします。さらには、歌詞独特の擬人法が駆使されていたりして、詩自体の文意が解りにくくなっていることが多いですね。

頑張ってください。

1.「うかびくる」は古い表示でしょうか。辞書で調べましたが、見つけませんでした。「浮かんでくる」という意味でしょうか。
⇒正解です。
⇒夏が来るたびに思い出すのは、遠い空の下にある尾瀬沼のこと。
その尾瀬沼は霧が深く、野の小径を歩いていくと、その霧の中に何かぼんやりとやさしい影が浮かんでくるのです。そう、水芭蕉の花が咲いているのです。まるで水のほとりで夢でも見ているかのように咲いているのです。


2.「やさしい影」は何の物の影でしょうか。水芭蕉のですか。
⇒正解です。
⇒上...続きを読む

Q四季の{春」について

ヴィヴァルディ作曲の四季「春」第一楽章に使われる楽器を教えてください。
あとオーケストラに使われている管楽器が使われる管楽四重奏の曲とかがあったら教えてください。オーケストラに使われている管楽器がメインの曲をたくさん探しているのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

ビバルディの春は、以下の楽器です。
バイオリン、ビオラ、チェロ、チェンバロ

管楽四重奏と言われても、とにかくたくさんあります。
「木管四重奏」「金管四重奏」などで検索すると、たくさん出てきますよ。

Q「早春賦」の歌詞について

 日本語を勉強中の中国人です。「早春賦」の歌詞を読んでいますが、古典文法が入っているので、理解できなくて困っています。特に理解に苦しんでいるところは次の三箇所です。この歌をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えていただけないでしょうか。

 歌詞の参考ページです。
http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/sousyunfu.htm

1.「歌は思えど」
2.「さては時ぞと 思うあやにく」
3.「春と聞かねば 知らでありしを
  聞けばせかるる 胸の思いを
  いかにせよとの この頃か」

 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それについてもご指摘いただければありがたく思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もきのうも 雪の空  
今日もきのうも 雪の空
 
川や池に張っていた氷は解け始め、そこに生えている葦も芽をふき始めてきています。
さあ、いよいよ春が来たと思いきや、そんな思いとは裏腹に現実は厳しく、昨日も今日もまだ空はどんよりして雪が舞っています。

3.春と聞かねば 知らでありしを  
聞けば急かるる(せかるる)胸の思(おもい)を  いかにせよとの この頃か 
いかにせよとの この頃か

暦の上ではもう春になったのですと聞かされてなければ、まだ春だとは思わなかったのに、聞いてしまったので、もう、春が待ち遠しくなってしまい、季節の移り変わりさえ遅く感じ、春よ早く来いという待ち焦がれる思いをどう晴らしたらいいか判らないくらいである。

1)歌は思えど
⇒歌おうと思ったけれど。

2)さては時ぞと 思うあやにく
⇒さては時(春が来た)と思うが、その気持ちを打ち消すかのように、(まだまだ雪が降っている。)
⇒いよいよ春が来たと思ったのだが、折悪しくまた今日も雪が舞って来てしまった。(春はまだなのか~)

★あや‐にく【▽生憎】
《感動詞「あや」+形容詞「にくし」の語幹から》

1.[副]意に反して不都合なことが起こるさま。
あいにく。
折悪しく。

2.[形動ナリ]目の前の事柄が、予想や期待に反していて好ましくないさま。

意地が悪い。
不都合だ。間(ま)が悪い。
予想以上に厳しい。過酷だ。

この歌は難しい歌ですよ。
全体に伝わってくるイメージは明瞭ですが、字句の説明は非常に難解です。自信ありません。

1.春は名のみの 風の寒さや  
谷の鶯(うぐいす) 歌は思えど  
時にあらずと 声も立てず 
時にあらずと 声も立てず
  
暦の上では春になったといっても、春とは名ばかりで、風は冷たく、まだまだ寒く感じます。
谷で冬を越した鶯が里に下りて、美しい声で春を告げようと思っても、まだこの風の冷たさに、春はまだ来ていない、まだその時ではないと、鳴き出そうとした声を潜めて春をじっと待っています。

2.氷解け去り 葦(あし)は角(つの)ぐむ 
さては時ぞと思う
あやにく今日もき...続きを読む

Qヴィヴァルディ「四季」“冬”のソネットの意味

冷たい雪にガタガタふるえ
はげしい風の吹く中を
ひっきりなしに足ぶみしながら駆けている
あんまり寒いので
歯の根が合わずカタカタ鳴る

暖かい暖炉で人々が安らかにすごす間に
万物は恵みの雨ですっかりうるおう

氷の上をゆっくり歩く
ひっくりかえらぬように気をつけて
いきおいよく歩いてみたら
たちまちすべってひっくりかえった
起き上がって
また氷の上をいきおいよく歩いてみたが
またひっくり返って氷が裂けた
閉ざされた扉を開いて外に出れば
春風が北風を追い払うように吹いている
これが冬だ 冬もこんな楽しみが


私は国語力がないので、訳を読んでもいまいち意味がわかりません。
駆けているとは、誰かを追いかけているんですか?寒さしのぎに体を動かしているんですか?
歯の根ってなんですか?
歩いているのは誰ですか?

詳しく知りたいのではなく、どうも何が言いたいのかわからないんです・・
教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

>時間経過
どうでしょう? 私は時間の経過はあまり明確でないように思います。
第三楽章が春風の到来ですから、これが冬の終わりごろであるのは間違いないですが、第一、第二楽章は月日の経過ははっきりとは意識されてないように感じます。
ただ、私はイタリアの冬の気候(いつ頃雨が降るか?など)を知りませんので、それをご存知の方は別の解釈をされるかもしれませんね。
いずれにせよ詩の解釈ですから、この辺はあまり厳密に考えないで自由に受け取ったら良いと思います。

>pizz
ソネットで「雨が」と言っているので「雨だれ」と解釈するのが普通だと思います。大抵の楽曲解説もそう説明していると思いましたが。
でも、日本人が演奏するなら、日本の冬のイメージで「屋根の雪が解けて滴る音」でもいいと思いますよ。
どれが正解っていうのは無いと思います。

Q音楽の鑑賞文

学校で、有名な曲を聴かされて、それについての鑑賞文を書け、という課題が出ました。

自分では、思ったことを色々と書いたつもりなのですが、評価はあまり芳しいものではありませんでした。


書く内容がずれていたのでしょうか。一般的にはどんなことを書くものなのでしょうか。また、どんな書き方をすればよいのでしょうか。

鑑賞文とは、評価の高い低いを争うものではないと思うのですが、評価の高い鑑賞文とは、どのような書き方をしているのでしょうか。

Aベストアンサー

中学校音楽の教師をしています。
まず、鑑賞には2つの種類があります。
1つは「感受」の鑑賞文。
こちらはいわゆる従来の鑑賞の授業の感想でかまいませんが、評価としての良し悪しは基本的に自分の感情を利用して感想を書いているかどうかです。「この部分でこういう音が鳴ったので私はこういう感情になった・こういう気持ちになった」などがよいと思います。どういうことかというと、“あなた自身が音楽を感じ取って受け止めているかどうか”です。つまり「音楽の感受」です。ここで、「いい曲だった」「迫力があった」などは絶対書かないほうが(これはどんな時も書かないほうがいいです)いいでしょう。だって、いい曲だから先生は君たちに聞かせるんだもん。ちなみにこちらの鑑賞文は第二観点の「音楽的な感受と表現の工夫」に成績がつきます。
2つ目はずばり「鑑賞」です。
こちらはちょっと複雑なのですが、音楽的な歴史や文化を踏まえた感想を書かなければなりません。本当はね(^^;たとえばベートーヴェンの交響曲などではソナタ形式のことや当時の文化や作曲者の生涯についてを絡めて感想を書かなければなりません。ここで「いい曲だった」「迫力があった」などを書いた場合。内容の良し悪しは問わず厳しい先生なら「C」をつけるでしょう。こちらは第四観点の「鑑賞の能力」に成績がつきます。
基本的には上記のように成績配分をしなければいけないことになっているのですが、いろいろな事情で先生自体が評価をよく理解していなかったり、その学期には適した教材を入れることができなかったりと見分けるのが困難なことがあります。ですが、授業中の先生の問いかけや書くための用紙に説明が書かれていることに注意を払うと見分けられることが多いと思います。これをしっかり見分けてそれに適した文章を書かなければ、どんなに自分ではよい文が書けたと思っても評価はよくなりません。
質問の文にもありましたが、鑑賞文の評価の高い低いなんてつけられないんです。そのとおりです。ですから、聞かれていることを答えるような文章がかけているか、または聞かれていることを音楽から聞き取れているかどうかが評価の分かれ目です。
音楽は実技教科ですが、鑑賞や話し合いでは適した部分で適した発言や文章が書けることが能力の1つとして考えられています。つまり何にも考えないで音楽やって、いくら上手く演奏できても認められないんです。「感受・思考」と「表現能力」のバランスが取れていなければ「5」にはならないのです。
ですが、全国中の音楽の教員にこの評価方法が伝わりきっているかというと、はなはだ疑問でもあります。文部科学省はもっとPRをしてもらえないと全国一律に評価がなされていないということになるので私個人としては本当に申し訳なく思っています。

中学校音楽の教師をしています。
まず、鑑賞には2つの種類があります。
1つは「感受」の鑑賞文。
こちらはいわゆる従来の鑑賞の授業の感想でかまいませんが、評価としての良し悪しは基本的に自分の感情を利用して感想を書いているかどうかです。「この部分でこういう音が鳴ったので私はこういう感情になった・こういう気持ちになった」などがよいと思います。どういうことかというと、“あなた自身が音楽を感じ取って受け止めているかどうか”です。つまり「音楽の感受」です。ここで、「いい曲だった」「迫力...続きを読む

Qベートーベンの運命の最初の音楽のリズム

ベートーベンの「運命」の最初のダダダ、ダーンという音の音の感覚が昔はダダダの所がゆっくりしていたのが、最近はダダダの所が早くなったと聞いたことがあります。
そうしますと、ベートーベンの楽譜自体はどちらが近いのでしょうか。昔の方がベートーベンの楽譜に近いとしますと、そんなに変更しても良いものなのでしょうか?

Aベストアンサー

コメントありがとうございます。ベートーヴェンのシンフォニーは元々オーケストラのために書かれたものです。

勉強用や演奏用のためにドイツのpeters社から、ピアノ譜に書き換えられた物が売られていますし、作曲家フランツ・リストは、尊敬するベートーヴェン先生の書いた9つのシンフォニーを全部ピアノ曲に書き換えています。(2人は面識があります)

フルスコアは楽譜店に売っていると思います。ミニチュアスコアももちろんあるでしょうし。ベートーヴェンのシンフォニーは驚くほど長いというわけでもないので比較的安価だと思います。大きな図書館や音楽大学の図書館でも見られると思います。有名なシンフォニーですからネットでも購入できると思います。

私はシンフォニーの専門家ではありませんが、家にも一冊この曲のフルスコアがあります。CDを聴きながらスコアを見て、指揮者のマネをしてみるのも面白いですよ。

Q世界の平和を脅かす

みなさんわ世界の平和を脅かす要因は何だと思いマスか??

Aベストアンサー

何をもって世界平和と捉えるかによりますが仮に戦争が世界平和の妨げだとすると、一番は人間の存在そのもの。
他には民族、宗教、いろんな意味での利権絡みといったとこでしょうか。

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現在、中学校で教育実習中の者です。実習は3週間で1週目が昨日終わりました。来週から授業実習の予定だったのですが、木曜日から1日3時間授業をしました。しかし、授業をしてと言われたのは授業前の休み時間いきなりで教材研究もまだ途中のところでボロボロでした。また見学と言われていた授業でも話を振られ結局私が最後までボロボロでしました。絶対にダメとわかっているのに生徒の前では泣きそうになってしまい、教室から出てしまう寸前までいってしまいました。そして来週は1週間で22時間の授業をするようにいわれました。先生が授業する機会を与えてくださるのはありがたく思います。しかし、授業の単元は聞いてもあいまいで、私が授業をしている間先生は自分の仕事の片付けをされています。そして授業が終わると誰がみてもボロボロだった私の授業に対し、「すごいよかったです」「安心して任せられます」などほんとにびっくりするようなことを言ってきます。学校も少し荒れているため生徒指導などでお忙しいのはわかるのですが反省会も5分、ノートを持ってはなさないなど言われる程度で内容については一切触れられませんでした。今日土曜、少しでも授業準備をしようと思ったのですが、今までにないくらい精神的にボロボロで、なにもできず1日ぼーっとしていました。このままだと後の2週間どうしてもやっていけそうにありません。このままだと生徒の前で大変なことになってしまいそうです。最低とはわかっていますがどうしても無理そうです。授業をもう少し少なくしてもらうように話すのは失礼にあたりますよね。社会にでればいくらでもあることだとは思います。甘えに過ぎませんよね。しかし無理なんです。助けて下さい。

現在、中学校で教育実習中の者です。実習は3週間で1週目が昨日終わりました。来週から授業実習の予定だったのですが、木曜日から1日3時間授業をしました。しかし、授業をしてと言われたのは授業前の休み時間いきなりで教材研究もまだ途中のところでボロボロでした。また見学と言われていた授業でも話を振られ結局私が最後までボロボロでしました。絶対にダメとわかっているのに生徒の前では泣きそうになってしまい、教室から出てしまう寸前までいってしまいました。そして来週は1週間で22時間の授業をするように...続きを読む

Aベストアンサー

大学の指導教員に相談してください。実習先の実習中に自殺する学生がいます。教育実習を中止して、教育学部で、「自殺する前に、教員に相談すること」を指導していました。
私は、教育関係者ではありませんが、小学校が短期大学の隣(フェンスごしに見えている)で、実習生をうけいれていたし、中学校も教育実習指定校で、3年間に1学期、2学期に、専修、専攻と3週間、4週間としょっちゅう実習生がいました。高校でも、実習生がきていました。
はらをくくって、塾の授業のボランティアと考えてください。
教科がわからないので、NHK高校講座の授業を見たりしてください。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/index.html
数学基礎は、中学校の内容です。
教育実習で、燃え尽きないでください。力の20パーセントくらいで、勝負してください。
教科がわかれば、ちょっとしたネタを教えます。
my father is my mother.
私の父は、私の母です。???
私の母を「我がママ」と読むと、
「私の父は、わがままです。」
笑えましたか?


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