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「伊豆の踊子」について、もう一つ気になった場面があります。
踊子と別れ、最後の場面は船室です。

<そして少年の学生マントの中にもぐり込んだ。>
<真暗ななかで少年の体温に温まりながら、私は涙を出委せにしていた。頭が澄んだ水になってしまっていて、それがぼろぼろに零れ、その後には何も残らないような甘い快さだった。>
(なお、主人公は少年と会う前に涙を流していました)

この「伊豆の踊子」は、ほぼ全体が青春小説(ロリコン小説かも)でしょうが、最後の場面は、ボーイズラブ小説になったのでしょうか?

A 回答 (4件)

そんな情景ではありませんね。

その少年は、主人公がそこの生徒であった一高(旧制第一高等学校)の試験を受けるため東京に出て行く中学生(旧制)でした。だから憧れの気持から、話しかけました。主人公は、涙を溜めた目で「今、人に別れてきたのです。」とだけ言って、その少年のマントの中に顔を隠したのです。(当時高校生が身につけたマントは、今では考えられないほど長く、かつ広がったものです。)
そして、主人公は自分の制帽をその少年に与えて別れます。踊り子との別れの直後に、ボーイズラブなど関係ありません。読んで行けば分かることです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<その少年のマントの中に顔を隠したのです。(当時高校生が身につけたマントは、今では考えられないほど長く、かつ広がったものです。)>
情景がわかりました。

お礼日時:2020/07/09 18:08

人と人との世界を自覚し、作中の「ひねくれ根性」から救われるんです。

若い人にはありがちな瞬間湯沸かしと見えないこともないですが。こういう瞬間を体験したということは人生にとっては宝ではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2020/07/09 18:06

男とか女とかに区別を立てて苦悩するのではなく、それを超越した人と人との世界を自覚しその喜びが涙となってほほを伝う、ということでしょう。

ボーイズラブとは別ですね。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。<
<それを超越した人と人との世界を自覚しその喜びが涙となってほほを伝う>のですね。
青春小説とは言えず、高尚な小説ですね。

お礼日時:2020/07/08 14:49

昔の青春小説でしょうね。

年齢は、今より若いのが普通。20代後半から、老嬢とか、いかず後家って言われる時代ですから。
ボーイズラブの気はないかと。川端康成は、男色を作品にするタイプではない、根っからの女好きのタイプでしょう。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<昔の青春小説>なのですね。
<根っからの女好きのタイプで>すね。

お礼日時:2020/07/08 14:45

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