係助詞「も」の並列用法について、ずっと抱き続けている疑問があります。以下の二つの例文を見て頂けますでしょうか。

A.このお菓子はおいしい。あのお菓子「も」おいしい。
B.このお菓子はおいしい。値段「も」安い。

当然ながら、A.の例文は何ら問題が無いと思うのですが、B.の場合、並列が成り立っていないように思うのです。B.の前後の文を比較しやすいように、次のように言い換えてみます。

このお菓子の味はおいしい。このお菓子の値段も安い。

ここで並列関係にあるのは、「味」と「値段」だと思います。ところが、それらに対する述語は「おいしい」「安い」と、それぞれ異なる状態を言い表しています。

B.のような「も」の使い方は、日常頻繁に見たり聞いたりします。例えば、「彼は美形だ。性格も良い。」「この花は綺麗だ。匂いも良い。」などです。こうした「も」の使い方は、果たして正しい使い方なのでしょうか?或いは、並列ではない別の用法なのでしょうか?

どなたかお分かりになる方いましたら、ご教授頂けませんでしょうか?宜しくお願い致します。

A 回答 (3件)

語学的にどうか知りませんが、言葉を省略しているからそうなってるのではないでしょうか?



このお菓子はおいしくて良い。値段も安くて良い。
 「良い」が省略されていると思います。
「味」「値段」に「おいしい」「安い」じゃなくていずれも「良い」「すばらしい」など賞賛する言語が隠されているような感じがします。
「味も値段もどちら『も』良い」という事じゃないでしょうか?

あとの例も同じような感じで考えると納得できませんか?
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この回答へのお礼

参りました(笑)。大変納得の行く回答です。まさに目から鱗です。語学的にどうか分からないと言うことですが、極めて正解に近いのではないかと思います。どうもありがとうございました。

お礼日時:2005/04/05 01:37

これは、日本語特有の主語の省略ではないでしょうか?つまりBの例文では、「このお菓子はおいしい。

このお菓子は値段も安い。」から、二つ目の文でも一つ目の文と主語が一致しているため、二つ目の文で主語が省略されてしまっているのだと思います。
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お菓子を買う人にとっての「メリット」という観点において、「おいしい」と「安い」は並列の関係にあると思います。



並列に並ぶからには、何らかの共通点、すなわち「観点」にもとづいて並んでいるはずです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。「観点の共通」、即ちNo.1の方と仰っている事が共通しますね。

お礼日時:2005/04/05 01:42

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「雨が降ってきたので、軒下で雨宿りをした」という文は文節に分けると「雨が」「降って」「きたので」「軒下で」「雨宿りを」「した」となり、更に単語に分けると「雨・が」「降っ・て」「き・た・ので」「軒下・で」「雨宿り・を」「し・た」になります。
その中で最初の単語(自立語を除くと)
「が」「て」「た」「ので」「で」「を」「た」になります。
その中で活用のあるのが過去をあらわす助動詞「た」(「ば」につながるとき仮定形「たら」と活用する)をのぞくと
「が」「て」「ので」「で」「を」の5つが助詞です。
終助詞というのは言葉の一番最後につく助詞ですのでこの中にはありません。
格助詞は一般的に体言(名詞)につき、接続助詞は活用のある語句につくので「雨」「軒下」「雨宿り」という体言につく「が」「で」「を」が格助詞、活用のある語句「降る」「た」につく「て」「ので」は接続助詞ということになります。
ちなみに副助詞はそれをつけることによって何らかの意味をつけくわえながら副詞的に主に用言に掛かっていくわけですが、格助詞との見分けが難しいです。だから、格助詞は10ヶしかありませんので、それをしっかりと覚えておいて、副助詞と格助詞の区別をつける必要があります。

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ある一定の言い方(文末表現)を要求するのが、「呼応の副詞」です。

「雨が降ってきたので、軒下で雨宿りをした」という文は文節に分けると「雨が」「降って」「きたので」「軒下で」「雨宿りを」「した」となり、更に単語に分けると「雨・が」「降っ・て」「き・た・ので」「軒下・で」「雨宿り・を」「し・た」になります。
その中で最初の単語(自立語を除くと)
「が」「て」「た」「ので」「で」「を」「た」になります。
その中で活用のあるのが過去をあらわす助動詞「た」(「ば」につながるとき仮定形「たら」と活用する)をのぞくと
「が」「て」「ので」「で」「を」...続きを読む

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(2)有名な歌手【ったって】、海外じゃ全く無名さ。
(3)彼女が美人【だって】、僕は結婚するつもりはない。
(4)私【だって】怒りますよ。

(1)~(3)は接続助詞「たって」とその変形で、(4)は副助詞とされます。
どれも紛らわしいのですが、特に(3)と(4)はともに体言につき、「であっても」の意味を表すので、違いを見いだすのは難しいかもしれません。
理屈によって演繹的に理解することも不可能ではありませんが、実にややこしい。

ただ、理屈抜きに便利な方法が二つあります。
いずれも、中学校の口語文法の参考書に載っていることを利用します。

その1)
「接続助詞を用いた文は、接続詞を使って二文に書き換えられる。」
ということを利用します。「暑いから服を脱ごう。→暑い。だから服を脱ごう。」といったことです。

(3)彼女が美人【だって】、僕は結婚するつもりはない。
これは、接続詞を使って次のように書き換えられます。
「彼女は美人だ。ただし(あるいは「しかし」)、僕は結婚するつもりはない。」
このことを理屈っぽく言えば、従属節(S→P)についていれば(あるいは「ついているから」)接続助詞、なります。また、その従属節は接続部であり、よって接続詞によって二文に分けられるのだということもいえます。

それに対し、
(4)私【だって】怒りますよ。
これは、「私だ。ただし(あるいは「しかし」)怒りますよ。」
とはできません。
これも理屈で言えば、「私だって」は、接続語ではない、ということになります。(下記参照)


その2)
「副助詞は、省略しても文が成立しる。」
ということを利用します。

(3)彼女が美人【だって】、僕は結婚するつもりはない。
これは、「だって」を省略すると、
「彼女が美人、僕は結婚するつもりはない。」
となって文が成立しません。

それに対して、
(4)私【だって】怒りますよ。
これは「だって」を省略しても、
「私(、)怒りますよ。」
となり、文が成立します。
つまりこの「私だって」は、成分としては主語なのです。
”S→P(V)”としての関係(「怒る」という述語(動詞)の主体は
「私」であるということ)を考えれば、「私だって」は「私が(は…これは副助詞ですが、この場合は題目語ではなく主語を示します。)」と同じ成分なのです。なお、次のような場合の「だって」は主語ではなく、連用修飾語を作ります。いずれにしろ接続語(部)ではないありません。
「君と一緒なら、地の底【だって】行くよ。」
→「君と一緒なら、地の底(、)行くよ。」
「どこ【だって】行くさ。」のように、省略すると文をなさない(あるいは、全く原文と意味が変わる)例外もあるにはありますが。

もっと学校文法的に説明しやすい(わかりやすいというより、すっきり説明がつくという意味)のは、「でも」を使った文の識別法かもしれません。それは、場を改めてお話ししたいと思います。

(1)そんなこと言っ【たって】、しかたないよ。
(2)有名な歌手【ったって】、海外じゃ全く無名さ。
(3)彼女が美人【だって】、僕は結婚するつもりはない。
(4)私【だって】怒りますよ。

(1)~(3)は接続助詞「たって」とその変形で、(4)は副助詞とされます。
どれも紛らわしいのですが、特に(3)と(4)はともに体言につき、「であっても」の意味を表すので、違いを見いだすのは難しいかもしれません。
理屈によって演繹的に理解することも不可能ではありませんが、実にややこしい。

ただ、理屈抜きに便利な...続きを読む

Q「ところが」の使いかた

「一所懸命勉強した。ところが、合格できませんでした。」
この文は、日本語として自然でしょうか。


わたくしは、この文はやや不自然のような感じがしますが。
「ところが」のいちばん大きな特徴は、後件に(話し手が)予測していない事態が来るところにあると思います。しかし、「(一所懸命)勉強」と「不合格」の背後に、明らかに因果関係、即ち「(一所懸命)勉強すれば、合格できる」が隠れていると思います。こういう場合、
「一所懸命勉強したが、合格できませんでした。」のように、「が」を使うほうがいちばん自然だと思いますけど。

わたくしの感じは、正しいかどうか、
わたくし教えていただけないでしょうか。

Aベストアンサー

 質問者さんの違和感は、正しいです。

 Aだ、ところが、Bだった、という文脈の場合、AならばBだ、というかなり強い結びつきといいますか、因果関係の流れがある場合に使います。

 一生懸命勉強したからと言って合格できるなんてほど、世の中の試験は甘くありません。

 可能性としては不合格になる場合・人間のほうが、圧倒的に多いのです。

 したがって、「ところが」を使うのは不自然です。

 使っていいのは、例えばこんな場合です。

 「先生たちは口々に『絶対に合格する』と断言してくれました。模試でも合格可能性85%以上ばかりでした。私より悪い成績でも、先輩たちは100%合格していました。ところが、私は不合格でした』

 逆に、一生懸命勉強してても合格できないのが試験ですから、不勉強なら不合格は間違いないので、

 「ヤツは全然勉強しないで、遊んでばかりいた。ところが、ヤツは合格した」

 という言い方はアリです。


 質問者さんの例文の場合は、前半と後半の丁寧さがちょっとあっていない感じ(間違いとは言えない程度)ので修正して

(1) 一所懸命勉強した"が"、合格でき"なかった"。

     不満、結果に対する怒り。
     セリフではなく地の文か、独白部分に使う。
     読む時は、ふつうの「が」。強いアクセントあり。

(2) 一所懸命勉強した"のに"、合格できませんでした。

     悲しみ。涙声。女性的イメージ。

(3) 一所懸命勉強した"のですが"、合格できませんでした。

     冷静な事実伝達。若干、ふてくされぎみな感じ。
     鼻濁音の「が」。アクセントなし。

(4) 一所懸命勉強した"にもかかわらず"、合格できませんでした。

     悔しさ、無念さ、男泣きのイメージ

 などがよろしいかと思います。


 ちなみに、「一所懸命」は古風な言い方で、今は「一生懸命」がふつうですね。
 

 質問者さんの違和感は、正しいです。

 Aだ、ところが、Bだった、という文脈の場合、AならばBだ、というかなり強い結びつきといいますか、因果関係の流れがある場合に使います。

 一生懸命勉強したからと言って合格できるなんてほど、世の中の試験は甘くありません。

 可能性としては不合格になる場合・人間のほうが、圧倒的に多いのです。

 したがって、「ところが」を使うのは不自然です。

 使っていいのは、例えばこんな場合です。

 「先生たちは口々に『絶対に合格する』と断言してくれまし...続きを読む

Q「助動詞」と「助詞」の説明の意味がよくわかりません

塾講師のバイトをしていて国文法を教えなければならなくなりました。国文法で助動詞や助詞は「活用のある付属語」「活用のない付属語」とどの本にも書いてますが、はっきり言ってそれだけでは生徒も意味がわからないだろうし、教える側も意味がはっきりわかりません。「助動詞」「助詞」は小中学生相手にどう説明したら分かりやすいのでしょうか??教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

品詞の問題は、まず文節に分けることが基本ですよね。文節は、小学生向けによく「文の間に『~ね』『~よ』を付けて見つける」と教えるようです。

例:ハリーは 杖を 上げて 呪文を 唱えるようだ
 ↓こうやって見つける
ハリーはネ 杖をネ 上げてネ 呪文をネ 唱えるようだネ

このようにして文節に分けることができました

次に各文節は、自立語と付属語に分けることができます(品詞は一番大きく分けると自立語と付属語の二つしかありません)。

自立語は、その語だけで意味がわかるものです。
ハリー、杖、上げ、呪文、唱える、の5つ見つかります。
付属語(自立語以外のすべてなのですが)は、それだけでは意味がわかりません。
は、を、て、を、ようだ、の5つありますね。
このうち、「ようだ」だけが「ようで」「ような」「ように」などの活用語があります。つまり、これが助動詞でそれ以外の「は」「を」「て」は助詞ということがわかります。

大体、小学生だとこのような説明になります。
まずは、文、文節の理解がないと始まりませんね。

文節、助詞、助動詞などの詳しい説明は↓をご覧ください

参考URL:http://yslibrary.cool.ne.jp/harojapa000top.htm

品詞の問題は、まず文節に分けることが基本ですよね。文節は、小学生向けによく「文の間に『~ね』『~よ』を付けて見つける」と教えるようです。

例:ハリーは 杖を 上げて 呪文を 唱えるようだ
 ↓こうやって見つける
ハリーはネ 杖をネ 上げてネ 呪文をネ 唱えるようだネ

このようにして文節に分けることができました

次に各文節は、自立語と付属語に分けることができます(品詞は一番大きく分けると自立語と付属語の二つしかありません)。

自立語は、その語だけで意味がわかるものです。
ハリー...続きを読む

QB級品とB級グルメのBは

違うニュアンスのようですが

実際のところどうなんでしょう?

違うとしたら、何でB級グルメとつけたのでしょうか?

Aベストアンサー

確かに違いますね。
これは間に「B級映画」などを挟むと分かりやすいのかも知れません。
B級グルメと同じ意味で最初に使われたのが恐らく映画です。
B級映画というのは、もちろんハリウッドメジャー作品との比較を意識して使われた名称ですが、
実際、明確に区別出来る理由と構造を持っていました。
簡単に言えば、当時の事情で前座用の低予算映画が大量生産され、
しかもその撮影所は「B撮影所」だったというおまけつき。
そこから低予算短納期の映画を「B級映画」と呼ぶ様になって行ったのですが、
これが低予算だから実現した「普通だったら却下されそうなアイデア」とか「売れない役者の怪演」など独特の味わいを生み、
カルトな人気が出始め、ついには一ジャンルとして認知されるまでに至った訳です。
もちろん比較対象としてのA級=メジャー作品はそのままですから、2つの意味を併せ持った言葉として今も生き続けているのです。

そんなB級映画を始めとする「B級文化」を背景にして、「B級グルメ」という言葉が生まれたのだと思われます。
つまり、一流どころや高級品、正統派ではないけれど、味わいのあるモノという意味ですね。
B級グルメの場合、チープさ、手軽さ、安さを備えた「美味しい」食べ物という意味であると考えます。
要は誰でも作れる日常的且つ庶民的な料理であり、伝統的な郷土料理でもない料理という事でしょう。

確かに違いますね。
これは間に「B級映画」などを挟むと分かりやすいのかも知れません。
B級グルメと同じ意味で最初に使われたのが恐らく映画です。
B級映画というのは、もちろんハリウッドメジャー作品との比較を意識して使われた名称ですが、
実際、明確に区別出来る理由と構造を持っていました。
簡単に言えば、当時の事情で前座用の低予算映画が大量生産され、
しかもその撮影所は「B撮影所」だったというおまけつき。
そこから低予算短納期の映画を「B級映画」と呼ぶ様になって行ったのですが、
これが低予算...続きを読む


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