いつもかならず、月は東に沈むのでしょうか? 
 季節によって変らないのですか? 
 つぎの作品は(天文学的に)正しく伝えているのでしょうか? 
 
#1.わかつき・めぐみ《月は東に日は西に 1985-1986 白泉社「LaLa」》
#2.小池 一夫《子連れ狼(64)月は東に日は西に 1970-1976 漫画アクション》
#3.与謝 蕪村「菜の花や月は東に日は西に」(1716-17840117)
 
#4.俗曲「月は東に昴は西に、いとし殿御は真ん中に」《山家鳥虫歌》
#5.《日月図》
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navcl …
 
 関連質問
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2522889.html
 月はどっちに出ている? 

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A 回答 (6件)

日本では、太陽も月も星(北側を除く)も必ず東から昇り、必ず西に沈みます。


これはずっと変わることはありません。なぜなら地球の自転によってそう見えているだけだからです。つまり地球は西から東へ自転しているので月、太陽、星は東から西へ動いているようにみえているのですね。

ご質問のように、太陽が西・月が東というのは日本人の昔から好む風景の一つです。このとき、太陽と月は180度反対方向にあるわけですから、自動的に満月であることを意味しています。夕暮れ時の美しさと満月のすばらしさを同時に眺められる時間ということです。

また、これとは逆の
   ひむがし(東)の野にかぎろひの立つみえてかえりみすれば月かたぶきぬ
という歌が万葉集(柿本人麻呂)にあります。
この風景は太陽が東から上がってこようとするとき、振り返って西の方を見たらちょうど月が沈もうとしていた(文法的には「傾いた」ですが、一般的には沈みつつある状態と解釈されています)
これも、昔の日本人であれば誰でも(ほぼ)満月であることを想像できるのです。太陽と月が180度反対方向だからです。

このように東と西の真反対になる関係は、その位置関係よりも暗黙のうちに「満月」であることを伝えることで、その余情を深める効果を出しているのです。
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 #5です。



>すると「犬は東に、尾は西に」というパロディは誤りですね。

 「犬が西向きゃ尾は東」ではなかったかと・・・

http://www.geocities.co.jp/AnimalPark-Tama/3607/ …
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この回答へのお礼

 いささか脱線して、こんな本まで発見してしまいました。
 
── 中野 孝次/如月 小春/黒鉄 ヒロシ・共著
《犬は東に日は西に 199910‥ 清流出版》
http://www.bk1.co.jp/product/1703315

お礼日時:2006/11/09 14:56

 それぞれの文言は、その後に「~ある」と詠むべきで、「沈む(又は昇る)」ではありませんね。


 「月が東から昇る頃、日は西に沈んでいる。もう夕刻なのだ。」といった所でしょうか。

 ちなみに、#1と#2は#3が出典です。
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この回答へのお礼

 すると「犬は東に、尾は西に」というパロディは誤りですね。
 「犬が東を向いても、尻尾は西に向かうとは限らない」と解釈すべき
でしょうか。

お礼日時:2006/11/08 00:32

 


太陽と同じように、あがり沈みの方向が少し違ってきますが、
 
おおよそ東からあがり西に沈みます。
 
私の過去質問に対して回答いただきましたものを参考に貼り付けておきます。
 
http://virus.okwave.jp/kotaeru.php3?q=2325740

参考URL:http://virus.okwave.jp/kotaeru.php3?q=2325740
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はにはにもとい「月は東に日は西に」ってのは, 「見たときにそっちにある」と言っているだけじゃなかったかなぁ? 「沈む」と言っている

わけじゃないと思う....
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地球では


月は東から昇り、太陽は西に沈む。
この世の永遠です。
昼に月が昇っている場合もありますし、夜に月が出ていない場合もありますが、これは、時期によるもので東から昇り、西に沈みます。
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Q月はどちらの方角から昇るのでしょうか

太陽が東からのぼり西に沈み、月は反対かと思っていましたが、どうも間違いのようです。月はどの方角から昇るのでしょうか。

Aベストアンサー

もう既に回答が出ている様に、現代の感覚では月は東から昇るのですが、
文学などで、月が西から東へと動いて行くような表現が良くあります
ので、それをそのまま受け取って混乱されているのかもしれません。

月は、日周運動では東から西へと動きますが、約30日(朔望月 約29.53日)
かけて西から東へと公転していますので、一月程度の期間でみると
星々の間をゆっくり東へと進んでいるようにも見えます。

平安の貴族などはこの様子をみて、月は西から昇ると表現した、
と言われています。

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q 月はどっちに出ている? 

 同僚のタクシー運転手が道に迷えば、月の位置で場所を教える業務は、
ほんとうにありますか? 季節の変動や、雨の日はどうするのですか?
── 崔 洋一・監督《月はどっちに出ている 19931030 J・MOVIE・WARS》

Aベストアンサー

月の形(月齢)と時刻が判れば、その時の月の位置(方角)は判ります

太陰太陽暦を使用していた江戸時代では常識でした
1日:新月 太陽とほぼ同じ位置
7日:上弦 太陽より約6時間遅れ
15日:満月 太陽が沈むと月が昇る(12時間遅れ)
23日:下弦 太陽より約6時間先行
で 太陽の位置と時刻から方角を知る方法と同じ方法が使えます
季節は関係有りません

曇りや雨の日でも、雲が厚くなければ月の位置はわかる場合が多いです
雲が厚くなると判りにくくなります


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