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丁半バクチにおいて、たとえば、たまたま連続して丁(偶数)が5回連続して出たとします。さて6回目にサイコロを振ろうとした時、また丁が出る確率を考えるに、6回連続して丁が出る確率は(1/2)の6乗で、(1/64)になると思うのですが、しかし、1回ごとに丁の出る確率はすべて(1/2)のはずです。どちらが正しいのでしょうか。
ご教授お願いします。

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A 回答 (16件中1~10件)

こんにちは。


再びご質問をいただいていましたね。

私自身は基本的には直感と理論の乖離の問題と感じており、いささか泥沼化していまが、誰の迷惑にもなりませんし、思わぬ収穫も出るかもしれませんので楽しく“泥沼化”させましょう。

まず、私の提示した「袋の玉から黒が連続して5個出た」の問題を、少々広すぎてとらえていただいている可能性もあるようですので補足しておきましょう。

実は大しておもしろい事例ではなく、「袋の中の白黒100個のボールで、最初から黒ばかり続いて取り出された場合は、袋の中の黒は順次少なくなり、次のボールが白になる確率が順次高くなる」というだけです。
(50個ずつのうち、最初に続けて5個の黒が出てしまえば、6個目が黒の確率は45/95で、白の確率は50/95というだけ。その程度はわかっていたらごめんなさい)

なお、「離散的」とは、“前に起きたことと、次の起きることが、「離れて散って」いて相互に影響を及ぼすことがない”という意味であり、袋の玉の問題が「非離散的」というのは、袋が前に起きた事象の「記憶&制御装置」として働いているので「以前に起きた事象に従って異なる環境を提供する力がある」という程度の意味です。
そこで、「最初から5個連続して黒なら、この「連続して黒」を次の確率に反映することはできるものの、「20個とってそのうち12個が黒だった」場合には、黒が連続して出たのか散発的に出たのかは反映できないのです。

さて、1000個の玉の追加問題をいただいており、ちょっとご質問の意味が理解しにくいのですがこんな回答ではご質問の趣旨に合っていますか。

 まず、袋の玉の白黒の出方が最終的に495対505になるという確率は1(100%)ですね。丁半結果に完全に連動します。
これは袋の玉が「丁半ゲームの記憶&制御装置」として人為的に設定されており、その結果により環境を制御し、数の比率だけで言えば同一の結果を誘導する極めて強い力を持っています。
 一方で、丁半の出方の順序を記憶する機能はないので、順序はばらばらでしょう(わずかな確率で丁半の順序と白黒の順序が完全に一致する可能性はある)
なお、「袋の玉」の問題は「もとになる資源があってそれを消費していく」故の制限や影響がありますので、白黒500個ずつなら白が出る場合は絶対に501回以上にならず、また、たくさん白が出れば出るほど残りの白が少なくなることで次回に影響するため、1000回全部丁が出る可能性さえある丁半ゲームとは一線を画し、「出方」そのものは大きく異なると考えます。


 さて、さらに思考実験をされる上で、次のようなことを考えるのも楽しんでいただけますでしょうか。

1 「観測」による事象の変動については、学問にもなっています。ニールス・ボーアという方が提唱された観測論は現在の物理学の基礎のひとつとして受け入れられていますが、その論では、観測とは「光をあてる」(光子を少なくとも一つぶつける)ことであり、その結果、「究極の観測対象である電子は、光子によってはじかれてしまい、観測した結果、位置や運動がランダムに乱れて結局次の事象を明確に方向付けることができなくなる」という論です。
(電子レベルで言えば、いわば、“観測すればするほど離散的になってしまう“とも言えるもので質問者さんの論と逆向きでしょうか。いずれにしても難解ではあります。まあ、「認識」については、例えば、猫が見ている場での実験ならどうなる?とか、その猫が「丁を示す白丸がたくさん連続して表示されるとえさをもらえる」と調教されていたら?ということを考えるのもちょっと楽しいですね。)

2 基本的に、確率は「すべての選択枝のそれぞれの発生確率の合計が1(100%)」になることに定義されています。
5回連続丁の後、6回目が丁になる確率が1/64とするなら、半になる確率は63/64ですね。
 これは、3回なら実験しやすいでしょう。2回連続丁の後3回目が丁になる確率が1/8なら7/8は半のはず。サイコロを2回ふり、1回でも半になったらボツにして、2回とも丁になった場合の3回目の目ににどの程度の偏りがあるかはメモ用紙に記録して調べることはそんなに難しくないかも。

4 また、次のような説明はお役に立ちますか。
 「10回サイコロを振り、丁が10回ともでるようなことは大変に珍しい」のは事実です。これを、「観測による力の作用」で説明する取り組みもおもしろいのですが、「組み合わせ」論で説明するのはいかがでしょう。
 10回とも丁の出る「出方」は1つしかありませんが、1回だけ丁の出る「出方」は10通りあります(1回目だけ丁、2回目だけ丁・・・)ので、機会が10倍に増えます。また、2回丁の出る「出方」は44通り(1回目と2回目、1回目と3回目・・・2回目と3回目・・・誰か検算おねがいします(笑))と組み合わせが増えていき、5回が丁で5回が半の場合の場合の数が最も大きい(はず)です。
 このため、特に「連続して丁の出ることを押さえようとする観測の力」の作用がなくとも、「10回とも丁の出る可能性はもともと低い」ということになります。
(他方で、丁半丁丁半丁・・・と順序を指定すると「出方」が1つに固定されてしまうので、たとえ丁半5回ずつでも的中する可能性は全部丁が出る可能性と同じくらい低くなります)

5 最後に、「丁が続いた場合は半が出る確率が高くなる。そのタイミングを見いだして大きく賭けるのが男の道だ」という感じのギャンブル漫画はいかにもありそうですが、実は丁半ゲームには必勝法がありますね。

 ご存じかもしれませんが、単純化のために「掛け金額は自由で、丁半で当たれば掛け金の2倍が戻る。」(“親の総取り”などはなし。)のルールでやってみましょう。
・ 10円払ってチャレンジ。当たれば20円もらえて、差し引き10円儲かる。
・ 外れたら、次は30円払ってチャレンジ。この段階で投資は合計40円。当たれば60円もらえるので、20円儲かる。
・ それでも外れたら次は50円払ってチャレンジ。この段階で総投資は90円。当たれば100円もらえるので10円儲かる。
・ それでも外れたら、もっと高額を払ってチャレンジ。いわば、「常に1回の当選で以前の総投資額を超える回収ができる」ようどんどん掛け金(支払い額)を増やしていくのです。(数学的には倍々(+α)にする)
・ きっとどこかで当たる。当たったら必ず掛け金を10円に戻して勝負サイクルを繰り返し、最終的には当たったところで勝負を終了する。

 この方法は、いわば丁半のどのような組み合わせが出ようが過去の結果には影響されないことに目をつけたものですが、基本的には「理論的に必勝できるため他の人がおもしろくなくなることから昔の賭場のほとんどで禁止されていた」らしいようです。
 おまけに、いくら掛け金が大きくなっても結局一つのサイクルで儲かる額は少額で、本人もおもしろくはない。
 さらに、計算していただくとわかりますが、1つのサイクルで大きく儲けようとすると最初の額を大きくする必要があり、何度か外れがかさんだ際には天文学的な額を賭けなければいけなくなり、賭ができなくなったときが負けなので、破綻時は田畑を失うなど損害が大きい、さらに、場合数の多い(勝率の下がる)競馬などではさらに急激に所用の掛け金がふくらみ適用できにくい・・・ということを理解しておく必要があるでしょう

 うわあ、足かけ3日で昨日はちょっと寝不足になってしまいました。
 私のほうが楽しんでしまったけらいがありますが、多少なりともお役に立てば幸いです。
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モンテカルロ法をお勧めします。


(1) コインを5回投げてください。「全部オモテ」でなければ、やり直し。
(2) 「全部オモテ」だったら、次に1回投げて、それを記録してください。
上記を「飽きるまで」繰り返してください。
さて、記録はどうでしたか。
(そんなにヒマじゃない、という方は、プログラミングのできる方に
お願いして、コンピューターの中でコインを投げてください。アッと
いうまに何百万回も実験してくれますよ。)

この回答への補足

実際にコインを投げて確認することはさておいても、
ご指摘しているようなコンピュータによる仮想実験では、『観測者によって確率は異なる』 ということを検証するのは不可能なのではないでしようか。
なぜなら、その方法では、コンピュータはサイコロ振りの「経過の認識」をしないからです。

最初の私の質問の趣旨は、
「サイコロ振りで、過去、丁が5回連続して出たことを認識している者と、6回目に初めてサイコロ振りに立ち会う者とでは、その6回目の一振りの丁が出る確率は異なるのではないか」 ということなのです。
もちろん6回目の一振りだけに立ち会う者にとっては、言うまでもなく丁のでる確率は1/2ですが、しかし、すでに連続して丁が5回出たことを知っている者にとっては、次にまた丁が出る確率は1/2ではなく、1/64になるということです。

コンピュータでは、何回サイコロを振ろうと、過去の経過の認識が無いですから、毎回、サイコロ振りに初めて立ち会う者と同じ条件でサイコロを振り続けるので、どの時点でも確率は1/2になるのは当然です。

もし多少とでも、コンピュータが「経過の認識」をしながらサイコロを振りを行うという設定をするとすれば、NO.14の回答者の方が述べておられるような、『非離散的事象』として、あらかじめ50万個ずつの黒白の玉を袋に入れておいて、そこから1個ずつ玉を取り出していく、という形なら、袋の中の玉の残数によって、コンピュータは経過の認識ができるかもしれません。しかし、その時には、黒が連続して出たあとの6回目の玉に黒が出る確率は1/2ではないらしいですが。

補足日時:2006/08/24 02:58
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こんにちは。

おもしろい議論ですね。

 質問者さんも、通常言われていることは少なくとも知識としてはわかった上で、まだ納得がいかず、もう一歩踏み出そうと考えておられるようですね。
 思わぬ成果もありそうですからさらに突き詰めて考えてゆくのは無駄ではないでしょう。その上で、ご質問に対する直接的な回答ではないのですが、次のような説明はお役に立つでしょうか。

まず、「以前の事象が後の事象に影響する」ことを学問的に真剣に考えている人は少なくありません。
 もっとも単純なのが「情報理論」における「マルコフ事象」「マルコフ情報」と名前がつい概念です。
 さすがに丁半・表裏ではないのですが、「A・V・T・D・・・」といった文字列の発生形態を整理し検討する中で、「RADI」と並んだら次は「O」が出てくる確率が高いという当然のことながら複雑な事象を理論的に分析する方法が提案されました。
 現在のコンピュータシステムはこの理論を取り入れて情報処理の迅速化や通信の高信頼化に大きな成果が上がっています。

 この理論でも、相変わらずコインの表裏などは「離散的事象」と呼んで「前の状況によらずいつでも確率1/2」との前提を崩していませんが、例えば白50個と黒50個の入った袋のボールを1個ずつ取り出す(出したら戻さない)ような場合は、「5回連続黒なら6回目黒の確率は低い」という理論は展開されることになります。(非離散的事象)

 一方、私も丁半問題で質問者さんのお気持ちを論破する自信はありません。そこで論を拡張して質問者さんのお感じになっている状況をさらに広めた場合、次のような考察はいかがでしょうか。

1 ご自身で、適当に、「丁半丁丁半丁」などと6個予想した後にさいころを6回振った場合、5回連続で的中したら、6回目に「丁」が出て全問的中する確率は「半」が出て最後だけ外れる確率より低いと感じますか。
2 もし、6回目も的中する確率は低いと思われるなら、この予想ゲームを10人で行った場合はどうでしょう。(誰かは的中するけれど、誰かは外れる・・・)
3 「物理的に力が働かなくとも事象の埋め合わせは存在する」とお感じの場合、あえて極端に話を複雑にした場合、「お母さんを亡くした不幸な子供はお母さんが健在の子供に比べて1000円札を拾う幸運の確率は高い」とお感じになりますか。
(もしそう感じ、丁半の埋め合わせと同じ力だと思うなら、その幸運不運の程度は誰が決めると思いますか。もし感じないなら丁半とどのように違うと思いますか)

 ところで、私は何となく「神」の存在と介入を信じている変わり者です。しかし物理学と整合して理解するのはなかなか困難ですので、まあ、あえて言えば、「神の観測は電子の位置と速度を同時に認識でき」、「神の介入は微少な真空の場の揺らぎを制御して介入する」・・・とでも考えるところでしょうか。
(いずれも現在の物理学では原理的に不可能との扱いですが、いわゆる全知全能ということで・・・)

 そのような力を想定して考えれば、丁が5回連続すれば最後は「半の確率を高める」といういわば「神の意志と力」が存在しても不思議はありません。
 ただ、神がその程度のことをいちいち気にされるようにも思わないので、たいていは神ご自身の決められた基本的物理原則(丁が99回連続する確率は極めて低いが、そのような珍しい事象に対してさえ、100回目を左右する特別な“力”は与えない)に任せっぱなしでしょうね

さてさて、話が広がりすぎてすみませんでしたがいかがでしょうか。
いろいろな思考実験に取り組まれる中でお役に立てば幸いです。

この回答への補足

あなたは、ご回答の中で、『離散的事象』と『非離散的事象』とをあげて、後者においては、5回連続して黒が出た場合は、6回目に黒が出る確率は1/2よりは低いと示唆されていますが、では、次のように考えた場合はどうでしょうか。

まず、1000回のサイコロの振りを検証するとして、実際にサイコロを振ってみて、その結果を出すとします。するとそれが、丁が495回、半が505回となったとします。
次に、丁を黒い玉、半を白い玉に置き換え、検証で得た数値を当てはめて、黒い玉を495個、白い玉を505個取って同じ袋に入れます。
そして最後に、その袋から1個ずつ玉を取り出すことにします(玉は戻さない)。

この場合、最初のサイコロの丁半の出方と、その後の袋からの黒白の玉の出方とに差があると思われますか?
私は同じと思うのですが。そして、袋から玉を取り出すときに黒が連続して5回出たあとに6回目にまた黒が出る確率は1/2より低くなると述べられたように、サイコロの丁半の時にも同じことが言えると思うのですが、間違っているでしようか。

補足日時:2006/08/24 02:52
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面白そうな話題なのでちょっとだけ参戦。



もの凄く簡単に。
> 6回連続して丁が出る確率は(1/2)の6乗で、(1/64)になると思う

とは一回目を振る前の確率です。ここで5回連続で丁が出ることを考えると(1/2)の5乗で(1/32)になるはずです。

もう一回サイコロを振ると、
(1/2)の5乗×1/2=1/2の6乗
となります。これは質問文にある
> 6回連続して丁が出る確率は(1/2)の6乗で、(1/64)になると思う
と同じですね。


> 確率とは不思議なもので、...たとえば1000回の振りでみると、丁も半も...の回数出ています。...しかし、1000回振る間には、丁半の出方にバラつきがあります。

たとえば10回ごとに区切って、10回×100セットとしましょう。すると、10回とも丁が出ることも10回とも半が出ることもあるでしょうが、それらは打ち消しあい、結局影響はなくなってしまう、ということが、中心極限定理として知られています。

この打ち消しあいのことを『確率に対する圧力』と見るのは自由ですが、統計学においてはそのような見方は既に結論が出ています。


因みに言えば、動的な確率論というものも存在し、その最も有名なものはベイズ統計学です。
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既に皆様解説されているとおりですが、


(1)さいころはその前に出た目を覚えていないので常に1/2の確率です。もしさいころに人情があればそろそそ半を出すかもわかりません。

(2)6回連続丁が出る確率は1/64 ですが、それは例えば
6回の結果が「丁半半丁半丁」と続けて出る確率も1/64です。
だから1/64は特別な事ではないという事です。
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> 観察者によって確率は変わるのではないのかということを言いたいのです。



「観察」された時点で事象は固定されます。
半分生きていて半分死んでいる猫は「観察」出来ないのです。

5回連続で丁が出る確率は1/32ですが、
5回連続で丁が出たのを「観察」した人にとって、5回連続で丁が出た確率は1です。


丁半の確率が1/2だというのは「無限回」の試行をしなければ実測できません。
例え100万回連続で丁が出たとしても「無限回」の試行の中では、大海の細波程度にもなりません。
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No7の補足から察すると、おそらく6回目の丁の確率が問題ではなく、「5回連続丁が出た」という観測を元に「丁の出る確率は1/2と言えるか、それともサイコロの出る目の偏り等の要因から1/2を超えているのか」を問題にしているのではないでしょうか。


これは確率論というよりは統計学の「検定」の話になります。ただし過去5回の観測から6回目の確率はいくらといった議論ではありません。この場合の「検定」は「丁の出る確率は1/2である」と仮定(「帰無仮説」といいます。)して過去5回の実現事象を評価するとそれは「非常に起こりにくい」ことである、と結論づけることを試みることになります。ややこしい言い方ですが議論の方向としてはそうなります。
検定を行うにあたってはこの「非常に起こりにくい」との判定基準を予め「5%以下」とか「1%以下」とか決めておきます。このパーセンテージを有意水準と呼びます。実際に今回のデータから帰無仮説「丁の出る確率は1/2である」、対立仮説「丁の出る確率は1/2を超える」に対して、有意水準5%で検定を行ってみてください。
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>>実は、私の本意は、『確率は、過去の経過によって影響を受ける』 という新しい数学思想の提案



であれば、万人が納得できるような合理的な根拠含めた論文を作成し、例えば日本数学会などに投稿してみたらいかがでしょうか。
もちろん、現在の数学とは根底から異なるものなので、どこまで受け入れられるか不明ですが。

御健闘を。
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この回答へのお礼

>日本数学会などに投稿してみたらいかがでしょうか。
もちろん、現在の数学とは根底から異なるものなので、どこまで受け入れられるか不明ですが。

私のこの質問をするにあたって、お勧めいただいたような目的には全く関心がありません。
ただ、『観察者によって確率が異なる』という、私の得た結論に対し、皆さんの意見をお聞きし、それによってまた修正をかけたかっただけです。
それよりも、私の得た結論が修正必要ないほど正しいものであれば、驚くべき応用が我々の日常生活で即可能となります。今、すでに私はこの結論によって、ギャンブルで実績をあげつつありますが、最近気がついたことは、この結論は、ギャンブルなどのチャチなものに対してのみでなく、広く自然現象、人間行為に対して活用できるのではないかということなのです。頑張ってみます。
有難うございました。

お礼日時:2006/08/22 15:21

6回サイコロを振って



丁→丁→丁→丁→丁→丁

となる確率は1/64ですが、同様に

丁→丁→丁→丁→丁→半

となる確率も1/64です。
5回連続丁が出てから次に丁が出る確率も半が出る確率も等しいです。

丁と半を適当に6個書いて出目のスケジュールを作ります。例えば

丁→半→半→丁→半→丁

この通りになる確率は1/64です。ならない確率の方がはるかに大きいですね。
では、5回振って

丁→半→半→丁→半

だったら次に丁が出る確率が半が出る確率より小さいと感じますか?
同じ事ですよ。結局、丁が6回連続出ることが特別な事と思ってしまった
ところに質問者さんの誤解があります。どんな出目も一括りにしないで
一つ一つ見れば皆、等しく起こりにくい事柄なのです。

この回答への補足

>6回サイコロを振って
 丁→丁→丁→丁→丁→丁
 となる確率は1/64ですが、同様に
 丁→丁→丁→丁→丁→半
 となる確率も1/64です。
───────────────
本当にそうでしょうか?
確率とは不思議なもので、サイコロの丁半の出目を表にすると、たとえば1000回の振りでみると、丁も半もそれぞれ同じぐらい500回程度の回数出ています。どちらも確率が1/2ですから当然です。しかし、1000回振る間には、丁半の出方にバラつきがあります。もし途中で丁が連続して10回出たとしたら、不思議にそれを埋め合わせるかのように、その後の振りで、半が連続して出やすくなり、帳尻を合わせます。私は、この時の 「半が連続して出やすくなる」 ということを、確率に対し(過去の経過による)圧力が働いたとみるわけです。

たとえば、 丁→丁→丁→丁→丁 を見ると、丁半の出方は確率上五分五分であるにもかかわらず、圧倒して丁が出ています。その時に、確率の“神”は、必ずや帳尻を合わすため、次の一振りに経過の圧力を働きかけ、丁よりは半の方を出やすくすると見るわけです。
したがって、私は、上記のあなたが掲げた2種類の流れの確率は異なると見なすのですが、どうでしようか。

これまで、確率論は、静止した確率であり、動的な 『経過の圧力』 など考慮していなかったように思うのですが、その必要性があるのではないでしようか。

補足日時:2006/08/21 15:09
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>>6回目の一振りは、丁半の確率が等しく “1/2” ではなく、半の出る確率が高いのでは。

(どこか間違っていますか?)

あの~、
  A:毎回の確率(必ず1/2ですね)

  B:連続する確率(1/2のn乗ですね)
を混同されてますね。

AとBは別物です。

この回答への補足

>A:毎回の確率(必ず1/2ですね)

「毎回の確率が必ず1/2である」 ということは本当に正しいのでしょうか?
実は、私の本意は、『確率は、過去の経過によって影響を受ける』 という新しい数学思想の提案になると思います。言い換えれば、観察者(物理学的な表現ですが。物理学ではすでに、物の状態は観察者によって異なるということは理論として確立していますが)によって確率は変わるのではないのかということを言いたいのです。
過去、丁が5回連続して出たことを認識している者と、6回目に初めてサイコロ振りに立ち会う者とでは、その6回目の一振りの丁が出る確率は異なるのではないかという考えなのです。
もちろん6回目の一振りだけに立ち会う者にとっては、言うまでも無く丁のでる確率は1/2ですが、しかし、すでに連続して丁が5回出たことを知っている者にとって、次にまた丁が出る確率は1/2ではなく、1/64となるという、新提案なのです。
あなたのご回答は、毎回の確率が必ず1/2である、という前提に立っているわけですが、私はその前提をまず疑ってかかるわけです。

補足日時:2006/08/21 13:48
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Q丁半博打と数学の話ですが

一応、ルールを書いておくと
丁半博打とは、2つのサイコロを投げて目の合計が奇数(半)か偶数(丁)かを当てるゲームです

サイコロを2つ投げた際の組み合わせは

1 奇数・奇数=偶数

2 奇数・偶数=奇数

3 偶数・偶数=偶数

となる訳ですから、常に偶数(丁)と予想した方が勝率は高いのでしょうか?

Aベストアンサー

数学は久しぶりなので、合っているか自信ありませんが。まずあなたの質問を見て「なるほどー!」と思いました。単純に。でもよく考えてみると丁の方が勝率が良いなら、博打の配当ってどうやって決めてるんでしょうか。半の方が丁より倍配当が良くないと割に合いませんね。
実際、サイコロ1、サイコロ2としてそれぞれの目のパターンを書き出してみると、

奇・奇
1・1
3・3
5・5
これの組み合わせですね。1・3とか5・1とかね。

同じく
偶・偶
2・2
4・4
6・6
これの組み合わせ。9通りあるのでしょうか。

最後に
奇・偶
1・2
3・4
5・6

あれもう1パターン忘れていますね?奇・偶のウラです。つまり偶・奇ですね。
偶・奇
2・1
4・3
6・5

これで全通りになるのでそれぞれに9パターンずつ、半丁ともに18パターン対18パターンになるので勝率は同じです。このように別のサイコロとして扱うと分かりやすいです。サイコロ赤とサイコロ青みたいなね。間違えのポイントとしては、奇数・偶数の組み合わせは、反対でも同じだから一緒にまとめればいいや(じつは2番には倍の通りがあるのに)、と思ってしまったことろにあります。キツネにつままれたようですね、だから確率の問題って大変。これで赤と白のボールを使うなんていう問題になると、それぞれのボールを区別した方がいいいいとか、しない方がいいとか問題によって使い分けたり確かするので余計に嫌になります。まあ俺はこっちの分野には絶対行かないな、なんてことが分かっただけで良いんですよ勉強は。学生のうちは、自分の好きな事、嫌いな事、を肌感覚で経験して、興味のある分野を見つけたらよろしいかと。もちろんそれは勉強には限りません。

数学は久しぶりなので、合っているか自信ありませんが。まずあなたの質問を見て「なるほどー!」と思いました。単純に。でもよく考えてみると丁の方が勝率が良いなら、博打の配当ってどうやって決めてるんでしょうか。半の方が丁より倍配当が良くないと割に合いませんね。
実際、サイコロ1、サイコロ2としてそれぞれの目のパターンを書き出してみると、

奇・奇
1・1
3・3
5・5
これの組み合わせですね。1・3とか5・1とかね。

同じく
偶・偶
2・2
4・4
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