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甲野善紀先生が発言していますが どうなんですか

江戸時代や明治初期の写真など見ると
当時の人々の立ち姿や仕事をする時の姿勢は

膝を曲げて腰をかがめた姿勢がほとんどであり,西洋式に煙突のように突っ立って

中国拳法のタントウの膝の角度ですが
いつもこの姿勢は無理では?

それとも身体操作が違った???


[ナンバ歩きの練習(1)|大場克則](https://note.com/edoninjarun/n/nb5f2b84ca08b)


武術
日本史

A 回答 (3件)

ナンバ歩きは現在でも登山の時に特に縦走では疲れにくい歩き方として勧められています。

と言うことは江戸時代の旅での移動手段は歩きが基本なわけですから必然的にナンバ歩きは疲れず長距離を歩く方法だったのではないかと考えられます。また、江戸末期のころの写真撮影は20〜30分近くじっと同じ姿勢をとらなくてはいけなかったそうです。坂本龍馬の有名な写真をみてもわかるようにもたれかかって写ってますよね。正座、椅子に座ったり、杖を支えにしたり(T字杖ならそれに腰掛けもします→登山では今も休憩で使います。これだとパッと見は膝をまげて立っている状態に見えますよね)して撮影してました。尚、私は歴史学者ではありませんのでご了承を。
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さてどうなんだろう



歴史研究家でも
いろいろな考え方がありますから
それが正しいとは限らないように思います

もともと
武士でも
それぞれが個人で
武術など訓練をしていましたが
当時の世界で一番強かった軍隊が
オランダで
オランダの軍人を江戸に呼んで
訓練の様子を見せてもらった

背が高くがっしりとしたオランダ人が
号令ひとつで
集合して並び
気をつけをしたり
回れ右などでも
びしっと動く

まわりで見ていた侍の連中は
素直に動く兵隊を見て
ゲラゲラと笑って見ていたと言うのが
記録で残っていますね

まあ
江戸時代の侍が
号令ひとつで綺麗に並んで
右向け右で動いていたとは
考えられません

ただ
これを採用した戦では
鉄砲隊など
号令が戦の勝敗を決めたとも言われています

江戸時代でも
どの時代であったか
また個人ではどうであったか
このあたりがむずかしそうですね
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なんば歩きという右手と右足、左手と左足を同時に出す歩き方をしていました。

刀を差していたのでこの方か便利で早く歩けます。、今の歩き方になったのは明治政府が軍隊を作ってからです。
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