中国や韓国(北朝鮮も?)過去の日本の侵略戦争に対する、謝罪や解決がなければ関係の修復はないと言っていますが、一体彼の国は何をもってそれが清算されると考えているのでしょう。戦後処理でもう解決されてるとも読んだ記憶がありますし、中国に対してはODAがそのかわりになるとも書いてあったような気もします。天皇陛下や首相の公式謝罪?、それともまた膨大な賠償金支払い?それとも教科書に謝罪文を載せる事?それとも出来ない事を要求して難癖をつけてるだけ?
どなたかお教え下さい。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (7件)

日本は確かに中国と戦火を交えました。

  その結果、戦後20年以上に渡って国交が断絶していたのですが、昭和47年に当時の田中角栄総理が訪中し、戦後の外交問題のひとつであった日中国交が回復しました (但し、日本側がそれまで唯一の中国政府と看做していた台湾を切り捨てる事になりましたが ・・・)。

この時、両国政府から発表された日中共同声明で 「中国政府は日本国に対する戦争賠償の請求を放棄する事を宣言する」 と、賠償請求権を放棄しました。

法的に言えば、この時点で日本は中国に対する全ての戦争責任から解放されたわけで、その後の謝罪や賠償責任が存在するはずがありません。

一方、韓国ですが、一般的には何となく韓国に対しても中国と同じように戦後賠償責任があるように受け止められていますが、事実は全く違います。

韓国は日本と戦争していません。  日本国の植民地として存在していたわけです。

1965年に絶縁関係にあった日韓両国の間で 「日韓基本条約」 が締結されましたが、その中では、両国は戦争状態にあったわけではないので、戦後賠償については一言も触れられてはいません。  当然の事です。

ただ、軍属や労働者として徴収された中で、戦争被害にあった人たちに対する 「補償金」 として、当時の韓国の国家予算の2倍にあたる無償・有償の経済協力を行なったわけです。

また両国政府に対する個人の賠償請求権の放棄も明確に定められています。  当時の 「従軍」 慰安婦と称する韓国の老婦人が日本に来て、日本国に賠償責任を求めましたが、当然の結末として敗訴しました。  日本の特定集団から誘いに応じて来日したわけですが、生き恥を晒す結果となり本当に気の毒だと思います。

韓国に対する植民地政策の清算もこれで完了した事になります。

例えは変ですが、日本は 「きれいな体」 となって生まれ変わったわけです。

従って、中国・韓国に対する戦後賠償問題はもはや存在していません。  また、謝罪も時の総理が訪中・訪韓するたびに戦時中の行動について再三・再四、声明で謝罪を繰り返しています。

また平成天皇も 「韓国国民が味わった苦しみを思うと、痛惜の念を禁じえない」 と 「お詫びする」 とか 「謝罪する」 とかの直接的な表現ではなかったものの、事実上の 「天皇による謝罪表明」 と受止めるべき内容でした。

と言うわけで、現時点で、日本の中国・韓国に対する戦争中の 「賠償責任」 は存在せず、また 「謝罪」 も過去の歴史を見ると何度も繰り返している事が分かります。

両国とも日本に対して執拗に謝罪と賠償を求める姿は、暴力団が金をせびる時によく使う 「俺の気持ちの問題だ、誠意を見せろ、誠意だ」 というセリフと、なぜかダブります。

また、この日本国に対する恐喝行為は今後も続くものと考えられます。

両国には 「国家の威信、尊厳」 というものが存在してないように思えます。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

大変わかりやすい丁寧な回答ありがとうございました。これですっきりしました。重ねて御礼申し上げます。

お礼日時:2005/04/13 10:49

この問題は、基本的に金銭の問題でなく、感情の問題です。

 そして、この韓国・中国の悪感情の基本には、戦前の日本の、植民地(韓国は当時植民地ではなかったのですが。)政策・戦争能力の不足が原因となっています。

 先ず韓国(戦前は、韓国・北朝鮮が分断されていなかったので、戦前は朝鮮というのが正しいと思いますが、北朝鮮についてと誤解されるかもしれないので、あえて、韓国とします。)についてですが、日本はヨーロッパの国のように、韓国を植民地とせずに、日本に併合しました。
 ヨーロッパの植民地の場合、経済的搾取が目的だったので、効率的に統治することに主眼を置き、支障のない限り、その国の旧来の体制には、変更を加えないようにしました。
 ところが、日本は韓国で日本国内とできるだけ同じ考えで統治しようとしました。
 学校では日本と同じ義務教育を導入し、学校ではハングルを禁止し日本語を教え、歴史も戦前の日本国内で使用していた歴史教科書を持ち込み、使用しました。
 韓国の日本化政策に対し、韓国の知識人は、民族の存在としての危機感を覚え、日本化政策に反対しましたが、思想犯として逮捕弾圧されました。
 象徴的事実として、日本の朝鮮総督府は、朝鮮王宮の正門前の広場に、門をふさぐような形で王宮より大きな建物が建てられました。
 尚、イギリスにおいても、北アイルランドを併合したため、そこに住む一部の人々は、北アイルランドの独立を求め、つい数年前までロンドンで爆弾テロを行っていました。

 中国については、日本軍の軍需物資輸送能力の不足と、軍人に対する戦闘地域の民間人に対する教育不足が大きな原因です。
 日本軍は、戦争の進展とともに内陸深く進攻しましたが、深刻な物資不足に陥りました。特に日々消費する食料については、現地調達されるようになりました。軍隊が現地で物資を調達した場合、一応軍票という紙幣で支払うのですが、軍票を使用しているのは日本軍だけで、中国での流通性がないため、中国人の大多数を占める農民にとって、事実上食料をただで取り上げられるのと同じ状態となりました。また、小さな村に、その村の人口を何倍も超える日本軍が来た結果、次の収穫までの食料がなくなり、村人が村を捨てることもあったようです。
 ちなみに、ある中国人から聞いた話ですが、村長をしていた彼の祖父は、日本軍が来るということで、村人に食料を隠すように指示を出したそうです。そして、実際日本軍が来たとき、非協力的との理由で、集められた村人の前で、刀で切り殺されたそうです。
 
 象徴的な事例としては、「南京大虐殺」があったかなかったか、ということがあげられます。
 中国側では、10万人以上の民間人が、南京占領時に殺されたと言っており、学校でもそう教えています。
 日本では、本などでの「南京大虐殺」についての記述は、数万人・1万人まで・殺されたのは軍人だけ・敵前逃亡しようとした部隊を中国軍みずからが殺したと言う説まで、色々です。
 日本政府として、虐殺があったか・なかったかについて、戦後落ち着いてからの調査は、行っていません。もちろん、多くの教科書にも記載されていません。
 尚、当時の日本のある新聞に、当時南京に突入した日本軍の武勇伝として、A少尉が108人、B少尉が107人、軍刀で(相手からの銃撃はなかったのか?)切り殺したとの記事が載っています。事実かどうかは別として、当時の日本軍の雰囲気は、分かる気がします。

 ドイツでは、ナチスドイツが行った、ユダヤ人虐殺の事実を、学校で教えており、虐殺のあったアウシュビッツは世界遺産になっています。
 また、中国が日本に対して賠償を請求しなかった理由は、当時の中国を代表していた蒋介石が、中国は礼節の国であるから、暴力に対して礼儀を持って返す・賠償支払いで日本が貧困化すれば、新たな戦争の原因になる、との考えに依るところがあったようです。(ただ、中国の一部の人に、敗戦時助けたのだから、日本が豊かになった今、日本は中国を助けて当然だろう、感謝するに当たらないという空気はあります。)

 つまり、中国人や韓国人にとって、今の日本人が、「中国や韓国が、何故騒いでいるのか、理解できない。」という状態であることことが、反日感情の原点なのです。
 ドイツがやっているように、日本も、「戦前、中国や韓国で何をしたか、教育せよ。」そうすれば、日本人も、我々を理解できるだろう、と言っているのです
 
    • good
    • 3

理由は,いくつか考えられます.



・宗教上の違い.

  日本は,仏教国で,
  韓国は儒教,中国は,共産主義ですから,「無宗教」です.
  宗教というとちょっときな臭いのですが,
  「生活の基盤を支える考え方の違い」
  ということです.

  「価値観の違い」といっても良いでしょう.

   彼らは,自分たちとは違う価値観をもつ民族であると言うことを認識すべきです.


・経済発展

  いくつかの「戦後処理」をしたときは,日本が大変
  貧しいときでした.
 
  まさか,中国や韓国は,焦土と化した日本が
 こんなに短期間に,先進国の仲間入りをはたすことなど考えていなかったと言えないでしょうか.

  経済大国となった日本に対する嫉妬の気持ちも入っていると思います.


・マスメディア

  日本は自由な国です.
  中国や韓国のこのような報道も連日報道されます.

  もっといえば,わざわざ,中韓にお伺いをたてて,
  「日本では,いまこんなことをやっています.どうお考えですか?」と両国にご用聞きをしているメディアもあります.
  日本国内には,そういう外国に敏感な勢力が多数存在しているのも理由の一つでしょう.

   ご質問は,全く同感で,
   彼らの求める「謝罪」とはなんの事を言っているのか,一度じっくりと聞いてみたいものだと私も思います.
彼らの考えていることが,大多数の日本人に伝わっていないのです.


過去の「合意」事項を反故にするのなら,その理由が
必要であり,たぶん彼らなりの理屈はあるのでしょう.
ただ感情的にならずに,もっと詳しく相手の主張を聞きたいですね.
    • good
    • 0

もう既に指摘されているとおりですね。

儒教と中華思想にまみれた彼らの願いは「日本を属国化すること」でしょう。彼らにとっては「小日本」と呼んでいるように、日本は辺境の劣等国で、かつて自分たちを打ち負かしたり、支配していたことなどあってはいけないのです。こうしたことから、彼らはこういう謝罪方法を望んでいるのではないでしょうか。
-------------------------------------------------
今日、ソウル市松坡洞に、「三田渡碑」という...堂々とした石碑が立っている。(中略)
これは朝鮮史を浮き彫りにする史蹟である。(中略)
これは清の大宗の頌徳碑で、名前を「大清皇帝功徳碑」というが、韓国では「恥辱碑」として知られてきた。(中略)

仁祖はこの時、それまで軽蔑していた胡服(北方の蛮夷の服)を着て、
坡洞の三田渡に設けられた「受陣壇」において屈辱的な降伏を行った。
「受陣」とは、降伏を受け入れることである。

仁祖王は「受陣壇」に於いて、清の大宗に向かって九回、
地面に頭をつけて叩頭する拝礼を行なったうえで、清からの一方的な和約を結ばされた。
1637年1月30日のことだった。

この和約の内容は次のようなものだった。
一、朝鮮は、清に対し、臣としての礼を尽くすこと(中略)
一、王の長子と次男、および大臣の子女を人質として送ること
一、清が明を征伐する時には、求められた期日までに、遅滞なく援軍を派遣すること
一、内外(清)の諸臣と婚姻を結び、誼を固くすること
一、城郭の増築や、修繕については、清に事前に許諾を受けること
一、清に対して黄金100両、白銀1000両と20余種の物品を歳幣(毎年納める金と品物)として上納すること
一、皇帝の誕生日である聖節、正朔である正月1日、冬至と、慶弔の使臣は、明との旧例に従って送ること(中略)

この和約によって李氏朝鮮はその後、19世紀に至るまで、
清に毎年、全国から選ばれた美女である妓生と宦官を貢いだ。(中略)
-------------------------------------------------
http://toron.pepper.jp/jp/middle/syndr/heisiho.h …

上記は丙子胡乱という朝鮮と中国の戦争の話です。ご覧のように、朝鮮王は地面に9回頭を叩きつける土下座を行って皇帝に礼を尽くし、徹底した朝貢と服従を行っています。
 さらに、石碑を建てました。そこに刻まれた文面は
-------------------------------------------------
大清崇徳元年、冬一二月、
寛温仁聖皇帝(豊かな恩恵と、神聖で思いやり深い清の大宗)は、
朝鮮が紐帯関係を破ったために大いに怒り、武力を行使して、東方(朝鮮)へ進撃した。
国内(朝鮮)に入ったら、対抗する者は全くなかった。

我が寡君は南漢山城にあったが、小春日和に氷坂を踏んで、
日出づる太陽を待つような憂憂の日を五〇日余り送る間に、
各地方の軍隊は相次いで崩壊し、西北にあった軍隊は峡谷にはまって動けず、城内の食糧も尽きた。

もし、大兵をもって城を攻撃されたら、
冷たい風によって秋の落ち葉が飛ぶように、
あるいは大火が鴨の毛を燃やすように、ひとたまりもない運命にあった。
しかし皇帝は、
出来るだけ殺生をしないことこそ武勇であり、
徳を優先させるという勅命を公布して、諭旨した。

則ち「降伏したら、朕はお前ら(仁祖)を生かすが、抵抗したら全員を虐殺する」と仰せられた。

寡君はやむをえず、文武諸臣を集めて、
「私が至らなかったために、
自ら天による懲罰を招来し、民百姓を死の間際に追いやった。
その罪は、。私一人にある。
それにも関わらず、皇帝は自重され、屠戮(みな殺し)する事を控えられた。
このような有難い論旨に接し、慎みてその意を頂き、宗廟社稷と我が生霊を保全するほかない。」

したがって、数十騎を先頭に立てて、清の軍営前に至り、罪を咎めるように請うた。
ところが、皇帝は礼を持って応対され、恩恵を持って慰労しながら、礼物を下賜された。



礼が終了すると、寡君(仁祖)を都城に帰らせて、
軍を撤収し、離散した百姓を慰め、農耕を勧奨した。
人々が古巣に帰れたことは、素晴らしい幸福であった。

我らの小国が大国(清)に大して罪を犯してから久しい。
かつて姜弘立(カンホンイブ)が明の救援を行ったところ、敗れて捕虜になった。

その時に、太祖武皇帝(ヌルハチ)は弘立ら数名だけを残して、
残りの兵士を全員帰国させたが、その恩義といえば、広大なものであった。


丁卯年(一六二七年)、
現皇帝(清の大宗)が諸将兵に命じて東国(朝鮮)に入ると、朝鮮は使臣を送って和親を請うた。
皇帝は許して兄弟国と見なしてくれたために、この国が無事でいられ、弘立も帰ってきた。

不幸にも(朝鮮の朝廷が)流言を信じて、
混乱の原因を作り、辺臣(辺境を守る兵士)をして警戒に当たらせ、
大国に尽くすべき礼をわきまえず、その宣戦教書が(清の)使臣の手中に入った。

ところが皇帝は、それでも寛大に扱われ、
朝鮮へ使臣を送って、親しく論旨を伝達されたのにもかかわらず、
朝鮮がそれを受け付けることを断ったのは、小国君臣の罪を一層思いものとした。

皇帝は大軍を率いて、南漢山城を包囲し、
江都(ソウル)をたちまち陥落させ、嬪宮(王の妾達)、王子、大臣などの家族が、
皆捕虜となったが、皇帝は諸将に対し、危害を加えないように命じられ、侍従官員と内侍に眼を配るように求められた。

このように恩恵を施したために、
小国の君臣と捕虜であった家族達が、再び以前と同じく、
冬が春に代わり、干魃が雨によって潤うように、その身を安んずる事ができた。

国は滅亡の瀬戸際から救われ、宗廟社職が崩壊から再生した。

こうして東国(朝鮮)の数千里の国土が全て蘇る徳を蒙ったことは、
古代からの書籍にも稀にしか見られないことである。


ああ、何と立派なことか。


三田渡の南側に、皇帝が駐蹕(ちゅうひつ=行幸中にとどまること)された所に、祭壇場がある。
我が君は水部(工人)に命じて、祭壇を増築し、石を磨き、碑を立てて、
永遠に遺して、皇帝の功徳が、天地調和するのと同じ事であることを顕した。

我々小国は、代々末永く、この徳を仰ぐのみならず、
どのような国であっても、服従しなければならない大国の仁義と、
勇猛なる義理が、この根本になっていることを、深く心に刻むものである。(後略)



堕落の2000年史 崔基鎬より
-------------------------------------------------
http://toron.pepper.jp/jp/middle/syndr/kutokuhi. …
とのこと。
わかりやすい言葉で言えば、
「清国皇帝は愚かな朝鮮王を窘め、己の大罪を諭してやった。良心に目覚めた朝鮮王は自分の愚かさを猛省し、偉大な清国皇帝の臣下になることを誓った」
「我が朝鮮はこの清国皇帝の功徳を永遠に忘れず、また清国に逆らった愚かな罪を反省するために、この石碑を建てることにする」
Webサイト「コリアンジェノサイダーnayuki」より。
http://homepage3.nifty.com/khf11063/ss/key/KGnay …

ということだそうで、おそらくあの中朝韓の3カ国はこうした類の従属を望んでいるのだと思われます。


ところで#3の方の見解はおおむね正しいのですが、既に指摘済みの点と、もう一点、朝鮮を植民地扱いはどうかと思います。台湾なら改名が許可制だったり出世した人が少ないので植民地と呼べなくは無いのですが、朝鮮は改名は届出制、税金・徴用・徴兵はかなり長い間免除と、優遇されている点が多いです(むしろ徴用・徴兵が長期間免除されていたことが、「内鮮一体に反していて差別的だ、内地の日本人と同様に扱え」と朝鮮人がいうなら別ですが)。選挙権はありませんでしたが、これは半島に移住した元々の日本人などにもありませんでした。むしろ内地に移って議員になった朴春琴みたいな人もいるくらいですから、ちょっと植民地とは言えないかと…。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

大変興味深い話をお教えいただきありがとうございました。久しぶりに歴史の講義を受けたようです。やはり個人個人がきちんと歴史を学ばなければ正しい判断は出来ませんね。感情に流されず理性的に考えないといけないと再認識しました。重ねて御礼申し上げます。

お礼日時:2005/04/13 12:34

×平成天皇


○今上天皇 あるいはたんに 天皇

↓殺すなよ・・・。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

なるほど平成天皇と言うと過去の人になってしまうのですね。勉強になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/13 10:50

恒久的な上下意識の確立。


久遠の時を越える謝罪。
経済的地位が日本を越えるまで(もしかしたら越えてなお)の賠償。

といったところではないでしょうか。
国民に条約も公開しないような国のデモなんか気にしなくて良いですよ。
日本と自国が今までどういった経緯で今に至っているのか彼らは一切知りませんから。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

中国は共産党独裁国家、韓国もついこの前までは軍事政権独裁でしたから、ほとんどならず者状態ですよね。気にしないのが一番ですね。ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/13 10:47

彼らは何をしても次から次へと要求してきます。


ヤミ金業者が払っても払っても難癖付けて脅して
金を巻き上げているのと同じものだと考えてください。
金がほしいのと訳のわからない持論から
世界で最も優れているのは中国、韓国であって
日本が自分たちより上にいるのが気に入らないのです。
中国、韓国がどんな理不尽で非人道的な要求を
してきても即答ではいと答えなければまた暴れます。
何をしても無駄だしほっておくしかないです。
相手にすればするほど調子に乗るだけです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ほんとうに困った国達ですね。大人の対応をしなければだめですね。ありがとうございました。

お礼日時:2005/04/13 10:45

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q最近Facebookのメッセージで喧嘩した友達に謝罪しました。 (喧嘩の勢いで連絡先を消してFace

最近Facebookのメッセージで喧嘩した友達に謝罪しました。
(喧嘩の勢いで連絡先を消してFacebookも友達から外してしまい…)
直後その友達もきずいたようで私も友達から外されました。

なのでお互いFacebookで友達になってない状態です。

それから3か月後に友達申請は送らずにメッセージだけ送ったのですが、
相手から許す返事がくるまで申請送らなくてよかったでしょうか?

仲直りしてないのにもし友達申請送ってから謝罪のメッセージしたら不愉快でしたよね?

逆に申請も送った方がよかったら教えてください…

Aベストアンサー

申請を送ったら、は?ってなりますよ。仲直りもしていないのに。
とりあえずメッセージで反応を見ましょう。

Q京都御所は一般に公開されていますが、それ以外に皇室(たとえば天皇陛下)

京都御所は一般に公開されていますが、それ以外に皇室(たとえば天皇陛下)が実際に訪れて宿泊したり、儀式に使ったりすることはあるのでしょうか。 もしあるとすれば、お忍びでこられ

Aベストアンサー

京都御所は現在は宮内省が皇室用財産として、維持保全しています
両陛下が入洛されたさいは、京都大宮御所に宿泊されます
http://syoindo.noblog.net/blog/r/10266342.html

Q出会いアプリで知り合った男性のことです。 メッセージでやりとりしている時は文面は非常に優しく丁寧な感

出会いアプリで知り合った男性のことです。
メッセージでやりとりしている時は文面は非常に優しく丁寧な感じでしたが、実際お会いしたら上から目線で人の話は全否定でした。
それは私が好みではなかったからの態度なんでしょうか?それとも二面性がある方なのでしょうか?
会った後しばらくはやりとりしてましたがメッセージはやはり優しく丁寧でしたが違和感を感じてやめました。

Aベストアンサー

出会い系アプリでは女を釣るために
いい人を演じていたから。
実際に会ったとき印象が違う人は
即切った方がいいよ。

どういう意味でも
人を騙そうとしていた輩ですから。

Q植民地支配に対する謝罪

昔、西欧列強や米国は、アジアやアフリカの国々を植民地支配し搾取していましたが、そのことについての謝罪などはあったのでしょうか?

Aベストアンサー

 私の知る限り、植民地支配に関して謝罪した国は(日本をのぞいて)ありません。
 つまり、謝罪する日本は世界から見れば、非常識な国家でしょう。しかしそれが、我々日本が自らの誤りを認める勇気と誇りを持っているから行うのだと自覚できるならば、それでも良いと思います。
 ただ、残念ながら、謝罪の実施については、世界から評価されてはおらず、むしろ外交上の失点としてさらに謝罪を要求され、なにがしかの金品を渡すための根拠とされるだけになっているように見えます。(そうなるのが、分かりきっているので、西欧諸国は謝罪をしないのでしょう。)

 なお、蛇足ですが、植民地支配に関する私の歴史認識は、#1さんと正反対です。
 欧米諸国の植民地政策は、まさに搾取であり、本国に必要なあるいは儲かる物資を得るために、本来土着でない植物(紅茶、ゴム、サトウキビ等等)を植えたり(そのため、その国は食料の自給もできなくなりました。)奴隷労働を行って鉱物資源を本国へ持って帰ったりしました(インカ帝国等これでほろんでしまいましたね。)。また、愚民化政策を行い、原住民が教育を受けることもありませんでした。人々は人間として扱われてはいませんでした。
 一方、日本は、まず、朝鮮や台湾に学校を作り、また、ダムや橋等の社会インフラを整備したり、衛生観念の普及等をおこなっています。また、朝鮮の人でも、学校に行き、日本軍に入り、陸軍中将になった人もいます。確かに悪しき差別はあったと思いますが、人間として扱われていたのはあきらかでしょう。

 現在のアジア・アフリカ諸国で、経済的な発展をしている国の多くが、古くは日本の植民地とされる国家であったのは、意味深だとは思われませんか?

 私の知る限り、植民地支配に関して謝罪した国は(日本をのぞいて)ありません。
 つまり、謝罪する日本は世界から見れば、非常識な国家でしょう。しかしそれが、我々日本が自らの誤りを認める勇気と誇りを持っているから行うのだと自覚できるならば、それでも良いと思います。
 ただ、残念ながら、謝罪の実施については、世界から評価されてはおらず、むしろ外交上の失点としてさらに謝罪を要求され、なにがしかの金品を渡すための根拠とされるだけになっているように見えます。(そうなるのが、分かりきっ...続きを読む

Q祖母が入院中ですが祖父への年賀状のメッセージの内容はどのような文面が良いでしょうか?

今年入籍し(式は来年)、「結婚しました」という内容の年賀状を祖父に出そうと思うのですが、祖母がかなり衰弱しており入院中で、気の利いたメッセージを書きたいのですがどのような文面にしたらよいのか悩んでいます。アドバイスをお願い致します。

Aベストアンサー

結婚おめでとうございます。
短いコメントとしてのアドバイスになりますが・・・
「近いうちに顔を見せに行くね」というようなコメントが
いいんじゃないかな。

Q李明博の天皇陛下に対する謝罪要求発言

韓国の李明博大統領が天皇陛下に謝罪を要求してきたらしいですが皆様はどう思いますか?僕はムカつきました!お前はなんやねん!?神様か!?何が「天皇さんよぉ~俺ら韓国人に謝れや。」ってムカつきました!あの大統領は悪魔でしょう。 これが原因で韓国を滅亡させてやろう!と考える様になりました。

Aベストアンサー

先ず 貴方のように怒る前に整理しなければならない事柄があります

(1)天皇陛下の訪韓は韓国側が常に求めてきたものです
(2)韓国歴代の大統領が何時も何時も訪韓要請を出しています
(3)日本側から訪韓したいと言った事は一度もありません
(4)天皇陛下は順番さえ整えば誰とでも謁見します

以上の簡単な事実を踏まえてあのバカ大統領が言っている事が
韓国国内で如何受け取られるのか
と言う事を考えた上で
物事を判断しなければなりません
あの発言は韓国国内世論向けなのです
韓国や韓国国民の言う事を一々あげつらって怒っていては
体が持ちませんよ
辞める事です
相手にしないことです
相手の低い土俵に下りて行ってはいけないのです

Q脈有り? (合コン後のメールの文面から判断して)

脈有り? (合コン後のメールの文面から判断して)

昨日、10月9日 5対5(30代対象)の合コンに行きました。4時間くらいと短い時間でしたが最後に

男性と女性が全員にメッセージカードをお互い交換し気に入った相手には連絡先を記載するというシステムでした。

僕は一応、全ての女性に連絡先を伝えました。 そして僕あての5人からのメッセージカードには

だれ一人とも連絡先を記載してありませんでしたがその夜一人の女性からメールが下記のような文面で

連絡がありました。 


本日はありがとうございました。いろいろなお話がきけて楽しかったです。

何かありましたらご連絡ください。また、お会いできるといいですね。



以上のような文面だったのですが社交辞令?

Aベストアンサー

社交辞令の可能性大ですね。
一応連絡先を渡されて、無視したら失礼かな、と
考える女性だったのでしょう。
でも、前に回答されてるかたと同じ意見で
一度、お誘いだけしてみてはいかがでしょうか。
社交辞令だったとしても、何らかのつながりが始まるかもしれません。
頑張ってください!

Q日本が中国に謝罪した回数と謝罪の程度

中国の人は掲示板などでほとんど必ずといっていいほど、「日本政府は戦争中に行ってきた残虐行為・侵略行為を一度も謝罪してこなかった」と書いています。「謝罪した」と書いた中国の人を一度も掲示板で見たことがありません。

実際はどうなのでしょうか?ウィキペディアの日本語版では日本政府は10回以上も政府要人が謝罪したと書いています。ですが、英国人もアメリカ人も、中国人のその主張を信じている人が多いようです。あるアメリカ人はこう書いています。「日本政府は韓国政府には謝罪したが、中国人には謝罪していない」。

また、中国人はよく「日本政府が国民を加害者とは思わせないようにマインドコントロールしている」と書いています。本当にそうなのでしょうか?それはともかく、一番知りたいことは、1.日本政府が中国政府ないし国民に謝罪した回数、2.どこまで謝罪したのか(南京事件は?)3.賠償金は?ということです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

質問者様ご質問の件について

>中国の人は掲示板などでほとんど必ずといっていいほど、
>「日本政府は戦争中に行ってきた残虐行為・侵略行為を一度も謝罪してこなかった」
>と書いています。

>あるアメリカ人はこう書いています。
>「日本政府は韓国政府には謝罪したが、中国人には謝罪していない」。

>中国人はよく
>「日本政府が国民を加害者とは思わせないようにマインドコントロールしている」
>と書いています。本当にそうなのでしょうか

>それはともかく、一番知りたいことは、
>1.日本政府が中国政府ないし国民に謝罪した回数、
>2.どこまで謝罪したのか(南京事件は?)
>3.賠償金は?ということです。よろしくお願いします。


1972年に田中首相が中国を訪問し、周恩来首相、毛沢東主席と会談し、
日本政府が過去の中国に対する戦争を謝罪し、中華人民共和国を承認し、
日中共同声明を発表し、日中が国交を回復して以後、
歴代の日本政府は1972年の日中共同声明を順守して、
過去の戦争および戦争により様々な被害を受けた人々に謝罪し、
日本は再び侵略戦争をすることなく、諸外国と共存共栄関係を築くことを表明しています。

中華人民共和国政府も中華民国政府も日本に対する戦争賠償については放棄していますが、
日本政府は中国に対する経済開発協力の形で資金援助してきた。

以下に参考となる日本政府のサイトのリンクを示し、リンク先の資料の一部を引用します。


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/index.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>歴史問題Q&A
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/index.html

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>歴史問題Q&A
>Q.1 先の大戦に対して、日本政府はどのような歴史認識を持っていますか。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/01.html

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>歴史問題Q&A
>Q.2 日本は、戦争で被害を受けたアジア諸国に対して公式に謝罪していないのではありませんか。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/02.html

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>歴史問題Q&A
>Q.3 日本は先の戦争で被害を受けた国や人々に対し、どのように賠償したのですか。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/03.html

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>歴史問題Q&A
>Q.5 「従軍慰安婦問題」に対して、日本政府はどのように考えていますか。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/05.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>1972年の日中共同声明
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_seimei.html

上記の共同声明の一部を引用して下記に示す

>日中両国は、一衣帯水の間にある隣国であり、長い伝統的友好の歴史を有する。
>両国国民は、両国間にこれまで存在していた
>不正常な状態に終止符を打つことを切望している。

>戦争状態の終結と日中国交の正常化という両国国民の願望の実現は、
>両国関係の歴史に新たな一頁を開くこととなろう。

>日本側は、過去において日本国が戦争を通じて
>中国国民に重大な損害を与えたことについての責任を痛感し、深く反省する。

>また、日本側は、中華人民共和国政府が提起した「復交三原則」を
>十分理解する立場に立って国交正常化の実現をはかるという見解を再確認する。


外務省>各国・地域情勢>アジア>中華人民共和国>基礎データ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/data.html

上記の外務省の資料から引用

>1974年 貿易協定
>1974年 航空協定
>1975年 海運協定
>1978年 商標保護協定
>1978年 日中平和友好条約
>1979年 文化交流協定
>1980年 科技協定
>1981年 渡り鳥保護協定
>1984年 租税協定
>1986年 原子力協定
>1989年 投資保護協定
>1994年 環境保護協力協定
>1997年 漁業協定
>2006年 税関相互支援協定

>日本の中国に対する2005年度までの経済協力
>(1)有償資金協力(E/Nベース)約3兆1331億円
>(2)無償資金協力(E/Nベース)約1472億円
>(3)技術協力実績(JICAベース)約1505億円


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>内閣総理大臣その他の国務大臣による靖国神社公式参拝に関する後藤田内閣官房長官談話(1986年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/gotouda.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>朝鮮半島出身者のいわゆる従軍慰安婦問題に関する加藤内閣官房長官発表(1992年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kato.html

上記の談話の一部を引用して下記に示す

>政府としては、国籍、出身地の如何を問わず、
>いわゆる従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、
>改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい。
>また、このような過ちを決して繰り返してはならないという深い反省と決意の下に立って、
>平和国家としての立場を堅持するとともに、
>未架に向けて新しい日韓関係及びその他のアジア諸国、
>地域との関係を構築すべく努力していきたい。


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話(1993年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

上記の談話の一部を引用して下記に示す

>本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。
>政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、
>いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、
>心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し
>心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。
>また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、
>有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
>われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、
>むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。
>われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、
>同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。



外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>村山首相による「女性のためのアジア平和国民基金」発足のご挨拶(1995年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

上記の挨拶の一部を引用して下記に示す

>今年は、内外の多くの人々が大きな苦しみと悲しみを経験した
>戦争が終わってからちょうど50年になります。
>その間、私たちは、アジア近隣諸国等との友好関係を
>一歩一歩深めるよう努めてまいりましたが、
>その一方で、戦争の傷痕はこれらの国々に今なお深く残っています。
>いわゆる従軍慰安婦の問題もそのひとつです。
>この問題は、旧日本軍が関与して多くの女性の名誉と尊厳を深く傷つけたものであり、
>とうてい許されるものではありません。
>私は、従軍慰安婦として心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対して、
>深くおわびを申し上げたいと思います。

>このたび発足する「女性のためのアジア平和国民基金」は、
>政府と国民がともに協力しながら、これらの方々に対する
>国民的な償いや医療、福祉の事業の支援などに取り組もうというものです。
>呼びかけ人の方々の趣意書にも明記されているとおり、
>政府としても、この基金が所期の目的を達成できるよう、
>責任を持って最善の努力を行ってまいります。
>同時に、二度とこのような問題が起こることのないよう、
>政府は、過去の従軍慰安婦の歴史資料も整えて、歴史の教訓としてまいります。


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>平和と発展のための友好協力パートナーシップの構築に関する日中共同宣言(1998年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/nc_sengen.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後50年の村山首相の談話
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html

上記の談話の一部を引用して下記に示す

>私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、
>戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。
>とくに近隣諸国の人々と手を携えて、
>アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、
>なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を
>培っていくことが不可欠と考えます。

>戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、
>来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、
>人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
>わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、
>戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、
>多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。
>私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、
>疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、
>ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。
>また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
>敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、
>独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、
>それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。


首相官邸>小泉首相の演説・記者会見等>靖国神社参拝に関する小泉内閣総理大臣の談話(2001年)
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2001/0813danwa.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>いわゆる従軍慰安婦問題に対する日本政府の施策(2001年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/ianfu.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>元慰安婦の方々に対する小泉首相の手紙(2005年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/letter.html

上記の手紙の一部を引用して下記に示す

>いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、
>多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。
>私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、
>いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、
>心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、
>心からおわびと反省の気持ちを申し上げます。

>我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。
>わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、
>過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、
>いわれなき暴力など女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも
>積極的に取り組んでいかなければならないと考えております。


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>靖国神社参拝に関する政府の基本的立場(2005年)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/yasukuni/tachiba.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>2005年アジア・アフリカ首脳会議における小泉首相の談話
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/17/ekoi_0422.html

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>2005年アジア・アフリカ首脳会議における小泉首相の談話の中国語版
http://www.cn.emb-japan.go.jp/bilateral/j-c050425.htm

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年
>2005年アジア・アフリカ首脳会議における小泉首相の談話の英語版
http://www.mofa.go.jp/region/asia-paci/meet0504/speech.html


外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>戦後60年の小泉首相の談話
http://www.kantei.go.jp/jp/koizumispeech/2005/08/15danwa.html

在北京日本大使館>戦後60年の小泉首相の談話の中国語版
http://www.cn.emb-japan.go.jp/bilateral/bunken_2005danwa.htm

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>戦後60年の小泉首相の談話のハングル版
http://www.kr.emb-japan.go.jp/diplo/d_news/pMini_050815.htm

外務省>各国・地域情勢>アジア>戦後60周年>戦後60年の小泉首相の談話の英語版
http://www.mofa.go.jp/announce/announce/2005/8/0815.html

上記の談話の一部を引用して下記に示す

>我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、
>とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。
>こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、
>改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、
>先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。
>悲惨な戦争の教訓を風化させず、
>二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。

>戦後我が国は、国民の不断の努力と多くの国々の支援により廃墟から立ち上がり、
>サンフランシスコ平和条約を受け入れて国際社会への復帰の第一歩を踏み出しました。
>いかなる問題も武力によらず平和的に解決するとの立場を貫き、
>ODAや国連平和維持活動などを通じて世界の平和と繁栄のため
>物的・人的両面から積極的に貢献してまいりました。

>我が国の戦後の歴史は、まさに戦争への反省を行動で示した平和の六十年であります。

>アジア諸国との間でもかつてないほど経済、文化等幅広い分野での交流が深まっています。
>とりわけ一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、
>ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だと考えます。
>過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と
>信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたいと考えています。

質問者様ご質問の件について

>中国の人は掲示板などでほとんど必ずといっていいほど、
>「日本政府は戦争中に行ってきた残虐行為・侵略行為を一度も謝罪してこなかった」
>と書いています。

>あるアメリカ人はこう書いています。
>「日本政府は韓国政府には謝罪したが、中国人には謝罪していない」。

>中国人はよく
>「日本政府が国民を加害者とは思わせないようにマインドコントロールしている」
>と書いています。本当にそうなのでしょうか

>それはともかく、一番知りたいことは、
...続きを読む

QFacebookのメッセージって消えますか?

Facebookで過去にやりとりしたメッセージについての質問です。

アーカイブ、完全削除を経て、私のほうからは不要なメッセージを削除することに成功しましたが、相手の受信箱には、相手がメッセージ削除の作業をしなければ、半永久的に残り続けるのでしょうか?
それとも一定の時間が経つと消えるのでしょうか?

いつまでも文面に残り続けるには恥ずかしい相談を相手にしてしまったので・・相手も、そうそうメッセージを読み返すようなことはしないでしょうが、、気になって質問してみました。

Aベストアンサー

>アーカイブ、完全削除を経て、私のほうからは不要なメッセージを削除することに成功しましたが、相手の受信箱には、相手がメッセージ削除の作業をしなければ、半永久的に残り続けるのでしょうか?

そのとおりです。電子メールやお手紙と同じです。

Q国連の紛争に対する平和的解決

国連が、現在起こっている(武装)紛争に対する平和的解決として、どんな方法を用いているのかが知りたいです。 国連憲章の第1章、第1条&2条に解決法の例(?)が挙げてあるのですが、今現在どの国で、紛争に対して、どのような平和的解決法を用いているのですか?  例えば、○○国の大統領とこういう内容を話し合って解決しようとしているとか、具体的な例が見つからないので教えてください。 国連の紛争に対する平和的解決の具体的な例が載ってるものがあれば、日本語でも英語のサイトでもいいので教えてください!! 

Aベストアンサー

国連とは限りませんが、幾つかの方法として「国際司法裁判」「国際仲裁裁判」「周旋」「調停」「調査」「経済制裁」などでしょう。「国際司法裁判」では日本の領土問題も争われています。「調停」としてはイスラエルとパレスチナの国境を決めた例があります。もっともその後、第1次中東戦争で反故になりました。「経済制裁」は今イラクに対して実施しています。「周旋」とは和平会談などのお膳立てをすることでしょう。会議場所を提供するなどがあります。カンボジア内戦で日本が東京の会場を提供したことがあります。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報