痔になりやすい生活習慣とは?

 「地球にやさしく」とかいって 一生懸命ゴミ分別したり 車を使わないで自転車に乗るようにしたり 節電したりしても 地球上に人間が存在する限り 環境破壊はなくならない 止まらないんじゃないかと 考えてしまいます。
 私ってちょっとエコロジーな人 って自分で思い込んでたんですが 私が生きてること自体が環境破壊だ と気づいて 最近やる気をなくしています。
 何か良い考え 思想 をお持ちのかた きかせてください。

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A 回答 (22件中1~10件)

環境破壊という言葉は、人間を中心にした見方なんじゃないかと思います。

どうして環境破壊という言葉が出てきたのか・・・18世紀の産業革命で、大量生産・大量消費時代に突入し、その結果、大量のエネルギー・材料・廃棄物が発生するようになり、大気・土壌・水質汚染を招き、その結果、人間自体がその影響を受けるようになりました。その反省から環境破壊をしてはいけない・・・つまり"環境破壊"という言葉が出てきたと思います。したがって、もし、それほど急激な汚染が起こっていなければ、いまだに人類は、環境についてシビアな考えは起こらなかったと思います。
つまり、人間が存在することが環境破壊ではなくて、人工的なもの(自然には発生しないもの)を大量に自然環境に放出することによって、許容量を超えてしまうことが、環境破壊ということじゃないでしょうか。
例えば、自動車についていえば、30年前の保有率と現在の保有率を比べれば、現在のほうが何倍ぐらいになっているか分かりませんが、燃費の向上分を差し引いても環境に対する影響は大きくなっていると思います。工場で大量に作ることと同時に、製品を多数使うことが、環境に対する影響を大きくしています。
どうしてみんなが使うのかというと、便利だからということになるでしょうか。より良い製品がより多くの人に使われるのは自然な流れです。でもこの"人間にとっての利便性"ばかり追求していたら、いつか(もう遅いかもしれませんが)大きなしっぺ返しを受けると思います。だから、"あなた"のような、違う視点でものを見る人が必要なのだと思います。でも、自分ひとりだけがやっても仕方がないと思うのは間違いです。人はつながっているのですから、あなたに賛同してくれる人が必ずいます。微力で結構!でもそれが将来大きな力になるかもしれないのですから、スランプになるときもありますが、めげずにがんばってください。
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この回答へのお礼

便利さばかり求める生活って すごく味気ないですよね
めげずにがんばります!
ありがとうございました!

お礼日時:2002/09/25 00:18

 なかなか難しい問題だと思います。



 人間が地球の環境に影響を与えず暮らすことができる人口は、多分化石燃料に頼ることのなかった産業革命以前の約10億人というところでしょう。それを遙かに越えた現在では、人間の存在自体が地球に影響が与えることは、さけられないことだと思います。
 ある地域内での生物が生存できる数は限られていて、それを越えると急激に減少すると言われています。環境問題の解決とは、それをいかにされるかということを同じではないかと私は思っています。エネルギーの使用量を減らしたり、有害な物質の排出量を減らし行為は少なくとも、そのような状態を少しでも先に遅らせることができると思います。その間に人類が新たな解決法を見いだすかもしれませんし、たとえ人類が新たな解決法を発見することが信じられなくても、自分が生きている時期や、自分が直接知っている人(子供や孫)が生きている時期に、人類が存在できなくなるような環境破壊が起こらないように、少しでも「環境にやさしい」行動をされた方が良いと思います。

 あと、質問者が日本人であると仮定して書きますが、先進諸国に住む人間の1人当たりの環境に与える負荷は、発展途上国に住む人間に比べ、遙かに大きいものだと思います。発展途上国の人が一生どんな努力をしても減らすことのできない負荷が、先進諸国の人のちょっとした気遣いで減らすことができると思うのです。

 あまり無理なさらずに、できる範囲で「環境にやさしい」行動をしてください。
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この回答へのお礼

無理しないで やっていきます!
ありがとうございました!

お礼日時:2002/09/25 00:16

だからといって、そのような努力を放棄するのはいかがなものでしょうか?


自分らしく生きるということは、自分の信念に従って生きることだと思います。
報われないからと言って行為を止めるのは、何もしなかったよりも悲しいことだとも思います。
先輩達が、あれもこれも先取りして、『生き残るための遺伝子まで』食いつぶしていったと、未来に生きる子孫達に指摘されないよう、今に生きる、心ある人は頑張らねばなりません。例えそれが人間のエゴだとしても。
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この回答へのお礼

そうですね 無理しないように 自然な形でがんばっていけたらいいなと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/08/09 01:49

地球に優しいなんて本気で思ってたの?


思ってるの?
あれは一部先進国の大部分の人間にとってのみ優しいって事。
地球は”おまえらに優しくされなくても俺は生きていけるよ、てめえの心配しろ」って思ってるよ。
んな事で悩むなんて平和だね。
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この回答へのお礼

平和ですよー。

お礼日時:2002/08/09 01:45

 どうしてもこういう問い掛け、発想は気になってしまいます。

極端な話、sachimerryさんのような言い方をするなら、yu-ma22さんのように『そんなに自分の存在が環境破壊だと思うなら自殺すれば?』と、百%冗談ではありますが、つい言い返したくなってしまうのです(笑)。つまり、一見本質を衝いているかのように見えるこの発想には、実は途轍もない傲岸不遜さと、突き詰めて考えられていない未熟さが感じられるのです。

 「私たちが生きていくということ」は、実は相当な残酷さを伴った営みです。その一番の象徴的な例が「食すること」です。どれだけ多くの命を殺戮し、それを我が物としているでしょうか。実際に我が手にはかけませんが、「牛肉を食べる」ということは食べる人が「牛を殺して焼いて食べているということ」そのものですね。人間は他の命を奪ってまで生きているわけです。

 「私が生きている事自体、他者の命を奪っていることだと気づいて、最近生きる気力をなくしています」と問われたらやはり多くの人が不愉快になるのではないかと思うのです。「何だ、お前、自分だけなにカッコつけてんだ? 生きるとはそういうことだろ。偽善者ぶってんじゃねえよ」・・・と、まあ、口の悪い人からはこれくらいの返事が返ってきそうですね(笑)。

 人間が生きていくということは「きれいごと」では済まされません。おぎゃ-と産声を上げてから、年老いて(或いは他の原因で)死を迎えるその時まで、どれほど他の多くの生命を犠牲にし、他者に多大な迷惑をかけているか、まことに想像を絶するものがあります。
 これが「環境破壊問題」とて、同じ事です。私たちは自然に反した数々の文明品を作り、あらゆる形で自然を侵してきました。無論、そのしっぺ返しも多数受けてきましたが(公害病、その他)・・・

 エコロジーは肩肘を張ってやるものではありません。つまり「何かに気づいたからやる気をなくした」なんていう性質のものではないのです。その必要性、その有効性、その意義に気づいた人が、自分にできる範囲のことを、粛々とそして淡々と行えばよいのです。そして地球に生きる人類が皆心がけなければならないことです。
 突き詰めて言えば「地球にやさしく」ではありません。「あなた(私)にやさしく」なのです。「情けは人の為ならず」、「情けは地球の為ならず」なのですね。(^-^)
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この回答へのお礼

突き詰めて考えるのが 苦手です。すみませんです。
もー! 一体誰が 「地球にやさしく」 なんて言い始めたんでしょうかー!?
二度と使いません!
「きたないごと」(きれいごとの反対)をしている
人間を もっとよくみてみようと 思います。
ありがとうございました!

お礼日時:2002/08/09 01:41

「地球にやさしく」を目的にするとやる気をなくしてしまいます。



我々が次の世代以降の人類に資源、自然環境、社会環境などをよりよい形で
残していくことが、つまり今の自分たちの生活のつけを、子や孫たちに負わせ
ないことが、いわゆる環境保護の目的ではないかと思っています。
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この回答へのお礼

えらそうに 軽々しく わたしたちの地球がっ!みたいに 言ってはいけませんね。
ありがとうございました!

お礼日時:2002/08/09 01:32

貴方の言う地球上の人間とは、人類全体をさしていますね。

しかし、その人間ってやつは一人一人の集合体であるから、結局のところ、一人一人の人間の行ないという事が大事になってくる。
そういうsachimerryさんも、この人間の中の一人なわけで、一人で全員の分を何とかしようなんて考えるからダメになる。
逆に言えば、一人一人が自分の分だけがんばれば、環境破壊はそれだけ少なくなります。
何処かで聞いた事のあるフレーズですが、自分の出来る事を行うのが大事で、自分に出来ない事は、出来る誰かに任せましょう。
エコロジーに関していえば、世の人全員が、「所詮自分ごときががんばったところで」と自信を喪失してしまうのが恐ろしい。
せっかく、エコロジーについて考えたのならば、やる気を無くさずに、出来る事をやって下さい。無理をする必要はありません。
エコロジーってのは、結果が大事なのではなく、実践する事が大事だと思いますよ。まあ、結果が良くなっていることに越した事はありませんけどね。
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この回答へのお礼

そうです たしかに 全部自分で何とかしてやろうと 意気込みすぎていましたね!
ご意見 ひじょーに心に響きました!
ありがとうございました!
 

お礼日時:2002/08/09 01:30

ちょっと後ろ向きな考えですが、核心はついていると思われます。


そこで、私のような田舎生まれは、山の中に入るとホットするように、自然の中での生活には、だれでも安心すると思います。
ナチュラルなことえの安心感が、人間らしい行きかたの原点だと思われます。
但し、時代は後退してくれません、今の環境にしたのも、我々の全体責任として、ソリューションを一緒に、知恵だししましょう。
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この回答へのお礼

もうアスファルトばっかりで 暑いし嫌になります。
そう 全部自分達の責任ですね。
自業自得って感じですね。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/08/09 01:25

 環境破壊なんて何時誰が言い出したのでしょうか?そもそも、自分たちの住処が危うくなってきて始めて、そんな事を言い始めたのじゃないでしょうか?「地球にやさしく」なんて本当に私たちは思っているのでしょうか?


 私は、環境破壊とか地球にやさしくなんて大それた言葉は嫌いです。木や草や動物を愛し、自分よりも弱いものをいたわればそれで良いと思っています。
 大地の女神はあたたかい自然の恵みを与えてくれますが、何時でも火山を吹き上げ、すべてを氷河に閉じ込めることも可能なのですから・・・。
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この回答へのお礼

>木や草や動物を愛し、自分よりも弱いものをいたわればそれで良いと思っています
みんなに そうなって欲しいのに 思い通りにならないので 不満に思っている自分がいます。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/08/09 01:20

地球が誕生した頃は、大気は水蒸気や二酸化炭素、


窒素、一酸化炭素などでした。その頃より生きて
いた破傷風菌などにとっては、酸素は猛毒です。
何十億年の地球史からすれば、人間のすることは
地球にやさしくもきびしくもないということです。

人間の環境負荷が不可逆的な事態になるとしたら
それは主に生態系や大自然への破壊行為であり、
地球そのものではありません。エコロジーという
言葉が元々は生態学だということでも自明のこと
だと思います。

人は環境を破壊する危険性もあれば、環境を保護
できる可能性も持ってます。マイナス思考では、
何も事態は好転しないのではないですか?
本気でエコロジーを考えるなら、何をがしては
いけないことで、何をしていくべきかを見定めて
いかなければならないと思います。勉強すべき
ことは結構幅広く深いです。今月末にヨハネス
ブルグで開催される環境・開発サミットに向け
日本が京都議定書とPOPs条約に批准して、
カザフスタンとCO2排出削減に関する政府間
協定を締結するなど、環境問題は常にリアルに
動いてます。政府や企業のみではなく、環境
ホルモンの弊害など個人レベルでも考えていく
べき点は多くあります。私としては、共に学んで
いけたらと思いますよ。
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この回答へのお礼

難しいけど がんばって学んでいきたいです!
ありがとうございました!

お礼日時:2002/08/09 01:17

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QWould you like~?とWould you~?の違いは

相手に何かをお願いするときに、
Would you like~?
Would you~?
と両方の言い方があると思うのですが、likeをつけるかつけないかはどのように判断するのでしょうか?
また意味はどう変わるのでしょうか?

Aベストアンサー

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧めたら)~をお気に召すでしょうか?」という丁寧で控え目な調子の出る勧誘表現なのです。I would like to~「~したい」(~することをできればしたい)という表現もこの用法からきているのです。

Would you like~のlikeは「~を好きである」という他動詞でlikeの後に名詞を目的語として持って来ることができます。例:
Would you like another cup of tea?「もう一杯紅茶如何ですか?」
Would you like going on a picnic?「ピクニックに出かけるというのは如何でしょう?」
Would you like to go on a picnic?「同上」(このto不定詞は名詞的用法)

ご参考になりましたでしょうか。

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

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Q旧帝大ってどんくらいすごいですか?

旧帝大ってどんくらいすごいですか?
私の祖母はめっちゃ旧帝大信者です
姉が私立大なのですが 実家帰るたび嫌味を言われていてかわいそうです
信者はうちの祖母の世代に限るんでしょうか?
皆さんは「旧帝卒」って聞くとどう感じますか?
教えて下さい

Aベストアンサー

国立大の話をすると、各県に教育学部と医学部が必ずあります。学校の先生とお医者さんは、各県に必ずいる大切な職業で、しかも高等な教育が必要だから、地元に養成機関を作ったんですね。また、ほとんどの県で、工学部か農学部、希に水産学部があります。これも地元の産業を担う人材を育てたい、ということですね。
旧帝大は、これら各県の枠では収まらない優秀な人材を集めて地元の産業の枠を超えた、国として産業や学問を発展させよう、という研究機関となります。北海道、東北、関東、中部、近畿、九州の各地方(なぜか中四国にはないんですよね)にあります。
特徴としては総合大学として、文学部、商学部、法学部、理学部、工学部が必ずあり、各分野の進歩を担う人材の育成を目的としています。
要は、「研究者」つまり「学者」を養成することが大きな目的です。

対して私立大の両雄、早稲田、慶応の例で書くと、これらは、社会に実際に役立つ人材を広く育成することが目的で、「実学」(実際の社会活動に役立つ学問)を教えることが主になります。
たとえば、建築の話ですると、
旧帝大は建築学の権威を育てたいと考え、私立大は優秀な建築家を育てたい、と考えているわけです。

ここでのポイントは、学者さんと技師さんとで、どちらを尊敬するか、ということですね。
昔は多くの人は中学にも行かずに職人や商売人になりました。職人は技師と同じ職場にいますし、経営者も商売人と直接関わる間柄になりますよね。技師さんや経営者さんは大学を出ていても身近な存在なんです。大学を出たばかりの設計技師さんよりも、現場で腕を磨いた頭領の方が優秀なことも多かったでしょう。
でも、身近に学者さんはいなかったでしょう。

で、回答になりますが、「旧帝大卒」と私が聞いた場合、研究者になるための一通りの作法を学んだ人だ、という認識を持ちます。実際に研究者になっていなくても、学んだ、つまりそういう考え方を習ったというところがキーになります。お茶の師匠になっていなくても、その作法を習った人は、茶道とは、というところを知っているだろう、というのと同じです。

これ、言い換えると、「私大卒」と私が聞いた場合、社会に実践的に役立ついろいろなことを知っている、身についている、と思います。

上下がある話ではなく、社会に貢献するやり方の違い、だという認識です。

国立大の話をすると、各県に教育学部と医学部が必ずあります。学校の先生とお医者さんは、各県に必ずいる大切な職業で、しかも高等な教育が必要だから、地元に養成機関を作ったんですね。また、ほとんどの県で、工学部か農学部、希に水産学部があります。これも地元の産業を担う人材を育てたい、ということですね。
旧帝大は、これら各県の枠では収まらない優秀な人材を集めて地元の産業の枠を超えた、国として産業や学問を発展させよう、という研究機関となります。北海道、東北、関東、中部、近畿、九州の各地...続きを読む

Q眠るように死ぬ方法ってあるでしょうか?

あくまで健康な人が眠るように死ぬ方法、または眠ったまま二度と起きないという風に死ぬ方法ってあるでしょうか?
これは自殺志願のための投稿ではなくて、自分もいつか死ぬわけですからこんな死に方ができたらいいなと思っています。
医療の現場で行われる安楽死・尊厳死ってこういう方法なのでしょうか?またはこれに近いでしょか?

Aベストアンサー

「突然死」という言葉を聞いたことがありますか?
昨日まで元気だった方が、朝になっても起きてこないので、見に行ったら死んでいた。
こういう事例はよくあるそうです。
10年以上前になりますが、兵庫医大の法医学の教授の講演を聞きました。
テーマは「突然死」
突然死のおよそ80%は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)だそうです。
その中で、就眠中に亡くなるのは、およそ65%くらいだそうです。
急性心筋梗塞でも「眠るように」とはいかず、ある程度は苦しんだ末に亡くなるのでしょう。
私も、眠るように死ねればと思っております。
回答になってなければ、ごめんなさい。

Q今すぐ全ての人間が消えたら、地球にやさしいですか?

 今すぐ全ての人間が消えたら

 空気は澄んで、緑あふれる美しい星になるのですか?

 人間が消える事によって地球に発生する不具合ってありますか?

Aベストアンサー

>空気は澄んで、緑あふれる美しい星になるのですか?
ひたすら、人間が自然を破壊していると思われているようですが、いまのところ人間が破壊した環境は、それほど多くありません。
アフリカ、アマゾンは、いまでも緑あふれる地帯ですが、それ以外の地域は、昔から緑少ない地域であって、人間が進出したから緑がなくなったとはいえません。
ヨーロッパなど、もともと不毛の地で、人が進出したから植物が増えたといって良いと思います。

よって、現時点で、人間が消えたところで、それほど、現状より良くなるとは考えられないでしょう。

心配すべきは、このあと、人間の活動が続けば、どう変化していくかです。今後さらに環境破壊が加速すれば、危険な事態になることは、十分考えられます。

>人間が消える事によって地球に発生する不具合ってありますか?
可能性を考えてみますと、

・人間の数だけ動物の数が減るので、CO2の発生源が減り、植物がダメージを受ける。
  かと、思ったのですが、全動物の中で、人間の数はそれほど大きな割合でもないらしい。(1割もないかな)よって、それほど影響はないでしょう。

・まず、人間の育てていた作物、家畜が育たなくなり、ついで人に依存して生きている野生動物も影響を受ける。最後には生物全体の食物連鎖のバランスが崩れる。
  前問と違って、まず、特定の動植物だけが強く影響を受け、それが全体に広がる問題です。いずれは、新たなバランスを生むのですが、それが「緑あふれる美しい星」である保証はありません。

>空気は澄んで、緑あふれる美しい星になるのですか?
ひたすら、人間が自然を破壊していると思われているようですが、いまのところ人間が破壊した環境は、それほど多くありません。
アフリカ、アマゾンは、いまでも緑あふれる地帯ですが、それ以外の地域は、昔から緑少ない地域であって、人間が進出したから緑がなくなったとはいえません。
ヨーロッパなど、もともと不毛の地で、人が進出したから植物が増えたといって良いと思います。

よって、現時点で、人間が消えたところで、それほど、現状より良くなるとは...続きを読む

Q何故、地球環境破壊が止まらないのか?

最近、TVで放送されましたか?

昔はちょっとはTVで放送されていたよーな。

視聴率が取れないから無くなった?

このままいけば、人類絶滅するのは間違いないのに。

Aベストアンサー

人間による環境破壊なんて地球にとっては蚊が刺したほども影響がないものです。 地殻変動や地球規模での天候の変化によってその内人類は滅びてしまいます。 地球上ではこれまで何度も氷河期が繰り返されてそのたびに多くの生物が絶滅していますが、今の人類は200万年前に始まった氷河期の中で比較的気候が温暖な間氷期にいます。 この間氷期は1万年ほど続いていますが、その間人類は大きく進歩しました。 しかしその内極寒の氷期へと移り、500万年先には地球上の陸地はほとんど氷河におおわれてしまい、人類だけでなく多くの生物が滅んでしまいます。 人類は700万年ほど前に現出しましたが、既に生存可能期間の中間点を大きく過ぎてしまっているわけです。 個々の人間が必ずいつか死を迎えるのと同じように、人類も必ずいつかは滅びます。 結局人類の生存期間は1,000万年強で終わりを告げることになりますが、これまでの45億年の地球の歴史からするとほんの一瞬です。 以降も生物にとっては生存環境はますます厳しくなるようです。一億年先には哺乳類自体がほとんど滅びてしまうという予想もあるようです。地球自体の寿命は太陽が滅びるまでのあと50億年程度はあるようですが、太陽の影響による高熱化で地球生物自体は10-20億年程度で滅びてしまうとのことです。ということで、今の人類による地球環境破壊など、地球規模、宇宙規模で考えると取るに足らないものゆえ、報道されることもなくなってきているのでしょう。  

人間による環境破壊なんて地球にとっては蚊が刺したほども影響がないものです。 地殻変動や地球規模での天候の変化によってその内人類は滅びてしまいます。 地球上ではこれまで何度も氷河期が繰り返されてそのたびに多くの生物が絶滅していますが、今の人類は200万年前に始まった氷河期の中で比較的気候が温暖な間氷期にいます。 この間氷期は1万年ほど続いていますが、その間人類は大きく進歩しました。 しかしその内極寒の氷期へと移り、500万年先には地球上の陸地はほとんど氷河におおわれてしまい、人類だ...続きを読む


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