プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

私は末っ子で
親兄弟からの罵り・嘲笑・嫌味・皮肉を受け続けたため、
自分の頭で考えることや自分の体で感じることや自分の心で感じることができなくなりました。

ご飯を食べても味を感じず、現在でも自分の頭で考え判断することができません。楽しいと感じる趣味すらないです。
テレビや映画も見ません。
人とのコミュニケーションもぎりぎりやっている状態です。

死んだように細々と生きています。
これが自分の成育環境によるものということに気づいたまでは良かったのですが、
今後どうしていいか、毎日苦悶しています。
頭もかすみがかかったような感じです。
見るものひとつひとつを疑っています。

それでももう少しましになろうと考えて行動しようとしています。

前向きさや明るさ、自分の判断に対する自信を
身に着けるには、
自分のために勉強したり、行動する意志を
身に着けるには、
人の気持ちを察したり、
ちゃんと人と友達関係や信頼関係を得られるような人間性を
身に着けるにはどうしたらいいでしょうか。
何から始められますでしょうか。

現在30歳。
もう手遅れでしょうか。

A 回答 (10件)

  こんにちは。

#2です。お礼の欄見てまたまた来ました。

>交通事故のあと絶望感には襲われませんでしたか?
リハビリの間の生活はどうされましたか?
 
 絶望感よりも自分が悪くないのになんでこんな苦しく激痛に悩まされなければならないのかと苦痛の日々が続きましたが、こんな状態には決して負けないぞ、どんなことをしても治して社会復帰するぞという思いにだんだんと変わってきました。

 リハビリ間の生活ですが、退院後半年位は仕事を少しずつしながらやっていましたが、なかなか良くならなかったし、職場では怠けているのでないかとかやる気がないのではないかとかの陰口を言われるようになって、人の苦労している心中を察しないような同僚や上司もいたので、そんな人を大切にしないような職場では自分は使い捨てになるだけだと思い、退職しました。

 その後は鍼灸や健康食品などの民間療法も平行して行い、通院も続けて2年位してようやく完治して相手から慰謝料をもらったという経緯です。

 そして、いままで好きだった電子工学系のことをもっと勉強してよりやりたいことの仕事をしようと、慰謝料の一部で夜間の専門学校に2年間通いました。
 昼間は、楽なバイトを週に数日していたという感じでしたね。

 そして、卒業後に良さそうな会社に転職して現在に至っています。

 転んでもタダでは起きないという気持ちと、やりたいことをやって行くということで、自分の努力してより良い方向に向かって行ったというかん゛でしょうか。

 開き直りもありますが、気持ちの上では焦りもなかったので良かったのかと思います。

 そして、勉強している間に仕事に関係した国家資格を取得したのも評価されたのだと思います。
 履歴書に堂々と取得した国家資格をいくつも書き並べるのとても気持ちの良いものですし、自己満足も大きいものです。

 ただ、日進月歩の早いシステム・ネットワーク系の仕事のため、資格に甘んじているわけにも行かず、絶えず勉強が必要だと痛感しています。
 これは職場の同僚誰しも同じですね。

 起業などはしなくても、勤め人の方が自分の専門分野に専念できるので経営などは考えなくてもまだ楽だと思います。

 あと、良い本を多く読んで自分の財産としてみてください。良書は必ず自分の宝となります。
 経済、経営、社会でしたら、竹村健一、大前研一の本が良いと思います。
 気持ちを高める、やる気を出すのでしたら中谷彰宏の本が良いでしょう。
 それと、生きて行く道を学ぶということでは瀬戸内寂聴の本もオススメです。まずは何か読んでみてください。きっと得るものはあるはずです。
 余裕があれば、聖書や般若心経も良いと思います。


 長くなりました。さて、こんな感じでいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

たびたびありがとうございます。

すばらしいですね。復活劇ですね。

あせって入った今の会社は
ベンチャーみたいなもので
お山の大将たちが下のものを奴隷のように使う雰囲気の会社なので転職したいです。

自分の人生を大事にすることをさせてもらえなかった結果だと思っています。

お礼日時:2006/03/05 20:22

こんにちは、私も30代前半で、末っ子、いつも姉や母に馬鹿にされながら育って来ました。

お気持ちは良く分かります。あまり良いアドバイスじゃないかもだけど、少しでもお役に立てれば。
私も自己評価はかなり低いですねぇ。
他人と話をする時は必要以上に緊張して会話も苦痛になって来ていました。これではマズイと思っていた頃、ある気功のHPに良いヒントを見つけました。
それで自分なりに解釈して、
※他人と話をする時に焦点を合わせているのか合わせていないのか分からないようにする。
※他人と会話しているときに頭の後ろの方で考えているようにイメージする。(今まではおでこの辺りで考えていた気がします。)
この2つでなんと会話が楽しく出来るようになってしまいました。(*_*)
つまり、今まではかなり他人と話すときに心も顔も力みすぎていたようで、力を抜く感じにしたとたん(お酒にほろ酔いみたいなかんじ)クリアしちゃった感じです。
そしたら不思議と他人さまの方からお誘いがかかったり、(以前は避けられていると感じていました)何かと話し掛けてくれたり、何より自分が楽になりました。以前は話す内容を頭で考えたりしていたのだけれど、これで自然な言葉が口をついて出てくる様になったんですよ。
お金がかからない方法なんで試しにやってみてくださいね。
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No6のshoujin24tです。



>宗教的価値観に頼らざるを得ない

頼ると言えばそう言えるかもしれませんが、
はじめから信じることなんてできません。
仮に信じる、とりあえず信じて修行を
していくうちにその意味が解るのです。

ですので、初めから、こう言われたら、
こう考えなくてはいけないんだではなく、
こういわれているからこうしようという
だけで良いです。半信半疑で良いです。
そこのお寺の人とか、信徒さんにも
よりますけどね。この人の言っていること
は絶対だなんて思う必要はないんです。

実感できないことを間違いないと
言って、文章や言葉通りでやるから
狂信的なことになってしまうのです。
悟るとは感じるです。言われたことを
鵜呑みにするは悟るはいいません。
ただ、暗記しているのです。
それがいつのまにか悟ったとか
言うからおかしくなるのです。

と、心の片隅に入れといてください。
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No.3です。



皆さんへのお礼を読んで再び書き込みます。

次のようなQandAをみつけました。
お役にたてると嬉しいです。


Q:心の病気を克服したい
 強迫神経症や、被害妄想、潔癖症など、数えればきりがないほど様々な症状で悩んでいます。人と会うときは不安が先立ち、買い物をするときでさえ、この商品を買ったら悪いことが起こるかもしれないといった思いが出てきて不安になるのです。物事を悲観的にとらえないようになるには、どうすればいいのでしょうか。(W・T、32歳、男性、山口県)

A:恐怖心は何ものかを掴んでいるときに起こります。そのままを素直に受ける心境になることが大切です
回答者:新井哲夫

 あなたは様々な症状や不安、物事を悲観的にとらえしまうことから立ち上がろうとしています。それは、不安のない生活や悲観的でない生活が本当だということを何となく感じているからです。悲観的に考えることは良いことではない、もっと明るく考えることが本当だと、あなたの内なる魂が囁(ささや)いているのです。
 

 心がとらわれなくなったとき赤面症が消えた

 私が中学生のころ、赤面症で悩んだことがありました、人前に出たり女の子と話をすると見る見るうちに顔が熱くなってきて、それを人に見られたり、そのことを他人に指摘されると益々赤面してしまったのです。
 そしてどうしたら良いかを考えたり、本を読んでいくうちに「赤くなってもいいんだ!」と思いなさいとありました。赤くなったら困るのにどういうことかと思いましたが、他に良い方法もなくそれを実践してみましたら、いつの間にか軽くなりそして症状は消えてしまいました。
 また、日常の会話は問題がないのですが、マイクの前に立つと声が出ないということがありました。意識して声を出そうとしても、ひどい時は5分ぐらい一語も発することが出来ないようになったのです。その時も、「声が出なくってもいい」と思い、逃げずにマイクの前に立ち続けました。最初の一語だけ出そうと意識をしていくうちに段々楽に出るようになり、一年くらいかかりましたが治りました。
 すべて恐怖は何ものかを掴んでいる時に起こるものです。自由を得る道は掴まないことにあります。恐怖症は想像の上に築かれているものであって、何ら根拠のない荒唐無稽(こうとうむけい)なものであり、そのまま素直に受ける心境になると解決できます。逃げ出そうと思う限り恐怖心はとれないのです。
 あなたも、人に会うときや商品を買うときに不安を感じると言いますが、不安になったら「不安を感じても良い」と心の中で言いなさい。そして人に会い商品を買ってごらんなさい。そこには悪いことが起きていない現実があることに気がつくでしょう。
 物事を悲観的にとらえたら「悲観的にとらえても良い」と心の中で言ってごらんなさい。悲観的でない現実がそこにあることに気がつくでしょう。掴まないでそのまま素直に受けることが大切です。そして続けていくことです。

 すべての人に神の完全さは宿っている

 神経症というものは、肉体そのものになんの機械的な故障もないのに、自己内心の闘争で押し隠されていた欲望が、どこにも爆発する余地がないために、肉体的にさまざまな故障をつくって欲望の象徴的満足をもとめるものだと言われています。崇拝されたいとか、愛されたいというような欲望がなくなれば忽然と消えるのです。
 まずは、そのままで完全円満な素晴らしい勝利者である自分を自覚することです。
 自分が価値ある存在であるということに気づいたとき、あなたは自然と物事を前向きにとらえることができると信じています。
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人は、感覚を持って生きてます。

感覚とは、視覚、味覚、
聴覚、触覚、嗅覚の五感、理解することによる理解感、内
臓や体内などの感覚の体感、元気やだるいなどの体調感、
直感、霊感があります。

人には、欲があります。食欲、性欲、睡眠欲、支配欲、
優越、安心欲、攻撃欲、いじめ欲など、きれいな欲も見
にくい欲もあります。1つの行動が1つの欲で生きてい
るのではなくて、2つ、3つと組み合わさって生きてい
ます。

そして、人には能力があります。知識、技術、判断、情
報収集、記憶、器用さ、体格、美しさ、センスなど、自
分で向上できるものと向上できないもの(先天的なも
の)があります。

さらに「心の強さ」があります。きついことを言われて
も、それで落ち込まない、失敗しても後悔の念はあって
も、冷静でいられるとかです。

―――――――――――――――――――――
今、僕は日蓮正宗を信仰しています。世間一般では良い
評判ではないでしょうけど。仏教の歴史云々とか、正し
い正しくないとか云々なんて根本的にはどうでも良いこ
で、この宗教の目的は、功徳という仏心(霊体)の経験
値を積むというところにあります。功徳を積むところ
に、上記の感覚が良くなり、きれいなものをきれいと見
ることができるようになり、おいしいものを味わうこと
ができるようになります。上記の欲がきれいな欲を持ち
きれいなものを求められるようになり、汚い欲の衝動が
なくなります。さらに、上記の能力を左右する根本が良
くなり、物覚えや判断が良くなります。さらに心も強く
なります。
 そして、理解できても実感できないことが実感できる
ようになります。それが、性格が変ることに繋がりま
す。最終的にすべてを実感できるようなる(悟とれ
る)、仏のような気持ち生きることができる、つまり、
成仏を目的にしています。本当の成仏はさらにあるので
すが、今の僕には理解できません。

 僕もまだまだですが、考え方、性格が変り、物事の結
果がだいぶ良くなってきました。それでもまだまだです
けどね。

ですが、この功徳を積む修行を1日2日しても表れませ
ん、数ヶ月、1年ぐらいを通さないと結果が見えてきま
せん。この修行はかなり大変です。はっきり言って、続
けられなくなるぐらい苦しいです。目先の欲に拘るとま
ず続きません。詳しくはホームページを見でください。

 さらに、功徳がないものは理解できても実感できませ
ん。とりあえず信じることから始めないといけない宗教
です。でも、狂信的にならないと決めておけば問題ない
かと思います。でも、修行自体が狂信的だからなあ、僕
の場合は言われていることを鵜呑みしていませんし、で
きません。でも、修行をしている
うちに実感できるようになります。

 まあ、気違いめいている無いようですが、これからの
人生の中で心の隅に入れておいてくれる程度で充分で
す。何をやっても上手くいかないようであれば門を叩い
てみてください。

僕も自分でいろいろ試しましたが、結局、心(性格)が
変ることはありませんでした。心が変れないところに、
行動も変らないと思います。
 無理に我慢しても結局、辛く、その辛さに生きている
こと自体苦しくなりました。
 努力が報われなかった自分、昔自分が良いと思ってし
てきたことがどれだけひどいことをしてきたのかという
自分、自分自身の判断に自信が持てなくて、この修行の
門を叩きました。以上、人生の中でこれを問いてくれれ
ば、この修行に尽きたいか否か出ると思います。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

なんらかの宗教的価値観に頼らざるを得ないのかも知れませんね。

なんだか・・もう疲れました。

お礼日時:2006/03/05 20:18

No.3です。



書き忘れましたので・・・。

>ちゃんと人と友達関係や信頼関係を得られるような人間性を
身に着けるにはどうしたらいいでしょうか

まず、挨拶を元気よく、晴れ晴れとした声や顔で
やりましょう。

人間関係の第一歩は、キチンとした
明るい挨拶です。

それでは、頑張ってくださいね。
貴女なら、乗り越えられますよ (^_^)v。
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この回答へのお礼

挨拶、がんばってやっていますが
大きい声が出せません。

大きい声を出す習慣が無くて
改善しようと思って努力もしているのですが
まだ気持ちのいい挨拶にはほど遠いです。

お礼日時:2006/03/05 20:16

その状況下の中で、


>>人間的成長のためになにができるでしょうか
と、質問されている質問者様って凄いと思いますよ。

私も同じAC(アダルトチルドレン)です。
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&q=%E3%82%A2 …

どちらにお住まいかは、存じませんが必ず
”自助グループ、自助会、セルフヘルプ・グループ”があるはずなんです。

費用も、お茶代くらいですし、何より、
そこに集う人達は、皆同じような境遇に生まれて生き抜いてきた仲間です。
だから、臆することなく、自然に入っていけると思います。
http://www.geocities.jp/eikoreanjapan/tiiki.html
http://www10.ocn.ne.jp/~ayumukai/zizyo.htm

私は現在33歳です。
自助グループの存在を知ったのは、32歳。
そして、そのいちばんベテランの仲間は、40歳を越えて
初めて辿り着いたそうです。

私も”いい人”から脱皮できないんですよ。
なかなか^^:


私、勝手に思ったんですが。。
質問者様、本当に、本気で、「何とかせねば!」って
切羽詰まっていらっしゃる。
焦るけど、何して良いかわからない。
悪循環の中に、自分がいる。。って
そう、思っていらっしゃるんだろうなぁ。。
だからこそ、ここで、”何かを得たい!””掴みたい”って
必死なんだろうなぁって、思ってます。

私は酷い鬱でして、去年の1月に”頭が全く上がらない”酷い
鬱状態に陥りました。
あぁ、私って本当に”鬱”なんだ。。
もう、嫌になる。。
苦しい、生きてるの、生きてくの辛い。。辛すぎる。。。って
思ってました。
だけど、(これが私の底力かな?)
「絶対負けない!欝で死んでたまるか!絶対治してみせる!
 鬱、みてろよ!お前には勝つから!」って沸々と湧き上がる
感情も感じていました。

私はそのとき、とっくに30を過ぎていて、妹に先を越された感もあり、
「私の人生なんて、この先たかが知れてる。どうにでもなれ!」って
自暴自棄だったんですよ。365日ほど前迄。

”人間万事塞翁が馬”です。
経験して悪いことなど何もありません。

私は自分を取り戻すつもりで、いろんなことに取り組んできました。
催眠療法、カウンセリング、レイキ、気功。。
いくら使ったか、換算すると怖いです、
それでも、「自分」が戻ってくるなら、
決して高い買い物ではないと、思ってきました。

そして、最後に辿り着いたのは
お金なんて必要ない、簡単な方法でした。
”ヴィパッサナー瞑想”です。

「人間とは何だ!」というTBSの番組でTOKIOの
太一君が、取り組んだ瞑想です。
ただ、そのときの自分を査定、批判、評価、をせずに
淡々と実況していく。。というものです、

基本は、スローモーション、実況中継、感覚の動きに注意する。
というシンプルなものです。

私は、どうしても主観的で、感情的で、自分を裁くという特徴がある
人間でした。
今でも、そうだと思います、
だから、客観的視点、平常心の持続、自制心が欲しくてたまりませんでした。
そうなれたら、そうできたらって、思っていました。

”ヴィパッサナー瞑想”はそれを、すべて組み込んでいる瞑想です。
”求めよ、さらば与えられん”を私は実体験しました。

いろいろと、問題や解決できないことも勿論今あります。
でも、諦めたらそこで終わっていたと思います。

人の成長には、人それぞれの速度と時期があると思います。

いくつだから、遅い。
という、枠組みは、質問者様の中で組み込まれたものです。
それを、外しましょう。
そして、そこから自由になり、
本来の”自分”を取り戻す旅に出れば良いのです。

一生、何にも疑いを持つことなく、
ただ、世間の言いなりになり、
上司の”犬”になりそれを疑わず、ただ生きるという
人が、どれくらいの単位でいるか、私には想像できません。

ただ、この国はそういう特色が強いと、言うだけです。
その色に”染まる”必要はないですよ。

ただひと言、自信を持って言えるのは、
”決して遅くはない”ということ。
これだけは、胸張って言えます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

話が飛び飛びになってますが
概ね私も同じようなことを感じています。

ヴィパッサナー瞑想、名前は聞いたことがあります。
こういった体験的な療法に時間を割く余裕がありません。
本当は仕事もそこそこにしてでもなにかしら
自分のために実践したほうがいいのでしょうが
なかなかできません。
こうやって自分を蔑ろにするのも
私が覚えさせられた習慣です。

セルフヘルプグループの情報は大変参考になりました。
ちょっと顔を出してみようかと思うミーティングもありました。
ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/05 20:13

こんばんは。



辛い時間をすごされてきたのですね。

でも、もう大丈夫ですよ。
貴女は今生きておられます。(女性の方ですよね?)
世の中には貴女よりもっと精神的に弱くて
命を絶つ人もいます。

貴女がこれではいけない・・・なんとかしなくては・・・と思われだしたということは、貴女がソレをやり通すことができる力があるからです。

>これがクリアできれば多少は自信がつくかな・・・という期待と、やはり好きでもなんでもないことをやっている虚しさしか残らないのかという不安があります。

不安の気持ちはわかりますが、まず、今、目の前にあるその資格を確実に自分のものにしていきましょう。
世の中の人の全員がみな自分の好きな事をやってる訳ではありません。
おおかたの人は好きではないけど、さまざまな事情で
好きでもない、目の前にある仕事に向かっているのです。

その、資格の勉強はこれからchercherさんが、何かやりたい事が見つかった時に必ず必要になるものです。
だからしっかり取得しておきましょう。
さきざき、「あのとき、いやいやながらも勉強しておいて良かった」と思う時が必ずきます。
人生に無駄な事は何一つとしてありません。

親元から独立されるのが一番いいのですけどね。

何度も書きますが、
自信をつけるためには、今、目の前に与えられている
事を頑張ってトライすることです。
好き嫌いは別にして。
逃げない事です。
それを乗り切った時に、自分自身への自信がつき
運命は好転してきます。

「何があっても良くなる!」の精神でがんばりましょう。
家庭の事情で夢をあきらめていた人が、子供が独立した後の五十代、六十代になって勉強して資格を取ってる人は沢山います。
年齢は関係なく夢を持ち続けこと そのことが大事なのです。
そのためには、今、やっている事から逃げ出さないで
トライすることです。
健闘を祈ります。
貴女の人生は貴女のものです。
自分で「もう、だめだ!!」と思ったら
その通りに、思った通りの「ダメな人生」が現れます。

頑張ってね。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

私は男です。たぶん文面から女性のようにか弱く感じられたことと思います。

好きな仕事とかやりたい仕事とかそういう価値観はあまりありません。仕事で自己実現とかそういうことも考えていません。しかし、仕事とは別にして、人間なにか好きなこととか支えになるようなことがないと生きていくのが辛いと思うのです。

でも・・・目の前のことから逃げないことですね。
それもわかります。
それしかありませんね。

でも
夢もなく・・・それができるのでしょうか。

私はそう言わざるを得ないくらい
精神が脆弱で空っぽなのです。

お礼日時:2006/03/05 11:04

  こんにちは。

#1です。お礼の欄見てまた来てしまいました。

 30歳ですか。若いですね。私よりも一回り以上年下の方です。
 私が20代後半の頃は、交通事故でぶつけられて大きな怪我をして半年入院してそれからしばらくリハビリをしていましたが、なかなか治らなくて勤めていた会社も辞めてしまいました。
 そして2年位リハビリに専念してようやく治り、心機一転と相手の慰謝料で、夜間の専門学校に2年間通い、昼間は少しバイトをしていました。

 卒業したのは31歳で、それから転職して現在にいたっています。
 転職後も努力して仕事に関係した国家資格をいくつか取得したので、やる気があると評価されて現在に至っています。


 私から見れば30歳であれば、好きな道に行く切換えの時期でもあるかと思います。

 別にサラリーマンでなくても、自分で起業したりすることも無理ではないと思います。
 IT系で成功した会社も最初は一人とか二人で始めたところばかりです。

 捕まったホリエモンも最初は二人で始めてあれだけの会社にしましたが、途中から架空で違法なことをしなければ順調に伸びていったはずです。


 少しずつ自信を付けていけば道は開けると思います。

 あと、良い本を沢山読んでみると成功している人ほどとても努力して仕事に対する熱意があるのが分かると思います。
 良い本を読んで良い刺激を受けてください☆
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この回答へのお礼

交通事故のあと絶望感には襲われませんでしたか?
リハビリの間の生活はどうされましたか?

私は自信のあるもの、好きなものがありません。
好きな仕事とかそういうレベルではないです。
日常のどんなことにも前向きな喜びを感じないのです。
例えばスポーツが好きとか、
映画が好きとかそういうものさえないのです。

起業するような人間的資質もありません。

少しずつやろうと思っても経済力や環境が許しません。
本当にジリ貧というやつです。

お礼日時:2006/03/05 10:59

  こんにちは。



 私も末っ子です。幼少の頃はいじめに合い、辛い時期を過ごしていましたが、でも自分の好きなことをしているときにはそういうような苦痛は思い浮かばなかったです。

 少学生の頃から好きな電気関係などラジオ作りはたいていの人は一度はやったことがあるかと思います。
 私もこれが気に入ってか段々とやることが増え、趣味でもより難しい専門書を読むようになって、そしてそういう道に進んで現在の仕事に就いています。

 好きな道、好きな趣味などが得意になると段々と自分に自信が付いてきます。
 そして、更に自信を付けるには何か目標を立てて達成したとかやり通したなどの達成感が得られるとより自信に繋がります。

 趣味などは生活を充実させるもので、趣味で仲間が増えるだけでも大きな気分転換と日頃の生活への張り合いが出てきて楽しいものになってきます。

 趣味でも仕事でもより上を目指そうとスキルアップしたり、資格などを取るのは有効なものです。
 私はこの理系の仕事に関係した資格を取得して自分に大きな自信が付き、より上の資格取得で会社でも評価され、待遇も仕事もより良いものとなってきました。
 努力した結果が正当に評価されることはとても自分にプラスになりますし、第三者に自分を紹介するのにも、どこに出ても恥ずかしくないと思っています。


 つまり、芸は身を助けるというように、自分に何か自信の持てるものを持つととても強くなれます。
 好きなことを得意になるのが一番良いと思います。
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この回答へのお礼

早速の回答ありがとうございます。
自分の支えになるようなものを大事にされてきたのですね。

私にはそれがありません。
いつも回りの顔色を伺ってきました。
親が文句を言わない、
「学校のお勉強」しかやることができませんでした。
部活動なども馬鹿にされないように兄弟と同じものしか選べませんでした(他の何を選んでも馬鹿にされる)。
yu-taroさんがご自分の好きなものを小さい頃から
大事にしてこられた事実は本当にうらやましいです。

やはり手遅れなのかと考えてしまいます。
自分の趣味すら見つけられない自分に
憤りを感じ落胆します。

実はある資格の勉強をしているのですが
唯一許された「お勉強」の延長なので
かなり苦痛を感じながら、動機を見出せないまま
勉強しています。これがクリアできれば多少は自信がつくかな・・・という期待と、やはり好きでもなんでもないことをやっている虚しさしか残らないのかという不安があります。

お礼日時:2006/03/04 18:00

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