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世界幸福度ランキングについて、「他者への寛大さ」という調査の項目があるそうです。
ところで、他のカテで、次の説明に出合いました。
「<この「他者への寛大さ」とは具体的に何かというと「先月お金を寄付したか」だそうです。これは文化なのである意味どうしようもありません。キリスト教は寄付文化があって上位の国々はだいたいキリスト教国です。>
私には「先月お金を寄付したか」が「他者への寛大さ」へ結びつくことがわかりません。
この両者の関係を解説して下さい。
(なお、”キリスト教は寄付文化があって・・・”について質問しているわけではありません。)

A 回答 (9件)

たとえば、ユニセフの募金足らないから、たかってるCMあるけど


あんなのおかしいと思う。
恵方巻捨ててるセブンが払えばいいと思う。
幸福の基準は国・宗教によって違います。
寄付する金があるなら、まず経営者は社員を幸せにしないといけないと思う。
社員が満足働けるなら、寄付でもすればいいけど、残業代支給、有給を消化できないのならまずそれを
きちっとすべき。
でも、日本は、外国人と問わず、宿泊客の扱いに対しては、欧州より全く差別なく、寛容に扱ってるとおもうけどね
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<幸福の基準は国・宗教によって違います。>したがって、画一的な基準やランキングは不正確であり、おそらくあってはならないような気がします。

お礼日時:2019/03/23 16:31

「他者への寛大さ」とはいったい何を指すのか、から理解をしないと答えは出ないでしょうね。

これを英語で表現すると、be generous to others となります。問題は generous とはどんなことか、です。

Oxfordの英英辞書を見ると、 generous とは giving or ready to give freely; showing kindness in one's attitude to and treatment of others; noble などと書かれています。
つまり(他人に何かを)giveしたり自分の自由な意思でgiveする、あるいは誰かに何かをしてもらったことへの感謝の気持ちを持てることが、ここで言う寛大さなんです。giveというのは寄付のように他人に物を恵むだけではなく、許可(許容)や恩恵のようなものを与えることも含まれます。

日本人は他人に厳しく、他人が何か(ミスや粗相など)をすると(ネットなどでも)すぐにそれを叩いたりしますよね。でも欧米人は他人のちょっとしたミスや粗相はにっこりと笑って許すんです。あちらには Thanksgiving Day (感謝祭)というのがあるでしょ。誰が何に対して感謝をする日でしょうか。それは誰に対してでもない、日々「他者への寛大さ」を忘れないようにする日です(だと私は思っています)。

そういう理解をすると、日本人は全然ダメでしょ。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
日本語で寛容とは、英語でgenerousであり、この中にはgiveなどが含まれているのですね。このgiveなどが、寄付と結び付くのですね。
西洋の言葉と日本語との間に、気を付けなければならない溝があるのですね。
日本文化は、キリスト教文化と異なり、寄付の行為が少ないですね。したがって「他者への寛大さ」(日本語ではぴったりとした訳ではなさそうですが)が少ないというのは、否定できないことですね。

お礼日時:2019/03/22 19:12

命よりも大切なお金を、赤の他人の為に


寄付するんですから、寛容と言えるでしょう。


ロンドンで一番のお金持ちがケチで
寄付をしない。

それで抗議の意味も含めて新聞記者が
インタビューしたことがあります。

「どうして寄付しないのですか」
「君は私の妹が交通事故で半身不随になったのを
 知っているかね」
「い、いえ、知りませんでした」
「君は私の叔父がホームレスなのを知っているかね」
「いえ、知りません」
「そんな肉親にさえ俺はびた一文出さない。
 そんな私が赤の他人の為に寄付などすると
 思うかね」
「し、失礼しました」

このお金持ちは狭量でしょう。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
素直に<命よりも大切なお金を、赤の他人の為に寄付するんですから、寛容と言えるでしょう。>ですね。
高橋泥舟の言葉に「欲深き 人の心と降る雪は 積もるにつれて 道を失う」がありますね。お金は使い方(使わぬことも含め)によっては変化(へんげ)しますね。

お礼日時:2019/03/22 19:25

世界幸福度ランキングとやらの指標を誰が作っているのか、


そして幸福を構成する要素を盛り込めるだけ盛り込んで、それは幸福を構成するすべての要素の何%なのか。(1%以上ということは確実にありえない。)
それを考えればこのような疑問を持つものが出ることも納得できるとはおもいますが。

で、キリスト教のそもそもの出発点は「神の下の平等」です。
神の前にはみんな等しく子羊なのだから、差別しようとか自分だけ得しようとか考えてはいけない。
みんなで助け合い、神の御心に適う国を建設せよ。
当時のローマ帝国は身分の格差も貧富の格差も非常に激しく、キリスト教はそれに対するアンチテーゼともいえたわけです。
(この際現実問題としての腐敗とかそういうことは考えません。あくまで「考え方」のことです)

すでにこの時点で、
ローマ社会:自分の欲の実現だけを図る、他者には非寛容な世界
キリスト世界:困った物には援助する、他者に寛大な社会
構図が作られているわけです。

他にもいろいろ指標となるべきものはあるでしょうが、「お金は数値化できる」という基準で取り上げた、そういう西欧独特の合理主義の思考も垣間見えます。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<キリスト世界>では、歴史的な背景から(<アンチテーゼ>として)、<困った物には援助する、他者に寛大な社会>が成立したのですね。
ただし、私には、<困った物には援助する>が<他者に寛大な社会>と直接むすびつかないのです。(回答2様が指摘なさったように、giveとgenerousなら納得しますが)

お礼日時:2019/03/23 15:53

Re: 回答No.2



> …giveなどが含まれているのですね。このgiveなどが、寄付と結び付くのですね。

generous とは give する精神のことですが、この give は狭い意味での与えると捉えてはいけません。なので寄付やチャリティをすることも generous ですが、それだけではなく何かの手助けをするのも give ですし、他人のちょっとした粗相や間違いを許容するのも give なんですよ。言い換えれば generous は他人に対する思いやりや親切心を実行できることなんです。

日本人は他人に対して冷たいですよね。たとえば欧米人は、乳母車を押して電車に乗り降りしている母親を見つければ自然と手を貸しますが、日本人はなかなかやりません。それどころか車内でお年寄りが立っているのに、若者がふんぞり返って座席にすわったまま席を譲らない光景はよく見かけます。思いやりや親切心がなく、他人に対して冷たいんです。

なのでそれが「他者への寛大さ」に欠ける、ということなんです。generous を寄付やチャリティに限定して考えてはいけません。
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この回答へのお礼

再度のご回答ありがとうございました。
<この give は狭い意味での与えると捉えてはいけません。><generous を寄付やチャリティに限定して考えてはいけません。>ですね。
弁解しますが、#2のご回答で指摘されたように、giveのみをあげたつもりはありませでした。広い意味を含めて”giveなど”と表現しました。

お礼日時:2019/03/23 16:02

米国在住です。



最近の残念な事件として思い出されるのは、”アリアナ・グランデの七輪事件”で、これは、アメリカではトップニュースでした。ラジオで、”日本人がいたら電話してください。七輪はバーベキュー・グリルというのは、本当のことですか???”と呼びかけるぐらい、注目を集めました。

アリアナ・グランデちゃん、という、実力のある若手女性歌手が、自身のアルバム、”Seven Rings”の発表を記念して、日本語に相当する、七(指)輪とタトゥを入れたところ、日本の若者から”そりゃ、指輪じゃなくて、グリルだ!”と批判が殺到したため、彼女はショックを受けて、それまで習っていた日本語もやめてしまった、というおまけも付いた事件です。(中国人からの批判はなかったようです。)

そんなもん、本人が気に入ってやっているんだから、漢字の本場(=中国)でもない日本人が大挙して、SNSに投稿するほどのこともないでしょう。せっかくの友好ムードが台無しです。そして、SNSに投稿した若者たちには、自分たちが、重箱の隅をつつくいじめをしている自覚が全くないところが、大きな問題です。アリアナ・グランデの可愛らしい気持ちを全然理解できなかった。

日本でプリントされたTシャツの英語が、めちゃくちゃなのを、いちいち指摘して回るアメリカ人がいるでしょうか。

こういった、”重要でない事柄における、匿名の、上から目線の批判”は、とんでもない非寛容につながるのを、実感しました。議論は、もっと、重要な案件ですればよろしい。日本大好きな、女の子が、体に刻んだ記念碑です。好きにやらせてあげればいいんです。私にとっては、後味の悪い、残念な事件でした。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
昨今<”アリアナ・グランデの七輪事件”>のような<”重要でない事柄における、匿名の、上から目線の批判”>が多発して目に余りますね。<とんでもない非寛容>なことですね。犯人の(犯行に直接関係ない)親にまで非難が集中することがありますね。

お礼日時:2019/03/23 16:25

日本の価値観を考慮して日本版他、北朝鮮版、中国版、 シリア版、アジア版のランキングを作成しましょう。

相互に各国に1年間居住者となり、ランキングを正確に肌感覚で作成するべきだ‼️
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
価値観の異なる文化あるいは国を基準にしたランキングが欲しいですね。
<相互に各国に1年間居住者>も必要ですね。そして数字でない、数字で出ない<肌感覚>が欠かせないですね。
<みんなちがって、みんないい。>

お礼日時:2019/03/23 16:15

結びつくというよりその指標である generosity 自体の意味が,他者に(特に財産を)分け与えることができる資質ということが主です。

「寛大さ」というのは日本語訳にすぎず,「気前の良さ」「惜しみなさ」の方が近いかもしれませんが,指標の訳語としてはしっくりこなかったのでしょうね。

このことは英語版のWikipediaの項目 https://en.wikipedia.org/wiki/Generosity を見ても分かります。この項目はいくつかの言語でも対応ページがありますが,日本語版がないということは概念があまり確立されていないか,重要度が低いということが表れているとも考えられて興味深いです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
「寛大さ」は、<指標の訳語としてはしっくりこなかったのでしょうね。>ですね。
< generosity 自体の意味が>、<「気前の良さ」「惜しみなさ」の方が近いのですね。
言語の差(食い違い)に注意を払わなければならないですね。

お礼日時:2019/03/24 19:44

他者の行いや失敗に寛容である、喜捨が根付いている、相互扶助精神が根付いている、まぁ、こんな言葉に置き換えると多少はピンとくるのではないでしょうか。


しかしながら、どの国でも純粋な喜捨というのはほとんどなくて、「良き○○教徒でありたい」とか「良き来世を迎えるための準備」であったり、「地獄ではなく天国に行きたい」といった、良く見られたい、後々得をしたいといった結構現金で現実的な思いが背景にあることがほとんどです。それでも寛容に助けられる側はやはり助かるのだから、総じて「ええことじゃないか」とは思いますけどね。

日本の場合は、古い時代から脈々と続いているものは、アミニズムと神道でしょう。これも実は現金なもので、善人でない者には「悪行は見られている」という強迫観念を、「善行も見られている(見ている人がいる)」という希望とセットだったりします。純粋な慈善はなかなかありません。もちろん、全く無いという気もありませんが、純粋な慈善にまで昇華させた人は、やはり尊敬されます。そんなことも「他者への寛大さ」と言えるのかもしれません。諸国では「他者への寛大さ」へのベクトルも好意的に解釈されるので、「他者への寛大さ」という項目は重きを置かれるんじゃないかと思います。
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この回答へのお礼

了解しました。

お礼日時:2019/03/28 07:26

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