重要なお知らせ

「教えて! goo」は2025年9月17日(水)をもちまして、サービスを終了いたします。詳細はこちら>

【GOLF me!】初月無料お試し

ストレスが溜まったり、イライラしたときに自分を殴ったり叩いたりしてしまうことがあります。そうすると少し気持ちが落ち着きます。

自分を傷つけるのは良くないと思い、気分転換のために散歩をしたり、体を動かしたり、睡眠をとったりも試しましたが、あまり効果を感じられませんでした。他にうまくストレスやイライラを発散できる方法があれば教えていただけると嬉しいです。

みなさんは、どのようにストレスやイライラを解消していますか?アドバイスをお願いします。

A 回答 (6件)

自分自身を自分で痛めるのはイタイからやめた方がいいですね。


私はテレビゲームが好きなのですが、その時気分で、ジャンルを
変えてます。
例えば、精神的にも肉体も疲れてたら、癒されるようなゲームをしたり、
イライラしたり、質問者さんの言うような「痛めたら良くなる」
のであれば、格ゲーをしたりしてますね。

どうやったら殴るより、良い感じに解消できるかは、
自分で探して、人の意見は参考程度にした方がいいかもね。
    • good
    • 0

人間の精神生活を学ぶ事が良いと思います、人間の心には元々はストレスが存在していません。

この事は仏教とかキリスト教にも書かれています。

人間の心にストレスが無い状態を天国とか極楽と書いてあります、こう云った事柄の真意を学ぶ事です。結論を書くなら幼子とか嬰児が一番近い存在となっています。この意味は脳が未分化の状態だからです。

大人になるにつれて脳が発達をしてきますので、自動的に苦悩とかストレスが増してくるようです、処が仏教ではこう云った事柄にヒントも考え方もおまけに結論さえも出しているようですが、キリスト教では少し無責任な処がある様です。

その理由は、人間の心が如何して苦しくなるのかと云う問題を提起はしていますが、その解決方法とか結論を提示する事が無かったからです、こう云った考え方の相違が日本にキリスト教が根付かなかった理由かも知れません。

処が同じように心の問題を指摘している仏教に於いては、『人間の心がストレスで苦しむ事の原因は、苦しんでいる人本人が、ストレスに変換して苦しんでいる。』としています。

人間の心が成長をして思春期頃になると、人間は精神を病むとか苦しみが始まる=失楽園の始まりという意味です。聖書では此処までしか説明していないです。

科学的に説明すると、こういった人間の心に苦しみが湧き上る現象は人間の心が二重構造になっているからです。その二重構造の相手が聖書では神と書いています。

仏教では仏性です、この意味は一切衆生悉有仏性からの言葉ですが、命を働かせている者という意味です。神経症の説明で話を続けるなら話が早いと思いますので神経症の関連で話を続けます。

人間が苦しむ原因の一つに神経症が在ります、心を病むとか抑鬱とか上がり症とか、吃音とか、心臓神経症とか書痙とか、、恐怖症とか、不安障害とか強迫行為とか強迫観念とかその他上げ始めるなら限際限なく上げる事が出来ます。

こう云った神経症の原因も同じです、仏教ではこの原因が『無明の故』と書いてあります。この意味は原因が自分の中に在りながらその原因が分からないでいる事を云っています。

人間の心が二つある事が分からないでいるところに原因があると書いています。人間の脳の構造です、ウイキぺデアからです。是はてんかんの治療のために左脳と右脳を繋いでいる脳梁の切断を一つの治療の方法として行っていた時代の話です、沢山の脳梁が切断された人が存在していた時代の研究成果の一つです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。

次に左脳の機能の説明ですが、この説明は簡単に済むと思います、何故なら説明する必要さえもな無い位だからです、この機能は自我意識と云った意識だからですが、自我意識では単独には何も出来ない意識です。人間は馬鹿ですので『自意識単独で何もかもが出来ている』と錯覚をしているからです、この馬鹿さ加減を仏教では『無明の故』と修行の大切さを強調しています。

右脳にも意識がある事を先の記事で知った事と思いますが、右脳と左脳が機能的に完成に近づく時期が思春期頃です。アダムとイヴが知恵のリンゴを食べたという意味は』脳の機能分化が完成に近づいた。』という意味です。

今までは二つの意識が一つの者として機能していましたが、この機能分化を境に右脳の意識は『無意識の意識として』自意識の前から姿を消し去ってしまって無意識の背後から指示を出したり情報を呉れるようになっています。

詰まるところ心が二つになってしまって、『見ている自分』としての自分と『見られている自分』としての二つの意識として機能するようになります。

処がこの関係性が分かり難い事から。今の精神医学でさえも精神病とか神経症とかの原因が特定出来ていないとの見解になっています。処が神経症になって苦しんだ経験が有る者は、この原因と神経症の完治した姿をはっきりと指摘出来ます。

此処から右脳の機能を書いてみたいと思います。右脳の機能は生れる前から全てを備えている者です、生命として芽(受精)が出た瞬間から全てを心得て働きだす機能が備わっています。細胞分裂の順番でさえも全て知っています。そうして生まれてからの行動も、ホルモンの分泌も心臓でも肺でも筋肉の動かし方でも全てを備えて生まれています。

又心的には未熟な自意識を支えて、行動でも、感情の湧き上がらせ方でも、考えの湧き上らせ方でも全て備えて生まれています。髪の毛の色や肌の色でも全て知り尽くして生まれています。

聖書の中では、髪の毛一本でさえも『自意識には出来ない』とも云っていますが、その意味は右脳の意識がその能力を握っていると云っています。

そうして恥ずかしいと云った感情を湧き上がらせていると云ってイチジクの葉さえも用意させています。神の存在をちらつかせています。

こう云った機能は全て命あるものは備えています、この事を釈迦は『一切衆生悉有仏性』と云っていますが、命を働かせている意識(機能)という意味ですが、当然人間にも備わっています。

此処からは『どのようにストレスやイライラを解消していますか?アドバイスをお願いします。』の治し方です、心の矛盾を神経症の場合では症状として受け取っていますが、ストレスを感じる事も同じだと思います、治し方は症状別な対処の仕方は存在していません、全てが同じです。

症状として受け取っている内容は、実は幻です。実態が無いものをあるように思って受け取っています。それは実体がないストレスと云ったものを実態があるかのようにして受け取っている場合と同じです。

森田療法の症状に対する方法で治って行きます。その方法とは『症状の事を口にしないだけの方法です。』この事を『不問』=『症状を問題にしないと云った態度の醸成』を守る暮らしだけです。

そうしてその態度が出来上がる時、症状が出ようが出なかろうが、そう云った事柄には頓着しない態度になっています。

そうして完治する時、その症状が出なくなっていますが、出なくなったとしてもちっとも嬉しくなくなって居います。

その理由は簡単です、自分に湧き上る感情とか自分に振り掛かる事柄に対して『好きと嫌い』で対処していたからです。

環境が教えている情報を、自分の好きと嫌いで対処していたからです。何時か来るだろう自分の死でさえも『肯定して受け取る事が出来た時』何も苦しみが無くなっています。

悟という意味は脳内に置いての脳梁の中での二つの意識の出逢いの事です、この事を禅の本では『今更お前は誰かと聞く必要さえも無かった。』と書いています。幼子とか嬰児が天国に一番近いと云う理由は、この間の関係性を知り尽くしていたからです。

この場合では右脳の意識は永遠の命を持っている事がはっきりと認識出来ます。禅では『生死の問題が解決した。』と表現するのはこう云った意味があるからです。『絶対矛盾の自己同一』と西田哲学で書いている内容はこの意味です。

人間の精神生活を学ぶ事が良いと思います、と書きましたが禅を学ぶ事が最善と思います、とは云っても禅堂に入って修行をすると云う意味ではありません、日本が誇る禅の大家である『鈴木大拙博士』の書いたものを学ぶ事が良いと思います、はぃしは確か25歳頃悟りを開いています。

従って大事な所を分かって書いていますので、面白いです、27歳頃に読み始めて32歳で自身の無意識の意識に出会った経験が在ります。
    • good
    • 1

ストレスは元々は存在していないものですが、人間が頭が良くなって来てから段々とストレスを感じるようになっています、その原因を書いてみますので、元々ストレスが無い状態を思いだす様にして下さい。



人間に苦労とか苦しみとかストレスが無い状態を聖書では天国と形容しています、仏教では極楽です。

この意味は元々幼子とか嬰児の状態では天国とか極楽に一番近い存在としています、処が脳が発達してくる場合では、苦しみを抱える場合が増えて来ます、この理由が分かるなら、ストレスの正体が分かってストレスから解放されると思います。

人間の最大のストレスは『死』と云われています、此のストレスからの解放の役目をキリスト教とか仏教とか、いわゆる宗教が担って来ました。このシステムとかに通じるとか、詳しくなるなら人生においての魂の救いが理解出来ると思いますので、書いてみたいと思います。

人間が生きているこの世界は二つの世界が交差していると云われています。一つは目の前に展開している真実の世界です、もう一つ在りますがその世界は虚の世界と云われています。嘘に包まれた世界という意味です。

処がこの二つの世界はお互いに交差しながら成り立っていまきょぷの世界を虚の世界を見分ける事が出来るなら、ストレスと云った幻に怯える事は無くなると思います。

人間苦と云われる世界が在ります、神経症の症状や自律神経失調症とか過敏性腸症候群等の幾ら精密な検査をして貰っても異常が無いにもかかわらず、症状を訴えている場合です。

こう云った事柄にも関係していますが、仏教ではそのからくりをはっきりと指摘しています。従って神経症の原因は今の精神医学では分かりませんと云っている事がありますが、もっと仏教の癒しの心理学を学ぶ事が良いのかも知れません。

人間は如何して苦しまなくてはいけないのか?が分かるなら全ての学が終了します、おまけに二度と苦しむと言う事が無くなります。

始めに苦しみが無くなった世界のシステムを書いてから、人間が苦しむ原因を書いてみます。

人間が苦しむ原因は、如何して人間が苦しむのかの原因をその苦しんでいる人が理解出来ていないからです。この事を仏教では『無明の故』と喝破しています。その無明の闇を晴らすには何が必要なのかを書いてみます。

この無明の闇とは何かというなら、自分で自分を苦しめていながらその原因(実態)が分からないでいる事を意味します。

キリスト教でも仏教でも、初めに書いたように行き尽く先は同じです,結論から書くなら、自分自身が分からないで苦しんでいるという意味です。

聖書に書いてある通り人間が苦しみ始める時、神と仲たがいすると書いています、是は人間の脳内には『神』が存在していたからです。人間の脳内には意識が二つあります、科学的な文献を先に乗せて、脳卒中になったために右脳の自分と左脳の自分を交互に感じた人の体験動画を載せてからもう一度説明します。

ウイキぺデアからです。是はてんかんの治療のために左脳と右脳を繋いでいる脳梁の切断を一つの治療の方法として行っていた時代の話です、沢山の脳梁が切断された人が存在していた時代の研究成果の一つです。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。

次に左脳の機能の説明ですが、この説明は簡単に済むと思います、何故なら説明する必要さえもな無い位だからです、この機能は自我意識と云った意識だからですが、自我意識では単独には何も出来ない意識です。人間は馬鹿ですので『自意識単独で何もかもが出来ている』と錯覚をしているからです、この馬鹿さ加減を仏教では『無明の故』と修行の大切さを強調しています。

右脳にも意識がある事を先の記事で知った事と思いますが、右脳と左脳が機能的に完成に近づく時期が思春期頃です。アダムとイヴが知恵のリンゴを食べたという意味は』脳の機能分化が完成に近づいた。』という意味です。

今までは二つの意識が一つの者として機能していましたが、この機能分化を境に右脳の意識は『無意識の意識として』自意識の前から姿を消し去ってしまって無意識の背後から指示を出したり情報を呉れるようになっています。

詰まるところ心が二つになってしまって、『見ている自分』としての自分と『見られている自分』としての二つの意識として機能するようになります。

処がこの関係性が分かり難い事から。今の精神医学でさえも精神病とか神経症とかの原因が特定出来ていないとの見解になっています。処が神経症になって苦しんだ経験が有る者は、この原因と神経症の完治した姿をはっきりと指摘出来ます。

此処から右脳の機能を書いてみたいと思います。右脳の機能は生れる前から全てを備えている者です、生命として芽(受精)が出た瞬間から全てを心得て働きだす機能が備わっています。細胞分裂の順番でさえも全て知っています。そうして生まれてからの行動も、ホルモンの分泌も心臓でも肺でも筋肉の動かし方でも全てを備えて生まれています。

又心的には未熟な自意識を支えて、行動でも、感情の湧き上がらせ方でも、考えの湧き上らせ方でも全て備えて生まれています。髪の毛の色や肌の色でも全て知り尽くして生まれています。

聖書の中では、髪の毛一本でさえも『自意識には出来ない』とも云っていますが、その意味は右脳の意識がその能力を握っていると云う意味です。

そうして恥ずかしいと云った感情を湧き上がらせていると云ってイチジクの葉さえも用意させています。神の存在をちらつかせています。

こう云った機能は全て命あるものは備えています、この事を釈迦は『一切衆生悉有仏性』と云っていますが、命を働かせている意識(機能)という意味ですが、当然人間にも備わっています。

この機能には人間の全存在を働かせている『命の働き』と云う部分が在ります、このうちの何処かだけが仲違いしている現象が在ります。

人間の身体も全てその働きの支配下に在ります。眠る機能もその働きの一部です。この機能を疑って自意識単独で眠ろうとする事を不眠症と云います。

自律神経とか腸の働きとかを自意識が出来ると錯覚をする事が障害になっています。

人間の行動は自意識と無意識が交互に交替制を取る事から、健常者としての生活が成り立っています。この交替制に支障が出る場合にその症状が出る事を意味します。

神経症でも自律神経失調症でも大変な辛さを伴う事があります、その原因は『心の矛盾』を症状とか辛さとして感じているからですが、その理由は自意識が生命の源と仲たがいしているからです。

そう云った問題の解消が『自分自身を知る』事を意味します、つまり悟りを開く場合では二つの意識の間には,仲違いを解消したと云う証が完成します。

それは脳梁の中で出う事を意味しますが、二つの意識の間にはホットラインが開通した事を意味します、これ以後何があっての仲違いしないと云った絆です。

禅ではこの事を『生死の問題が解決した』と表現します。死であったとしてもストレスとして作用しなくなるという意味です。

釈迦の心の癒しの心理学が、人間の魂までも救う力がある事を意味している様です。

神経症のあらゆる症状の根底には『死に対する怖れ』が潜んでいます。彼の高名な神経症の治療者であった鈴木知準先生はみんなにこう云っていました。

ノイローゼは悟りを開かないと治らないです。
    • good
    • 2

重たいダンベルで体は痛めつけてますから殴りません。



痛めつけるのは筋繊維だけと決めております

しっかり筋肉を痛めつけて大きくなっていると満足しますね
    • good
    • 0

性別年齢などわからないですが、


ストレスを誰か親などに話すとか
無理なら、成人ならカウンセラーがいる精神病院で、カウンセリングをうけるとか、

食べ物でチョコレートがいいとか、ネットであったので、カカオ75%以上のを、適量食べる

などためしてはいかがでしょう
    • good
    • 0

ショッピングいいですよ。


パロサントやボディオイルやヘアオイルなど買って使うと良い匂いがして心が安らぎます
散歩したり体動かしたりなどがほんとに好きな事じゃないんじゃないですか?
わたしは暗い部屋でお香焚いてYouTubeでゆっくりとしたBGM流しながら読書する時間がなによりも大好きです
自分の傾向を探ってみてほんとに好きなことを突き詰めていけば殴ったり叩いたりなどよりも快感を得れると思います
    • good
    • 1

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています