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先月親父が死にました。
親父は76歳でした。まだ意識もあって外も歩けた頃に、二人で近くの喫茶店に行き話しをしたのです。その時にふと、今となっては内容は思い出せないのですが、親父が自分の人生には後悔が多いみたいな事を言ったのです。
その後意識があまりなくなり病院のベッドで寝ている親父は、目が悲しそうに見えました。
そのまま普通の会話はできずに親父は逝ってしまったんです。
結局のところ親父は幸せな人生を送ったのだろうか。
僕は今26歳です。今まで恋愛が終わった時とか、仕事で失敗した時などいろんな状態から立ち直ると言えば大げさですが、自分の気持ちに整理をつける方法はありました。
でも今回は少し難しいです。
親父が最後の方は何を考えていたのか、それは誰にもわからないって事はわかるのですが、なんだか解けない問題をずっと考えてるようで複雑な心境です。
時々思い出すと、たまらなく悲しくなる時があり、涙が勝手に出ててしまいます。
人は必ず死ぬし、親父が死ぬのは半年前からわかってました。
その時は自分の気持ちを整理できていたと思っていました、でも違ったみたいです。
おそらく時間が解決するのだろうと思いますが、それまでにいろいろな方の意見を聞かせて欲しいと思い投稿します。

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A 回答 (6件)

私が27歳の時、父は自殺しました。

63歳でした。

私と弟は郷里を離れており、母と二人暮らしで、父も母もまだ仕事が現役でした。
そのため、母が休日に仕事で出かけたすきに、うつ病での発作的な自殺をしました。
遺書もありませんでした。

私と弟は「心配をかけてはならん」という母の意志で、何も知らずに東京で生活していました。
電話して「お父さんは?」と言っても、いつも「もう寝たから」との返事でした。
盆暮れには必ず帰省しましたが、やせてはいたものの、持病の糖尿病が
かなり悪くなっているということには気づきませんでした。

亡くなる3ヶ月前に、家族旅行をした時、私は胃腸をこわし、吐いてばかりいました。
やせ衰えた父に「大丈夫?」と言われたのが、最後の会話でした。

いつも酔っぱらって、私たち姉弟が世話をしていた父。
当然両親は不仲で、父は愛人を作り、私たちに超支配的だった母。
父の葬式で私が泣いていると、「みっともないから泣くな」と言った母。

私は、母のことをずっと憎んできました。でも、母がああなのは父のせいだと気づいた時、
もう父はいませんでした。
しばらくは、なぜ、私の疑問に答える前に勝手に死んだのか、と怒りの感情がありました。

ですが、そのあと、よく夢に出てくるようになりました。お酒を飲んでいない時の、陽気な父です。そういう時の父は大好きでした。
その頃は、思い出しては泣いてばかりいました。
でも、だんだん、生前よりも、今の方が、近くにいてくれる気がしてきました。

もう10年たちました。今でも涙は出ます。後悔もあります。
でも、今は、本当に、私の中に、私の上に、父は生きていて、見ていてくれる感じなのです。
宗教的なことではなく、感覚なのです。

先月、父の母(祖母)が亡くなりました。95歳、父の死からちょうど10年後でした。
父の葬式の時、その3年前につれあい(祖父)を亡くし、
そして次男(父)を亡くした祖母は、
「行きたいけど、お迎えが来んでの~。わしの席も空けといてくれやあ」と
悲痛な声で言っていました。
ある意味、親が先に行くのは当たり前で、その逆がどんなに辛いか、身にしみました。

あなたは、お父さんがお年を召してからできたお子さんなんですね。
さぞかし、可愛かったことでしょう。
時間があれば、もっと話したいと思われていたでしょう。
喫茶店で話されたということ、大事にしてください。
私は、それをも台無しにしてしまいました。

親しい人が亡くなった時、普通の状態に戻るまでには、誰しもが通る一定の道があるといいます。
よく覚えていませんが、まず驚き→嘆き→怒り→自己嫌悪→浄化→回復、だったか・・・。
ですから、泣く時は泣けるだけ泣いてください。
私も頻度は減りましたが、これを書きながら、久々に泣いています。

長々しく、支離滅裂ですみません。
これからも、お父さんのことをいろいろ考えてあげてください。

この回答への補足

今回の投稿についてですが、
教えてgooの趣旨に反するのではないかと思われますが、どうしても「良回答」という限定ができず、かといって「該当無し」というのは皆様に感謝している私の気持ちからまったく遠く、どうすればいいか悩んだのですが、やむなく「該当無し」を選ばざるをえなかった事を御理解下さい。申し訳ございません。

補足日時:2002/06/24 11:41
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この回答へのお礼

皆様、本当にありがとうございます。
まとめてお礼をするという非礼をお許し下さい。

親父の死ぬ2週間くらい前から、医師から聞いてはいましたが、聞かなくてもわかったのです。人があんな状態で何日も生きられるわけがないと、一目見ればわかれます。その時の親父の顔が時々目に浮かんできます、それも苦しかったんです。

でも、皆様の下さった回答を何回も何回も読みました。
気持ちに整理をつける必要はないのですね。
今までの、親父に対する感謝の気持ちや、教わった事などと一緒に悲しみも自分の心に抱き続けてゆけばいいのだろうかと思うようになりました。

親父の人生は後悔だらけのものではないはず、どちらか一方だけの人生は存在しないという言葉、大事にします。

この場は皆様にお礼を書くという場所なのに、
言葉がうまく出てきません。
感謝なんて言葉では書き表せません。

とても辛い思いを抱いてる皆様なのに、あえてその事を書かせてしまうような投稿をした事、申し訳なさで一杯です。
それでも泣きながら読ませていただきました。

こんなに優しく、暖かい言葉をかけていただけるなど、思っていませんでした。
このことは忘れられません。

皆様、本当にありがとうございました。

お礼日時:2002/06/24 11:38

私が20歳の時に、父を心筋梗塞で亡くしました。

59歳でした。

当時は父親とほとんど話をしない状態でしたが、亡くなった日は、私が仕事で東京に向かうため、車で送ってもらう予定でした。父はと言うと免許の更新に行く予定でした。

私はまだ寝ていたのですが、突然の大声「痛てー!」と言う声で起こされました。そのまま胸をおさえ、いびきをかきはじめ救急車で病院に運ばれたのですが、そのまま助かることはありませんでした。

糖尿病で治療をしていたのですが、こんな風になるなんて夢にも思いませんでした。
父への態度があまりにもひどかったと、何度後悔したかわかりません。
もうすぐ8年になりますが、今でも思い出すと涙が出てきます。(自分のことですみません)

kraftさんも悲しい時は思いっきり泣いてください。そして、何かある毎にお父様のことをみんなで思い出話をしてください。思い出してもらうことが一番嬉しいことだと私は思っています。

喫茶店で話をされるなんてとても素敵です!たとえお父様が、後悔が多いとおっしゃっていたとしても、話ができて嬉しかったはずです、きっと・・・。

気持ちの整理はそのうちに、ぐらいの気持ちで良いのではないでしょうか。
いつもお父様が見守ってくれていると思いますよ。
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 悲しいですよね。


 自分の気持ちの整理なんて簡単に出来ませんよね。
 私の父は2年前、63歳で亡くなりました。
 その日は、いつものように仕事から帰って来て庭いじりをしている最中に突然胸が痛くなり・・・ 普段病院なんて行ってなかったのに。
 私は仕事(消防)していたんですが、妻の車に乗せられて私の所に連れてこられました。(消防が病院の途中にあったもんで)
 すぐに車に乗り込みましたが、意識は無く呼吸もありませんでした。
 救急車に移す時間がもったいなかったので私が乗り込み心肺蘇生をしながら病院まで(約1分)行きましたが病院に着いた時には死亡確認がされました。
 状況が飲み込めず母と一緒にボー然としていました。
 何がなんだかどうして死ななきゃならないのか?理解出来ませんでした。
 父は自分で車に乗り込んだ後、消防までの1~2分の間に亡くなったようですがもし救急車を呼んでいれば?私の処置が悪かったのでは?など後悔ばかりですが、先月3周忌が終わりました。
 気持ちの整理なんてついてないですよ。 
 いつもワンカップの焼酎を持ってお墓で一人語らいながら泣いてます。
 最近は気持ちの整理をつけるんじゃなく死んだことを受け止めて今までに教えてもらったことを思い出して自分の生き方にプラスしていこうと考えるようにしています。
 私の父も自分の人生は後悔ばかりで良いことなんかなかったとよく言ってましたが、私から見ると結構好きなことやってて楽しかったんじゃないかなーと思ってます。
 長々と私の勝手なことばかり書いてすいませんでしたが元気をだして頑張って行きましょう。 
 
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17歳の時に親父を亡くしました。


温かかった親父の身体が徐々に冷たくなっていき、その体に触れつづけることで、「死」というものを理解し、受け入れました。

あなたは、お父さんが人生について後悔めいたことをしゃべったことを気にしておられるようですが、誰の人生にも後悔と充実は同居しているものです。どちらか一方だけの人生なんて存在しないのです。

先日テレビを見ていたら「子どもは神様からの贈り物。真冬の庭に咲くバラのようなものだ」という台詞がありました。

お父さんの死を悲しみ、それをどう受け入れようかと悩むあなたがいる限り、あなたはお父さんにとって「冬のバラ」で会ったことは間違いありません。

あなたや家族の存在が、どれだけお父さんの人生を支えたことでしょう。どれだけの幸せをお父さんにもたらしたことでしょう。

大変でしょうが、がんばってください。お父さんの願いはあなたの幸せです。

実は昨夜、不思議な夢を見ました。親父が夢の中に出てきました。ぼくはその親父を背負って、あちこちを案内しました。
うれしそうな親父をみて、ぼくもうれしかったです。何かしら、親孝行をやっとできたみたいに。

親父は見守っていてくれます。
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息子と2人で喫茶店に行くなんて、素敵な思い出ですね。


お父様、きっと嬉しかったでしょう。今までの自分のこと、ふと話したくなったのだと思います。
身寄りもなく、ひっそりと一生を終える人もいます。
お父様はあたたかく見とられて逝かれたのだと思います。
優しい息子さんにも恵まれて。
お幸せそうで涙が出る思いです。
死は遺されたご家族にとっては地獄のように出口のない苦しみですよね。
でも、本当は死っていうのは苦しいところに行くものではないし、迷信は私も嫌いなのですが、宇宙の空間に塵のようになって戻っていくのだと思います。
生物的に言えば、生き物として伴侶を持ち、子孫を残せたことこそ、その生命には大きな意味があったと言えるでしょう。
子どもを作って、自分の行き方を託して逝かれたお父様。
失敗や後悔があるなら、あなたの人生で修正すればいいんです。
お父様のDNAがそのように受け継がれるのって凄いことですよ。
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私の父も3年前に83歳でなくなりました。

40代のころ、心筋梗塞で”チアノーゼ”状態になり 『身内を呼んでください~』と医者にいわれたのですが 奇跡的に持ち直し 残りの人生を自分らしく まっとうしてなくなりました。

6人兄弟の末っ子の私ですが 父の死から4年になろうとするのに 今だ心の整理が出来ない状況です。思い出せば 涙がこぼれて仕方ありません。
私の人生は、これからは余ろくの人生ともかんがえます。
寂しくてたまりません。 生きているときは口やかましくて非常に厳しい父でしたので 居ない方がいい~とよく思いましたが 今 寂しくてたまりません。

父のすんでいた家に足を向けることも出来ない私がいます。
親離れはすっかり済んでいるのに??寂しくてたまらない・・親孝行をしてもし足りなかったことを後悔しています。

心の整理は 時が解決とは言いますが こればっかりは どうしょうにももないようです。
お墓参りもさみしくなって いけない自分なのですが 先日 父の大好きだったビールをもって墓参りに行ってきました。生前に自分で墓まで建て じぶんはココにいれてくれと 何から何まで自分でしきって あっさり なくなった父の姿に寂しさとともに 人間としての行き方を学んだ気がしています。周りに迷惑を掛けることなく 言ってしまった父ですが ”お見事~”って感じました。

あえないのはとても辛いし寂しいですが いくら叫んでも 頼んでも 戻ってきません。( 悲しいかな~) 父の思いを自分に置き換えてくいのない人生を送ること・・それが父に対しての供養だと思っています。

私の場合は 49日までは そばに居るような感覚があり 49日たったら そういう感覚が全くなくなりました。なくなった親類にあえたんだって 思うようにしています あちらの世界で楽しく暮していると思うしかないと私は思っています。
だって それ以上は わからない世界なのですから・・自分が 今度会えるときがきたら 『 お~元気だったかっ~ って 本当に再会したい~』ビールを一緒に飲みたいものです。 そういう世界があると思わないと悲しくてやってられないでしょうね。 人生は短いです。 年齢も重ねるのも年とともに早くなります。
くいのない人生を送ってください。それが 貴方のお父様への供養と考えていかれることをお勧めします。 (*^_^*)
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Q父が亡くなり、心にぽっかり穴が・・・

父が亡くなり、悲しくて心にぽっかり穴があいてしまっています。

4月3日に、父ががんで亡くなりました。
私はひとり暮らしで、実家も電車で30分くらいの距離にあります。
父が元気だった頃は親子関係は良かったものの、父が無口だったせいもあり、あまり実家に帰っていませんでした。
父のガンがわかったのは昨年12月で、それ以来家族3人(母、弟、私)でできる限りそばにいて看病をしました。こんなに一緒の時間を過ごしたのは成人して以来初めてで、父も母に「子供達は本当によくやってくれる」と言ってくれていたようです。

その父もとうとう天国へ行ってしまいました。
それ以来、私は心に穴があいたようで本当に辛く、悲しく、まだ信じられない気持ちです。
離れて暮らしていたので、今でも実家に帰ったら父がいるようで・・・
父の事を思い出して、いつも泣いています。

母は一人暮らしになったので、私よりもっとさみしく感じていると思います。(弟も実家を出ています)
母親を励まさなくてはいけない私が、こんな感じでいいのか情けないです。

このどうしようもない気持ちは、時間が経てば少しずつでも癒されていくのでしょうか?
今はただただ辛いです。

父が亡くなり、悲しくて心にぽっかり穴があいてしまっています。

4月3日に、父ががんで亡くなりました。
私はひとり暮らしで、実家も電車で30分くらいの距離にあります。
父が元気だった頃は親子関係は良かったものの、父が無口だったせいもあり、あまり実家に帰っていませんでした。
父のガンがわかったのは昨年12月で、それ以来家族3人(母、弟、私)でできる限りそばにいて看病をしました。こんなに一緒の時間を過ごしたのは成人して以来初めてで、父も母に「子供達は本当によくやってくれる」と言って...続きを読む

Aベストアンサー

はじめまして。
同じような境遇なので思わず返信しています。

私の父も、昨年の4月に他界しました。膵臓癌でした。
こうして返信を打ってはいますが・・私もまだ、父が居ないことが信じられないでいます。
実家に帰れば仏壇もあるし、父の葬儀や納骨も見たはずなのに。
それなのに、まだ父に逢えるような気がしています。
時々、「逢いたいけど逢えない」現実に苦しくもなります。
逢えないことが分かっていても、もう1度だけ逢いたいと思います。

私も、亡くなって毎日、何ヶ月も泣きました。
今でも泣きます。・・今も、泣いています。
悲しくて苦しくて、どうしようもない日もあります。
だって、大切な大切な父親です。
優しい優しい、大好きな父親です。

でも・・・
こうして父が亡くなって1年経ってみて。
悲しみは癒えないけど、苦しみはまだやってくるけど。
それでも、父との思い出を思い出したり、
父ならどう言うか、どう振る舞うかと考えてみたり、
今年も父の誕生日を皆でお祝いしたり・・・
ちょっとした拍子に父を思い出し、
母や妹と「お父さんは〇〇だったね」と話したりしています。
そして最近、これがいつまでも心の中で生き続けるということなんだと気付きました。

父は色褪せません。
いつも優しく心の中にいてくれます。
父が亡くなり1年が経ち、泣く日もあるけど、思い出に笑う日もあります。

きっと質問者様のお父様も素敵な方なんですね。
最期まで看病出来て、親孝行が出来ましたね。
ああしていればよかったと後悔がもしかしたら出てくるかもしれません。
私は、未だに後悔の念に苦しむこともあります。
でもその時はそれで精いっぱいやったのだからと、言い聞かせています。
そして心で父に謝っています。

ただただ辛いお気持ち、本当によく分かります。
でも、質問者様のお父様も、質問者様の心の中、記憶の中で生き続けていますよ。
今は思い出すことすら辛いかもしれませんが、
きっとその思い出が愛おしく、忘れたくなく、思い出したくなる時が来ます。

なんだかちっともアドバイスにも答えにもなっていませんが・・・
質問者様が今はただただ辛くて当たり前で、
でも、今の私は父を亡くした頃よりは元気に過ごせるようになっています。
父を忘れたのではなく、父と一緒に生きているから。

すみません、こんなことしかお伝え出来ませんが・・・
お父様も質問者さまも、ひとまずは本当にお疲れさまでした。

はじめまして。
同じような境遇なので思わず返信しています。

私の父も、昨年の4月に他界しました。膵臓癌でした。
こうして返信を打ってはいますが・・私もまだ、父が居ないことが信じられないでいます。
実家に帰れば仏壇もあるし、父の葬儀や納骨も見たはずなのに。
それなのに、まだ父に逢えるような気がしています。
時々、「逢いたいけど逢えない」現実に苦しくもなります。
逢えないことが分かっていても、もう1度だけ逢いたいと思います。

私も、亡くなって毎日、何ヶ月も泣きました。
今でも泣きます...続きを読む

Q父の死から立ち直りたい

父が末期癌で亡くなりました。
一周忌法要がようやく終わりました。
一年前良く泣いていましたがそれも収まっていましたが一周忌になり桜をみてあの頃の長いような短いような闘病生活が昨日のことのように思い出してしまいます。
最近は涙もろくなり思い出すだけで涙が止まりません。
うつ病にもなりました。

もっと強くなりたい。
死から立ち直りたい。
でも泣いてばかりの毎日です。
あの時ああしていれば、こうしていればなど後悔ばっかり残っています。

どうやって肉親の死から立ち直る、受け入れればいいのでしょうか?
同じような体験を経験した人のアドバイスがあれば助かります。

Aベストアンサー

8です。
そうですね、書くこと以外では、乗馬などは現実的に良い療法とされていますね。

療法のなかでは、やはり丁寧にことばにするというのは、特別です。
けっして、反省や内面を書くのではなく、
簡単な心の動きでも、丁寧にことばにする・言語化する作業です。
わかりにくいかもしれませんが、
確認すると集中ケアしてパイプがつながる、という心の働きを利用しているものです。

世界があたりまえの見方で見えなくなっている部分がありますから、
書くといってもなかなか言葉にできないわけですが、その嫌な感じや苦しい感じに直面することも意味があるんですね。

たとえば桜を見て悲しくなる場合、家族が桜の下ではしゃいだりしていれば、
穏やかな気持ちと、乱れた気持ちが突き合わされます。
チクっと葛藤があって、心が穴を修理しようと自然に動き出す。

しかし一人では、なかなかこのエンジンをかけられないです。
自分で確認するには、泣くことも必要だし、再確認も必要になります。
なんで俺は泣くのか、苦しいからだ、何が苦しいんだろう、
ただきれいに咲いているのがやりきれない、
いつか平和な気持ちで花見ができるようになるんだろうか、
と、たとえばですが、少し書き留めておくと、
二度これを同じ強さで味わうことがなくなります。心は同じ強さを繰りかえさない。健康な状態ではそうです。

書くこと以外では、確認ではなく、習慣的な力を使って埋めるという作業もあります。
禅寺のような掃除洗濯炊事の繰り返しを、一日一定のリズムでできれば効果的ですが、
はっきり言って自力で日常にこれをするのは難しいです。修行や、行動療法でもない限り。。。

心を他の命にあずけるという方法もありますね。
乗馬はその好例です。犬も似ています。
出産や育児で安定する場合がありますが、相手が馬や犬のように同調しないので、大変な面もあります。

あとは、生活の中でできるのは、料理と睡眠でしょうか。
料理は、新鮮な材料を目や鼻で選び、手で触り、調理の過程を踏んで、味わうところまで、自分で行います。
生のエネルギーは、新鮮な食べ物にはまだ酵素として残っており、摂取することで体の生命力を補ってくれます。
食材に触れて、死のそばから離れるということだけでも、軽くなるものがあるのは確かのようです。

眠れないときは、薬に頼って寝てください。眠ることは一番大切です。
そして、深くゆっくり息を吐くような呼吸は、心が強くしなやかになります。
脳と体にかかった負担が取れるためです。

8です。
そうですね、書くこと以外では、乗馬などは現実的に良い療法とされていますね。

療法のなかでは、やはり丁寧にことばにするというのは、特別です。
けっして、反省や内面を書くのではなく、
簡単な心の動きでも、丁寧にことばにする・言語化する作業です。
わかりにくいかもしれませんが、
確認すると集中ケアしてパイプがつながる、という心の働きを利用しているものです。

世界があたりまえの見方で見えなくなっている部分がありますから、
書くといってもなかなか言葉にできないわけですが...続きを読む

Q親がある日突然死んだショックを引きずっています

去年母を亡くしました。父はすでに死んでいるので私は一人暮らしになりました。
ある日突然死んだので、心の準備ができておらず、今でもつらいです。

母が入退院を繰り返すなどしてたら心の準備もでき、母の死を受け入れられ、悲しみや寂しさも時間とともにやわらいでくると思います。突然死だったから辛いのです。それまでふつうに暮らしてたのに
ある日突然倒れ、そのまま死んでしまいました。70代でした。

私は独身男性ですので「お嫁さんをさがしたら?」と言う人もいますが、そう簡単に結婚相手が見つかるものではありません。

今でも時々母を亡くした悲しみや寂しさに襲われ、胸が締め付けられるような辛さを感じたり、うつ状態になることもあり病院で相談して薬を出してもらっていますが、それでもどうしようもない辛さに襲われることがあります。

「予測できる死」と「突然死」では同じ死でも悲しみの度合は違うと思いますか?

親の突然死の悲しみをやわらげるいい方法はありますでしょうか?

Aベストアンサー

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃないかなと思います。それでも貴方が現在おいくつか分からないですが、少なくとも20代、30代で両親を亡くすというのは普通じゃないことですし、「予測できる死」と「突然死」という死の基準よりも、死という現実を受け入れる年齢が、「早いのか」、「遅いのか」ということ。

親が死ぬと言うことは誰でも経験することではありますが、実際若い身空で親の死を経てフラットになった時、何にもない自分に喪失感が出てくる気持ちは非常によく分かります。

結論からいいますと22歳の私はその踏ん切りつまり親の死を乗り越えたと、自分で思えたのは26の頃でした。質問者さんと同じく22ぐらいの時にはわかったような口を聞く大人に「はやく結婚すれば?」と言われました。結果、26で結婚しました。そのとき初めて肩の荷が降りる思いでした。

19の頃は絶望感ばかりがあり22の時にその加速度が増しました。大学もやめ、バイトをしながら親の貯金を食いつぶし、親が残した有り難くないコトを整理して俺が何をしたっていうんだよ!って毎日思ってました。23、4のとき就職をきっかけに地元を離れ違う土地へ行き、それこそ色んな年相応のことを経験してに両親のことに対して前向きな諦めをつけた瞬間に彼女が出来て、すぐに結婚~という流れになりました。ただし結婚して全てのことが払拭されたわけでもなく10年経っても未だ悩みはつきません。
だけど、自分の経験したことは確実に同世代にはない経験でしたし、自分の友人らにもし突然のことがおきても冷静に対応できるだけの能力は備わったと思っています。

できれば10年前の絶望感ばかりだった自分に今、まともに生きていることを教えてあげたい。

質問者様へも私自身、早く結婚しろとはいいませんが、今すべきこと、10年後のよりカッコいい自分を想像してみてはいかがでしょうか?そのために今自分がなにをすべきなのかが見えてくると思います。
それが答えです。

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃ...続きを読む

Q母が父の死から立ち直ることができません。

母が父の死から立ち直るにはどうしたらよいでしょうか。
皆様のお知恵をお貸しください。

昨年の春に父が定年を間際にして急逝しました。
母は父の定年後に二人で一緒に旅行に行ったりすることを楽しみにしていたようで、父の死に大きなショックを受けたようです。
(もちろんみんなショックを受けましたが。)
私も弟も結婚して別の家に住んでいるため、それ以来母は一人で生活していましたが、父への依存が大きかっただけに父がいない生活に耐え切れなかったようで、うつ病になってしまいました。
私は夫の仕事の関係もあり、母が住む実家から約60km離れた場所に住んでいるため、あまり頻繁に会いに行くことはできないのですが、時間を作って週末に会いに行ったり、ときどき我が家に泊まってもらったり、毎日電話をかけて話を聞いたりとできる限りのことはしているつもりです。
それでも寂しさを紛らすことはできないようで、会ったり話したりするたびに寂しいという言葉を口にします。
本来ならば家族である私か弟が母と一緒に生活してあげるべきなのだとは思いますが、私は嫁いでいる身ですし、幼稚園に通う子どももいるので、そう簡単に実家に帰るわけにはいきません。
弟も実家から少し離れたところに住んでおり、将来的には実家を弟が継ぐことになっているのですが、今の家から実家に戻ると通勤時間が10分から1時間半になってしまうことと、実家が今の家よりも田舎にあり子育てに不向きな環境だと考えていることから、実家に帰ることに消極的です。
母も、弟が不満を抱きながら家に帰ってきても毎日文句を言われたりして居心地が悪いだろうと考えているようです。
母が実家と土地を処分して家族のもとへ行けばよいと考える方もいらっしゃると思いますが、実家は先祖代々から守ってきた土地で、父の両親が他界したときに父がその土地やお墓を守るという約束で父の兄弟に相続を放棄してもらっているという事情があるため、勝手に処分することは許されないと母は考えているようです。
母も自立したいと考えてはいるようなのですが、やる気が起きないらしく、仕事などを始めても長続きしないようです。
(もちろん、がんばらなくていいということは伝えるようにしています。)
かといって何もしないで家で過ごしていると、どうしても父のことを考えてしまって落ち込んでしまうそうです。

ほんの少しでもよいので母が今よりも幸せな生活を送れるようになるためにはどうしたらよいでしょうか。
ご回答のほどよろしくお願いいたします。

母が父の死から立ち直るにはどうしたらよいでしょうか。
皆様のお知恵をお貸しください。

昨年の春に父が定年を間際にして急逝しました。
母は父の定年後に二人で一緒に旅行に行ったりすることを楽しみにしていたようで、父の死に大きなショックを受けたようです。
(もちろんみんなショックを受けましたが。)
私も弟も結婚して別の家に住んでいるため、それ以来母は一人で生活していましたが、父への依存が大きかっただけに父がいない生活に耐え切れなかったようで、うつ病になってしまいました。
私は...続きを読む

Aベストアンサー

レスありがとうございます。

例えば「趣味」です。
趣味とは、よほど大事なものなのです。よく加藤 諦三さんが著書で仰っております。
私は四十代男性ですが、二十代の頃、英会話サークル校で同席だった女性が、
「私の母は、歳を取った時困るから、寂しくなるから、だから趣味を持ちなさいって言うの。
だから私は英語を習いにきているの」と言っていました。
又、高齢者の施設等では、習字でもカラオケでも俳句でも絵でも「趣味」というものを重要視します。

「趣味」とは、要は「自分が好きなこと」です。「自分が好きなこと」とは、
例えば幼児にとっては「自分という存在の全て」に近いものです。

人のために生きる。そしてそれに区切りがつく時がくる。
その時、やはり「自分を支えるもの」が必要なのです。
元より真の自立の意味とは
「自分の力だけで自分を支えて立てること。自分の力だけで生きられること」であります。

そのために、趣味というのは時に、とても大切なものであろうと思うのです。
精神的な自立。自分だけで自分を支え立てること。これができないとしたならば、
厳しい言葉になりますが、それは「甘え」。或いは「依存(他者依存)」とも云えるのか、と。

しかし元よりお母様を責めるつもりは毛頭ありません。ご容赦下さい。
特にこの年代の方々は、趣味だとか言っている間もなく、ひたすらに自分のことを捨ててまで、
懸命にご家族のために生きてこられたのだと思うのです。ですからお母様は立派な方だと思います。

脳血管障害でも何でも、高齢になってそういう運命がやってきた。病気で倒れた。
そしてリハビリです。
例えばそんな時、自分を支えてくれるものは「趣味」であったりもします。
趣味である○○がやりたい。もう一度やりたい。この気持ちがリハビリの意欲となったりもするのです。

そんなことで、一つの具体的手段として、お母様に趣味を持つことをお勧めされるのも宜しいのかな、と。
或いはもし既に趣味をお持ちなら、それに一層力を入れるよう、手助けをして差し上げるのです。
そして、趣味というものの大切さを、さりげなく諭して差し上げるのです。

レスありがとうございます。

例えば「趣味」です。
趣味とは、よほど大事なものなのです。よく加藤 諦三さんが著書で仰っております。
私は四十代男性ですが、二十代の頃、英会話サークル校で同席だった女性が、
「私の母は、歳を取った時困るから、寂しくなるから、だから趣味を持ちなさいって言うの。
だから私は英語を習いにきているの」と言っていました。
又、高齢者の施設等では、習字でもカラオケでも俳句でも絵でも「趣味」というものを重要視します。

「趣味」とは、要は「自分が好きなこと」...続きを読む

Q家族の死を受け入れるには

家族が残り僅かな命を宣告されて、それを受け入れる事ができずに毎日泣いてばかり。
かなりの高齢、しかも寝たきりなのでそろそろ...とはわかっていたつもりでも、いざ直面するとその時が来るのが辛くてつらくて堪りません。

迎える死を受け入れる、気持ちの整理をつけるはどうしたらできるものでしょうか。

(いただいたご回答の返事は遅れるかもしれませんが何卒よろしくお願いします)

Aベストアンサー

私は両親をガンで看取りました。
だからあなたの辛さが痛いほどわかります。

何年たっても家族の死を受け止める事も出来ないし、ずっと無理だと思う。日常生活では「笑ったり、ご飯食べたり、普通に会話」もできます。でも、どこか心の中にいつも家族の死があります。心の闇というか、家族の死に関しては心が凍ったままです。

家族の死を受け入れるというよりも、余命宣告された家族へ今までの感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔でお見送りするしかありません。家族との一日一日を大切にし、旅立つ人が「この子は私が死んだらどうなるんだろう」とあなたを心配しないように泣き顔は見せない事です。

私の両親も娘の私を気遣い、辛い治療の泣き言は言いませんでした。末期の病気になっても娘を気遣う両親の気丈な姿を見て、愛しくて抱き締めたくて、一人になると泣いてました。私も辛かったけど、泣いてばかりだときっと両親は残された私の行く末を心配するだろうな…と泣いてる姿は見せないようにし、元気なふりして乗り切りました。旅立つ家族としては、自分の肉親が泣いてばかりだと「この子は自分が死んだあと一人で大丈夫だろうか?」ときっと心配したまま亡くなって、心残りになると思います。

私はガンと闘う毅然とした親の姿を見ていると、そんな親がとても誇らしく「自分も負けていられないな」と思うようになりました。その親の強い思いが、今の自分を支えているような気がします。ヘタレな私でしたが「親が子供にできる最後の教育」と思い、がん闘病中の親の姿が目に焼き付いて離れません。未だにその気丈な姿に勇気をもらってます。

私は、亡くなった人はきっと自分の生きざまを天国で見ていてくれる。あの世で再会したら「よく頑張ったね」と誉めてくれることを楽しみにして、毎日をすごしています。気持の整理なんて何年たってもできないけど、時々亡くなった人の気配を感じる時があります。だから「見守ってくれてるんだな…見ててね」と恥じない生き方をしようと思ってます。

受け入れる事はできないけど辛い記憶は時間が癒してくれます。ふと…思い出して涙する時もあるけど、きっとあの世で会えると…私は思うようにして毎日を生きてます。

私は両親をガンで看取りました。
だからあなたの辛さが痛いほどわかります。

何年たっても家族の死を受け止める事も出来ないし、ずっと無理だと思う。日常生活では「笑ったり、ご飯食べたり、普通に会話」もできます。でも、どこか心の中にいつも家族の死があります。心の闇というか、家族の死に関しては心が凍ったままです。

家族の死を受け入れるというよりも、余命宣告された家族へ今までの感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔でお見送りするしかありません。家族との一日一日を大切にし、旅立つ人が「この子は...続きを読む

Q家族の死をどう乗り越えたら?

2歳と生後6ヶ月の娘2人の母親です。

私33歳

三年前に、母親を末期癌で亡くしました。娘が産まれる半年前に
天国にいきました。

育児に追われる毎日の中、夜になると辛くなります。
抱かせてあげたかったなー
育児の相談したかったなー
子育てをする中で、さらに
親への感謝の気持が大きくなる中
親孝行できたのかな?なんて
思います。

まわりのママ友達が、産後実家に帰るーなんて話しを聞くと、羨ましく
思えたり、店で孫、おばあちゃん
娘さんと3人で買い物してる姿を目にすると、羨ましく思えたり。羨ましい気持ちを通りすぎ、悲しくなる事もあります。

旦那の親とは、あまり仲良くない為

やはり、お母さんがいたらなー
きっと、凄く孫を可愛がってくれたんだろーなと想像できます。

私は今の旦那と結婚するつもりだったので、末期癌と知って、旦那と話し、結婚式を早めて結婚式だけは
母親に見せてあげれました。
結婚式の10日後に天国にいきました。

今日6月11日、命日です。今日で
4年目に入ります。中々、今だに
受け入れれてないのか?

孫を抱かせてあげたかったなどと
叶わない事ばかりを思ってしまいます。

家族の死を経験した方、大切な人を亡くした方、どう乗り越えてきたか?アドバイスよろしくお願いします。

2歳と生後6ヶ月の娘2人の母親です。

私33歳

三年前に、母親を末期癌で亡くしました。娘が産まれる半年前に
天国にいきました。

育児に追われる毎日の中、夜になると辛くなります。
抱かせてあげたかったなー
育児の相談したかったなー
子育てをする中で、さらに
親への感謝の気持が大きくなる中
親孝行できたのかな?なんて
思います。

まわりのママ友達が、産後実家に帰るーなんて話しを聞くと、羨ましく
思えたり、店で孫、おばあちゃん
娘さんと3人で買い物してる姿を目にすると、羨まし...続きを読む

Aベストアンサー

私は今年33になりますが、数年前に父親を亡くしました。貴方のお気持ちがよくわかります。
私も折に触れあれをしてあげれば良かった、こんなことをしてあげれば良かったと思うことが多くあります。してもらうことばかりで何一つ親孝行らしきことは出来ませんでした。
独身ですので花嫁姿を見せてあげることも叶いませんでしたしね。
でも、亡くなる数週間前でしたでしょうか、世間話のような何でもない話を父としておりました時、何の脈絡もなく「私は、お父さんの娘に生まれて本当に幸せにおもっているのよ」と言いました。父も驚いておりましたが、(そんなことを言う娘ではなかったし、そういう場面でもなかったので)言った私が一番ビックリしました。驚いてはいたものの、あとから母が言うにはとても喜んでいたそうです。今でも父親を思いだし悲しくなる時には、それを心に浮かべ慰めにしております。
花嫁姿を見せて差し上げられたことは、何よりの親孝行だったと思いますよ。
年月が流れても悲しむ気持ちが消えるわけではないと思いますが、自分も年をとるわけで、悲しみも形を変えていくのではないでしょうか。
そして、自分が真っ当に人生を歩んでいくのが何よりの供養になるのではと思っております。
ご自分で築かれた家庭を大切になさることが、お母様もお喜びになることと思います。

私は今年33になりますが、数年前に父親を亡くしました。貴方のお気持ちがよくわかります。
私も折に触れあれをしてあげれば良かった、こんなことをしてあげれば良かったと思うことが多くあります。してもらうことばかりで何一つ親孝行らしきことは出来ませんでした。
独身ですので花嫁姿を見せてあげることも叶いませんでしたしね。
でも、亡くなる数週間前でしたでしょうか、世間話のような何でもない話を父としておりました時、何の脈絡もなく「私は、お父さんの娘に生まれて本当に幸せにおもっているのよ」...続きを読む

Q「死んだら無」ではないかもしれないエピソードを・・

母の死からもうすぐ100日になります。
母が亡くなった後、ヘルパーさんから不思議な話を聞きました。

ヘルパーさんのお母様が亡くなった後、百箇日位まで親戚の霊感がある人から、ちょくちょく電話がかかってきてお母様からのメッセージを伝えてきたそうです。
それは、ヘルパーさんの家の中の事で、遠くに住む親戚の人は知らないはず事ばかりでびっくりしました。
百箇日が近づくと、親戚の人に見えるお母様の姿もだんだん薄くなり、メッセージも減ってきたようです。
私の母と同じ病気で亡くなった方だったのですが、亡くなってすぐの様子は 入院中に出来なかった色々な事をして結構気楽にやってるよという話だったので、死んでも無ではないんだなぁ、母も病気から解放されて楽になったかな、ということが私の支えでした。

ホーキング博士の「死後の世界はない」という発言がちょっと淋しくて、でも博士もまだ生きているわけだしと思うのですが、
「無ではないかもよ」というエピソードを聞かせて頂いたら嬉しいです。

今回は、死後の世界があるかないかではなく、(生きている人にはわからないのだから)
「無ではないかも」限定でお願いします。

百箇日過ぎたら、より前向きに生きて行きますのでよろしくお願いいたします。

母の死からもうすぐ100日になります。
母が亡くなった後、ヘルパーさんから不思議な話を聞きました。

ヘルパーさんのお母様が亡くなった後、百箇日位まで親戚の霊感がある人から、ちょくちょく電話がかかってきてお母様からのメッセージを伝えてきたそうです。
それは、ヘルパーさんの家の中の事で、遠くに住む親戚の人は知らないはず事ばかりでびっくりしました。
百箇日が近づくと、親戚の人に見えるお母様の姿もだんだん薄くなり、メッセージも減ってきたようです。
私の母と同じ病気で亡くなった方だったので...続きを読む

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うちのじいちゃんが死んだ時。。。

霊感の強い従兄の子が、葬式で「あそこにじいさんいるよ」と言っていた。
自分は霊とか信じないタイプだから「ふ~ん」って流していたけど、その従兄の子は、葬式までうちに来た事がなかったんだよね。

んで、じいちゃんが生前、部屋の出入りに使っていた窓があったんだけど、そこから出入りしているよ~と従兄が教えてくれたのには驚いたよ。

そこの窓から出入りしているのを知っているのは、うちの家族だけ。。。
どう見ても、通常は出入りに使うような窓ではないから、従兄が知る訳ないんだよね。
「マジで。。。?」と思ったけど、それを聞いたうちの父ちゃんは「そうか、じいさんが歩いているか。。。」と嬉しそうにしていたよ。

うちのじいちゃん、死ぬ時はもう歩けなかったからね。
死んでから、膝の痛みも無く、歩けるようになったんだな~と思ったな。

怖い幽霊とかは見たくはないけど、家族とか「もう一度会いたい」と言う人であれば、幽霊でもいいから会いたいと思うよね。

Q死んだ親を思い出して寂しく思う時はどうしたらいい?

数ケ月前、母を亡くしました。父はすでに亡くなってるので私(男です)は天涯孤独になりました。

もともと母と私は別居してましたが、母は体調を崩すことがあったので、母のことが心配になり母と二人で同居してました。

母とは喧嘩することもよくありましたが、母と私は仲は良かったです。

しかし、ある人に「いい歳を男が母と仲が良いだなんて甘えてる」と言われたことがありショックを感じました。
甘えてると思いますか?

あと世間の人は死んだ親を思い出して寂しさを感じたとき、どうやってその寂しさを紛らわしてるのでしょうか?

(結婚したら?という人もいますが、当面は結婚する気にもなれないのです。)

Aベストアンサー

こんにちは。
色々皆さんが回答されてるので僕はひとつだけ。
気を紛らわすのはいいですが、やはり強くなるのが一番かと。
あなたの周りの友達や同僚、後輩や部下、上司でもかまいません。
あなた体験談を聞かせてあげてみてはどうですか?まだ、親が生きているうちにやるべき事、後悔しないようにした方がいいこと。
聞いたほうは煙たがるかもしれませんが、なかにはそれを聞いて人生がかわる人もいるかもしれない。
決して恥ずかしいことではないですよ。
みんな頭ではわかっていても親孝行とかなかなか出来ずに後悔してしまいます。それを背中を押してあげるようになれば、あなたはきっと強くなっていくし、そんなあなたを見てる両親はきっと誇りに感じてると思いますよ。
あなたは優しい人です、みんなにもその優しさを…
長くてごめんなさい!

Q親の死を乗り越えたものの、無気力。

親の死を乗り越えたものの、無気力。

32歳男性です。よろしくお願いします。今年の初めに母親を亡くしました。勿論当時は身を切られる辛さでしたが、仕事が多忙だったこともあり、苦しみながらも一番辛い時期は何とか乗り越えることができました。

しかし、初夏に入り仕事も少し落ち着くと、張りつめた糸がプツンと切れた様になり、いわゆる無気力状態になってしまいました。それまでの疲れが出たこともあるのですが、仕事でもつまらないミスを連発するようになり、明らかに自分でも覇気がないと実感でき、また人付き合いも悪くなりました。

軽い夢遊病のような状況です。一番苦しい時期に悲しみを堪えてふんばらなければならなかったこともあった反動なのか、喜怒哀楽の感情が上手く制御出来ていない感じがし、頭には常にモヤがかかったような状態です。行動にせよ言動にせよ、以前と比べて明らかに”芯が通っていない”と感じます。

はた目から見る分には正常のようですが、このような状態が続くとマズいな、とは感じます。

どうしればようでしょうか?もし似た様な状況を克服した方がいましたら、何か良い方法を教えて下さい。
よろしくお願いします。

尚、多忙のためお礼が遅れてしまうかも知れません。ご了承下さいませ。

親の死を乗り越えたものの、無気力。

32歳男性です。よろしくお願いします。今年の初めに母親を亡くしました。勿論当時は身を切られる辛さでしたが、仕事が多忙だったこともあり、苦しみながらも一番辛い時期は何とか乗り越えることができました。

しかし、初夏に入り仕事も少し落ち着くと、張りつめた糸がプツンと切れた様になり、いわゆる無気力状態になってしまいました。それまでの疲れが出たこともあるのですが、仕事でもつまらないミスを連発するようになり、明らかに自分でも覇気がないと実感でき、また...続きを読む

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お察しします。
わたしも仕事は割とちゃんと、しっかりやったつもりですが(当時のわたしの仕事は量が多いだけで内容は簡単なものだったのですが)、人間関係には波のような周期というか、得意な時期と不得意な時期が来ました。すっかり治ったのは・・・そうですね4年位かな。
もともと女性で喋り好きですし、表面的には何もおかしくなかったと思いますけどね。人間「関係」というより、自分の感情表現ですよね。そのコントロールがおかしくなるの、もう、自分のことのようによくわかります。真面目なかたなんでしょうね。いっしょです。

一人で、好きなだけ、泣き通す時間が必要でした。

で、それは、今だったら、もうすっかり正常なので、ちょっとした、ニュースとか、写真とか、音楽、美術、なにかちゃんとしたものにふれたとき、すぐに来ますけど、(ニュースを見たらすぐ泣けるという意味です)

当時は、まとまった時間、集中出来る環境がないと、なんかとにかくぜんぜんダメでしたね。
「今、そのモードじゃない」という感じでしょうか、切り替え「しちゃならん」と思ってるからか、切り替えスイッチ、入らないんですよね。

わたしの場合は、死んだ家族と、同居の家族のほうが、ある意味、立ち直りが早くて、
わたしのほうがついて行けなかったです。それもものすごくつらかった。時間のたちかたが、ひとりひとり、違うんですよね。本当に違います。もうそれはどうしようもない。

なので、一人暮らしの、一人の部屋で、「もう帰省した」とか「旅行中」とか、友人や彼氏に嘘をついて、ひとりになりきりました。買いだめして。ちょうど、夏休みとか冬休みとかの長い企業だったので。

やっと集中出来て、モードに入ると、もう、あきれるほど、何時間でも、泣けるんですよ。
びっくりです。

それで徐々に治った感じですね。

参考になれば。

お察しします。
わたしも仕事は割とちゃんと、しっかりやったつもりですが(当時のわたしの仕事は量が多いだけで内容は簡単なものだったのですが)、人間関係には波のような周期というか、得意な時期と不得意な時期が来ました。すっかり治ったのは・・・そうですね4年位かな。
もともと女性で喋り好きですし、表面的には何もおかしくなかったと思いますけどね。人間「関係」というより、自分の感情表現ですよね。そのコントロールがおかしくなるの、もう、自分のことのようによくわかります。真面目なかたなんで...続きを読む

Q父が亡くなりました。この悲しみを夫は分かってくれず冷たい・・・

父が亡くなりました。この悲しみを夫は分かってくれず冷たい・・・

初めて質問させていただきます。
小さな子持ち主婦です。

3週間ほど前に父を亡くしました。
これまで身辺整理などで忙しく気が張っていたため精神的にはもっていました。
(夜は毎日泣いていますが。)

最近、やっと落ち着いて父のことをあらためて考える時間ができるようになったため、自宅で泣いてしまうことが多くなりました。
(実家は自宅から割りと近くにありますが、実家にいるとき母の前では泣かないようにしています。)

また最近では精神的にまいってしまっているため、体調が思わしくなく横になることも多いです。

夫は家事などを負担してくれ協力的であることには大変感謝しているのですが、気が強く
「泣いてもお父さんは喜ばない」
「笑って生活することが供養になる」
という考えで、亡くなった直後は泣いたもの現在は平素と何ら変わりない生活をしており、私の悲しみを理解できないようです。


そして
「また泣いているのか」
「しっかりしろ」
「だらだら横になっているなら実家に帰って休め」

といわれたことから、私が
「本当の両親でないから分からない」
「どうしてこんな時くらい優しくしてくれないのか」
とキレてしましました。

そんな経緯で現在夫婦関係はギクシャクしています。

取りとめもない質問になってしまいましたが、夫に私の気持ちを少しでも理解してもらうにはどうしたらよいでしょうか?

また私はどのように夫に接していったらよいと思われますでしょうか?

どうかアドバイスのほどよろしくお願いいたします。

父が亡くなりました。この悲しみを夫は分かってくれず冷たい・・・

初めて質問させていただきます。
小さな子持ち主婦です。

3週間ほど前に父を亡くしました。
これまで身辺整理などで忙しく気が張っていたため精神的にはもっていました。
(夜は毎日泣いていますが。)

最近、やっと落ち着いて父のことをあらためて考える時間ができるようになったため、自宅で泣いてしまうことが多くなりました。
(実家は自宅から割りと近くにありますが、実家にいるとき母の前では泣かないようにしています。)

また最近で...続きを読む

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こんにちは。
私も先日、父を亡くしました。
私はまだ学生で、家庭も子供もないので、我慢しないで泣きたい時に泣いています。授業中にふと涙が出てきたりもします。
母も仕事が終わって帰宅すると泣いています。

家庭と子供のために強さを求められる質問者さんは大変ですね。
泣きたい時には泣く、という当たり前のことを我慢し、毎日の生活に没頭しなければならないのは、本当に辛く、虚しいと思います。

頑張れ頑張れ強くなれとよく言いますが、そんなのは悲しみを乗り越えた先に自然とあるものではないでしょうか。
子供がいるのだからいつまでも泣いてるな、強くなれ。そんなことないですよ。子供を見くびるなと言いたいです。例え幼くてもです。

私は悲しんでる母親に無理して笑ってもらうより、泣きたい時には泣いてもらいたいです。
それくらい受け止めるのが子供の私の役目だと思っていますし。いつまでも泣いてるな!なんていう親じゃなくて本当に良かったです。

確かに残していった側としてはいつまでも泣いていてもらいたくないと思います。
先に逝く人間なら誰もがそう願うと思います。
だけど、そんなのは充分に落ち着いてからの話じゃないですか?
急ぐ必要なんてないですよ。
急がなくたって時間は勝手に過ぎていきます。ゆっくりゆっくり悲しみを癒して下さい。

私も夜は泣いていますし、父の遺影に向かって「残していく側は気楽でいいよねクソ親父」なんて愚痴りながら、毎日やっています(笑)
そんなものじゃないでしょうか。

回答を見て、あまりにも精神的に強い人ばかりで驚きました。強いってどういうことなんだろうなと考えさせられました。

質問者さんの側に行って、抱きしめてあげたいです。

大切な人を失うのは本当につらいことなんだと私は学びました。
これからは、大切な人が悲しんでいたら、私は黙って側にいてあげたいです。

旦那さんのことは嫌いにならないで下さい。
男性はそういう考え方のようです。
父がそうでした。

こんにちは。
私も先日、父を亡くしました。
私はまだ学生で、家庭も子供もないので、我慢しないで泣きたい時に泣いています。授業中にふと涙が出てきたりもします。
母も仕事が終わって帰宅すると泣いています。

家庭と子供のために強さを求められる質問者さんは大変ですね。
泣きたい時には泣く、という当たり前のことを我慢し、毎日の生活に没頭しなければならないのは、本当に辛く、虚しいと思います。

頑張れ頑張れ強くなれとよく言いますが、そんなのは悲しみを乗り越えた先に自然とあるものでは...続きを読む


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