法事っていつまでやるべきでしょうか。
ちなみに仏教です。
うちは親戚づきあいが異常なほど親密で粘着質でやかましくてウザいのでまた親戚のDQNらが
思いやりが無いとかウザいんです。法事に手抜いたら。

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A 回答 (8件)

法事は故人のためにやるのでなく、


残された遺族が自らのためにするものなのですが。
50回忌ぐらいになると、故人を知ってる人自体がいなくなりますからね・・・。
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私は父を亡くしましたが7回忌からは家族だけでしようと思ってます。


我が家も仏教です。
母の姉(享年3歳)の法事は妹一家(私たち)が法要したことがあります。
亡き父が通知が来たときに「やるべき」と母の実家の近くのお寺にいって行いました。
祖母の法要と母の姉の50回忌を同時に済ませたりもしました。
私の所も親戚付き合いが異常なほど親密です。
近所に何件も親戚の家があります…とほほ
祖母の下妹の旦那さんの通夜に私と妹は参加できなかったのですが、その時に「●●ちゃん(私)と●●ちゃん(妹)は?」って聞いてきたみたいです。
正直親密すぎるのはうざいですよね…。
父の葬儀をするときに葬儀屋さんが弁当の数の多さにおったまげ状態でした。

ところで法事とはどなたの法事なのでしょうか?
それによっては違ってくると思います。
親戚一同で集まるのは7回忌までぐらいでいいのではないでしょうか?
13回忌ぐらいからは故人の家族のみで良いと思います。
法要されるのでありましたら故人を思ってやるべきなので、手を抜くとか思っているのであればしない方が良いと思います。
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こんばんは。



 ご法事に手を抜けない、ということであれば、50回忌か33回忌までになると思います。
 地域・宗派・お寺さんによって、それまでの年忌の取り方もまちまちですが、私の地域は50回忌までですね。それと、近しい親族がいる場合、可能な限り呼ぶので、何回忌以降は身内だけで、という言い方もしないですね。(やや関西圏よりの西日本です。)
 
 お寺に行くと、たぶんその年の「年忌表」が掲げてあると思います。そこに書かれている年忌をお勤めなさればよいと思います。
  
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だいたい、17回忌までやって終わりにしても良いかと思いますが。


丁寧な人だと、50回忌なんてやる家庭もありますが。

何か身近な人が亡くなって、そのついでに33回忌や50回忌を行うという場合もあります。
その人のためにやるのであれば、せいぜい7回忌か13回忌で終わりにしても良いかと思います。

でも、あなたような考えでしたら、やってもらってもありがたくはないですし、正直言って、迷惑でしょうね。
亡くなった方もいやだと思います。
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一般の家では、33回忌を「弔い上げ」として打ち止めにするケースが多いと思います。


由緒ある家では、100回忌までやることがありますが・・・、

ただし、「ウザい」と言われながらやってもらっても、ご先祖さんは「ありがたい」とは思ってくれないでしょうから、イヤイヤやるのであれば無理にやらなくても良いと思いますが・・・。

いずれにせよ、「いつまで」と覚えておくのも大変でしょうから、お寺さん(檀那寺)から案内してくれた時に、思い出してやるくらいに考えておけば良いのではないでしょうか・・・。
そのかわり、お墓参りを年中行事として忘れないようにしてあげることにしておきましょう。
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若くして亡くなられたかたなら、近しい人が生きている限りやるでしょう。


おじいちゃんが20代で亡くなっていて、おばあちゃんが80くらいまでお元気で(かくしゃくと)生きておられたら、50回忌とかね。

大体13くらい以降はほんの家族だけでいいのでは?
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十三回忌くらいまですればいいのではないでしょうか。


個人的にですけど、私は私が21のときに逝った母の法要は五十回忌まではごく内々でしようと思っています。
その先もあるのかどうか知りませんが。
法事に呼ぶ親族の中にうるさい人などいないので私は恵まれてますね。
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たいてい25か33くらいまでじゃないでしょうか。


まあ、由緒ある家柄なら50だの100だのもやるようですが。
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>法事は慰霊や鎮魂や祈願といった自己中心の利己的な目的からではなく、
>また故人を偲び食事をとる懇親が目的ではありません。
この内容だと浄土真宗ですか?

浄土真宗では生前の善悪の業の如何にかかわらず死んだら直ぐに全員極楽往生という
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じゃあ浄土真宗における法事は何の為にやっているのかと言うと故人をしのぶ為なんです。
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生まれ変わると説いています)

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(先祖供養の為に法事を行っている他の宗派はまた考え方が違います)

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場所を借りたり食事で相当のお金を使います
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うちは古い考えの親父なんで初七日からきっちりやります

Aベストアンサー

なければならないとか言われてしまうと、やらないと遺族の生活が成り立たないわけではありません。

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父親の一年忌があります。親戚はあまり呼ばないで父親の兄弟のみで一年忌を行おうと思っています。そして会食は店ではなく家で料理を出して行おうと思っています。もちろん寺の住職には拝んでもらいます。それでも一年忌という法事は成り立ちますか?

Aベストアンサー

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質素に行い親戚から文句を言われる事も逆に大々的に行いヒンシュクをかうこともありますね
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苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

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がんが特別な毒素を出すわけではありません。
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様々な症状の一つには、疼痛もあります。
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Q50日祭、初盆祭、一年忌祭の玉串料相場

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一年忌祭もたぶん出席できません。

Aベストアンサー

50日祭、100日祭、一年忌祭は
聞いたことがありますが
初盆祭は初めて聞きます。

相場としては、仏教とあまり変わらないので
(四十九日・一周忌の)それでよいと思いますが

初盆祭に関しては判りませんので他の方に確認を
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Q23回忌の法事は必要?

法事は何回忌まですればよいのでしょうか?友人のご主人が亡くなられて今年が23回忌にあたるそうですが、何回忌まで法事が必要なのか悩んでるそうです。

Aベストアンサー

法事はしなければいけないものではありませんし、気の済むようにされる、というのが一番でしょう。ただ、法事の背景をご承知のほうが考えやすいと思いますので、基本的なことを書かせてもらいます。

年忌法事は満1年目の一周忌、2年目の三回忌、それ以降七、十三、十七、二十三、二十七、三十三、五十回忌…と続きます(二十三と二十七がなくて、代わりに二十五回忌になる地方も多くあります)。
昔は、三十三回忌を「弔い切り(といきり)」などといってこれをもって法事の終了、とした地方も多くありました。
大事なことは、日本の仏教は先祖崇拝と合体していますから、法事も基本的には子供が親や先祖を供養する、という前提でできているということです。供養を通じて浄化され穏やかになった親や先祖の「ホトケ」がやがて今生きている自分たちに平安をもたらしてくれることを願う気持ちが根底にあるのです。(七回忌からあとの法事は全て、こういう気持ちがベースになって日本人が作りだしてきたものです)

三十三回忌がひとつのメドとされたのは、数字のゴロもさることながら、三十年以上供養を続けてきた、ということに意味があったのでしょう。よく一世代三十年といいますが(「世」という漢字はそもそも「三十年」の意)、順当な代替わりの場合、親の三十三回忌を迎える頃には、法事を続けてきた子供も亡くなった親の歳になって、そろそろ現役引退の頃になります。ひと世代かけて行ってきた供養の手を、自分の現役引退の頃に引くということで、三十三回忌での切り上げはいわば生きているものと「ホトケ」のライフ(?)サイクルが合致していた結果なのでしょう。
最近は長寿化が進んでいるので、三十三回忌の時点でまだ故人の兄弟など縁の濃い人が多く存命の場合がありますから、五十回忌も段々一般的になってきていますね。

以上のようなことを踏まえれば、ご質問のケースの場合、仮にお子さんがおられてその方が年齢的・立場的に施主となり得るのならば、法事を務められることも、次の代の安寧を祈るという意味でも意義があるのではないかと思います。
また、ご友人である奥さんが施主となる場合でも、例えば縁の近い人達だけにご案内をして、ごく小規模に務めることもできるでしょう。極端なことを言えば、法事は別に親戚が集まらなくてもよいわけですし、奥さんだけがお寺に出向かれるかたちでも全く問題ないでしょうし、要は考え方次第、ということになるのではないかと思います。

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