12万作品が月額500円(税別)で見放題なのはdTVだけ!! >>dTV(外部リンク)

いきなり質問ですが、「瞳はダイヤモンドだ」は隠喩なんですよね?それで「ダイヤモンドのような瞳」は直喩なんですよね?一体どう違うのでしょう?僕には理解できません。教えてくださいお願いします。

A 回答 (3件)

いきなり逆質問ですが、瞳はダイヤモンドじゃ「ない」ですよね?


瞳は眼球の光が入る孔と虹彩筋にすぎないわけで、それが透明な炭素結晶なわけないですよね。
つまり、本来イコールで結びつくはずのないものを「○○は××だ」という形で直結してしまう比喩のことを隠喩というわけです。

直喩は必ず「~のようだ」「~みたいな」「まるで~」のように、比喩するものとされるものとの間に類似関係が成り立つことをあらわす語が使われて、○○と××をあくまで対比しているのだということを明示します。
(直喩のことを「対比」ともいいます)

隠喩はこれに対し、直喩のような語を用いません。論理的に考えればおかしいもの同士を強引に結びつけることによって、聞き手(読み手)に両者の類似関係を暗示的に想起させるのが隠喩です。
(このため隠喩のことを「暗示」ともいう)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 う~んなるほど!そういうことでしたか。こんなこと小学校で習いませんでしたよ~。初めて知りましたご回答ありがとうございます。

お礼日時:2001/07/05 19:55

【直喩】は、 一つの事物を直接に他の事物にたとえる場合のことです。


「雪のような白い肌」のように「たとえば」「ごとし」「ようだ」などとはっきりと比喩であることを示した言い方です。
明喩とも云います。

【隠喩】は、たとえの形式をとらない比喩のことです。「…のようだ」などの語を使っていない比喩。「雪の肌」「ばらの微笑」などです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 直喩は明喩っていうんですか!初耳ですどうもご回答ありがとうございます。

お礼日時:2001/07/05 19:57

「たとえば」「ごとし」「ようだ」などとはっきりと比喩であることを示した


言い方をするのが直喩法で、比喩であること示していない「たとえば」
「ごとし」「ようだ」の言葉が使われていないのが隠喩です。

上の場合だと、「ダイヤモンドのような瞳」では「ような」が使われて
いるので直喩となり、「瞳はダイヤモンドだ」はキーとなる言葉が
使われていないので隠喩となるとおもいます。
ということは「君の瞳はダイヤモンドのようだ」というと直喩になる
ということですかね。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

「たとえば」「ごとし」「ようだ」があると直喩なんですね!どうもご回答ありがとうございます。

お礼日時:2001/07/05 19:56

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q比喩と隠喩の違いって???

比喩(アナロジー)と隠喩(メタファー)って何が違うのでしょうか??辞書などで調べたのですが、あまりよく理解できませんでした。違いがわかる方お願いしますm(__)m例などを用いてくれると助かります(^^;)

Aベストアンサー

まず最初に言っておきますが
比喩とアナロジーは同じではありません。
比喩はあるものを何かにたとえる修辞法のひとつですが,
アナロジーは類似,あるいは類比,類推の意味です。

隠喩(暗喩とも)は比喩の一種で,
何らかの類似性に基づいて
あるものを別のもので置き換えて表現することです。

「空にソフトクリームが浮かんでいる」と言うとき,
ソフトクリームは雲の隠喩です。
何を何に喩えているのかを明示しないので
隠喩と呼ばれるわけです。
このとき
「空に浮かぶ雲はソフトクリームのようだ」と言えば
直喩ということになります。

比喩にはこのほかに
提喩,換喩,諷喩などがあります。

Qメタファーとは

メタファーとはなんでしょうか?まったく意味がわかりません。
何かわかりやすく説明しているいいサイトなどありましたら合わせてよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
メタフォア(メタファーとも言います。metaphor)は、比喩の一種で、シミル(simile)と並んで、代表的な比喩の修辞技法です。

メタフォアは、「暗喩・隠喩」と呼ばれ、シミルは「直喩・明喩」と呼ばれます。形の上からは、「……のような」「……に似た」というような言葉が入っているのがシミルで、入っていないのがメタフォアだという区別がありますが、内容的にはかなり難しいです。

易しい例を挙げると、一般的に、次のように対比させます:

「彼は、キツネのようにずるい」……「ように」がありシミル。
「彼は執念深いこと、蛇のようだ」……「ようだ」がありシミル。

メタフォアはこれに対し、

「彼はまさに希代のキツネだ」
「彼は蛇だ」

前者のシミル(直喩)では、「ように」などがあるのとは別に、「何を喩えているのか」が、明示されています。彼がキツネなのは、「ずるさ」が比喩されています。彼が蛇なのは、「執念深さ」で比喩されています。

しかし、後のメタフォア(暗喩)では、どこがキツネで、どこが蛇なのか、明示されていません。「ように」とか「似て」は、「キツネのように狡猾だ」「蛇に似て執念深い」などで使うので、何を比喩しているのか明示する言葉が来るのです。

彼はキツネだ。彼はイヌだ。彼は蛇だ。……などは、よく使う比喩なので、メタフォアの形をしていても、前後の関係から、何がキツネで、何がイヌか分かります。「キツネだ」というと、狡賢いになりますし、「イヌだ」というと、誰かの忠実な手先だという意味です。

シミルの形をしていても、どこが比喩なのか分からないシミルもあります。例えば、「青い湖水を静かに泳いで行く白鳥のように彼は穏やかに微笑した」というのは、「穏やかさ」を比喩するシミルですが、「青い湖水を静かに泳いで行く白鳥」が、どういう関係で、「微笑の穏やかさ」になるのか、よく分かりません。

こういうのは、形の上では、シミルですが、実質はメタフォアになっています。

メタフォアというのは、「詩」で多く使われますし、効果的に使うと、非常に印象的になります。

「兵士は、獲物を探す鷹の目で、遙か眼下の平野を見下ろした」というのは、おそらく、「鋭い視線・注意深い視線・鷹のように獰猛な意志」などの比喩なのでしょうが、読む人によって色々なものが、想像され、了解されます。

「西欧中世の古風な宮廷舞踊会の毎日のように、時が傍らを過ぎ去って行った」というのは、「ように」がありますが、これはシミルではありません。時間が経過したというのは、分かるのですが、どういう風に経過したのか、その部分がメタフォアになっています。

華麗に過ぎ去ったのか、繰り返しのように過ぎ去ったのか、静かに過ぎ去ったのか、典雅に過ぎ去ったのか、退屈に過ぎ去ったのか……読む人により、前後の文章により、色々なイメージや意味になります。

つまり、何か「比喩」なのですが、意味が明白でない代わり、イメージや雰囲気があり、「暗示的な比喩」であるのです。

メタフォアが多い文章というのは、イメージや雰囲気は豊かなのですが、それで何なのかが分かりにくいような文章です。メタフォアのイメージや雰囲気を味わうことが意味あることになります。

「新月の夜の緑の沼の眸で、スレートの笑いを彼は頬に浮かべた」では、何のことかよく分かりません。「暗い緑の眸で、スレートのように硬い笑いを彼は頬に浮かべた」なら分かります。「スレートの笑い」は、シミルで言えば、「スレートのように硬い」になるのです。

しかし、そう言ってしまうと、イメージや雰囲気の余韻が出てこなくなるので、メタフォアという、何をどう比喩しているのか、イメージなどは分かるが、それが何を意味するのか、自分で味わって了解しなければならない修辞の形式を使うのです。

メタフォアというのは、文章修辞の典型で、詩の本質は、このメタフォアのできぐあいに係っているという見解もあります。

また、以上は、文章修辞のメタフォアですが、メタフォアは、人間の概念思考に常に付随するもので、あらゆる芸術や日常生活にも、メタフォアが関係するというのが、一般的な考えです。三番目のURLは、かなり難しい文章ですが、メタフォア論になっています。

>日本語の修辞法―レトリック
>http://www.sanseido.net/Main/hyakka2/Rheto/rheto_rhe.html#two

>特別企画 第六回 比喩
>http://plaza5.mbn.or.jp/~gendaibun/kikaku/kikaku0601.html

>メタファーと認知
>http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~mogami/metapher94.html
 

参考URL:http://www.sanseido.net/Main/hyakka2/Rheto/rheto_rhe.html#two,http://www.ec.kagawa-u.ac.jp/~mogami/metapher94.html

 
メタフォア(メタファーとも言います。metaphor)は、比喩の一種で、シミル(simile)と並んで、代表的な比喩の修辞技法です。

メタフォアは、「暗喩・隠喩」と呼ばれ、シミルは「直喩・明喩」と呼ばれます。形の上からは、「……のような」「……に似た」というような言葉が入っているのがシミルで、入っていないのがメタフォアだという区別がありますが、内容的にはかなり難しいです。

易しい例を挙げると、一般的に、次のように対比させます:

「彼は、キツネのようにずるい」……「ように」がありシミ...続きを読む

Q身近な形容動詞について。どんなものがありますか?

身近な形容動詞について。どんなものがありますか?

現在外国人に日本語を教えています。
「きれい」が形容動詞ということで、活用が形容詞と違うことに気がつき、
他にどんな言葉が(できれば日常会話でよく使われる、例えば「大事」とか)
同じような活用をするかが知りたいです。

簡単な表を作れればと思っているので、沢山の言葉をお待ちしています。
また、そのような言葉が一覧になっているウェブサイト等があれば教えてください。

Aベストアンサー

形容動詞は日本語には800あると言われています。嘘八百?
え、そんなにと思うかもしれませんが、近代的、合理的のように「的」がつく言葉、漢語(漢字)の多くは同じように「的」か「な」をつければ形容動詞になります。そして外来語の形容詞はハンサム、ビューティフルのように「な」をつければほとんど形容動詞となります。

名詞を修飾する時「な」がつくのに特徴があります。形容動詞は外国人に教える日本語文法ではナ形容詞と呼ばれています。

基本的なナ形容詞はナを抜いた形で列記すると
きれい、静か、好き、嫌い、上手、下手、暇、いろいろ、有名、親切、元気、便利、不便、素敵、簡単、大変、大切、大丈夫、無理
などです。

広辞苑などの多くの辞典では名詞にして形容動詞を品詞として扱っていません。名詞を修飾する時に「な」でなく「の」がつくこと以外に活用が名詞と同じだからです。「~だ。」の形は名詞と同じです。
一方、
普通、赤色、昔、最高
などは形容詞のように見えて名詞に分類されます。これらはナ形容詞にはならないようです。
ところが、
普通、沢山
などは手元にある小学館の新国語辞典では形容動詞になっています。

形容詞か名詞の見分け方は副詞に修飾されるかどうかになります。たとえば「すごい」がつかく「すごく」が前につくかどうかです。

しかし
元気、健康、自由、特別、最高、親切、安全、不思議、厄介
などは主語にもなります。名詞を修飾する時には「な」の時も「の」時もあります。形容動詞と名詞の両方の品詞に分類されます。


深入りすればするほど何が何だか分からなくなります。外国人に教えるときは形容動詞ははじめにあげたような基本的な形容動詞だけに限って教えたほうがいいようです。


ナ形容詞か名詞かを見分ける方法があれば、ぜひ知りたいのですが。
名詞を修飾する文節にした時、結果としてナがついた時は、ナ形容詞と呼ぶしかないように思います。

形容動詞は日本語には800あると言われています。嘘八百?
え、そんなにと思うかもしれませんが、近代的、合理的のように「的」がつく言葉、漢語(漢字)の多くは同じように「的」か「な」をつければ形容動詞になります。そして外来語の形容詞はハンサム、ビューティフルのように「な」をつければほとんど形容動詞となります。

名詞を修飾する時「な」がつくのに特徴があります。形容動詞は外国人に教える日本語文法ではナ形容詞と呼ばれています。

基本的なナ形容詞はナを抜いた形で列記すると
きれい、静か...続きを読む


人気Q&Aランキング