今、学校で自然について学んでいます。
いろいろとネットで『自然』を検索したのですが、自然保護を訴えているだけのページで、『自然』について語っているページが少ないです。
そこで、皆さんに『自然』をどのように考えているのか、教えてください。
よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

http://subsite.icu.ac.jp/people/yoshino/nature.h …
自然とは。

今、自然って少ないと思います。都会では。
多分。
私が思う自然とは、人間が手を加えないで生息する植物、動物がある場所。
たとえば放流しないでも、生きている魚。
水槽の魚は、自然ではないと思います。
花壇の花はちがう。草は自然だと思います。

人間が望んでも、望まなくても生息するのが自然だと私は思います。

私的意見ですから、違うかもしれません
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この回答へのお礼

mimidayoさん、貴重なご意見ありがとうございます。

お礼日時:2001/12/11 11:38

こんにちは、初めまして。



自然とは・・・人間の手を加えていないもの。
人が手を加えなくても何年も何百年も存在し続けられるもの…だと思います。
大きな視野で言えば「地球」「星」も自然だと思います。

まぁこれは私的見解ですが(汗)参考になれば何よりです。
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木立の中に入って、息を潜めてみてください。


次第に自分の存在が意識されなくなり、まわりに溶け込んだ状態になります。
こうやって自分が「無」の状態になって感じられるものが、そこに存在する「自然」です。
都会には都会なりの自然が息づいています。
ただし都会の自然の息づかいは生き絶え絶えですが・・・。
人間以外の生物は「善と悪」を判断しないといわれています。
キリスト教の教えでは善悪の判断は神のみができうる行為と教えられます。
人間の善悪の判断は、人間の都合が最優先されますので真の善悪の判断ができないためだと思っています。
その意味で自然とは善悪の判断を超越したところの存在でしょう。
あるがまま、なすがまま、されるがまま。
何人も善悪の判断をすることがなければ、すべてのものが種の保存のためだけに活動します。
人間の存在を削除した状態を想像してください。
地球環境にとってこの上ない好環境が得られます。
皮肉なことに、地球への最大の負荷が人間の経済活動なのです。
だからといって人類が滅亡することが望ましいのではなく、滅亡した状態に等しい環境を人間が受け入れればよいのです。
すなわちそれが「自然」な環境となります。
人間が自らの体力で得られる範囲のエネルギーで生活することが自然です。
知恵を使うことも良いのですが自己都合で善悪の判断をしてはなりません。
限りある資源である「石油」「原子力」を人間が使ってよいと判断したために現在の地球破壊が起こっています。
古人は自己都合の判断を戒めるために判断が必要な場合は「神」にお告げをいただきました。
神のお告げとは歴史の教えです。
古来からの生きる知恵から導き出された人が行き続けるための真理に基づいています。
この先何十年、何百年、何千年と人間が生き抜いていくためにはどう判断したらよいか、古人は神の教えとして経験から導き出していました。
現代社会は、この神の教えを「神」という存在を否定することで消し去ってしまっています。
神は存在が重要なのではなく、判断が重要なのだということを忘れてしまったからです。
自らの間違った判断に気がつく術を忘れた人間が存在する限り真の自然な状態はありえません。
古人の知恵に立ち返り「神」の判断を仰ぎ、自然な環境を作ることが急がれます。
神とはすなわち自然です。
無になった状態で感じられる自然から教えられることに従って生きる。
自然に生きるということは自然に学ぶということでもあります。
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見渡す限りの田園風景‥こういったものを自然と勘違いされる方は少なくないようですネ。


これはコンクリートで覆われた都会よりはごくごくわずかマシなだけで,極めて不自然な情景といえます。自然の中で単一植物が広大な面積を占めるというのはおかしな減少ですし,開墾によって自然を破壊した跡地が農地なのですから。

自然と言うのは雑多な生命がせめぎ合っており,弱肉強食の世界であり,また,常に変化し続けていくものなのです。

目に見えないような微生物達や植物から始まる食物連鎖によって互いに闘い,食べあい,助け合い,奪いあい,与え合うというのが自然です。

巨大な山も雨や風の浸食を受け,一瞬ごとにその姿を変えるものなのです。

それが自然だと考えています。
自然を破壊せずに人は生きることができません。
けれども,自然が無くなっても生きることができません。
ですから,いかに無駄な破壊をせずに共存するかということを考えなければならないのですネ。
私は,そう考えています。
以上kawakawaでした
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私なりの定義は次のとおりです。



自然とは、地球(または宇宙)の自己運動とそれに適応した生物活動の総体です。

物質には静止したものはなく、すべて運動し、変化の過程にあります。地球も自転し、生成・発展・消滅の過程の中にあるし、そうした運動の一つとして風が吹いたり、雨が降ったり、地殻変動が起きたりするのです。
そして、地球の最も高い山からマグマの中にまでなんらかの生き物が適応して生きていて、地表においてもヒトも含む動植物の多様な生命活動が繰り広げられています。

自然保護という意味での「自然」は、ヒトの利害からの「自然」であって、かなり限られた状態(ヒトが住みやすい状態の自然)をいいます。たとえば地球温暖化や異常気象は人間にとっては困りますが、自然にとっては何一つ困らないし異常でもありません。ヒトが滅びた後にはまた別の生き物が繁栄します。
ヒトが招いた結果であっても、それ自身自然の生き物としてのヒトの活動の結果であって、自然そのものです。

「人工でないもの」とか「ありのまま」といった国語的な意味の「自然」についてはここでは省略します。
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私の考えは学校で習うようなことではありませんが、私の「自然」は「神様」と考えています。

ここにrojyoubakaさんが居るのも自然(神様)、私と出会ったのも自然(神様)、雨が降るのも、落ち葉が舞うのも、お金がなくとも春には櫻の花が咲くのも、また、出会い頭に車が衝突するのも自然(神様)の仕業、全てが自然ではないでしようか。
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  自然というのは、日本の思想、中国の思想、インドの思想、そして西洋の思想でも、幾つかの意味があります。「自然環境保護」とかで言っている自然は、英語だと、大文字のネーチャーと呼ぶもので、Nature と書きます。また、Mother Nature(母なる自然)とも言います。
 
  この意味の自然(Nature)は、人間の生活している集落や町や、社会を囲んで、社会がそのなかにある「自然」です。「自然の恵み」という言い方がありますが、これは例えば、「海の魚や海草、貝や蟹」などの海鮮食料は、本当に海の恵み・自然の恵みですし、米や麦や野菜なども、大地を必要とし、適度な雨や、太陽の光や、色々な自然の条件で、生育します。これも自然の恵みである訳ですし、山の色々な果実や木の実や、また樹木なども、人間は食料にしたり、建物の材料にしたりしています。これも自然の恵みです。
 
  こんな風に人間は、「自然の恵み」で生活して来た訳ですし、本当は、いまでも「自然の恵み」で生かされているのです。人工繁殖の魚だとか、温室栽培の野菜だとか、化学肥料を大量に使って増産する米や麦だとか、こういうものを考えていると、自然など不要だ、人間は、独力で生きていけるというような錯覚に陥りますが、広い意味では、これも、自然の恵みで、人間はやはり、地球の自然のなか、その基盤の上に社会を築き、生活を築いているのです。
 
  人間の社会と対立する自然、人間の人工世界・技術と対立する自然というような考え方が、いま何か一般的であるように見えますが、本当は「対立しているものではない」のです。母なる自然のなかに、その大きな胸に、わたしたちが生かされているのです。
 
  だから、環境保護とかは、人間の傲慢な態度を表している表現でもあるのです。「自然環境の破壊や無用な干渉は止める」というのが正しい表現でしょう。人間が破壊や干渉をしなければ、自然は保護しなくとも、自然としてあったしあるのです。「自然保護」というのは、「或る人間たちの破壊や干渉から、或る人間たちが、自然の一部を保護する」というような意味でしょう。高山に花があれば、それを破壊しに来る人間から保護する、ということは、そういう人間の破壊や干渉の行為を、人間で止めようということです。
 
  わたしたちは、自然のなかで生かされているのだと、考えないといけないでしょう。
 
  以上は、「母なる自然」ですが、自然というのは、この他に、「おのずからしかるもの」という意味があり、人間が先の母なる自然の一部であるということ以外に、行き過ぎや乱用や間違いのない、何というか「素直な人のありよう」も自然です。人も自然の一部であり、人を除けば万歳だとは一概に言えないのですし、孔子の言葉で、段々年齢を取るにつれ、何が正しいとか、そんなことをわざわざ考えなくても、思ったことをすると、それがそのまま「天意」に適っている、つまり、人の道にも、自然の道にも適うようになったというのがあります。老荘思想でも、「無為自然」ということがあります。人為を避け、減らし、「あるがまま=自然」に生きようという考えです。
 
  西欧では、英語の nature は、「天性」という意味があります。これは人が生まれながら、先天的に持っている或る性質です。普通良い意味で使います。隣人愛は、人の天性としてあるとか、善をなすように天性で人はなっているなどです。
 
  これも、人が、あるがままになれば、天性の通りの生き方になるということですが、天性は、知性であり、技術であり、発明工夫こそ天性だという考えもあります。それも、人の持つ天性=本性=本来性で、人はそういう天性に従って、技術を開発し、生活を豊かに工夫し、社会を発展させて来たともいえます。
 
  けれども、天性の考えのなかにも、人間対自然という対立の強調ではなく、自然のなかの人間、人間のなかの自然という思想も含まれるのです。
 
  母なる自然も、技術や知性の人間の自然も、望ましくは、「あるがまま」でしょうが、そのことはたいへん難しいということは、古くから、人類のなかの賢者は考えて来たとも言えます。
 
  大きく自然を、母なる自然と、天性に分けたのですが、それらの両者に関係することとして、「あるがまま」「無為自然」というような思想があるとも言えるということです。人間の自然と、母なる自然の自然は、調和が望ましいということです。
 
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