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他人を敵として見てしまいます。他人に弱みを見せたり、心を許したりしたら足元すくわれたり、弱みをつけ込まれて見下されたり馬鹿にされたりすると思っているためです。 
そのため、他人に相談したり頼ったりする気なんて微塵も起きません。

これは過去にいじめに何度もあったことが起因してます。

他人=敵 という考えは間違ってるでしょうか?

A 回答 (13件中1~10件)

あなたが真から愛した人はあなたを裏切ったりしませんよ。

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あってます。

他人は敵でなければ何なんですかねえ?(笑)
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過去にやましいことがあると人と話せなくなって鬱陶しくなって、敵みたいになるというのは聞いたことあります。



もしそうだったら、他人の前に自分を許せるような努力からしてみたら良いのかもしれないです。
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他人を利用するという考え方で


相談してみたらどうですか。

あまり利用するという響きは良くないですが、
頼る、相談するというのは、

自分が弱い立場にいると錯覚しているんだ
と思います。

過去にイジメにあったことは辛いことだった
とは思いますが、
虐める人間の心理は、軽い気持ち、悪ノリで
やっているだけです。

そんな醜い人間に虐められた過去に
執着する必要も無いですし、

どうしても思い出してしまうことはある
かもしれませんが、

そんな、イジメをするような人だけが
人間だと思わないでほしいです。

世界は広いです。

あなたが心を開けば、善良な人間や、
理解者、友達の和も広がって、楽しい未来が
待っていると思います。

ネットよりリアルの人間関係の信頼構築を
意識して、努力してみてはいかがでしょうか。
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原因はいじめじゃないと思いますよ。


生育歴です。特に母親との関係。
3行で書きたいので端折りますが、かまってちゃんの亜型です。意外でしう?
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大変お気の毒ですが、それは病気です。



寛容の精神、普遍的な愛が分からず、共に苦しむ事の出来ない
究極の自己中、シニシズム(冷笑主義)と言う事ですね
それは、すべてに無関心、悪より悪い傍観者と言う訳です。

他人を敵と見る、無関心やシニシズムの世界における「自己」とは
ユングのいう「自我=エゴ」と同じく、表層次元を浮遊する閉塞的な自意識でしかありません。
そうした「自己」は「他者」が不在であり、「他者」の痛みや悩み、苦しみへの不感症に陥っているがゆえに、自分の世界に引きこもってしまったり、ささいなことでキレて暴力的な直接行動に走ったり、あるいは素知らぬ顔で傍観者であったりする。

「他者」の不在という精神病理こそ、ファシズムやボリシェビズムなどの20世紀を席巻した狂信的イデオロギーを生み出す格好の土壌であったのです。
「自己」の内に「他者」が欠落していれば、対話は成立しません
形は対話のように見えても、一方的な言い合いに終始してしまう。コミュニケーションは不全に陥るのです。

その病気を癒すには
欲望やエゴイズムの暴走を抑える崇高な学門、
愛や理性を養う気高き学問
毒された精神を変革できる深い学問が必要ですね。
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●他人=敵 という考えは間違ってるでしょうか?



 ↑、決して間違っていません。
但し、あなたの年齢とか敵と見る人の範囲が問題です。

人は相手を敵と観て敵に負けないように頑張る能力が備わるものです。しかし、それは一定の年齢を超えると、敵対心よりも協調心を以て事に当たる方がそれぞれの人にとって為になる。と、言うことが分かってきますので、敵対心は消え失せます。そして、切磋琢磨します。

いつまでも敵対心を持ち続けているのは孤独なものの考え方をしている証拠です。年齢相応のものの考え方を手に入れると楽になり仲間の善さも時分の善さも認め会えて安心感が広がります。
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世間に貴方を知る者はほとんどなく 知っても多くは無関心か あるいは警戒する。


信頼関係と呼べる者達でさえ 「互いに傷つけない関係」がほとんどであり 偽りの信頼の元に生きている。
本当の信頼に値する人間は ほんのわずかであり 警戒することは正しい。

しかし知識は知るべきであるし 自分が至らぬことも重々理解すべき。
人間は自分自身も含め みな馬鹿なのだから 馬鹿に馬鹿にされても怒ってはいけない。

また弱みを見せて 相手の本性を知ることも 悪くはない。
つけこむ人間は その程度の脳しかないのだ。
ただ残念なことに そういう人間は結構多い 残念だが。

相談もすべきだが 相手の能力を見誤らないように。
大概は自分の事と 自分の利になる事しか知らない。
その範疇で聞くか あるいは自分で調べてから 確認のために聞くか が間違いない。

基本は敵ではなく 自分を守っているだけの連中の集まり と見るべきだろう。
共通する利害があればそこに入り 合わないか もう得るものがなければ出る。
後は 得るだけでなく与えることもバーターで行う。
長く続く人間関係には 相互利益となる取引が重要だ。
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>他人=敵 という考えは間違ってるでしょうか?


正誤という問題以前に、損得勘定すれば
まず間違いなく損でしょうね

人は一人では生きていけません。
必ずどこかで接点があるものです。

他人=敵という信念でいれば
とどのつまり主さんが
>他人に相談したり頼ったりする気なんて微塵も起きません。
なんていうより、相手から相手にされなくなるのは言を待たないでしよう。

過去の黒歴史で縛られ洗脳されてしまい
そういう損な性格となって
生涯暮らすことは、決して賢明なことではない
ことは確かでしょう。
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コメント失礼いたします。



過去の体験に対してつらい思いをされたことお察しします。
大変でしたね。でも大丈夫ですよ(^o^)

先に結論から申し上げます。
間違っています。

そもそも敵などというものが幻想です。
それを説明するために、
俯瞰して物事を見渡す事が有益です。

地球から見て敵は何でしょうか。
自然、森の木、虫、人の敵は何でしょうか
あなたの敵は何でしょうか。

一般的には自身の立場や利益、命を脅かす存在を敵としますね。
ですが、実は隠された真実があります。

テレビやなどの情報です。
アニメに関して言えば顕著です。
ヒーローがいて悪役がいます。
ヒーローは敵に一度やられその挽回に敵を最後には一層し一件落着が結論として収まりがいいですね。
この情報刷り込みは私達ほとんどの人に共通しています。

戦争もこの本質的な要素が要因となっていることがわかりますね。
互いの主張が正しいとなった場合は、
どちらが正しのでしょう?
それを戦いで決めようなんておかしいですが、
歴史上繰り返されてきたのです。
勝者の歴史ともいわれます。

自然も世界も絶妙なるバランスで成り立っています。
しかしながら人の社会というものは、
歪で偏り、違和感があることがわかります。

また、
原則として、
過去、未来を変えることはできません。
相手を変えることもできません。

変えることができる対象は「今」、「自己」
です。

その上で、
強さとは全てを手放した状態です。
弱さとはなにかにとらわれていること、状態です。
ガチガチになにかに固執しているので、
硬いのです。
棒なら折れます。
質問者様はこの状態だと推測されます。

強さは手放すことと伝えても難しいですね。

おすすめの明日からできるアクションプラン
・好きなことに時間を使う
・ネガティブな感情に気がつくこと
・一日のうちネガティブな時間を減らす。
・一日のうちポジティブな時間を増やす。

無理をして手放そうとしてもさらに考えてしまいます。
あるがままほおって置きます。←重要です
つまり、ネガティブな思考や感情に付き合わない、
なるべく触れない、関わらないようにするのです。
そのために、ポジティブな時間を、増やすのです。
ネガティブな感情に気がついたら、
自身を責めることなく、
ポジティブなアクションを事前に決めておき取り組み始めるようにするわけです。

一日と記載していますが、
これを人生というスケールで実行していくのです。

難しいことはありません。
小さくやってみて、
そして繰り返すだけです。

それでも難しかったら、
身近な感謝できることを見つけ
目を向ける時間を増やしてくだい。
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