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初めまして。私は創価学会員の2世(両親は幹部)です。今回は折伏と選挙依頼をお願いする際、どのような態度で接すれば、不愉快に感じないか教えて下さい。学会に関しては良い面・悪い面を知っているので、誤解されることが多いです。確かに学会員は相手の幸せを考えての上記2つの事を行います。しかし、一部社会常識が外れた行為に走る方も多く、現在内部でも問題になっております。今回のポイントは会員全員が好きでこれらのことをやっているわけではない、と知っていただきたいことです。つらくてつらくてたまらない人達もいます。その上でのご回答、よろしくお願い申し上げます。

A 回答 (14件中1~10件)

 元創価学会員です。

脱会しましたが、日蓮正宗の信仰は続けています。質問の文章を読んだだけで、あなたの人柄の良さがわかりました。私も同じような悩みをかかえているので他人事ではありません。
 まず選挙の依頼ですが、公明党のマニフェストをしっかり理解した上で依頼すれば問題ないと思います。また公明党だけでなく、自民党、民主党、共産党のマニフェストもインターネットで調べられ、その中の政策で自分自信が納得される政策、納得できない政策を比較検討され、十分消化された上でお話しし、選挙依頼されれば、たとえ相手が公明党にいれなくとも、あなたの考えを理解し、納得してくれるのではないでしょうか。どの政党にも立派な議員さん、逆に自分の利益しか考えないひどい議員さんはいます。長所・短所の両方を兼ね備えていますので、感情論に走らず、公明党や他党の長所短所をふまえて選挙依頼するしかないと思います。
 政治ですので、あくまでも政治の論点で選挙依頼しなければ相手を不快な思いにさせてしまう可能性が大です。義理や人情、ノルマ的な感覚を捨てることができれば楽になると思います。しっかり現実をみれば、いらぬ不安や妄想から抜けられるのではないでしょうか。胃痛も少しはとれると思いますよ。

 次に折伏です。日蓮大聖人の御書にもあるように、折伏は難事中の難事です。今の世の中はご存知のように末法です。世間や衆生の思想は乱れています。その間違いを糾し、正しい法に縁させることが、折伏です。正法・像法の時代は、衆生の機根も法を破る人が少なかったので摂受(相手に逆らわず、その主張や行為を受け入れながら導くこと)で良かったのですが、現在は折伏です摂受ではいけません。御書を読めば明らかです。相手の誤った思想を受け入れてはなりません。ただし、相手の考えを聞かずに相手を攻撃するという意味ではありません。相手の心の痛みや悩みを共有し、いかに幸せになっていくかという慈悲の心が折伏です。
 相手の幸せを祈らず慈悲の心無くして、相手を論破したところで、恨みしか残りません。
 折伏はするものではなくて、地湧の菩薩の眷属として、仏さまにさせていただくものです。9の方同様、信じて祈ってご仏智をいただき、できることです(以信代慧。)本当に創価学会で信心し、幸せになれると信じるのならば、池田先生の教えどおり実践することです。
 残念ながら、私はかつての創価学会の教えと現在の創価学会の教えがどんどん変わっていったこと。(最近では勤行の仕方すらかわりましたね。)(人の死・成仏させるための葬式も、友人葬になりました。)に不信をおこし、断腸の思いで脱会しました。政治や経済は時代によって、時代にあわせてかわればいいですが、ありとあらゆる因果の理法をつらぬいた宗教の教えというのは不易と流行の不易の部分だと私は思います。
 この信心が正しくて本当に幸せになれるという絶対的な信がなければ、折伏は苦痛です。しかし、本当に信じられ、幸せを感じるのならば、折伏ほど楽しいものはありません。なぜなら折伏することによって自分も相手も罪障消滅、転重軽受、一生成仏できるのですから・・・。
 創価学会員から言わせれば、私は恩知らずの裏切り者です。また、私自身は日蓮正宗の信仰は絶対正しいと思っていますが、一凡夫ですので周囲から見れば、「独善的だ。おまえはおかしい。」と言われることもあるでしょう。そこの部分をさしひいて参考になる部分のみ参考になればと思い投稿させていただきました。

                
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新聞紙上や座談会の会合など体験発表で不治の病を克服したとか倒産の危機を乗


り切った感動的な話を聞かされます。新聞のことはわかりませんが座談会の体験
談はあらかじめ原稿を作ります、そこに実際に比べるとうそでたらめとはいわな
いまでもかなり****:されてるようです。
実際調べてみて、学会の人に問いただすとなぜそんなことするのですか!この話
を聞きみんなが感動して発心すればそれでといことではないですか!と、怒られ
ました。
うそも方便てこのことでしょうか??
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新聞紙上や座談会の会合など体験発表で不治の病を克服したとか倒産の危機を乗


り切った感動的な話を聞かされます。新聞のことはわかりませんが座談会の体験
談はあらかじめ原稿を作ります、そこに実際に比べるとうそでたらめとはいわな
いまでもかなり****:されてるようです。
実際調べてみて、学会の人に問いただすとなぜそんなことするのですか!この話
を聞きみんなが感動して発心すればそれでといことではないですか!と、怒られ
ました。
うそも方便てこのことでしょうか??
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ある知り合いの非学会員の時計宝石


店は、婦人部から1月はEさん、2月はMさん、3月はNさんと振り分けて年間1か
月に2~3部ずつ義理でとってるようです。ある日、叔父さんが18Kブレスレッ
トを買って、後質に出したら偽物として取り扱ってくれませんでした。
おそらく、義理とらされている新聞代をここで浮かして帳尻をあわせているので
しょう。ちなみに会員は床屋も家族一軒一軒ばらばらでいくそうです。
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創価学会の二世以後の方に自覚してもらいたいのは、すでにご両親が強い信者であって、仏教全体の知識のない子供の頃からいろんなお坊さんのなかでたまたま日蓮さんだけがすべての頂点であるとマインドコントロールされているのだと言うことは忘れないでほしいです。



日蓮だけがすばらしいのか、これを決めるのは宗教の知識人や広く一般の人であるはずです

問題を起こしたカルト集団・・これを誰もが批判します
・・でもセミナーと称して活動してますね・・彼らはなんの疑いも持ちません・・人間ってこんなところがありますよね 
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はじめまして。

私は学会三世です。いわゆる活動家です。
折伏を「相手の考えを説き伏せて、この信心が正しいと思わせる」と考える方が多く、そのために誤解が多い事は事実です。だから、ただの他宗批判に終わってしまう、またそう思われてしまう。非常に残念な事です。
折伏といっても、支援活動といっても、一般社会の常識で話す・依頼するのは当然です。
しかしそこに「祈り」がなければなにをやっても空回りだと思います。
相手の幸せを本気で「祈っている」かどうか。考えているではなくて、実際に祈っているのか。そこがなく、いわゆる「策」だけでは折伏も支援依頼も出来ません。やらされているならやらない方がいい。

根本に祈りがなくて、成果主義で折伏や支援活動をしている人もいるでしょう。それは、先生の言われている「人間主義」ではありません。それは宗教屋だし、選挙屋でしょう。それでは法を貶めるだけで、何の功徳もありません。もし、内部で問題になっている人がいるのであれば、どんどん上の幹部に話して対応して頂いて下さい。それが学会を守ることにもなります。

何のために折伏するのか。支援活動をするのか。まず自分でしっかり確認する事です。そこに一本芯がないと「やらされている」となり、全てが苦痛になります。そして、不満を信心に学会に先生に向けてしまうのです。

信仰は権利です。御本尊様は「祈ってくれ」と言ってません。私たちが、自身の根本として尊敬して、自分で祈っているのです。やるのも権利。やらないのも権利。どこに投票しようがそれは相手の自由。それは当たり前です。相手の気持ちを無視してはいけません。
相手が信心しなかろうが、投票しなかろうが、それは相手の考えであって、それが悪い事ではないのです。
別の方が答えていたように、押し付けはダメなんです。
相手がどうであろうと、自分が語ったという結果はしっかりと残ります。それでいいんです。

でも、人を幸せにしたい、と本気で思うのであれば、必死にその人の幸せを「祈る」。その中から智慧が湧きます。その真剣な祈りから全てが開けていくんです。策ではありません。ご両親や先輩は折伏・支援活動の先輩です。相談してみてください。
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この回答へのお礼

お忙しい中、
ご返信下さいましてありがとうございます。
だいぶ心が楽になりました。
これで胃痛が治まり、
ゆっくり眠れそうです。
早め早めに相談してみます。

お礼日時:2005/05/03 05:06

知人に学会員がいて、集会を見に行ったことがある者です。


その時、支部長とかいう人に随分不愉快なことを言われたのですが、あれが「折伏」というものだったのなら、苦情も含むいくつかが思いつきますねぇ。

1 相手の信仰を「邪教」と呼ぶのは止めた方がいい
あなたが他の信仰を持っている人から「邪教の徒」呼ばわりされたら不愉快なように、他の信仰を持っている人も不愉快なのです。まして相手の信仰がどういうものか知ろうとする前にこう言われたら、その後の話は聞く耳を持たないでしょう。その状態の相手にわかってもらおうと必死になると、勧誘の手段が少々暴力的になりやすいのはわかりますね。

2 大人数で一人を囲んで、(重箱の隅を突くように)話をするのは止めた方がいい
結果として話をしているのが一対一だから良いではないかと思うかもしれませんが、人は大人数に囲まれると無意識に焦るものです。焦ると大抵の人は冷静な判断が出来なくなり、ちょっと間違ったことを口走ることがあります。その間違いを突いて「だからあなたの信仰は間違っている。学会員になりなさい」的なことを言うのを繰り返していれば、どんどん頭がパニックを起こして、「もういいや」という状態になってしまいます。こういうやり方は洗脳やマインドコントロールといった技術の一つです。こういうやり方をされると、対処法を知らない人は簡単に引っかかってしまいますが、創価学会がやりたいのは洗脳ではないでしょう? あと、囲まれていると途中で席を立ちづらいというのもあります。

3 常にダブルスタンダードで話をするのは止めた方がいい
自分たちの都合のいい例だけを相手にしゃべって、「だから学会員になりなさい」的なことを言う。その例と同じような例を他の宗派宗教から引いて反論すると、「そんなことがあるとは信じられない」「あれは呪術だから」と言う。私が「あなたが言っていることも信じられないとか呪術だと言ったらどうなの?」とたずねると「創価学会は特別」と言い出す(正直な話、相手がこう言い出したときには、「何で私はこんなバカ話に長時間付き合っていたんだ?」と思いました)。元々日蓮系仏教は原理主義的な性質があるので仕方がない(しかし非常に問題)のでしょうが、こんなことを言い出す人の言葉に感動して入会する理性的な人はほとんどいないと思います。

4 他の宗教について無知なのに、間違っていると言うのは人間としてどうよ
プロテスタントとカソリックの違いもわからないし、神道がどういう信仰の形態を持っているのか知らないけど、創価学会以外の信仰だから「間違っている」と主張する。根拠は「日蓮聖人が言っているから」というのは、創価学会の中では通るかもしれません。しかし外側にいる人にすると、かなり奇妙です(他の宗派の人が同じようなことを言っていたら、あなたもそう思うでしょう?)。それだけのことを言うのなら、語ろうとする対象について最低限の知識は持つようにしてください。さもないと馬鹿扱いされます。

5 相手の信仰を出来る限り尊重する
例えば原理主義的なキリスト教徒になってから人生がうまく行くようになった人が、「折伏」と同じ手法で強引に信仰を勧めてきたらどう思います? それもあなたの「幸せを考えて」。自分がそれをやって良かったからといって、他の人がそれ以外でうまくいかないとは限らないのです。それを無視して相手に自分が良いと思っている信仰の形態だけが正しいと説得するのは、相手を見下していると見られても仕方が無い行為ではないでしょうか。

6 組織内部でしか使えない理論武装はやめよう
どう考えてもアレな話を広報紙に堂々とのせるのは、かえって偏見を助長させる元です(実際私は予備知識無しで聖教新聞を読んで創価学会を嫌いになりました)。本気で他人や創価学会のことを考えるのなら、創価学会内部のアレな人を先に何とかしてください。

こうやって見ると、教義そのものに食い込んでいる問題がいくつかあるのではないかとも思います。
だから創価学会を解体せよというのではなく、そういうものも含めて改革していけばもっと良い面が出せるのではと思っています。
悪い所ばかり書きましたが、いくつか良い所も私知ってます(念のため)

選挙だけの理由で電話をかけてくるなと知人に言っているため、どのような選挙活動をしているのか私は知りません。でも、イラク関係の法律を通した当時現役の国会議員の支持を組織として行ったのなら、一連の出来事を創価学会という団体が支持したと見られても仕方の無いことだと思います。(末端の学会員がどれだけ反対運動をしていてもです)

以下余談
これは素朴な疑問なのですが、聖教新聞などに載っている池田大作氏のスピーチにはキリスト教徒の立派な人を称えるものがあるようですが、これを末端の学会員はどう思っているのでしょうか? キリスト教は間違っているから良くないというのと矛盾していないの?
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<現在内部でも問題になっております。


今回のポイントは会員全員が好きでこれらのことをやっているわけではない、
と知っていただきたいことです。
つらくてつらくてたまらない人達もいます。>
とのこと、学会のなかにもこのように考えてくれるようになっている
事は良いことです。
元々は、日蓮の教えですよね。
あの時代、日蓮の周りには、何かの教えというか
教育というか、必要であった人々が多かったと思います。
現代もある意味、悪い行いや考えを持っている人には
正しきはコレなり、と教える必要がありますが、
大半の人は、誠実に生き、そこそこ教育も受け
知識もあり、必要だと思えば自ら
いくらでも学べる環境にあります。
なのに、学会の皆さんが、自分が「コレがNO1」だと
信じたから、「あなたもコレを信じなさい」とは
独りよがり意外の何者でも無いと思います。
つまり
言葉で説得するのでは無く
自分たちの行いや、人への思いやり、自分自身がどうあるべきかを真剣に考え、実践することであり。
人にどうあるべきかを説明することでは無いです。
今の状況は、幹部(上の人)の顔色や、成績を上げる為みたいなきがしてなりませんが、
冷静に今一度、学会の皆さんが考えてくれることを望む一人です。「今、日蓮だったらどうするか?」
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アメリカ大統領も特定のキリスト教団体とリンクしているのですね 創価学会は公明党という形で米国よりも政策に直接関係していますので責任が重大でしょう 日本が悪くなれば批判もありえます ここで冷静に考えますと本来の仏教活動だけにして、どろどろした政界などに


参加しないほうがリスクもすくないし 宗教らしいと私は考えます 政権党に必ずくっつく党は世界にありますがその方向なのかも知れません 
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僕は、仏教徒として意見を言わせて頂きます。


申し訳ないですが、信仰の押しつけは良くないと思います。

相手の幸せを考えるのであれば、「折伏」という行為は他の信仰している方から見れば、行き過ぎかと思いますが。
「これを信仰しないと地獄に堕ちる。」というような事を平気で言うのは、いかがかと思います。

それに、選挙については相手の信条信念の上に自己の判断で、投票するものであって、
あなたが投票を依頼する権利はありません。

どのような立場にあっても、自分の信ずる政党・思想信条に従って、その意見を選挙・投票という形で表明したのです。

相手の意見を尊重した上で、この社会が成り立っているのですから、このような質問はどのようなものかと考えます。
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