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【質問】顕正会員は、浅井昭衛の対決申し入れに関して、下記の事項をご存知でしょうか?
【見解】顕正会会長から日蓮正宗総本山大石寺住職への二度に渡る”対決申し入れ”と言った挑戦がきっかけとなっているが、それは表向きであり、その発端は、妙観講員が行った顕正会員への折伏がある。
そのやり取りの中から妙観講講頭・大草一男氏VS顕正会会長直々の法論との約束が結ばれることがあった。

しかし、それが実現することに至らなかったのは、浅井昭衛が妙観講を避けてきた過去があり、その、迫りくる大草氏を避ける方法を考え付いた終着駅が”対決”なのである。

(顕正会会長と大草一男氏の間には過去に電話での会話が展開されている。そして、数ある接触の内で大阪にて顕正会と妙観講での法論となっていたが顕正会会長長男・浅井克衛が会場に現われるやいなや怒声をあげる暴挙に打って出てきたのである。「誰がこの会場を借りたんだ!」などと、意味不明な発言を皮切に乱闘事件が引き起こり、そこでの乱闘事件を浅井昭衛に電話で確認するが、その様子をビデオに取ってある事を知らせるや浅井は逃げる姿勢を顕にしたという経緯がある。(その内容は先に顕正会員が妙観講員へ手を挙げるのが確認できる)

さらに過去に「妙観講をつぶす」といっている事を大草氏が確認するや、なにを思ってか法義的にでは無く暴力で打って出てきた。すなわち電話での約束が顕正会男子部が妙観講本部になだれ込むといった形で実現されたのである。

このように、浅井昭衛という男は、日顕上人に対決を内外に注目を寄せる事を思いつくが、その実態は、妙観講講頭との関わりを避けんが為と言うことと、顕正会員への権威付けと言うことの二つが本質である。(このように、解析すると浅井昭衛の体質は修羅そのものといえる)


そして、過去に元顕正会本部職員・渡辺雄二さんの手記が発表されたH11年という時期と発足以来血脈否定をしなかった浅井昭衛がこの時期に言い出すようになったのもそれがきっかけとなっているように、この”対決申し入れ書”なるものが送られてきた時期が妙観講員の折伏が浅井昭衛をも避けがたい所に立たされた時期と重なると言うことがわかってくるのです。

A 回答 (1件)

そうだね

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