キリストさんって実在のじんぶつですか?

A 回答 (2件)

同じ意味の質問が参考URLにありますが・・



そこでも、お答えしておりますが、信仰対象としての「イエス=キリスト」と人間としての「ナザレのイエス」とは区別して考える必要があると思います。と言うのは、キリスト教を信じている方たちは「神の子イエス」の実在を信じ(そうでなければ信者ではありません)その観点から実在した/していると答えますがken615さんのお聞きしたいことはそういうことではないと思われます。

私の見解では、人間としての「ナザレのイエス」が実在したとして差し支えないだろうということです。信仰に基づくさまざまな伝説があるために、その実在が疑わしく思えるのでしょうが、何もないところからそのような伝説を生み出すことは困難です。同時代の各種史料からもそうした人物がいたことは裏付けられると思います。

前の質問でも「証拠はあるのか」というような疑問を質問者の方は出しておられますが、基本的には自分でそれを調べるか、そうでなければ学問とその成果を信じていただく他はありません。

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=95938
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この回答へのお礼

丁寧な説明ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/04 12:17

 紀元前四年に誕生したとされている。


 イエスは、神の子とか神の使徒として絶対神を説いている。
 如何ですか?
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Qキリストは実在人物ですか?

子供の頃から無神論者でした。
絵本やら紙芝居でキリストの話を見聞した時、神話だと思っていました。うまく表現できませんが「まんが日本昔ばなし」みたいに。

ところが中学生になり「キリストの生まれた年を基準に紀元前・紀元後に分けている」みたいなことを習い、「実在人物なの?」と思いました。今現在も信じていません。

死後の復活とか、湖の上を歩いたとか、マリヤが処女で受胎したとか、多少着色した逸話としても信じ難く、なぜあんなに世界中に広まっているのかわかりません。

自分自身で宗教に関する本も読んでみました。しかし信ずるまでには至りませんでした。教会に行ってお話しを聞こうかと思いましたが、私の質問が水掛け論になると思い、やめました。

キリストはやはり実在しましたか?

※最後に・・・これは別にクリスチャンの方々を侮蔑しているわけでなく、私自身が信じていないだけです。信じている人をとやかく言うつもりはありません。みなさんは何を根拠にキリストの実在を信じているのかなあと思いまして。

Aベストアンサー

>キリストはやはり実在しましたか?

これは、非常に難しい問題です。
イエスが実在の人物であったかは、史料が残っておらず、未だ判然としません。
イエスの存在をズバッと言ってるのは、福音書くらいしかありません。
しかし、その福音書ですら「詩的」であり、その記述を裏付けできる証拠もありません。
ただ、紀元後1~3世紀頃に新興宗教である原始キリスト教があったのは確かのようです。
原始キリスト教が新興宗教としてあったのなら、それを興した人がいるはずで、きっとそれがイエスだろう~程度にしか分かっていませんね。

因みに、ANo.5さんのイエスの生年と紀元がずれるのは「紀元前7年~紀元前4年に生まれたのではないかという説が有力」の間違いですね。(紀元前4世紀ではありません)
これは、福音書の記述に「ヘロデ大王の治世に生まれた」という事がかかれてあり、それが本当なら「ヘロデ大王」は実在したことがほぼ分かってる王様なので、そこから推定した年代です。
因みに、聖書に記述されている「ヘロデ大王の子供虐殺事件」は、歴史的裏付けはとれていません。
これは、むしろ聖書記述者がヘロデ大王に抱いたイメージだろうというのが有力な説のようです。


クリスマスに付いても、イエスの生年は正確には分かっていないので、後にキリスト教が広まるときに他のお祭りと結びついた結果だとるす説が有力ですね。


まぁ、イエスが実在したかどうかは雲をつかむような話を未だでていないのが現状です。(そして、今後もでないと私は思います)
ただ、キリスト教という宗教が、少しずつ形を変えながら今の形になったのは揺るぎない事実です。
また、そうした宗教を興した人物がいた可能性は高いと思われるというのが、ほとんどの学者の見解のようです。
福音書に記述されている奇跡物語については、ほとんどは比喩か当時の土着の伝説なんかが結びついた結果だろうという説が有力です。

>キリストはやはり実在しましたか?

これは、非常に難しい問題です。
イエスが実在の人物であったかは、史料が残っておらず、未だ判然としません。
イエスの存在をズバッと言ってるのは、福音書くらいしかありません。
しかし、その福音書ですら「詩的」であり、その記述を裏付けできる証拠もありません。
ただ、紀元後1~3世紀頃に新興宗教である原始キリスト教があったのは確かのようです。
原始キリスト教が新興宗教としてあったのなら、それを興した人がいるはずで、きっとそれがイエスだろう~程度...続きを読む

Qキリストの血を浴びたロンギヌスって実在の人物?

ゴルゴダの丘でキリストを槍で処刑した人でロンギヌスという人がいるそうです。
そのとき血を浴びたせいで目が見えるようになったとか、改心したとか、その槍が奇跡を起こすようになったとか。

このロンギヌスっていう人物は実在したと考えられているのでしょうか?聖書に載ってます?
それとも単なる伝説にすぎませんか?
そもそも目の悪い人が処刑人になっているのもおかしな話ですし。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

聖書のヨハネの福音書だけを読んでみれば(それでもいろんな解釈があるのですが)、
「イエスは殺されたのではない、自らの意思で引き取ったのだ」というのがまず重要なので、決して”刺し殺した”のではないのです。

彼は十字架の上で「終わった。」と言って、自分で、息を引き取るのです。
で、十字架から死体を下ろすために兵士たちがやってきたところ、
イエスと同時に十字架にかけられ処刑された他の罪人たちはまだ死んでいなかった、そこで兵士は彼らの脛を折った(こうすると早く死ぬらしい)。
イエスだけはもう死んでいたので、脛は折らなかった。しかしひとりの兵士が、槍でわきを突き刺した。そして血と水が流れた。。。てなことをヨハネは書いてます。
(この兵士の目が見えなかった、病気だった、とは一切書いていない。)

…なぜ既に死んでいるのにあえて刺したのか?
これをヨハネは、旧約聖書に記された
「神に捧げる生贄の骨は一つも砕いてはならない」
「彼らは自分が刺し通した者を見るだろう、そしてその者のために嘆き悲しむだろう」
というふたつの預言が成就されるためだった、と言います。
つまり、骨を折らなかったのも、あえて刺したのも、兵士の意思がそうさせたのではない、先に預言があったからだ、というのです。
そして、「刺した者は悲しむ」と預言されているくらいだから、きっと悔い改めるだろう、と言いたいのだと思います。

結局、ヨハネがこう書いたことで、この兵士は非常に重要な役割を果たしたことになったので、
悔い改めたんだって?目が悪かったんだって?イエスの血を拭った布で治ったんだって?
と様々な説が生まれ、聖書ではただの「兵士」だったのが、名前を持つ男になっていったのでは。
聖書に書かれていることも伝説みたいなものですから、何を事実と考えても、事実と考えなくても、いいと思います、、、

聖書のヨハネの福音書だけを読んでみれば(それでもいろんな解釈があるのですが)、
「イエスは殺されたのではない、自らの意思で引き取ったのだ」というのがまず重要なので、決して”刺し殺した”のではないのです。

彼は十字架の上で「終わった。」と言って、自分で、息を引き取るのです。
で、十字架から死体を下ろすために兵士たちがやってきたところ、
イエスと同時に十字架にかけられ処刑された他の罪人たちはまだ死んでいなかった、そこで兵士は彼らの脛を折った(こうすると早く死ぬらしい)。
イエ...続きを読む

Qイエス・キリストは実在した?

ずばり、キリストは実在したのですか?
歴史の年表ではキリスト誕生の年が載っていますが、本当に実在したのでしょうか?

信者の方は実在を信じているかもしれませんが、一般的にはどのように捉えられているのでしょうか?

Aベストアンサー

えーと、歴史上におけるイエスの存在は、「史的イエス Historical Jesus」と呼ばれ、
新約学でも、史学においても、最大の争点の一つとなっています。
私自身は実在したと考えていますが、史学の世界では意見が分かれているようです。
というのも、実在を示す確実な史料が全くないからです。

キリスト教というのが、イエス生存の当時や磔刑直後から、ある程度隆盛していたなら、
当時のイスラエル地方の為政者であるローマ側の、年代記等の史料に残っていても
おかしくないのですが、同時代の記録は何も残されていません。

同時代の史料がないのは、キリスト教も同じです。
キリスト教側からの、イエスに言及している最古の史料は、パウロの書簡で、
これが西暦50年代。新約聖書内の最古の福音書であるマルコ福音書が
50年代~70年代。イエスの磔刑を30年前後と考えると(ピラトの在職期間)、
彼の死後から20年近くたっているのです。
そしていずれも、ガリラヤを知らない人間で、また、イエスの直接会ったことのない
人間の手によるものです。
また、福音書の記述というのは、かなり脚色されておりまして、一見、歴史記述に見えても、
全く信用できないものなのです。

キリスト教外の史料で、イエスに言及しているものは、フラウィウス・ヨセフスの
「ユダヤ古代誌」で、これが西暦95年頃。以下、引用。

>さてこのころ、イエススという賢人――実際に、彼を人と呼びことが許されるならば――
>が現われた。 彼は奇跡を行う者であり、また、喜んで真理を受け入れる人たちの
>教師でもあった。 そして、多くのユダヤ人と少なからざるギリシャ人とを帰依させた。
>彼こそはクリストス(キリスト)だったのである。(後略)

タキトゥスの「年代記」は、ちょっと忘れましたが、確か100年前後。以下、引用。

>その名の由来するクレストゥスは、ティベリウス帝の時、
>ポンティウス=ピラトゥスによって処刑された。

いずれも、イエスの死後から70年程たっており、また、イエス自身を知らずにも
書ける内容でして、イエスの実在の明証とはなりえないのです。

文書記録以外の史料においても、イエスの実在を示す確実な根拠は、残念ながらありません。
現在、イスラエルには、「イエスの通った学校」だとか、「十字架の道行 14留」など、
様々なものが見られますが、これはすべて後世に作られたものです。

「史的イエス」に関しては様々な本が出ていますが、読むなら、まずは荒井献のもの
が良いかと思います。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/sinyaku.html

えーと、歴史上におけるイエスの存在は、「史的イエス Historical Jesus」と呼ばれ、
新約学でも、史学においても、最大の争点の一つとなっています。
私自身は実在したと考えていますが、史学の世界では意見が分かれているようです。
というのも、実在を示す確実な史料が全くないからです。

キリスト教というのが、イエス生存の当時や磔刑直後から、ある程度隆盛していたなら、
当時のイスラエル地方の為政者であるローマ側の、年代記等の史料に残っていても
おかしくないのですが、同時代の記録は何も残...続きを読む

Qキリスト教って何で迫害されたんですか?

ローマの支配は宗教的にもとても寛容だったと記憶しているのですが、それなのにどうしてキリスト教は迫害されたのですか?
ネロ帝による迫害だけなら民衆の不満逸らしという気もしますが、迫害をしている皇帝はネロ帝だけではありません。ディオクレティアヌス帝もしていますし…。何かもっと理由があるような気がします。
中世ヨーロッパのカトリックの横暴を考えれば、確かに弾圧して然るべきだったのかもしれませんが、当時の為政者たちはそこまで見越して迫害していたのでしょうか。

Aベストアンサー

ローマ帝国では、帝国に反感を示さない限り、宗教には立ち入らない方針を貫いていました。
そのため、ローマ帝国内には、エジプトのイシス神が大ブームを引き起こしたり、オリエントのミトラ教が広く信仰されたり、ギリシャ哲学の流れを組むオルフェウス教などが広まっていました。
ローマによるユダヤ滅亡においては、ユダヤ人がローマに反抗したために起きた事件で、ユダヤ教を弾圧したわけではありません。
マニ教やイスラムの弾圧は、キリスト教がローマの国教となってからの話で、当時のローマ帝国には存在していませんでした。

その中で、キリスト教だけが絶えず迫害を受けていました。
これは、キリスト教が当時の貧民層に広がっていったためです。
従来の宗教が、現世の利益をもたらす事を説いているのに対し、キリスト教は、死後の安泰を求める宗教でした。
現世において苦境にある貧困層にとって、脱出できない現状を捨てて、来世に望みをつなぐキリスト教は、当時唯一縋れる宗教だったため、貧困層に広まっていったと思われます。

現世よりも来世に望みをつなぐ宗教は、当時の為政者には不都合なものでした。
死を恐れないキリスト教貧困者は、為政者のいう事を聞かず、反感や暴動などに簡単に参加する事になります。
こういった危険な宗教に対しては、払底的に弾圧して消滅させるか、体制内に取り込むかしかありません。
コンスタンティヌス帝以前は、弾圧し消滅させる方向でしたが、弾圧せせきれないほど大きくなってしまい、最後には体制内に取り込む事で、キリスト教をコントロールする事になります。

キリスト教の弾圧を行ったのは、
ネロ帝(64年)、ドミチアヌス帝(95年)、トラヤヌス帝(107年)、ハドリアヌス帝(118年)デキウス帝~ヴァレリアヌス帝(250年~260年)、ディオクレティアヌス帝(303年)が、年表に記載されています。

ローマ帝国では、帝国に反感を示さない限り、宗教には立ち入らない方針を貫いていました。
そのため、ローマ帝国内には、エジプトのイシス神が大ブームを引き起こしたり、オリエントのミトラ教が広く信仰されたり、ギリシャ哲学の流れを組むオルフェウス教などが広まっていました。
ローマによるユダヤ滅亡においては、ユダヤ人がローマに反抗したために起きた事件で、ユダヤ教を弾圧したわけではありません。
マニ教やイスラムの弾圧は、キリスト教がローマの国教となってからの話で、当時のローマ帝国には存...続きを読む

Q老子は実在の人物ですか?

タオに関する本を読んで、老子に興味を持ちました。
老子というのは伝説の人物ですが、確かに実在したという証拠はあるのでしょうか?
もし実在したのなら、孔子のように具体的な年表が残っているはずですが。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

司馬遷の史記に
「老子は楚の苦県の厲郷、曲仁里の人である。姓は李、名は耳、字は伯陽、おくりなして(たん)、周の守蔵室の史」と伝記が記されています。
その他には有力な証拠はなく、確かに実在したどうかは疑わしいとされています。
しかし、老子の学問は、才能を隠し無名であることを旨としていますので、書物以外では消息がつかめないということかもしれません。実際、「道」「徳」の二編を残して以来、行方はわからないわけですからね。

また、楚の出身で道家の老莱子という人が生きた時代も合うため、その人だという人もいるようです。

一般的には、複数の道家の思想集とみた方がいいようですね。しかし、老子はてんでバラバラなものではなく一環した「個」性をもった書物ですので、個人としてもさしつかえないと、私は解釈しています。


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