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『徒然草』にて、延政門院の歌にある「牛の角文字」はなぜ「ひ」ではなく「い」なのでしょうか?
当時の仮名遣いであれば「こひしく」で「ひ」になるはずですよね。
当時の発音が既に「い」になっていて、門院が「い」を「ひ」と表記することを知らなかったからという理由なのでしょうか?

A 回答 (2件)

「牛の角文字」には、「い」説と「ひ」説があります。


辞書類を見ると「い」説が多いようですが、それは江戸時代以降の解釈に基づいているようです。『日本国語大辞典』精選版の補助注記には、「光広本ではハ行活用動詞の派生語の表記としては例外的に「こいしく…」としており、「牛の角文字」を「ひ」とする説もあるが、光広本の表記から「い」の字と解釈すべきであろう。」とありますが、烏丸光広は江戸初期の人です。光広の時代の理解として「牛の角文字=い」で、それに基づいて表記されていたとしても、『徒然草』の時代に同じ理解・表記であったとは限らないでしょう。
https://kotobank.jp/word/%E7%89%9B%E8%A7%92%E6%9 …
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「牛の角文字」が「ひ」だったからでしょう。


「い」の字は以の崩し字ですから鎌倉時代の「い」の字は牛の角には見えなかったのでしょう。
牛の角は頭から水平に伸びているのが一般的、「い」より「ひ」の方に近いですね。

「牛の角文字」が「い」になったのは江戸期以降のようですね。
都市部に牛が居なくなったからでは。
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