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人生万事塞翁が馬 と言いますが 今まで生きてきた内で一番お幸せは何時の何でしたか。

今はどうですか?

僕は中学も高校も勉強で追い回されて 一番の幸せは幼稚園と小学校4年まで女の子と仲良く遊んだことですかね

それとも存在性理論・存在主義を考え着いたことかな?

A 回答 (20件中1~10件)

感受性は「反応力」によります。


ようは神経が研ぎ澄まさているかです
野生の動物は常日頃命の危険に晒されています。だからこそ神経を研ぎ澄ましてほんの僅かの変化をキャッチするのです
と言うことです
それと感受性をどこに向けるか=意識するかです
私事で言えば犬ちゃんが生きているとき犬ちゃんにあたりまえのように世話が出来たその事実を意識しそれに向き合えなかったのでそれに対する感受性が働かなかったと言うことです。
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この回答へのお礼

Thank you

犬ちゃんもいいですが 人ちゃんにも感受性を向けていけばいいのではないでしょうか。

一番研ぎ澄まされるのは命の危険 戦争のときです。ビクビクしてるときです。

六根清浄はいいですが 何事も行き過ぎは危ないのではないでしょうか?

お礼日時:2019/12/20 17:34

病気になったことかな。



病気になったことで世界を深く理解できるようになった気がします。
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この回答へのお礼

Thank you

病気も治る病気が良いですねえ。そしたら元気になって色々出来ます。

僕は治らない病気なので 理解しても幸せではありません。

一つの見方としてそれはありますねえ。

お礼日時:2019/12/18 22:59

そうですね。

幸せな時間といってもたくさんありますが、特に幸せだった時間は「家族で旅行した時」ですかね。家族全員が集まって何かをするということがないのでこの時ばかりは家族みんなで一緒に過ごしました。
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この回答へのお礼

Thank you

家族旅行は良いでしょうねえ。気の置けない家族で日頃にない風景に

美味しい食事 お風呂に入ったり、観光をすればとても幸福でしょうねえ

僕の父はそんな力が好きでなく 一度も家族旅行ありませんでした。

いーなー^^

お礼日時:2019/12/18 22:58

冬の寒い日、祖母の家で同い年のいとこと鍋を囲んだときかなあ。

なんとなくこの上ない幸せを感じました。あったかくて、なんだか鍋も美味しくて、祖母が嬉しそうで、床暖がついていて。

祖父を亡くすという経験をした後でしたので、余計に小さなことに幸せを感じたし、祖母を大切に思ったからかもしれません。
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この回答へのお礼

Thank you

しみじみと幸せなんだと気付く感じですかねえ。

ご祖母様は残念かもしれんませんが 孫が二人?鍋を突くのを観て

嬉しい気持ちも在ったでしょうねえ。

僕もそんな祖母が居たらなあ。三歳の時に最後の祖母がなくなりました。

お礼日時:2019/12/18 22:54

「今幸せなのかもしれませんね」


いえいえ「幸せだった」んです
犬ちゃんが生きているときにはそれに気が付かず犬ちゃんが死んではじめて知りました。
「切なく」もあり「愚か」でもあります
犬ちゃんが生きているときにそれに気付けなかったのはそれに気付ける「感受性」が無かったからです
「感受性」を磨いてこなかった結果です
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この回答へのお礼

ありがとう

感受性は価値観によるんですかね?

確かに失って初めて気付くことはありますねえ

私も感受性は落ちました。

お礼日時:2019/12/18 22:51

私にとって天使は神は「幸福感の象徴」だと思います。


私は宗教を信仰していないのです常日頃神や天使を意識する事は無いのですが、私の心の奥底に神や天使が「幸福感の象徴」として眠っているのだと思います
だからこそトランス状態によって「幸福感」に包まれたとき心の奥底に眠っている「幸福感の象徴」である神や天使が呼び起こされたのだと思います
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この回答へのお礼

ありがとう

是非天使を起こして幸福に成りましょう^^

喜びに満たされたら幸福な人生が待ってますよ

あなた程色んなことに詳しい人が世界に貢献すれば非常に有益でしょう。

ムカリンという名前を変えては如何ですか?^^

お礼日時:2019/12/18 22:48

トランス状態とは簡単に言えば「脳が麻痺している状態」です。


詳しく説明します
動物は迫りくる危険を素早く察知するために身の回りに意識を向けます。
集中とはある一点に意識を向ける事ですがそうすると身の回りに危険が迫ってきてもそれに気が付かない恐れが生じます。
それを避ける為に集中しようとすると雑念が生じて集中できないようにします。
これが本来正常な状態です
ですから何か集中している状態は本来異常な状態なのです
雑念を払いのけて集中し続けると脳は
異常状態→危険状態に変わります
危険状態に陥った脳を正常な状態に戻すために脳が脳自身をリセットしようとします
その際に脳内にある種の生体ホルモンが大量に分泌されその大量の生体ホルモンによって脳が一瞬麻痺状態となります。
その麻痺状態がトランス状態です
麻痺状態=トランス状態に陥ると究極ともいえる幸福感に包まれます
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この回答へのお礼

Thank you

快ですかね?そちらの方が嬉しいように出来てるんですかねえ。

僕は雑念はあまりないですねえ。IQが低いので集中しないと理解できません。

テレビや音楽は掛けていますが 書いてる時は思考の邪魔になりますねえ。

トランス状態って人間にとって何なんですかねえ。気配りしても集中しても

時と場合でいいんじゃないでしょうか?

分かり安い解説をありがとうございます。

お礼日時:2019/12/18 22:44

一番の幸せ


それは半年前に亡くなった愛犬「犬ちゃん」と過ごした日々です
私は元来自分自身の面倒もようしない人間でだからペットの面倒を見るのが好きではなかったのです。
ところが「犬ちゃん」とともに暮らしていいるうち「犬ちゃん」の面倒(と言っても餌を上げるぐらいでしたが)を自然にするようになってました。
当たり前にです。
面倒くさいとか義務だからとかそういった思いは一切なかったでしたね
犬ちゃんが生きているときには気が付かなかったのですが犬ちゃんかった亡くなって犬ちゃんの面倒をみなくてすむようになったときわかりましたね
犬ちゃんに対してあまり前の様に面倒をみてきた事が幸せだったと事を。
THE虎舞竜の「ロード」の歌詞の中に
「何でもないような日々が幸せだったと想う」の歌詞の意味がはじめて体感できました
犬ちゃんには感謝しかありません
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この回答へのお礼

ありがとう

僕も同じですねえ。犬や植物を育てるような心の余裕はないと言うか 実家からしてそうでしたから。

虎舞竜のロードですが そうですね。今幸せなのかも知れませんね。

お礼日時:2019/12/16 19:22

一番の至福感


それは「トランス体験」ですね
自己流の「瞑想?」の時に一度
写真撮影をしたとき二度程の経験それまで経験した事の無いような「至福感」にしたりました
自己流の瞑想?の時は「トランス状態」に陥ったその瞬間に目の前が真っ白くなり下から上へ白ぽい何かが上昇するのが見えました。
それを見た瞬間にそれを「天使だ」と直感しその瞬間にあまりの至福感に涙を流しました
写真撮影の時は
一つはスタジオで頭部だけの「真っ白なマネキン?」を撮影するために本番シャッターをきったその瞬間にその「頭部だけの真っ白なマネキン?」が神様に見えその瞬間にあまりの至福感に涙を流しました
もう一つは
七里ガ浜で浜辺に打ち寄せる波を撮影しようとシャッターをきったその瞬間にあまりの至福感に涙を流しました
三度の「トランス体験」によって得たのは至福感だけではありません
それは答え(幸せ・不幸せ等)は外に無くて内にある事を知った事です
この三度のトランス体験が今の私のベーシックな考え方に深く根ざしているのでその意味ではいい経験でした
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この回答へのお礼

Thank you

自己流の「瞑想」の時に一度 二度? 真っ白なマネキンを撮影する時に一度

七里ガ浜でうつ寄せる波を撮影しようとした時一度ですね。

瞑想はトランス状態 悟ったような状態なのでしょうか。

真っ白なマネキンの頭部は人間存在の美しさの象徴だったのでしょうか。

そして幸せは外にはなくて内 人間の心?にあることを知ったわけですね。

どうもありがとうございます。

お礼日時:2019/12/16 19:20

私個人の一番の至福感と一番の幸せについて回答させて頂きます

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この回答へのお礼

はい。

お礼日時:2019/12/16 19:04

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