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中三です。井上ひさしさんの「握手」の批評文を書く宿題が出されたのですが、以下の文だとおかしいでしょうか?
200字以内で書かなくてはいけないのでだいぶ削りました。

「握手」は、ルロイ修道士がかつての園児らに「さよなら」を言って回る、ルロイ修道士とわたしの物語である。
無断で天使園を抜け出したわたしを待っていたのがルロイ修道士の平手打ちだったと回想の形で語られている。この回想によって、人との信頼関係を最重要に考え、わたしを叱る修道士の厳しい一面が伝わってくる。
回想により、修道士の人物像がより伝わるよう 工夫されているのがこの作品のすばらしさである。


これで199文字です。
先生が言うには「握手」を読んだことがない人にも伝わるようにだそうです。これでは伝わらないでしょうか?アドバイスお願いします。

A 回答 (2件)

>「握手」は、ルロイ修道士がかつての園児らに「さよなら」を言って回る、ルロイ修道士とわたしの物語である。



ねじれがあります。途中から意味が通じない。

>修道士の人物像

厳しい面しか伝わりません。

>回想により

作品の肝だと思います。
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批評文の「批」は批判、「評」は評価のことである。


つまり自分はこの書を認めるか認めないか、それが批評文なのである。

批評文は、自分がどちらの立場で書くのか、まずそれをはっきりさせないといけない。
そして全文がその論調で書かれなければならない。
でないと読み手を路頭に迷わすことになる。
残念ながら、この文では最後の最後まで読まないとそれが伝わってこない。

冒頭の一文は要らない。
これは批評文でなく単なるあらすじである。
200字という超短文では、あれもこれもと欲張ることはできない。
1つのことを書くので精いっぱいである。
「修道士の人物像がより伝わるよう 工夫されている」のが素晴らしいなら、最初から最後までそのことに絞って書かなければならない。
その部分の素晴らしさを、読んだことがない人にも伝わるように書くのである。
ひいてはその部分の素晴らしさが作品全体の素晴らしさをも表していることが分かるように書くのである。
そうなるよう、言い回しを工夫するのである。
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