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キリスト教保育についてレポートを書かなきゃいけないんです。
そのなかで、新約聖書の人間観っていう項目を書かなきゃいけないので、誰か教えて下さい!!本気で困っています。><
どなたでもいいので、新約聖書についての人間観を教えて下さい!!
よろしくおねがいします!!
(^^)

A 回答 (5件)

宗教教育や宗教保育という観点で、、、ということでは全く自信がないのですが、


 たとえば、新約聖書の中で子どもが印象的にとりあげられるのは、イエスと幼な子たち(マルコ一〇・一三)ですね。
 そこでイエスは、絶えず子どもたちを顧みて、またその言葉につねに耳を傾けているように描かれます。イエスが弟子たちを叱って、子どもたちの為すことを妨げず、自分のもとに来させるようにと語っています。
 特にイエスはここで、子どもらは、大人のように誇って自らを掲げることなく、初めから自らをとるに足らぬ者と自覚している。そのような子どもの姿のうちに、イエスは神の真実の率直な担い手を認める、という風に解釈されます。
 
「子どもたちが何と言っているか、きこえるか。」イエスは言われた。「聞こえる。あなたたちこそ、『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という言葉をまだ読んだことがないのか。」(マタイ二一・一六/詩篇八・二)
 
 これって、かなり画期的な思想だと思います。
 当時の社会だけでなく、実はヨーロッパでも子どもが愛される存在として認識されはじめたのは17世紀以降になってからなのです。
 つまり、それ以前の社会における子ども像というものは、「未熟で汚らしい半人前の存在」で、決して真面目に顧みられるべき存在ではなかったのです。
 その意味で、聖書の上記の一節は、イエスの子ども観(人間観)をうかがう上でおもしろいと感じています。

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キリスト教保育というのがどういうものかよくわかりませんが、おそらく


聖書の研究とは違うような気がしますので、そのうえで考えます。

聖書の登場人物を簡単に考えると、
「イエスという人」・・・欲望に負けない人/弱き人に優しさを与える人
            権力に対抗する人
「弟子たち」・・・・・・イエスを先生としたが、教えを全く理解できなかっ                     
            た人達
「女たち」・・・・・・・イエスに人を許すという優しさを与えられた人達

「権力者たち」・・・・・自分の事を第一に考える人達

「イエスに石を投げた人達」・・・無知な人達

これらの人達をくだいて考えると「優しさ・欲望・保身・不信・見栄・無知・
男の小心・女の強さ・羞恥心・差別など」といった事が浮かびあがります。
要は人間というものが集約されてるわけです。

簡単に考えて新約聖書の人間観というのは「普遍的なもの」です。
要は人間はどれだけ時間が経っても「人間」なんです。
新約聖書はその人間の集約の中から何が大事かを教えています。

概略としてはこんなとこでしょうか。研究ではないという前提で答えました。
役に立たなかったらごめんね。
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レポート提出に間に合うかわかりませんが、以下のような本をチェックされてはいかがでしょう?


かなりの数の大学が所蔵していますし、都立図書館にもあります。



Title: 宗教の人間学
Series: SEKAISHISO SEMINAR
Author: 岸/英司【編】
Publisher: 世界思想社
Year: 1994
Description: 宗教は人間の究極のあり方に関わり、「人間とは何か」の問いに答えるものである。人間について真摯に考えるすべての人へ向けて、カトリシズムの立場からする初めての試み。
Contents: ・序 人間学を学ぶ人のために―宗教の人間学
・第1部 宗教と人間(宗教とは何か;宗教における人間)
・第2部 宗教の人間理解―その展開(旧約聖書における人間観―神に「かたどり」「似せて」の意味;新約聖書に見る「人間」像;教父における人間理解;中世思想における人間理解―修道院を中心に;近代思想における人間理解;現代神学における人間理解)
・第3部 現代文化・倫理とのかかわり(人間の宗教性と人間の心理;キリスト教文学における人間;性と結婚の倫理;人間の生命と倫理;死・永遠の生命・復活)

ISBN: 4790705137
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 旧約聖書との対比で書いたらどうですかね? 旧約聖書で有名なのは、イサクを神にささげようとするアブラハムの話だとか。

便利なものとして「聖書コンコーダンス」というものがあります。ま、聖書にどんな言葉がどこに載っているか書いてある索引みたいなものです。それを使って、例えば、新約聖書ではキリストが、人間についてどう話しているかとか調べられるでしょう。
 ま、簡単に言ってしまえば、旧約聖書における人間観は「原罪」ってやつですが、新約聖書では、それが行いや心の持ちようでましになるって感じでしょうかね。
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キリスト教かぁ~



人間は神によって想像された存在である。
人間は神により様々な特権を与えられている。(聖書のはじめらへん参照)
人間は他の動物とは違う特殊な存在であり、神の加護を最も受けている存在である。

以上、キリスト教的人間観
一言でいうと、人間主観的人間観です。

キリスト教においては神の存在観のほうが重要な気がする。

神は絶対的な存在であり、全知全能である。
神は絶対善たる存在であり、常に人間を見ている。
神は人間の上に立つ者であり、人間は神の意思に従うべきである。
人間は絶対善たる神の僕であるが故に善行を行なわねばならない。
善行から外れた者は悪魔のささやきに惑わされているのである。即処罰すべし。

いかんな……かなり、過激な文章になっている。
私はキリスト教に限らず一神教は嫌いだからなぁ(^^;
限定主義者は他を容認することは出来ないから容認されない存在との争いが起こるんだよね。

……これ以上やばいこと書かないうちに切ろう

それでは
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