

私の西洋哲学の師匠である野矢茂樹先生は「哲学の定義は哲学者の数だけある」と
言っていました。
ですから、芸術とは何かと言われて様々であるのと同じように、哲学とは何かと言
われても様々な考えがあって錯綜としてしまいます。
だから、統一した定義を共有すべきだと力んだところで仕方がありません。
よくわからないからと言って、哲学というものから離れて行ってしまうことが私は
人類にとってマイナスだと考えておりますので、それぞれの人の考え方・立場という
ものを理解するということは大事なことでしょう。
私の哲学の定義は次の通りです。
『人間は他の動物と違い、行為の選択の自由を持っている。だから、その基準を持つ
べきである。それが、人生観・世界観であり、それを哲学と呼ぶ。』
さて、皆さんの哲学の定義はどういうものになりますか?哲学など不要なもの、とい
うことでも勿論結構です。
A 回答 (21件中1~10件)
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No.20
- 回答日時:
ありがとうございます。
さすがよく観てらっしゃると思いました。
補足にある、哲学が人生や生活に価値をもたらすことについて。
哲学が、今まで無価値で無意味だったと思っていた事柄の、価値や意味を見出すことに役立つことはままあると思います。
先日、問いを立てようか迷ってやめたのですが、以前ニャンポコさんの質問に制作と鑑賞という言葉が出てまいりました。そのことについて気になっていて、都度に考えております。
制作的な人生とは、実践を伴う人生であると思います。制作をするには、鑑賞することができなければなりません。目の肥えていない画家が居ないようなものです。実践する人も同じで、正しく物事を認識する、多角的に認識する、深く認識する、など、認識において精通して居る必要があると思うわけです。
哲学が生活や人生に価値をもたらすというのに、一つずつ挙げていくと、一つは、成熟した考えが実体をもって現れてくる事、一つは、既にある事象について、それ自身の意味を検証しそこに価値を見出せる事、一つは、哲学をすること自体、その在り様に価値があるという事。などがあると思いました。
具体的に言えば、
・考えだけでなく立ち居振る舞いや言動、やっていることが様になっている。
・起こった悲しい出来事について、それの持つ良い意味を見出すことができ、起こった喜ばしい出来事について、それの持つ気をつけなければならない意味を見出すことが出来る。
・思索すること自体が、飛ぶ鳥の姿の美しいように、ある種、人間らしい価値を体現しているという事。
など。
ここで私が今回注目したいのは実は三つ目で、これは考える技術に関する事柄です。鳥が飛ぶにも技術が必要です。あの森を超えて、向こう側に新天地を見出したい、と、鳥が思うだけでは思っただけに過ぎません。飛ぶ技術を備えて実行し、そして、森の先に本当に新天地があったのかを確かめることが出来る。
同じように、哲学でも、この迷妄を超えて、確かな真実知に到達したいと思うだけでは思っただけに過ぎません。考える技術を身に着けて、実践し、そして、迷妄を超えた先に確かな真実知があるのか、はじめて真実に理解できる。
巷では、哲学など役に立たぬと、哲学を知らない者が吹聴する。哲学者でさえ、別に役に立つために哲学をやっているわけではないと、哲学に興味のない素人と同じ目線で語らざるを得ない者もいる。私は真実知に到達するために哲学をやっていると答える哲学者がどれだけいるのか知りませんが、ともあれ、何故哲学に、ある種の美しさ、人を魅了する力があるのかと言うと、一つは、真実知(哲学の目的)が素晴らしいものであるとの期待を人が持っているから。一つは、その技術が優れているからであると思います。
もちろん”哲学の目的”を、私は真実知に到達する事としましたが、他の目的を設定している人もいると思います。ですが並べて、○○の本当のところを知りたい。と言うのが、多勢を占めるのではないかと思っています。或いは世の中を善くしたいと思ったとして、善いとは何か、その普遍性について問わざるを得ないと思います。善の真実について探求しなければ、目指す世の中の像も定まらないからです。
・・・話が散らってしまいましたが、優れた技術と言うのは、見ているだけで人に満足を与えます。出来上がったものが素晴らしいだけでなく、その工程も素晴らしいものです。
だから、ちゃんとした書物を読めば自分の思考まで整理されたように感じる。優れた絵を模写するようなもので、考える技術が向上するのです。
哲学は有意義で、意味も目的も価値も備えているでしょう。
「感傷は制作的でなく鑑賞的である」という三木清の言葉ですね。
よく思うのですが、子供というものは大人から見れば物事の認識が純粋であると
言えます。
ところが、人は大人になるにつれ社会の仕組み・常識といったものに合わせて、
認識を変化させてゆくものですね。
その、社会の仕組み・常識というものは、倫理・道徳的なものとは必ずしも一致
せず、ほぼ「経済的利益」に基づいている、ということに実は気が付きつつ、そ
れが「現実」であり、「理想は理想」であるとして片付けているのが大抵の大人
と言えると思います。
科学はその「現実」に根拠を与えるものとも言えると思いますが、哲学は「現実」
をそのまま認めるのではなく、より広い視野で認識し、新たな目的観を持って、
「制作」を始めるために存在すると言ってよいのではないかと思いました。
つまり、大人が子供の頃の人間とか社会の認識を思い出すためにある、そう言っ
て過言ではないかも知れません。
本田宗一郎がそういう意味のことを言っています(今、彼にハマっています)。
考えること自体を「技術」と認識することは、とてもスッキリする気がします。
様々な論理、レトリック(詭弁も含めて)があります。そうしたものを整理してゆ
くことは高い技術が必要ということになりますね。
No.18
- 回答日時:
哲学とは 考えることです。
それだけでいいのですが分類としては 人生観・世界観(他の学問の行き届かないこと)を考えることです。
生活をして人生を生存せしむることが哲学の目的です。広く多くの人の人生を。
誰でもしていることでは在るのですが 学 と名が付くから専門的にやることです。
何事もそうですが、高い専門性が大事ですね。
それを達成させるには、一生懸命やらなきゃだめで、
労働者の権利ばかり求めたり、ハラスメントを探すような、
そんな国になったから、日本は中国に完敗したし、アジアの国々にも
追い越されてゆくのです。
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哲学の体系として、「存在論」「認識論」「実践論」の三つが不可欠である。
つまり、実践論がないものは哲学にあらず、ということです。
それは、知ることだけでなく、生活・人生に価値をもたらすことが哲学の目的
であるということでもあります。
このことについても言及いただけたら幸いです。
「私の西洋哲学の師匠である野矢茂樹先生は」なんて書きましたが、私は学者でも何でもない
どころか、学問には縁のない人間で、4年位前からちょこちょこ勉強をするようになっただけの
素人です。念のため。
その割には、社会学は宮台真司先生、ITはホリエモン先生、商売は松下幸之助先生、と師匠は
たくさんいます。師匠がいるというのは楽しいことですよ。