ご存知のように、東村山市で中学生によるとんでもない事件が起きました。

心いたむ事件ではあります。私個人としても、いろいろな思いはあります。が、今回の質問は…

さて、こういうことがあると、決まってお上(文部科学省や、教育委員会)から、
「児童生徒に、命の大切さについての教育を改めてして欲しい」
という通達がきます。

正直なところ、私ども、常日頃からしているつもりなのですが。
もっと効果的で、心に染みるような指導でもしろということでしょうか?私は、今でこそ違いますが、以前中学生を教えていたことがありました。

命の大切さを教える以前に、「人の話を謙虚に聞こうとする態度を持っていない子」には、すべてが無駄だったような気がしています…(すみません、愚痴でした)だって、そういう子に限って……でしたから……。

いつも話を聞いている子は、「またかよ」となり、聞く耳を持たない子には、まさにぬかくぎ状態。どちらに転んでも、効果的な指導になりにくいこの「ご通達」。

この通達を、どう受け止めて、どうやって子供におろしてやるべきか。ヒントがあったらいただきたいところです。

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A 回答 (11件中1~10件)

「songbook」さん、始めまして。


「sanbi」さんや、「rimei」さんに被る部分がありますが、ご容赦を。

昨年、何処かの学校の教師が鶏だか何かの解体をして、食するような指導を計画したところ、親の反対で断念した記事がありました。
曰く「かわいそう」「残酷」・・・。

「生き物」を飼い、「殺害(言葉は悪いですが)」して、「解体」し、「食」する実践報告が、瀬戸内だったか何処かでありましたね。

今の日本人は、「純粋培養」されすぎていませんか?
「死」は、病院で。
「生」も、病院で。
「暴力場面」は、自主規制。
「性」も、自主規制。

反面、「美談」や「努力」「成功」のオンパレード。

清濁併せ持つのが人間です。
「食」という行為は、他の「生物」の「死」の上に成り立っている、「原罪」です。

何時から日本人はこの「原罪」を忘れてしまったのでしょうね。

とある掲示板で論争をしたことがあります。
「もっと、底辺で生きている方に目を向けて」(私)
「努力すれば、成功する」(相手)
「努力しても、だめな時がある」(私)
「努力の方向と、ポイントが合っていない」(相手)
「皆が皆、成功するわけではない」(私)
「何をすれば成功するか、見極めるのも努力。そうしないのは怠け者」(相手)
要約するとこのような話です。

今の世の中、トップに為る事だけが価値を持ち、世の中を底辺で支えることは、眼中にも無いのでしょうか?

親や教師が、「命」の大切さ、「人権」を説いても、
自分の近くにホームレスの方たちが、住み始めると「怖い」「環境が悪くなる」と、排除を始めます。

とりとめも無く、長くなりました。
ただ一言云える事は、親や教師の「言葉」が薄っぺらだと言うことです。
「人権」を唱えるなら、「人権」違反に常日頃から敏感になりなさい。
「命」の大切さを唱えるなら、「死」をも大切にしなさい。
死ぬことを知らずして、「性」は語れません。

「「いのち」を食べる私たち(ニワトリを殺して食べる授業---「死」からの隔離を解く)」
村井淳志著 教育資料出版会 1700円
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この回答へのお礼

Oji_sanさん、回答ありがとうございます。
「言葉が薄っぺら」
それです、その言葉に集約されるんですね。

「純粋培養」レベルで生命は大切だということを話したって、心に響くはずはないし、第一、話し手である教師自身に、妙な空々しさが残ってしまいます。

子供たちの周りに、生はあっても死がない。成功は取り上げられ、失敗は忘れられる。暴力、性は隠され、前の方の回答にもあったとおり、私たちは命を食す、「原罪」「業」を背負って生きている。

濁りを併せ持っていることを隠すかのような教育を受ける中で、子供たちは、無意識のうちに隠れた部分を表出し、バランスをとろうとしているのかもしれませんね。心の中の汚れを隠そうとする人に、潔癖症の人が多いという話を聞いたこともありますし。

家の庭で鶏を飼い、それをしめて調理する様子を見てもいない私たち。なるほど、これで命の大切さを説くなど、ちゃんちゃらおかしい話ですね。

これまでのお礼欄で、私は、「切れる」ことによってすべての「学んだ価値観」を捨ててしまい、悲劇に陥る子供について、言及してきたつもりです。やはり、「切れて」=逆上してしまって人命の重さを捨ててしまうような人は、「命の大切さ」についての意識が、骨のずいまで染み込んでいないといえるのですね。えらそうなことはいえません。私も含め、多くの人に言えそうです。

死から生を学ぶ私たちは、感謝を覚え、人権に目覚め、謙虚さを覚えます。命が大切といっても、死は遠いところにあるのではなく、むしろ身近なものである。それによって自らの命に価値を見出し、この命を輝かせようとすることだろう。

残念ながら人間はおかしな文化をもってしまっており、殺人というものも厳然とこの世に存在します。しかし、上のような境地に達することができれば、そうそう簡単に他人の生命を脅かすようなことはしないであろう、と。

こんなところかな?

でも、小さい子にはこの理論は通用せず。ある意味洗脳に近いことも必要でしょう。子供が論理的にものが考えられるようになったときのために、私たちも構えを持つべきですね。どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/02/01 22:07

三度の訪問になります。



本日付の「東京新聞」の裏一面(最終面)に、
「教育のページ 「ニワトリの解体実習」 命奪い生きる”現実”」として、今週と来週の二回連載されます。

この回答への補足

この場を借りまして、皆さんにお礼を申し上げます。

皆さんから、非常に深い示唆をいただきました。うれしい限りです。何よりも、今までしていたような、空々しい、子供までをも不快にさせてしまうような事態は、これで脱却できそうな気がしています。

何よりも、私の心の中にやる気が出てきました。

ただ、皆さん、あまりにも「深い」ので、私自身の中で、再び整頓しなおさなければなりません。

もう少し、締め切りを遅らせるべきが本来ではありますが、まず、私の中での整頓の時間が欲しいので、申し訳ありませんが、これにてとりあえず締め切らせていただきます。

なお、全員にポイントを差し上げるべき回答ばかりで、非常に恐縮ですが、お二人だけとなっておりますので、ご勘弁ください。

補足日時:2002/02/02 22:51
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この回答へのお礼

たびたびありがとうございます。
情報までいただいて…うーむ、うちは中部地方なので、中日新聞かな?

探してみます。まことにありがとうございました。

お礼日時:2002/02/02 22:51

再びのオジサンです。


「小さい子にはこの理論は通用せず。ある意味洗脳に近いことも必要でしょう。」違いますよー。

理論なんて物は後付けでいいのです。
子供に、いや、「大人」と「教師」にこそ、「生」の実感・「死」の実感が必要なのです。

大人や教師は、「生」や「死」の実感に触れたときに、蓄積された知識が、「実体」を持って結実します。
子供たちは、「生」と「死」の不思議さを体験するのです。
そこで、「生」の仕組み(他の生き物の命を受け継ぐ)を、「死」の「恐怖」と「恐れ」(場合によれば「悲しみ」も)を、実感するだけで良いのです。

「生」を慈しみ、「死」を悼む感情が生まれればよいのです。

小難しい理論なんぞ、成長する過程で「自ら作り上げていき」ます。
子供は馬鹿じゃ有りません。
「知らないこと」「判らない事」に出会ったら、自分が納得するまで「自分なりの理論」を構築しようとします。
親や教師は、その子供たち自身が作った「理論」を「修正・訂正」してあげればよいのです。

大事な点は、子供たちに、親や教師に「生」に、「死」に対する豊かな感情がないということです。
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この回答へのお礼

再び、ありがとうございます。

どうも私の言い回しが悪かったようで、すみません。私も、同じように感じております。
実感が必要であること。

ここに、実感に伴う「もやもや」にフィットする言葉として、命に関する言葉を与えていくことが、後々につながっていくのだと考えます。

大人、子供あわせ、われわれが目の前から意図的に消してしまっている「生」と「死」。全部見ろとは、少なくとも私にはいえませんが、現在は明らかに、隠すことを当然とする傾向が強すぎます。

体験なくして、感情は生まれず。ましてや理論は生まれず、ですね。

お礼日時:2002/02/02 22:46

私達、いわゆる今時の若いコには、そもそも人の死というものが重いものではなくなってきています。



電車の中のカップルの日常会話で、「ごめん、オレこれからバイトがあるんだわ」「何よ、それー。バァカ、"死ね"!」というのを聞いた時にはギョッとしました。同年代の私でもビックリしたぐらいです、隣のオジさんはもっとビックリしていました。私は以前にペットを飼い、死なせてしまい、以来生死に対して少々敏感になりました。普通の会話で死ねとか殺すとか言ってる人を見るとじゃあ殺してみろよ、死んでみろよと悲しい思いをするばかりです。

また、最近はやりの「ムカつく」「ウザい」などからも、生死命の尊さ云々以前に言葉の意味を考えないのではないかと思います。悲しい事に私も同年代の友人といるとどうしても言葉が伝染してしまい「あの先生ムカつく」などと言ってしまうのです…。さすがに死ね、殺すは言わないのですが。

直接的な解答になっていなくて恐縮ですが、現代の子供が死や殺戮に異常な興味を持ったり、完全に意味を引き剥がして言葉を独立させてしまうのは平和ボケしすぎた日本の均衡が不況で崩れ始めてるからじゃないかな…と思います。若輩者の意見で恐縮ですが。

参考URLは、私のお気に入りサイトの中のテキストです。教育について触れておられますのでよろしければどうぞ。

参考URL:http://www.webmania.jp/~noah/contents/column/09. …
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この回答へのお礼

yamatomayaさん、丁寧なご回答、ありがとうございます。
参考URL、拝見いたしました。心の中にスーっと入り込んでいく、説得力ある文章。大変参考になりました。

ここで私は、2つの示唆を受けたように思います。
一つは、言葉の持つ力の怖さについて。
もう一つは、事なかれ主義の引き起こす悲劇についてです。

私は常々、人格と言葉については、一つの確証を持っております。それは、「気持ちや性格から言葉遣いが出てくるのではない。むしろ逆で、その言葉を使うことによって、その人の性格は作られていく」ということです。「俺」という言葉を幼少期から使っている子は、若くして「俺」という人間になります。ちょっと悪ぶったような言葉を、かっこいいと思って使っている人は、やはりそういう人格になり、もやもやとした気持ちから、「私、あの人嫌い」と口にした瞬間から、その人は、嫌いな気持ちが倍増していく。…

命に関する言葉も、本当は、軽軽しく、しかも「死を軽視するような」言い方で多用すべきではないのでしょう。やはり、そちらに心が動いていくはずです。

そして、前の方にも「お礼」で述べたように、小中学生の、小さなうちからの事なかれ主義には、異常なものを感じております。そんなに、みんなが、絵に描いたように明るく、仲良くなれるはずがないのだ!!いやなことはいやだという、あたりまえの子供の姿が激減しています。

そうでなくても、子供は大人の見ていないところで、禁じられていることをしようとするものですからね。「みんな仲良く」のストレスを公で発散できない子達が、最も禁じられた行為への強い憧れに走っていくのも、ありえる話なのかもしれません。

ただ、命というものを、あまりに重く考えさせようとするのも、どうか、と思っております。人の命は、尊重しなければならない。でも、尊重したくないほど腹の立つ相手を見たときは、自分の心に問い返すこと。

私の命は、他人様から尊重してもらえるほどの重みを持っているかどうか。

やっぱり、自分を価値ある人間にしていこうとする心構えが、スタートのようです。どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/02/01 02:00

 生き物を飼い「生と死」を身近に体験するものひとつですが,「切れて」人を殴って平気な中学生がけっこうのらねこや野良犬,すてられた子猫などをかわいがる姿を見てきました。

小鳥を大切に飼っている「切れる子」もいます。
だから,生き物を飼うだけではダメなのかもしれません。
 今は幼少のころから小学校まで「ケンカは御法度」の育て方が多いようです。私は,保護者に異論があっても小学校3年生くらいまでのやんちゃな時代にはケンカをさせるべきだと思っています。人間同士の「なまのぶつかりあい」をして育った子供は,同時に「優しさ」(うわべだけでない優しさ)も学んでいくようです。
人と人とのつながりの中でもまれて育てることが一番効果的だと考えます。
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この回答へのお礼

うーむ、短いながらも非常に中身の濃いご指摘。rimeiさん、回答ありがとうございます。

どうも、私自身にも「お達し」の解釈に甘さがあったようです。
そうなんです。命を大切にするとは、「痛め合いは絶対に行ってはいけない」ということでは、必ずしもないのでした!!!

ペットをかわいがる、一見心やさしい子だって、本当に「切れて」しまったら、本当に命を尊重しているとはいえない。なんだか、そんな、若い親もいるような…含蓄のある言葉です。

そういえば、以前勤めていた中学校では、みんな陽気そうに振舞って、悪ぶったり笑ったりしているのに、仲間への指摘、非難、忠告って、一切しない不思議な集団だと思ったことがありました。個人で話を聞くと、ずいぶん仲間同士の不満があるようだったし、陰口などは、陰湿きわまるものだったのに。

それをズバっと言うのは、なんと、私たち教師だけでした。すると彼らが言うんです。「かわいそうじゃないか。傷つくだろう!?」わたしゃあんたたちがいつも陰で言っていることをほんの少し口にしただけだってば。

身体、心、ともに、傷つきあうことで、本当のやさしさとか、心を学ぶという面は、確かにあるはずです。「なまのぶつかりあい」。それなしで、人の心がつながるはずないですものね。

お礼日時:2002/01/30 21:54

私もそのような話は話半分に聞いていたような気がします。

そうした主張というのは、いう本人が本当に命を大切にしたいと思っていない限り無駄です。
暴力事件を起した生徒に対して、人への暴力はだめだと言って、生徒を殴るような教師は教師失格であるのと同じです。
本当に命が大切だと思っていない人が指導しても無駄だとおもいます。
わたしがもし他の人から教育された場合を考えると、その人が命を大切にするために具体的に何をしているのかを見るとおもいます。
伝統の観点からいうと、いただきますという言葉には命を大切にする気持が現れているようです。
上から授かるようなイメージがいただきますという言葉にはあります。
そうした言葉の起源などを調べてみるのも準備として必要なのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ああ、ppooooさんですね!私事ですが、ご無沙汰いたしております!!
今回は私がお世話になります。

ppooooさんの回答は、おやさしい言い回しながらも非常に核心をつく言葉であり、いつも身を引き締められる思いであります。

なるほど昔から私たちが命あるものに対して慈しみの心を抱いていたことを表す事例は、調べる価値があるし、心の引き出しにいつでも用意しておきたいものですね。

話をする本人が、命を大切にする模範者でありたい。まさにそのとおりです。、付け焼刃の話と、その人の中からにじみ出てくる話とでは、受け取る人もまるで受け止め方が違う、はず。どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/01/30 21:03

 学校でできることではないのですが・・・・


 各家庭でなにか生き物を飼い、その死を見せることが1番わかりやすいと、私は思います。

 私の妹は、大人になってから初めて動物(ハムスター)を飼い、その死に非常にショックを受けていました。私に「死ぬとああなるんだねぇ・・・」と何度もつぶやくように感想を言ってました。
 今の子どもは命に触れる・死に触れるという経験がなんだかものすごく少ないみたいですね。
 言葉よりもやっぱり、直に触れて学ぶ経験が一番説得力ありますよね。

 最近はアパート住まいの家庭が増え、動物を飼うという経験すら不可能な事が多いのですよね。
 「アパートペット禁止」という規則、なんとかならないのかなぁ・・・

 的はずれだと思いますが、日頃、私が感じていることを書いてみました。
 学校でできることでなくて、スミマセン。
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この回答へのお礼

sanbiさん、ありがとうございます。

またまたsanbiさんには直接関係のないことをここで書き込むことを、まずお許しください。
人の命は大切である。あたりまえのように言われる現在。でもわずか数十年前まではそうではありませんでした。「いかに死ぬか」を一生懸命教育者が教えていた時代がありました。

戦争は愚かでした。しかしこの時代の子供たちは、「人の命は大して大切なものではない」ということを学んでいたのでしょうか?違うような気がします。

命あるものにじかに触れることが、そして、生死を目の当たりにしてくることがいかに大切であるかを、改めて思います。かつては、「人の命うんぬん」以前に、「自分の命を、いかに価値あるものにするか」を、本気で学んでいたのですね。「いかに死ぬか」は極論だったと思いますが、自分の命の価値を高めようとするものは、決して自分自身を貶めるような行為はしない。

…ちょっと、光が見えてきたように思います。命の終わりに、自然に直面する中で、「それでは、自分は。他人は。」という考えに及ぶ子は多いことでしょう。

お礼日時:2002/01/30 00:45

今回のような事件が起こるたびに、同じような対応がなされている事に、むなしさと、腹立ちと、やりきれなさを感じます。



行政側としては、そう言う通達を出す事や、校長会を開く事で、対応している気になっているだけのような気がしてしかたがありません。多分こんな事をしても何の役にも立たないことは百も承知なのでしょう。白白しさえ感じます。これれまでこの種の事件から何も学んでこなかったのでしょうし、今回も学ばないのでしょう。そして同じことが繰り返されていくのでしょう。それで自分たちの立場が危うくなる事は無いのですから。

songbookさんがおっしゃるように、

>いつも話を聞いている子は、「またかよ」となり、聞く
>耳を持たない子には、まさにぬかくぎ状態。どちらに転
>んでも、効果的な指導になりにくいこの「ご通達」。

『聞く耳を持たない子』は、なぜそうなってしまったのでしょうか?
そうしてしまったのは、彼らだけの責任なのでしょうか?

私は、彼らだけの責任をいくら言っても問題解決にはならないのではないかと思います。そう言う風にしてしまった大人の責任も自覚すべきだと思います。なぜなら、私たち大人がどれだけ彼らの思いや願いを聞いてきたのでしょうか。聞いてこなかったのではないでしょうか。『聞く耳を持たない』かったのは、われわれ大人の方ではないでしょうか。

でも、いま現実に『聞く耳を持たない子』を目の前にしている現場の先生方にだけ対応を求める事も酷な事だと思います。今こそ、親や地域の大人たちと一緒になって本気で考えていくべき時だと思います。(たやすい事だと思いませんが)
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この回答へのお礼

usiwakaさん、回答ありがとうございます。
匿名のサイトとはいえ、私にも立場がありますから、言いにくいこともあります。この言いにくいところをusiwakaさんがズバっと言い切ってしまいますので、痛快というかお恥ずかしいというか……。そのとおりでございます。

さて、御礼をしていくうちに、2つのことに気づきました。
1つは、やはり「聞く耳持たぬ子」について。
もう一つは、「命の大切さの指導」と、今回の事件とが、つながっているようで、どこかがずれているのではないか、ということ。

私どもは、命の大切さについて指導していく、ということは胸に置いた上で、その基本となる、身近な面での指導、対策が何よりも大事である、と。
その指導の具体案の通達は、もらったことがありません。
だって、まず話が聞けないことには。

「聞く耳持たぬ私たち」は真髄をついているかもしれません。私たちが一番聞かなければならなかった、子供たちの心の声。あれもこれも欲しがる子供の声。それを表面でしか聞いていなかった私たちは、まさに聞く耳持たず、です。

それでも、こうやって私たち教育に携わるものが謙虚に子供の心に耳を傾けているばかりでは、対応、解決までに「時間」が待ってくれない場合もあったのではないかと思います。そこが難しい。

またややこしくなってしまいました。ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/30 00:10

macross7さんの仰るように、学校側が頑張るのはあまり意味がないような気がします。


こういうことは、小さいうちから家庭を基本とした色々な人とのつき合いの中で学んでいくことだと思いますし……

ですから、学校で出来ることは、他人を大切にするとか物を大切にするとかではないでしょうか?
小学生みたいですが、給食を残さない(残すとしても作ってくれた方に申し訳ないという気持ちを持つ)、動物を飼う(「学校」ではなく教室で)とか……
結局は家庭で出来そうなことばかりですけどね……
個人的には、命の尊さをちょっとした話しやちょっとしたイベントで、分かってもらおうというのは無理な気がしますので…

よく言われますが、最近思うこと。
最近の子って、ゲームやマンガが当たり前の世代で、核家族でしかも両親が共働き、自分は一人っ子っていうのも珍しくない。(特に都会では)
こんな中で他人とのふれあいをと言っても、実際は難しい。
そのせいか、人の命・体を軽視してる子が本当に多いなと。
マンガとかですと大抵は、死にかけるような怪我でも復活しますし、ゲームなんてそれこそ死んだ人間が生き返りますもんね。
せめて、現実と仮想現実の違いがきちんと認識出来てる人が増えればなぁ……
しかも、これって出会い系関係の事件にも言えるような。
大人もしっかり、子供もしっかり。
そんな世の中になって欲しいです。

質問の回答とは離れた内容がとても多くなってしまい、申し訳ありません。
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この回答へのお礼

示唆に富んだ回答を、ありがとうございます。
>学校で出来ることは、他人を大切にするとか物を大切にするとかではないでしょうか?

これは本当にそうですよ。ものや他人を粗末にする子は、自らを粗末にしていることに気が付いていない。自分の人間的価値を、どんどん下げている。私たちは、それを自覚させなければいけませんね。

ここへきて思います。
人の命を奪う罪の重さについて考えさせる以前に、人の痛みがわかることを教えることが前提であること。仮想現実は、本当に「仮想」の部分があるということ。痛い目に会った時では、遅すぎるという場合があること。

いやあ、やはり重過ぎる話題ですね。なぜお上は、具体策の通達をしない!!?

お礼日時:2002/01/29 23:19

大変お悩みのことと、お察し申し上げます。



「命の大切さについての教育」・・・・難しいですよね。
はっきり言って、そんな重大なテーマを先生が付け焼刃で教えたって
全然意味ないんじゃないでしょうか。
それは家庭で、親が言い聞かせるべき性質のもの。
くだんの中学生にしても、学校側の責任なんかないのでは?
指導に問題....というわけではないでしょう。全然とは言わないけど。
問題があるとすれば、可哀想なホームレスの方と地域の方や親が
どのように触れ合っていたかということ、中学生がそれをどう思っていたか
ということだと思います。
そして、今や有名になった「未成年は悪いことをしても罪に問われない」
という事実です。彼らは甘く見ていたのだし、実際、処分も甘いのでしょう。

つい先日、「中学生による車上荒らしに注意」という張り紙を見て、
愕然としました。
これから日本はどうなってしまうのでしょう・・・とても心配です。
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この回答へのお礼

「付け焼刃」…そうそう、この言葉が一番しっくりきます!!
学校の先生が何かを話したところで解決するような、軽い問題ではない。確かにそうですね。まず、ここを踏まえておきます。かといって、無策は罪。まず、家庭、地域とのつながりにヒントがありそうです。

地域などにより多少実情は違うでしょうが、中学生の暴走の影に、学校あり、という今までの常識は、内部人である私も含め、改めなければいけないようです。地域が立ち上がるときですね。

お礼日時:2002/01/29 22:58

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 そんなわけで、自分の子供に命の尊さを教えたことがありません。ただ、なるべく自然の中で一緒に遊んであげるように努めているだけです。心を豊かにすることが生命を大切にすることとつながると漠然と考えているからです。

 未成年者の殺人事件や自殺事件が起こるたびに、関係する学校では、翌日全校集会を開いて命の大切さを説きます。
 教育として最も大切な「命の大切さを教える」にはどのようすればよいのでしょうか?
「学習指導要領」にはどのような内容が書かれているのでしょうか。 
 そもそも言葉で伝わるものでしょうか?言葉で伝えなければならないとするとどう言えばいいのでしょうか?

 わたし自身は、親や教師から教わった記憶はありません。
 ただ小学校のときに飼っていた犬やペットが死んだときに、死と...続きを読む

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「なるべく自然の中で一緒に遊んであげるように努めているだけです。心を豊かにすることが生命を大切にすることとつながる」同感です。
生活のあらゆる場面で命に接していますよね。疎かに扱っていないかということは気にしています。
刺激的なゲームや映像を当たり前のように目にしますが、身近な草花に水をやり、芽吹いて花を咲かせ、枯れていったり実をつけたりする様を一緒に見て、親子で話をするだけでも子どもは「命」を感じてくれるみたいです。小さな双葉に「がんばれ。がんばれ。」と声を掛けたり、水遣りを怠ってしおれた花に「ごめんね。ごめんね」といって水をあげていたり。
小さなことの積み重ねが大切なのだと思います。思いやる心が、命の大切さに繋がるのだと思います。
我が家でも充分には取り組めていないのですが、事件が起きて、関係する学校で全校集会を開いて、命の大切さを説いても遅いと思います。
「自分を大切に思うように人も大切にしなさい。」とか「私は大切にされているんだと、実感できるように愛情を注いであげてください」とか、先生方はよく言いますが、言葉遊びのように感じてしまいます。
大人が(教師も親も)鑑となり得ているのか。きちんと行動で示したり、わかるように話し合えているのか。
学校という集団の中での教育も大切ですが、心もとないです。
もっと大切なのは家庭教育できちんと基礎を作っておくことだと思いましたので、明日から少しずつ実践していこうと思います。良い機会を与えていただいてありがとうございました。

「なるべく自然の中で一緒に遊んであげるように努めているだけです。心を豊かにすることが生命を大切にすることとつながる」同感です。
生活のあらゆる場面で命に接していますよね。疎かに扱っていないかということは気にしています。
刺激的なゲームや映像を当たり前のように目にしますが、身近な草花に水をやり、芽吹いて花を咲かせ、枯れていったり実をつけたりする様を一緒に見て、親子で話をするだけでも子どもは「命」を感じてくれるみたいです。小さな双葉に「がんばれ。がんばれ。」と声を掛けたり、水...続きを読む

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私は断然ネタで芸人を選ぶし、好き嫌いも面白さで選びます

Q情報教育指導補助員について

大学4年生です。実は私はある人に薦められて今月の中旬に兵庫県で情報教育指導補助員の試験を受けることになりました。本当は中学校の英語教員を目指しているのですが、今年度は残念ながら不合格、次に再チャレンジです。講師願いも出しているのですがそれも難しい状況です。そこで前置きが長くなってしまいましたが、どなたか情報教育指導補助員の試験についてご存知ないでしょうか。コンピューターの適性検査があるということなのですが、どんな勉強をしておけばいいのか全く分からず困っています.ちなみに私は初心者レベルです.こんな私でも務まる仕事なのかという不安もあります。また補助員の仕事内容等についても知りたいです.とにかくこのような経験を積むのもいいことだと考え、受験しようと決めたのですが、このような経験は教採で有利に働くのでしょうか。長くなりましたが、現在情報教育指導補助員をされている方でもそうでない方でも構いません。何か情報を持っておられる方、回答よろしくお願いします.

Aベストアンサー

15日の試験には間に合ったようでよかったです。(自宅にパソコンがないのでたまにしか見られないのです。)
前期の倍率については書いた通り4人に3人が合格していますが、後期については予定が半月遅れたということしか存じません。追加募集では県内で16人募集していました。応募者が少なかったのか、ハードルを高くしたのか、わかりませんが。
指導員が不足しているという捕らえ方は正確ではないと思います。補助員は2年前の3学期から始まったばかりの制度ですし、定員は決まっています。緊急雇用機会創出事業にかける金額と、学校間の公平性との問題で、1校に1日(6時間)という状況も出ているのでしょう。
研修は、これは神戸市の話ですが、4月の勤務前に3回くらい、5月に1回、8月に1回だったと思います。
はじめは補助員の仕事内容を半日、情報教育の目的や現状などを半日、情報倫理・著作権などを半日、学校で使うソフトが半日、くらいだったでしょうか。ソフトなどについては学校によって違いがあるので一斉研修がやりにくかったのでしょう(今年は去年より環境のレベルが揃っていると思います)。その代わりなのか、教育センターの自習室をいつでも借りることができました。わからないことは電話ででも聞いてくれたようです。
研修の後にアンケートを取り、5月は希望の多いものを説明してくれました。セキュリティシステムの設定方法などでした。情報倫理についてのディスカッションと意見交換もあわせて半日ありました。これは役に立ちました。8月は予定にない臨時の研修会で、HP作成などでした。
私の経験から言うと、ソフトなどは自分で使ってみるのが一番です。いつも準備して取り組んだつもりですが、振り返れば「質問を受けて悩むたび成長した」という感じです。心配いらないと思いますよ。
後期についてはほとんど知らないのですが、補助員間でメールでの情報交換をしていると聞きました。おそらく自主的にでしょう。私達の時もそうしておけば良かったと思います。
知りたいことはいろいろおありでしょうけれど、個人的にお話しする方法が思いつきません。ここにメールアドレスを書くわけにはいかないですよね…。
補助員は学校に飛び込めば似た立場の人がいないので大変かもしれませんが、覚悟さえあれば自分らしくがんばれる仕事だと思います。がんばってくださいね。応援しています。

15日の試験には間に合ったようでよかったです。(自宅にパソコンがないのでたまにしか見られないのです。)
前期の倍率については書いた通り4人に3人が合格していますが、後期については予定が半月遅れたということしか存じません。追加募集では県内で16人募集していました。応募者が少なかったのか、ハードルを高くしたのか、わかりませんが。
指導員が不足しているという捕らえ方は正確ではないと思います。補助員は2年前の3学期から始まったばかりの制度ですし、定員は決まっています。緊急雇用機会...続きを読む

Qお笑い芸人どっきり王座決定戦

「お笑い芸人どっきり王座決定戦」は何で「お笑い芸人歌がうまい王座決定戦」と同じロゴを使ってるんですか?

Aベストアンサー

お笑い芸人@@@王座シリーズだからかと思います。

シリーズの1作品であるということが
大きな理由かと思います。(制作スタッフ、特にプロデューサーが同じですので・・・)

以下参考(フジテレビHP)
『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル』『お笑い芸人親子で漫才王座決定戦スペシャル』『お笑い芸人マジック王座決定戦スペシャル』に続いてお笑い芸人シリーズの第4弾、『お笑い芸人どっきり王座決定戦スペシャル』が誕生!

参考URL:http://wwwz.fujitv.co.jp/b_hp/090506dokkiri/index.html

Q他人の子供への接し方と教育・指導について

友人の子供にピアノを教えていますが
様々な理由と葛藤が原因で悩んでいます。
小学校4年生の男の子ですが
レッスンが、レッスンとしてほとんど成り立たず
こちらの指導に対して言う事を聞かないことも・・・
本人の意思よりも親が「習わせたい」と希望しているため、
やむを得ないという状況でもあります。

そして、私は海外駐在の夫に伴う形での現在の環境ゆえ、
月謝は取らずにいわゆるボランティアで指導している状況です。
元々教えるということの経験が豊富でないため、自分も一緒に成長して行ければ・・・と引き受けました。

悩みというのは
「子供の甘えに対して叱る事に躊躇、またその方法がわからない」
「相手の家に出向き、無償でレッスンを行うことに見合うやりがいを感じられずにつらい」
・・・子供の遊び相手のために自分の時間を費やすことに疑問を感じてしまいます。

子供の母親でもある友人に
こういった自分の気持ちを伝えることもしにくく、
今後の対応に考え悩んでいます。

自分自身の勉強にもなれば、と頑張ってきましたし
今後も良い形を模索していきたいとは思いますが
練習しない、時に言う事を聞かない相手(子供)に対して
「そんなにやりたくないならもう止める?」と言いたい衝動にも駆られ
いつもいつも、なだめたりおだてたりすることに正直辟易する気持ちもあります。
教育する立場の自分の器の小ささも同時に感じ、
落ち込んでしまいます。

子供の気持ちを理解しながら上手に接して
子供の力を伸ばしてあげることが出来ないのは
自分に子供がいないから・・・?と
自信も失ってしまいます。

教える立場の方、また子供に習い事をさせている親の立場の方の
ご意見やアドバイスをお聞きしたいです。

分かりにくい文章で長くなってしまい、申し訳ありません。

友人の子供にピアノを教えていますが
様々な理由と葛藤が原因で悩んでいます。
小学校4年生の男の子ですが
レッスンが、レッスンとしてほとんど成り立たず
こちらの指導に対して言う事を聞かないことも・・・
本人の意思よりも親が「習わせたい」と希望しているため、
やむを得ないという状況でもあります。

そして、私は海外駐在の夫に伴う形での現在の環境ゆえ、
月謝は取らずにいわゆるボランティアで指導している状況です。
元々教えるということの経験が豊富でないため、自分も一緒に成長して行け...続きを読む

Aベストアンサー

小学校4年生なら、障害を持ったお子様でないかぎり、
言葉は通じますよね?
また、責任という概念も出来始める頃だと思います。

私はピアノではありませんが、子供を教える立場にいました。
子供の集団相手だったので、勝手が少し違うかもしれないですが。
ピアノなら基本的に1対1ですよね?
レッスンの時間を割いて、子供と向き合って話してみましょう。

「先生、すごく困っているんだけど」
「○○君はどうしたいの?」
「今後、どうしたらいいと思う?」

など、話してみてください。
どうしたらいいと思う?というのは、先生が、ではなく、彼の方に自分の態度を見つめなおさせる意味の「どうしたら」です。

「もうやめる?」
ということは絶対に先生から言わないでください。
【あきらめられた】と感じさせます。
子供自身に今後の行動を考えさせてあげてください。

また、
彼が先生を困らせようとしてやっているようであれば、
レッスンに関係ないことをした場合は徹底的に無視しましょう。
その行動自体に注目をしないことです。
お母さんがお友達なら、
ピアノの前を離れてお母さんとおしゃべりしに行ってもいいと思います。
その代わり、きちんとやってる時間があるときは、
徹底的に注目してあげてください。
そうすると、だんだんきちんとする時間が増えてくると思います。

彼の行動が、やりたくないという気持ちから来るものであれば、
先生が困っているかどうかというのは彼にとって問題にはならないと思います。
その場合は、やりたい気持ちになるように話をしてみたらいいと思います。
言葉で言いくるめるというのではなく、
興味を引き出すような話をしてあげることです。

子供がきちんとやらない、なげやり、よそを向く、という行動をとるときは、
今出されている課題が本人にとって難しすぎる、
または簡単すぎてつまらない、ということが多いです。
「どうしてそうやって(困った行動をとって)しまうのかな?」
と聞いてみると、
「難しいもん」「退屈だモン」
という答えが返ってくるかも。
難しいなら、レベルを下げてあげる必要があるし、
退屈なら1つ難しいことをさせてみたら、
「僕やっぱり前のヤツやるよ」
というかもしれません。
(そしたら基本をしっかり教えられますよね)

それから、お母さんにも話してみてください。
お母さんがやらせたいんですよね?
だったら、お母さんも少しは協力して欲しいですね。
「練習したの?」「練習しなさい!」
という言葉だけではなく、
レッスン以外の練習を横に座って聞いてあげるとか、
(言葉がけすらもやってない可能性高いですが・・・所詮無料のレッスンなので)

私が教える立場だったときも、
お母さんが協力的な生徒と、
先生に任せっきりでほったらかしの生徒では態度が全然違いました。
また、ほったらかしだったお母さんにお話して、
協力していただいた途端に、生徒の態度も進歩も変わりました。
協力していただけないお母さんなら、
残念ですけどmius-vinさんのご好意に甘えて
「試しにやらせてみるか」と考えているだけで、
特に子供のことを思ってピアノを習わせようとしてるわけではないので、
子供と話し合った後で様子を見て、
やっぱりダメならレッスンをやめて問題ないと思います。

お母さん、お友達なんですよね?
はっきりさせた方がいいですよ。
言いにくいとは思いますが、
がまんしているとお母さんとの関係もギクシャクしてしまうと思います。
意外と、話してみたらあっさり事が収まる事が多いです。
「もっと早く話せばよかった」
って。

長くなりましたが、難しいレッスンがまともに進むようにできれば、
ご自身にもすごい自信が付くと思います。

> 自分も一緒に成長して行ければ・・・と引き受けました。
と書いていらっしゃるので、やめるまえにとりあえず上記のことを考慮してみてください。
それでもやっぱりダメな場合は、ご縁がなかった生徒さんです。
向上心がある先生なら、他のどこかでmius-vin先生との出会いを待っている生徒がきっといると思います。
キレイ事に聞こえますが・・・本当ですよ。

小学校4年生なら、障害を持ったお子様でないかぎり、
言葉は通じますよね?
また、責任という概念も出来始める頃だと思います。

私はピアノではありませんが、子供を教える立場にいました。
子供の集団相手だったので、勝手が少し違うかもしれないですが。
ピアノなら基本的に1対1ですよね?
レッスンの時間を割いて、子供と向き合って話してみましょう。

「先生、すごく困っているんだけど」
「○○君はどうしたいの?」
「今後、どうしたらいいと思う?」

など、話してみてください。
どうした...続きを読む

Qお笑い芸人めざしている方!!質問です!

最近お笑いブームです。
お笑い芸人になれるのは、たった一掴みの人で、計り知れない苦労があってのことだと聞いたことがあります。

私は最近、お笑い芸人を目指したいなぁ、と、思いました。

お笑い芸人になるには、どのような道がありますか?
どのようなことをすれば良いのでしょうか?
学校に必ず入学するべきなのでしょうか?

良ければ教えてください(>_<)

Aベストアンサー

お笑い芸人になるには

1.NSCなどの養成所に通う。各事務所が養成所を運営しています。

2.各事務所のオーディションを受ける。

大きく分けてこの2通りです。

はっきり言ってなんとなくお笑い芸人になりたいとか言っている時点でライバルに差をつけられていると思いなさい。

本気で目指している人間にはそれくらい常識だからね。

Q運動クラブのわがままな子への指導

運動クラブで指導をしている、朱実といいます。
子どものバスケを指導しているのですが、ある5年生の子とその親御さんで、ちょっと困ったことがあるのです。
対外試合では、私の方針で、いろいろな組み合わせのメンバーで出場させ、さまざまなチームメイトと一緒にバスケットの能力をバランスよく身につけさせるようにしています。
今まで組んだことのない人と一緒に出場を決めたりもしています。
もちろん、競争も必要なので、そうやって決めたあと、残りの分の出場権は自由競争による出場権争いということにしているですが、このごろ、試合のたびに、その5年生の子が、
「全部の試合にレギュラーだけが出れば、もっと勝てるのに!」
といって、それ以外の子との出場を嫌がるのです。
ほかの子を傷つけるような言い方で、
「レギュラーをもっと強化してくれ! 弱いやつは試合に出すな」
 とか、そういうことをいっていたので、
「レギュラーだけ強くなったって、それはチームじゃない。チーム全体がバランスよく強くなっていないと、最初はよくても、後で困るよ」と、言い聞かせました。
「試合の経験が全くなくて、うまくなってからイキナリ試合をしろって言われても、うまくできない。だから今のうちに、いろんなメンバーと協力する練習をしないと。そのための試合よ」と説明もしました。
しかし、親御さんに、
「先生は、弱い子が試合に出られないとかわいそうだから、出させているんでしょう? そういうのは悪平等じゃないですか? うちの子はとても努力しているのに、この努力はどうなるのですか?」と言われてしまいました。
「かわいそうだからじゃないですよ、能力を伸ばすために必要だから出すんです。それに、努力はすばらしいですが、だからといって、すべての出場権が思い通りになるわけではありません」
 という説明をしたのですが、なかなかわかってもらえません。

運動クラブで指導をしている、朱実といいます。
子どものバスケを指導しているのですが、ある5年生の子とその親御さんで、ちょっと困ったことがあるのです。
対外試合では、私の方針で、いろいろな組み合わせのメンバーで出場させ、さまざまなチームメイトと一緒にバスケットの能力をバランスよく身につけさせるようにしています。
今まで組んだことのない人と一緒に出場を決めたりもしています。
もちろん、競争も必要なので、そうやって決めたあと、残りの分の出場権は自由競争による出場権争いということに...続きを読む

Aベストアンサー

アメリカでアスレティックトレーニングを教えています。 その中の項目のひとつにこの点について教えるものがありますので参考になればと思い書かせてもらいますね。

まず、この親御さんとの問題は小学生の生徒を教えるクラブではアメリカでも良くある問題です。 親御さんはなんと言っても子供の親御さんであり子供の活躍を見たいものであり、あなたの指導方法の支持者だとは限らない、ということをいつも忘れてはならないのです。

指導員である以上教える方針を持つことは大切なことですね。 この点は私もすばらしい観念を持って指導していると思いますので、問題点とはいたしません。

そしてその指導方法に一貫性を持たせることによって、「親御さんへの説明」ではなくそう言う方針だということが子供にも体で分かるような指導方法が必要となります。

つまり、試合のときにこの点を持ち出すのではなく、練習のときにでもこの指導方法を子供たちに分からせるように「洗脳」していくことで結局子供たちはこのクラブはこういうものだと思うわけです。

つまり、試合のときにこの点を持ってきて反感を持たせるのではなく(特に負けたときなど愚痴を言いたくなる子供や親御さんもいるわけです)、練習のときから、試合には今までの組み合わせでやるとは限らないので今日はそれを重点において練習します、と強制的にやらせたり、いくら今このクラブで一番うまくても中学になればもっとうまい人が出てくる可能性は多いのだから今のうちにチームワークの強さが個人の強さを上回ることを体で知るような練習をさせたり、常から親御さんにこのやり方がクラブの方針(あなただけでなく)であることを言い伝えたりしておく、ことなども必要なわけです。

指導員とは教えるだけではなく、教えるときに起こる問題点というものをあらかじめ知っておく必要もありその問題点に対し問題とならないように「布石」をしておくことも指導員の責任でもあるし、スムーズに指導できる環境を作り出すことにもなるのです。

つまり、あらかじめこのような問題が起こると予測しておけば防止策が考えられるわけですね。 

指導員とはそれと同時にクラブの従業員でもありますね。 よってまずクラブがあなたの指導方法を認知しているかどうか調べておくことも、クラブへ親御さんが「直訴」しても問題は大きくなりませんね。

さて、問題はすでに起きていますね。

どうしたら良いか。 私なら指導員に無視するように言います。 そして、あなたの練習方法にもっと一貫性を持たせ、方針・目標を練習毎にはっきり選手に分からせるよう指導させます。 無視、という単語を使いましたが、その子を無視する、ということではなく、親御さんの抗議に対し気にしない、ということです。 すでに説明はしてあるのですから、親御さんには分かってもらうしかないわけです。 と同時にクラブの責任者とのコミュニケーションは今のうちにとっておくことも必要ですね。

その子はチームワークというものを理解していないわけですから選手一人一人に教える項目としてその子にはこの点を教える必要がありますね。 スポーツとはこういうものである、受け入れるか受け入れないかは自由であるが受け入れるとすれば個人の自由や主張の重要性は低くなるということも今のうちに教える必要もあると信じます。 受け入れないのであれば、自然にやめていくことになるでしょう。 退会させる必要も罰を与える必要もないと私は信じます。 これを機会に指導員としてのあなたについていくことがすなわち自分にとって得になるんだということを「洗脳」させるいい機会だとも思います。 感情的な罰を与えても前向きにとるような年頃ではもうないですね。

長くなりましたが、これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

アメリカでアスレティックトレーニングを教えています。 その中の項目のひとつにこの点について教えるものがありますので参考になればと思い書かせてもらいますね。

まず、この親御さんとの問題は小学生の生徒を教えるクラブではアメリカでも良くある問題です。 親御さんはなんと言っても子供の親御さんであり子供の活躍を見たいものであり、あなたの指導方法の支持者だとは限らない、ということをいつも忘れてはならないのです。

指導員である以上教える方針を持つことは大切なことですね。 この点は私...続きを読む


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