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日本語を勉強している中国人です。よろしくお願いします。
日本語の「空の上」の「の」は、どんな位置関係を表していますか。
中国語なら、「天上」と書き、「天的上」と書かないんです。
「机の上」と「空の上」とは、基本的に違うと思いますが・・・?
「机の上」→○卓子上 ○卓子的上面
「空の上」→○天上 ×天的上面

A 回答 (3件)

このときの「の」は確かに形容詞的語句です。


ですので、中国語「的」を当てはめるところですが、
的をあてはめるとおかしくなっちゃうんですね。
「机の上」と「空の上」で、使われている「の」は同じ意味です。
ただ、ちょっとニュアンスが違って英語で言う
「on」 と 「above」の違いです。
机の上ならon the desk
空の上ならabove the sky

日本語の場合、接していても接していなくてもその上にあるものは「~の上」となってしまうので、ピンとこないのではないでしょうか?

「~の上」とは、空間的に~の上にあるものすべてを指す漠然とした言葉となりますので、形容詞的語句の「的」とは齟齬が生じるのだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
「机の上ならon the desk
空の上ならabove the sky」
つまり「机の上」は、位置基準を表し、
「空の上」は高度、範囲を表すとのことですね。
謝謝!

お礼日時:2005/08/28 20:55

 普段は聞きつけない表現なので辞書に当たってみました。


そら(空・虚):地上の上方で、神の世界と想像した天より下の空間。虚空。中天。……古くは「天(あめ)」が天上の神々の生活する世界を想定しているのに対して、より現実的な空間をいうようである。(小学館「国語大辞典」)

 ここからすれば、空=中天ですから、空の上は天を指すということでしょうか。

 ところで、この言葉をひっくり返すと、
 うわのそら(上の空):1)空の上の方。天の上。2)(形容動詞)心がうきうきして落ち着かないさま。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
とても難しくて、分かったようで、分からないですu。

お礼日時:2005/08/28 21:08

>「机の上」と「空の上」とは、基本的に違うと思いますが・・・?



「机の上」は「卓子上」や「卓子的上面」の意味で、「空の上」は「天上」や「天空上方」の意味だと思います。

中国語で「天空上方」を「天空的上方」と言えるのかどうか私にはわかりませんが、もし、言えるのであれば、「空の上」の「上」が「上方」という意味を持っている点が「机の上」とは異なる点です。

逆に、「天空上方」を「天空的上方」と言えないのであれば、中国語ではどういう場合に「的」を入れ、どういう場合に「的」を入れてはいけないのかを調べる必要があります。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
中国語では、「天空的上方」とは言えますが、日本語の「空の上」とは意味が違います。
「天空的上方」は、「画面的上方」と同じく、全体の中の一部の位置を表します。

お礼日時:2005/08/28 21:05

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Q煩悩ってどういう意味ですか?

煩悩(ぼんのう)ってどういう意味ですか?
辞書で調べても難しくて理解できません。
具体的に、わかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
 
  煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。
 
  仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。
 
  しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。別に和服でなく、洋装でも構わないのです。また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。
 
  あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。極楽じゃ。しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。
 
  また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。
 
  大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。
 
  仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。
 
  もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。これも煩悩か」などとなります。
 
  「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。
 
  これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。
 
  煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。(ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。
 
  煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。
 
  肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。
 
  人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。
 
  「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。
 
  世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。
 

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
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Qいろいろな国~、色々という適切な表現を教えてください。

今英語のプライベートレッスンをやっています。
自分で先生をそのたびに選べるので、ここ数回はイギリスの先生とレッスンしていました。
でも、同じ英語ではあっても、いろんな国の方(カナダ、オーストラリア、アメリカなどなど)と話して、いろんな国の方が話す英語を聞いてみたい、話してみたいと思っています。
で、今数回レッスンをしている、イギリスの先生に「(あなたのレッスンに不満があるわけでは全くない、ただ)いろいろな国の人とお話してみようと思っています。」という意味の英語を、言いたいのですが、
私の考えたのだと、
I like your lessons very much.
But, I'm trying to talk with(to) various people here.
このvarious、色々な国の方の話す英語を聞きたい、色々な国の人と話してみたい、(英語をネイティブとする)たくさんの人と喋ってみたい、と言うときに適切でしょうか。
より自然な言い方があったら教えてください。お願いいたします。

Aベストアンサー

私だったら、下記のように言うでしょう。
  I like your lesson. I think it's very nice.
  But at the same time I'd like to talk with people from many countries.

会話学校の生徒が先生と会話練習をするのに、「talk to 先生」という表現はちょっと変です。
やはり、ここは「talk with 先生」のほうが良いでしょう。

ただ単に various people ですと、「いろいろな人」になってしまって、
あなたの言いたい「色々な国の(出身)の人」というニュアンスが出ませんので、
  people from many countries
  people from various countries
のいずれかが良いでしょう。
あなたの言いたいことをはっきりさせるためには、
この部分に強勢をおいて発話すると良いと思います。

Q「あくまで」「あくまでも」の意味

「あくまで(飽くまで)」「あくまでも」という副詞の意味ですが、辞書をひくと「物事を最後までやりとおすさま・徹底的に」とあります。例文も「あくまでもがんばる、あくまでも主張を貫く」などとあります。

しかし、よく話の中で「あくまでも個人的な考えですが・・・」「あくまでも噂です」「あくまで一例です」「あくまでの話しです」などという風に使われます。このような文章中では「徹底的に」という意味ではないと思うのですが、どうなのでしょうか。

Aベストアンサー

あくまでも、という意味の「徹底的に」という所から転じて、「完全に」とか「中途半端ではなく(どこまでも)」という様な意味合いも持っています。


「あくまでも個人的な」
完全に個人的な

「あくまでも噂です」
=「あくまでも噂[に過ぎません]」
完全に噂に過ぎません

「あくまで一例です」
=あくまで一例[に過ぎません]」
完全に一例にすぎません

「あくまでの話です」
・・・すみません、この用法は聞いた事がありません。

Q~もまた・・・だ。(also, too, as well)

こんにちは。いつもお世話になっています。
「~もまた・・・だ。」という表現で「also, too, as well」は同じ意味合いですか?表現の内容によっては使い分けるのでしょうか?
また、常に「tooとas well」は文末で用い、「also」は主語のあとに置くものなんでしょうか?

例1)彼もまたそう思っていた。(=彼もまた(僕と同じように)そう思っていた。)
→(1)He was thinking it too.
 (2) He was also thinking it.
 (3)He was thinking it as well.
どれが一番きれいな英文ですか?

例2)あなたもあの映画を観たの?(=あなたも、(僕と同じ映画を)観たのですか?)
→(1)Did you watch that movie too?
 (2)Did you watch that movie as well?
 (3)Did you also watch that movie?

英語勉強中なので、分かりやすく教えて頂けると幸いです。また、文法や表現の間違いがあれば指摘して頂けると私自身勉強になりますので宜しくお願いします。

こんにちは。いつもお世話になっています。
「~もまた・・・だ。」という表現で「also, too, as well」は同じ意味合いですか?表現の内容によっては使い分けるのでしょうか?
また、常に「tooとas well」は文末で用い、「also」は主語のあとに置くものなんでしょうか?

例1)彼もまたそう思っていた。(=彼もまた(僕と同じように)そう思っていた。)
→(1)He was thinking it too.
 (2) He was also thinking it.
 (3)He was thinking it as well.
どれが一番きれいな英文ですか?

例2)あな...続きを読む

Aベストアンサー

まず、意味合いは大体同じような感じじゃないのかなぁ?、と思います。
敢えて言うならalsoは少し堅い感じがしてtooの方は口語的というか、それぐらいの違いしか意識したことはありません。
ただ、各副詞(句)の位置に関してはちょっと違いますね。
副詞というのは文全体・形容詞・動詞・一部の他の副詞などに対して修飾する語句ですので、文頭、文末、動詞の前(be動詞・助動詞がある時はその後)、修飾したい語句のそば、のようにそれだけ挿入位置に関しては幅があります。
これは別に自由に好き勝手に置いていいのではなく、何をどの部分を修飾したいのかによっても変わり得ます。

・also
通常は「動詞の前(be動詞・助動詞がある時はその後)」に挿入されます。主語の後というわけではありません。
ただ、一般的に主語のあとに動詞が来ることから「主語の後」のように見えるかも知れませんが^_^;
しかし、文頭に来て文全体を修飾して「しかも、その上」という意味になったり、強調的に文末に置くこともあります。
また、意味の違いによる誤解が生まれる文章ではアクセントの有無に頼らないと区別できないことがあります。
(例)He also went to China.
「彼"も"中国に行った」のか「彼は中国に"も"行った」のか分かりにくい。
質問者さんが示された例1でもheにかかってるのかitにかかってるのかと迷えなくもないですよね?(この場合は普通はheの方だと思うでしょうが…)
しかし、例2などはまさにyouなのかmovieなのかどちらか紛らわしいですね。
・too
文末(というか節も含むかな?)に置くことが多いが、上記のalsoの時のような意味のはき違えがおこる時には修飾したい語句の直後に置きます。
(例)He,too,went to China.とHe went to China,too.のように。
尚、カンマの有無について付けないこともあるようですが、書き言葉に於いて特に意味のはき違いを避けたい時にはつけます。次のような例では必ず付けます。
(例)He,too,often goes to China.
カンマがある場合は「彼"も"しょっちゅう中国に行く」となり、ない場合は「彼はしょっちゅう中国に行き"すぎる"」となり文意がかなり変わります。
・as wellに関してはtooに近い使い方な気がしますが詳しい方にお任せします^_^;

まず、意味合いは大体同じような感じじゃないのかなぁ?、と思います。
敢えて言うならalsoは少し堅い感じがしてtooの方は口語的というか、それぐらいの違いしか意識したことはありません。
ただ、各副詞(句)の位置に関してはちょっと違いますね。
副詞というのは文全体・形容詞・動詞・一部の他の副詞などに対して修飾する語句ですので、文頭、文末、動詞の前(be動詞・助動詞がある時はその後)、修飾したい語句のそば、のようにそれだけ挿入位置に関しては幅があります。
これは別に自由に好き勝手に置いてい...続きを読む

QWould you like~?とWould you~?の違いは

相手に何かをお願いするときに、
Would you like~?
Would you~?
と両方の言い方があると思うのですが、likeをつけるかつけないかはどのように判断するのでしょうか?
また意味はどう変わるのでしょうか?

Aベストアンサー

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧めたら)~をお気に召すでしょうか?」という丁寧で控え目な調子の出る勧誘表現なのです。I would like to~「~したい」(~することをできればしたい)という表現もこの用法からきているのです。

Would you like~のlikeは「~を好きである」という他動詞でlikeの後に名詞を目的語として持って来ることができます。例:
Would you like another cup of tea?「もう一杯紅茶如何ですか?」
Would you like going on a picnic?「ピクニックに出かけるというのは如何でしょう?」
Would you like to go on a picnic?「同上」(このto不定詞は名詞的用法)

ご参考になりましたでしょうか。

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧め...続きを読む

Q「~やら~やら」と「~とか~とか」の違い

物事を複数並列する時に「~やら~やら」と使っていますが、
最近の若者がよく使っている語で、同じようなものに「~とか~とか」があります。
「~やら~やら」と「~とか~とか」は、どう違うのでしょう?
なんとなく用法が違うとは思うのですが、正確にはわかりません。
以前から気になっています。どうぞ御教示ください。

Aベストアンサー

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?

ここから先は、個人の語感によって、或いは世代によっても意見が分かれそうな部分ですが、
私は「パンやら牛乳やら」からは、並列の意味に加えて、「いっぱい」や「必要もないのに」という印象を受けます。
「パンとか牛乳とか」の方は並列の意味に加えて、ちょっとあいまいに表現しようという気持ちが感じられます。

これは例文を変えてみるともうちょっとはっきりするかもしれません。
1「バーゲンでコートやらスカーフやらいっぱい買ってしまった。」
2「バーゲンでコートとかスカーフとかいっぱい買ってしまった。」
1の方がいっぱい買ってしまった感が強いような気がします。
2の方は普通の並列ですが、この言葉を言う人によっては、本当はコートとスカーフ以外に重要なものを買ったんだけどそれをわざとぼかして言っているような感じも受けるかもしれません。

1「彼女の気を引くために、バッグやらアクセサリーやらプレゼントした。」
2「彼女の気を引くために、バッグとかアクセサリーとかプレゼントした。」
これも、1の方があれこれたくさんプレゼントした感じがよく出てると思いますがいかがでしょう。
2は素直な人が話しているなら単なる並列。
ものをはっきり言わない人が話しているなら、ひょっとしたら車もプレゼントしているかもしれません。

とまあ、こんなところです。
前にも書きましたが、ここまで来ると、個人の語感や世代によって感じ方はさまざまだろうと思います。
色々な回答がつくといいですね。

「~」の部分に入るものを名詞に限定して書かせていただきます。

「~やら~やら」には意味が二つあります。
1 名詞の並列
  例:スーパーでパンやら牛乳やら買った。
2 どちらか決めがたいことをあらわす。
  例:真っ黒に日焼けして、どちらが前やら後ろやらわからないほどだ。

それに対して「~とか~とか」には、
1の名詞の並列の意味しかありません。

それでは
「スーパーでパンやら牛乳やら買った。」

「スーパーでパンとか牛乳とか買った。」
は完全に同じ意味でしょうか?
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