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今回の新潟柏崎の地震で、実家が全壊してしまいました。年老いた母が一人で代々の過去帳を守ってきましたが、途方にくれています。幸い命は無事(ひざの骨にひびが入り松葉杖状態ではありますが)で避難所生活を送っており、仮設住宅ができるのを待っている状態です。頑丈な古い家でしたし、前回の地震でもなんともなかったので、地震保険には加入していませんでした。公的に何か支援してもらわない限り、ほんのわずかな年金だけでは、これからどうやって生きていけばいいのか不安です。どのような資金がいくらくらいいただけるのかなど、ご存知の方教えてください。

A 回答 (10件)

3年前に経験した中越地震の事を書きます


まず、徹底的に写真を撮ってください。
自宅・車庫・作業小屋・宅地のひび割れ等、敷地内にある全てのものを撮って下さい。
母屋なら4方向から撮ってください。

家屋に張られている紙は家屋の壊れ度を表したものではありません。
あくまで今後壊れる危険度を判定しただけで赤紙イコール全壊ではありませんのでご注意を。

それらを、恐らくこれから始まる市の家屋の被害調査の時に写真を資料として活用して下さい。
それらと行政の実際の検分によって判定(全壊・大規模半壊・半壊・一部損壊)と判定されます。
判定に納得できなければ再度の調査を請求できます。
この判定を元に罹災証明や被災証明が発行されます。
罹災証明書や被災証明書は再発行されませんので大切に保管してください。コピーを複数枚とっておく事をお勧めします。

判定前に家屋を撤去してしまうと判定できなくて災害見舞金やその他保険金が出ない場合がありますので、なるべく家屋には手をつけないで下さい。

住宅復興支援策は新潟県のHPを参考になさってください。

どうしても自力での再建が厳しい方には、恐らく3年前の中越の時と同じく低料金で入居できる復興住宅(だいたいがアパート形式)が建設され入居できるかと思います。

とにかく行政の確実な情報を仕入れるようお伝えください。「~らしい」「~のようだ」の風評的情報には絶対に惑わされないようにご注意ください。
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この回答へのお礼

具体的な回答感謝します。とても参考になりました。先日何枚かデジカメでとりましたので、大事にしたいと思います。証明のコピーも重要と認識しました。どうも判定は厳しいもののように感じますが、被災者にやさしいものであって欲しいと念じざるを得ません。

お礼日時:2007/07/23 23:57

#4です。


柏崎や刈羽では今日から仮設住宅の申し込みが始まりました。
初日は混むでしょうが被害程度が大きい方、高齢者の方が優先されるかと思いますので焦らずに申し込んでくださいね。

3年前も#9の方のご意見を言う方が多かったです。
なぜ、子供達が安全な、自分達の住んでいる所に一緒に住まわせないんだ?余震や二次災害の危険がある被災地になぜ一人で置いておくんだ?って。

中には某コメンテーターのように「過疎の山間地の被災地に何億・何十億もの税金をつぎ込んで道路や橋を作る意味があるんだ?そのお金の何分の1の金で安全で便利な場所に移転してもらった方がよっぽど安全ではないか」って言う方もおられました。

新潟県内の旅館やホテル、先般の中越地震で空き所帯がある長岡の仮設に入居できるようにしているにも関わらず、入居申し込みは低調です。

若い人は順応性があるから良いでしょうが、高齢になればなるほど生まれた土地への愛着は強いです。知らない土地で回りに知り合いもおらず、さらに子供夫婦に気兼ねしてしまうという理由で、あえて地元に残る方が多いです。

3年前の地震後、奇妙な事が起きました。
道路や橋が出来て山古志に帰れるようになりました。
普通に考えればめでたい事なんですがところがそうでもないんです。

地震前は隣の家に行くにも山坂を越えて行かなければならず昼間は一人ぼっちだったのが仮設が出来て隣の人とはドアtoドアで行き来が楽になり、不便であるはずの仮設暮らしが交流という観点からは非常に楽になった。

ところが山古志に帰れるようになって元の暮らしに戻ったはいいが、地震前と同じ状態になり、いや、未だ山古志に帰ってこられない方が多くかえって孤独感が増幅され「仮設の方が良い。仮設に帰りたい」と漏らす高齢者が多いという何とも皮肉な事態になりました。

高齢者は幾ら自分の子供の所よりも、長く慣れ親しんだ不便な我が家で、近隣の友人達と過ごしたほうが幸せな場合もあるんですよね。

難しいところです。
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あなたの家に転居するという選択肢は無いのでしょうか?


家庭の事情色々あると思いますが緊急事態なんです
狭いということは理由にならないような気がしてなりません

万一私や妻の実家が被災した場合、本人が頑なに拒否をしない限り
今後の展望が見えてくるまでは我家に避難して貰おうと考えております

子供のいない方は仕方ないと思いますが
行き場所も無く困っているという方々のニュースを観るたびに思う率直な疑問です
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。選択肢として当然考えているところです。とはいっても本人の地元意識、家・先祖を守る意識、同年代の仲間、畑作業等々、離れたくないという意思も尊重してあげたいと思っています。

お礼日時:2007/07/26 00:50

#1です。



暗い話で申し訳ありませんが、事実を記載します。

今日のお昼のNHK地域ニュースで
「震災から4ヵ月半。住宅復興の目処立たず」
と放送していました。

この回答への補足

石川の方でしたので、能登のことと理解しました。おそらくこちらと同様年寄りの方が多いので、住宅再建という選択肢がなかなかできないのだと思います。家を建て直すことには国も県も何も出してくれないそうですから。年金での決断はできないと思います。

補足日時:2007/07/26 00:56
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この回答へのお礼

情報ありがとうございます。ただ、ご紹介いただいたニュースは能登地震ではないでしょうか?こちらはまだ1週間と少しですので。おかげ様で仮設住宅の建設が倒壊した家の近くで始まるそうです。後片付けもままならないまま、震度4の地震が25日朝またありましたことはまだまだ安心できない証拠ですが、早くふとんで寝かせてあげたいと思います。

お礼日時:2007/07/26 00:56

すみません。

貼り忘れました。

参考URL:http://www.happy-kashiwazaki.com/
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この回答へのお礼

柏崎日報のURLありがとうございました。地元情報のサイトとしてこれから明るいニュースであふれていくことを期待したいと思います。しかし、happy-kashiwazakiとはうれしい限りです。

お礼日時:2007/07/26 01:01

#5です。

今柏崎市のHPからはあまり欲しい情報が伝わりません。
震災後、地元FM局は24時間放送しています。
右下の「FMピッカラ」からお入り頂けると、インターネットラジオで生放送を聞けますし、防災無線で市内に流す「災害対策本部」からの放送も聴けると思います(カーラジオでは聞けるので)。
また、欲しい情報や細かい情報は、BBSの書き込みを随時読み上げ、番組内で放送し、広く情報を求めて問題解決に努めています。
一番リアルタイムな情報元です。
市内の電気は復旧しましたので、欲しい情報を書き込まれてみてはいかがでしょうか。
余談ですが(プロフィールの更新でも書こうと思ったのですが)、
今日夕方6時30分頃見たのですが、東の空に雲の十字架が夕日に照らされ映し出されました。深く澄み切った青空に朱色の十字架はとても神秘的でした。
水道は思いのほか被害があり、25日に復旧可能だったものが、月末までに延期されました。
都市ガスはまだまだです。
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この回答へのお礼

柏崎市のHPは常時見ています。それでも結構更新されていると感じていました。それ以上の情報源をご紹介いただき感謝します。こういうときは、正確な情報がなによりですので、とてもありがたく思います。
雲の十字架は悪いものをみんな持って行ってくれたのでしょうか?なんとなくですが、原発の放射能が心配になってしまいました。

お礼日時:2007/07/26 01:05

公的資金支援に関しては、経験された回答者様を参考にして頂き、今現在の状況ですが。


道路側に倒壊した家屋は、交通の妨げにならない程度に仮片付けされました。
倒壊した家屋の撤去作業は昨日から始まりました。
外観から目視又は双眼鏡による家屋調査は、市内中心部はほぼ完了し、今後は郊外に移るようです。
仮設住宅の整備(搬入)は今日から始まりました。
まだどの地区に何戸という情報は分かりません。
写真はあくまで基本的にはフィルムカメラでとの事ですが、緊急なのでデジカメでも良いとの事(国が係わるとは言え、この緊急時あまりにナンセンスな指示だと思いますが)。
高速道路は、夜間以外柏崎インターは降りれません。
関越自動車道で来るなら、小千谷インターで降り、桜町トンネルを抜け小国から武石トンネルを抜けて柏崎に入り252号に合流し、安田より藤井の方に右折し、中田から市街地に抜けた方が道は比較的良い方です。
今日市役所2階の税務課に行ったのですが(市の融資制度での借り入れのため)、窓口は(3時頃)行列にはなっていませんでした。
「免税」に関して質問していた方もいましたが、まだのようです。
駐車場は満杯でした。ただでさえ白線間隔が狭い為、市役所に来るなら軽自動車の方が良いと思います。
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この回答へのお礼

現在の状況を教えていただきありがとうございました。実家は郊外なので、これから調査ということ理解できます。やっと「赤紙」が貼られたそうですので。また情報がありましたら教えてください。

お礼日時:2007/07/23 23:51

新潟中越地震(2004.10)のときの支援内容です。

今回の地震もこれに準じた内容になるのではないかと思われます。

http://www5c.biglobe.ne.jp/~karth/net/dec04/sien …

使途は、住宅の応急修理や生活必需品の購入、賃貸入居費等に限られるようです。また、国の支援は所得制限があるようです。この支援を受ける場合は仮設住宅の入居はできないようです。また、全壊での支援の上限は(収入に応じて)250万円または400万円です。

新たな住宅の建設や購入費用に対しては、個人の資産取得に国・県等公共機関が援助することができないことによるものと思われ、支援の対象にはならないようです。自治体や独立行政法人「住宅金融支援機構(元住宅金融公庫)」の低利融資などが現在のところ限界のようです。

国・県等による住宅建設等に対する支援は、大地震のたびに議論に上るところですし、個人的にも大災害という非常な状況にあることを考えると支援を求めたいところですが、残念ながら現状ではなかなか難しいようです。

なお、住宅金融支援機構では、今回の新潟県中越沖地震に対する災害融資を7月17日から開始しています。

http://www.jhf.go.jp/customer/yushi/shinchiku/hi …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。ページも紹介いただき、具体的に国や県の支援がわかったように思います。とはいうものの、お書きいただいた「議論に上るものの現状では難しい」という一節、厳しいものだと思いました。本当になんとかならないものかと思います。

お礼日時:2007/07/24 00:26

#1(石川県人)です。



たしか解体費に最大いくら、新築費に最大いくら、となっていたように
記憶しています。
インタビューで「国からいくらもらえると思ってたら、こっちは解体費の
分で、とか色々言われて結局大してもらえんことがわかった。もともと息子たちは帰ってこんから、今さら建て替えるより仮設住んだ方がましや」とおじいさんが言ってました。
これぐらいで詳しくはよくわかりません。

ただ、今選挙で自民党選出候補者が言ってますが、「能登半島地震の被災者に会ってきたとき、被災者が山古志村の人たちからこういう励ましの言葉を頂いたそうです。
自民党は本当によくやってくれた。自民党じゃなかったらここまで早く復興できなかった」と。
今回自民党はかなり苦戦しそうですが、新潟県だけは自民党議員を当選させないと(まあ間違いなくするでしょうが)制裁で支援してもらえなく
なりそうなので、新潟県にとっては自民党に勝ってもらう必要があると思います。
しょせんこちら裏日本はまだまだ社会整備が行き届いていないので、社会資本整備のお金を取って来れる議員が必要だと思います。
公共事業削減など奇麗事だけではやっていけないですからね。
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この回答へのお礼

貴重な回答ありがとうございました。ホントにどう暮らしていけばいいのでしょう。能登のみなさんも大変だったと思います。これまであまり身近に感じていなかったのですが、直面すると現行制度の内容に愕然とする思いです。

お礼日時:2007/07/24 00:59

先の能登半島地震では、激甚災害指定および全損住宅に関して、国から200万円、県から100万円の最大300万円が支給されることになりました。


しかし、ニュースを見る限り、その最大300万円も使途が限られているようで
なかなか最大額はもらえないようですね。
結局、建て替えないで仮設住宅に入った人が多くなりました。
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この回答へのお礼

さっそくの回答ありがとうございました。「使途が限られている」ということの具体的な中身はご存じでしたら、追加をお願いできるとうれしいです。

お礼日時:2007/07/23 01:21

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