これからの季節に親子でハイキング! >>

以下の人たちがついていたウソや誤魔化していた、騙していたというようなエピソードを探しています。
知っている方お願いします!
森鴎外
竹下登
島村抱月
陣幕久五郎
田部長右衛門
徳川夢声
若槻礼次郎

福沢諭吉
緒方洪庵
手塚治虫
井原西鶴
幣原 喜重郎
鈴木 貫太郎
与謝野 晶子

伊藤博文
井上馨
江木翼
岸 信介
近衛 文麿
田中 義一
寺内 正毅
乃木 希典
山県 有朋

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A 回答 (3件)

確か福沢諭吉は「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と人間は平等だと言っておきながら、「自分の娘は、武士のところしか嫁にやらない」と言って、言行不一致をしでかしたことがあると聞いたことがあるようなないような…。

記憶が確かではなくすみません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。ネットで調べてみたところそのようなエピソードがありました!大変参考になりました。

お礼日時:2005/02/05 16:23

誤解が生じかねませんので、回答ではなくて補足訂正です。



1の方の文章中に、福澤諭吉は「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らず」と言い、人は平等だと言った、と書いてありますが、福澤諭吉はそんなことは言っていません。福澤諭吉が言ったのは「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずと言えり」です。この意味は、「天は人の上にも人の下にも人を作らない(人は平等である)、と言われている」です。そしてこの有名な出だしには、重要な続きがあります。

-------------------------------------------
 されば天より人を生ずるには、万人は万人皆同じ位にして、生れながら貴賎上下の差別なく、万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物を資り、もって衣食住の用を達し、自由自在、互いに人の妨げをなさずして各々安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。

 されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、貴人もあり、下人もありて、その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。

 その次第甚だ明らかなり。実語教に、人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と愚人との別は、学ぷと学ばざるとによって出来るものなり。
------------------------------------------------
以上は下記リンクからの引用です。
「天は・・・」と合わせてまとめると、

「人は平等であると言われている。しかし、世の中には貧しい者から豊かな者、賢人や愚者、身分の上下もある。この差はいったいどこから来ているのか。それは学問である」
というあたりでしょうか。

さらに、この文章の後に、当時の欧米列強の植民地とされたアジアの地域、あるいは侵食されつつある清国の話題が出てきて、「このように異国に支配されたくないなら学問を修め、国を豊かにし、力をつけるしかない」と続いていきます。

だからあの本のタイトルが「学問のすすめ」だったわけですね。平等であることを謳ったものではありません。

ちなみにこの本、当時3000万人と言われる人口で、全17巻で300万部以上売れています。

参考URL:http://www.inet-mitakai.com/gakumon.html
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

お礼日時:2005/02/09 17:02

森鴎外が陸軍の軍医であったことは御存じでしょう。



「森鴎外 脚気」で検索してみてください。

森鴎外が脚気を伝染病と誤診したことで、多くの陸軍の軍人が無駄に死亡しています。

今ならさしずめ薬害事件として問題になるくらい悪質でした。
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この回答へのお礼

ありがとうございます!参考にして調べてみたいと思います。

お礼日時:2005/02/09 17:01

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Q時代劇に登場する大嘘を教えて下さい

時代劇が好きでよく見るのですが、中には素人が考えても 「こんな時代に、それはないだろう」 と感じるシーンも多いです。

まず 「暴れん坊将軍」 のタイトルシーンに江戸城の天守閣が背景として映りますが、吉宗の時代には天守閣は大火で焼失していたはずなので、これは嘘だと思います。

それとか既婚女性のお歯黒ですね。 本当は真っ黒だったはずです。

遠山の金さんなんて、町奉行が桜吹雪の刺青をして遊び人として町に入っていたなんて、実際にはとても思えませんね。 ま、これはフィクションですから大嘘と言うのはかわいそうかも知れませんが ・・

あと、このカテでも西部劇で主人公が馬に乗って荒原を旅するシーンがありますが、実際には馬1頭で旅する事なんてあり得ず、予備の馬を必ず連れて行ったはずと聞きました。

時代や洋の東西を問わないで結構ですので、時代劇の登場する大嘘について教えて頂けないでしょうか?

Aベストアンサー

また失礼します。m(__)m。鉄漿(おはぐろ:お歯黒)一考。

元々、お歯黒は虫歯対策でした。
今は歯医者でエアートームという「うぃ~ん」って音がする忌み嫌われてる機械の出現で虫歯で死ぬ人はいませんが、あの機械が出現するまで、虫歯は命に関わる病気でした。
虫歯を放置すると歯の根元で化膿し、そこから虫歯菌が血液に進入、全身の血液が化膿してしまう敗血症という恐ろしい病気で死亡します。
今でも敗血症は起こってしまえば即命に関わる恐ろしい病気です。

虫歯になったら、麻酔やエアトームのなかった頃はまだ歯がペンチなどで掴める状態の時に力づくで引き抜く以外に治療法が無かったのです。

このために、虫歯を予防する方法として、お歯黒が開発されました。
女性は妊娠により赤ちゃんにカルシウムを取られて虫歯になりやすいので既婚女性に真っ先に普及したわけです。
また優雅な生活をしていた公家なども、甘いものを一杯食べられるので虫歯になりやすく、お歯黒が普及し、それぞれ既婚女性の、あるいは公家のステータスシンボルみたくなりました。

これが映画で見られなくなったのは、戦後、テレビで時代劇が放映され始めた初期です。
歯磨きが普及し、お歯黒を知らない世代が増えた影響でしょうか「歯が黒いと気持ち悪い」という抗議が殺到したのだそうです。
それで「明らかに間違えなのだけど」お歯黒を入れるのを止めたそうです。

また失礼します。m(__)m。鉄漿(おはぐろ:お歯黒)一考。

元々、お歯黒は虫歯対策でした。
今は歯医者でエアートームという「うぃ~ん」って音がする忌み嫌われてる機械の出現で虫歯で死ぬ人はいませんが、あの機械が出現するまで、虫歯は命に関わる病気でした。
虫歯を放置すると歯の根元で化膿し、そこから虫歯菌が血液に進入、全身の血液が化膿してしまう敗血症という恐ろしい病気で死亡します。
今でも敗血症は起こってしまえば即命に関わる恐ろしい病気です。

虫歯になったら、麻酔やエアトームの...続きを読む

Q最強の戦国武将は?

最強の戦国武将は誰だと思いますか?皆さんのご意見を聞かせてください。戦略的にではなく戦術的に強い武将でお願いします。ちなみに私は上杉謙信だと思います。

Aベストアンサー

織田信長ではないかと思います。
「大軍をもって寡兵を破る」というのが彼の真骨頂で、敵の数倍の兵を集めて、弱い敵を討ち漏らさないのは、当たり前のようでなかなか出来ることではありません。
十分なリサーチをし、勝てるような算段をして、万一の準備をしてから戦に臨み、確実に勝ちを拾う。
信長が世に出たきっかけは桶狭間の戦いですが、人間若いうちに成功するとなかなかそのやり方を否定することが出来ません。
彼の場合、これ以降は余程でなければ相手より少ない兵力で戦をすることは無く、やる場合も損害が少ないように上手に逃げます。
信長の大失敗で知られる越前攻めですが、部下を全て見捨てて自分だけ逃げ帰るような事はなかなか出来ることではありません。
途中で名も無き土民に首を獲られれば末代までの恥ですし、リーダーが逃げ出せば軍団は壊滅し、裏切り者が出て岐阜に反転し、自分の妻子すらどうなるか判らない。
私なら落城した金ケ崎城に兵を入れて浅井軍を牽制し、全力で木の芽峠を越えて朝倉を攻撃します。
運がよければ朝倉を壊滅させて浅井と対峙できますし、運悪く命を落としても武士の名誉は守れ、悲運の名将という名が残ります。
それがあんなにも大胆に逃げたのは、将に天才的な名将と言えるかと思います。
途中の朽木も、それを見越したからこそ恩を売るつもりで朽木谷を通したのではないでしょうか。

上杉謙信は結局人間の心理が読めない武将と思います。
この時代の武士はドライなもので、恩とか義理とかは余り考えていません。
実質の無い関東管領を名乗り、見入りの無い信州に介入し、部下の心は離れ、関東の諸将は冷ややかに彼を見つめ、同盟していた北条もメリットが無いとして同盟を破棄します。
戦に出ても勝ちを拾えず、砂上の楼閣のような物を得て引上げる、しかも田植えが済んでごく短期間だけちょろっと戦をして引上げる。
上杉謙信、武田信玄などは所詮はアマチュア武将であり、嘗て清原・桑田を擁したPL学園が阪神タイガースより強いのではないかと幻想を抱かせましたが、実際にはプロとアマとの間には大きな差があるように考えます。
短期の戦ではアマチュアがプロを抑える事は出来ても、決定的に破ることは出来ませんし、やがて破れていく。

上杉は運良く謙信が死んだので幕末まで残りましたが、生きていれば、北陸道を進む柴田軍と信州から進入する信忠軍、伊那から徳川軍などが進軍し、じりじり春日山に迫られ自刃したかと思います。

歴史的にも徳川家には武田の生き残りが多く仕え、彼らにとって武田信玄は神のような武将で、それに5分に渡り合った謙信は神に準じる武将と祭り上げられ、逆に家康が臣従した今川家と織田家は低い評価が付きますので、そこは割り引いて考えてもよいのでは。

最強というからには、やはり兼業武士(アマチュア)ではなく専業の武士(プロ)で競うべきで、信長を除けば、蒲生氏郷、結城秀康、柴田勝家、加藤清正などかと思います。

私の独断と偏見で。

織田信長ではないかと思います。
「大軍をもって寡兵を破る」というのが彼の真骨頂で、敵の数倍の兵を集めて、弱い敵を討ち漏らさないのは、当たり前のようでなかなか出来ることではありません。
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Q戦国武将の性格、意外な一面、暖かい話しなど

タイトルの通りですが、人格、意外な一面、暖かい話を知ってる方何が教えて下さい!最近一気に小説など読んだのですが、裏切りや残酷なことが多く少しぐったりしています…
よろしくお願いします!

Aベストアンサー

 信長のはなしをひとつ 将軍義昭を奉じて 上洛し 諸事万端の段取りを済まして 岐阜に帰還 ところが それを見越して また
そぞろ 三好の一党が京周辺で動き始め 不穏な情勢に 義昭は不安になって 岐阜の信長に来援を要請しました 雪の積もる季節でしたが
ものともせず 急ぎ急行の指令を城下にだしました
そのときの顛末が信長公記にあります
荷の運搬に対して 信長は信玄や謙信のような 伝馬制度は採らず 馬借でした 城下で営業を許可しておりまして 通常は一般の請負ですが
いざというときは 独占貸切になり どこの誰が何をどれぐらいのものを積むかは すでに決めてありまして ほら貝とともに 短時間で出発できるようになっていました が そのときは何がたりなかったのか
少々混乱しまして (既定の人数にたりなかったようです)いつもより
たくさん積もうと(積めば積むほど金になる)荷持の取り合いがどうもあったみたていで 混乱したんです
信長は じきじきに 出て行って こういったそうです
京は 急いでいかなければならないので けんかするな
濃がいちいち見て採決してやるから さわぐな と
いちいち点検して これでよし  いくぞといって 出発したそうです
今で言うところの宅配便です
信長は もちろん京に間に合い 蹴散らしたそうです
馬借の人夫らと雪のちらつく中 馬の背に荷持を担ぎ上げたりしていたわけです
この距離感が信長なんでしょうね
支配するものと支配されるものの間の中間を排除しょうとした
行動の一端がかいまみれる思いです
  

 信長のはなしをひとつ 将軍義昭を奉じて 上洛し 諸事万端の段取りを済まして 岐阜に帰還 ところが それを見越して また
そぞろ 三好の一党が京周辺で動き始め 不穏な情勢に 義昭は不安になって 岐阜の信長に来援を要請しました 雪の積もる季節でしたが
ものともせず 急ぎ急行の指令を城下にだしました
そのときの顛末が信長公記にあります
荷の運搬に対して 信長は信玄や謙信のような 伝馬制度は採らず 馬借でした 城下で営業を許可しておりまして 通常は一般の請負ですが
いざというと...続きを読む

Q歴史上の偉人の(格好悪い)面白エピソード

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「勝海舟は子供のころ犬に金玉かまれて死に掛けた」
「勝海舟が咸臨丸で渡米したとき船酔いでまったくの役立たずだった」など、
偉人の面白エピソードを教えて下さい。
その際、出来れば以下の条件を守って下さい。

・日本人である。
・あまりに古い偉人はやめてほしい(大河ドラマになるくらいの年代ならOK)
・勝海舟のように、歴史にあまり興味の無い人が、
「名前は知っているが、具体的に何をした人かはちゃんと説明出来ない」
というくらいの知名度の偉人が望ましい。

……ちなみに、上記の勝海舟のエピソードはこのサイトの過去質問で発見したのですが、
このエピソードは本当なんですよね?

Aベストアンサー

結構有名な話でしょうが・・・

徳川家康

三方ヶ原の合戦で武田軍に大敗し浜松城に逃げ帰る際に
恐怖のあまりに○ンチもらした、とか。

西郷隆盛

陰嚢水腫で×ンタマが人の頭くらいあり、
検死の際にはそれで本人と確認された、とか。

Q戦国時代のおける大名の妻のなかで、一番の妻は誰だと思いますか?

戦国時代のおける大名の妻のなかで、一番の妻は誰だと思いますか?
もし、この女性が戦国武将になったらすごかったと思う人は誰ですか?
おね、まつ、ちよ???

Aベストアンサー

賢妻は前田利家の妻まつでしょうか?

この女性が武将だったら、と思うのは
伊達政宗の母「義姫」
お家のためだったら息子も殺そうとするあの非情な血が
政宗に流れ、彼を奥州の覇者へとしたのではないでしょうか?


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