冷戦当時日本人がソ連に観光旅行に行った人達がいたという事をつい最近知って、大変びっくりしました。それでは冷戦で直接対峙していた当事者のアメリカ人が観光でソ連に旅行に行っていたのでしょうか?

ソ連(今のロシア)は私にとって、謎に包まれている部分が多いミステリアスな国という印象があります。

ご存じの方どうかご教授下さいます様、お願い致します。

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A 回答 (6件)

>冷戦当時 ~ 直接対峙していた当事者のアメリカ人が観光でソ連に旅行に行っていたのでしょうか?


 
 スターリン全盛時代の、いわゆる「冷戦」当時でも観光することは出来ました。
 
 ソ連側の理由として、観光客が来ることによってドル外貨を獲得できる。ソ連政府指定のコースをはみ出さず、撮影の制限を遵守させれば害はない。しかも観光客を通じてソ連の優位性を宣伝させる効果がある、などが挙げられます。ただ、冷戦時、じっさい対立する相手国へ気軽に観光へ行こうという人の数は少なかったし、入国が好ましくない人物、団体に対してはパスポート発給を遅延させる(拒否するとはいわない)ことで実質拒否していました。
  
 実際に観光客が増加したのは、スターリン死後のいわゆる「雪解け」からで、政権交代、政策変更のたびにおこなわれたソ連憲法の修正によって70年代には相当数のアメリカ人を含めた外国人観光客が入国しました。

 70年代当時のソ連を紹介したノーボスチ通信社編による『ソ連邦の生活・文化』(1979年 労大新書)のなかにこういう文章があります。

 一九七七年にソ連邦を訪れた外国人は四四〇万人以上で、外国旅行に出かけたソビエト人は二七〇万人でした。~ この数年間に外国人と結婚したソビエト人は、一万人以上に達しています。そのうちの七〇〇〇人が、結婚相手とともに定住のために、世界の一〇〇ヵ国以上の国々に出国しています。同時に、ソ連邦に移住を希望する外国人の受け入れもおこなっています。
 
 日本人の感覚ではピンとこないことですが、ソ連邦へ観光を含めたプライベートな理由でソ連へ行った人々の特徴のひとつとしてソ連国内に親族がいるユダヤ人たちの往来が挙げられます。一口にアメリカ人といってもユダヤ系アメリカ人が多く出かけております。ソ連国内におけるユダヤ人問題は現在も続いており、先に挙げた『ソ連邦の~文化』のなかにもユダヤ人のイスラエル出国について書かれています。

 ソ連の内政はその都度硬軟に変化したものの、基本的には入国を拒否することはなく、情勢が悪化すればパスポート発給を無期限に遅延すればすむことだけなので、決して観光客が0になることはなかったのです。

 冷戦当時のソ連については、古書店に行けば、そのころの岩波新書や労働大学(自治労)が出版していた「今日のソ連邦」とか労大新書など、左派系の書籍が埃をかぶって一山いくら程度の値段で売っていることと思います。ちなみに『ソ連邦の~文化』は25円でした。そんな宣伝本でも当時のソ連を知る手がかりのひとつになると思います。
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この回答へのお礼

当時のことを知る上で役立つ様々な雑誌・書籍等のご紹介誠にありがとうございます。古書店で探そうと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/27 00:25

No3です。


>キューバ危機やアフガン侵攻の時でも観光は可能だったそうです。
この点は日本からということではなく、一般的に西側諸国から可能だっ
たということでしょうか?

70~80年代初頭まで父親の友人が、ロシア物産の輸入業をやっていました。
子供のころでしたので、記憶が曖昧な部分もありますが、かなり羽振り
はよかったようです。
家にはマトリョーシカやキャビア、ロシア製の冷凍食品とかが
送られてきました。

80年のアフガン侵攻で、家に遊びに来たその人に父親が
「(仕事に)支障はないのか?」と聞いたら
「キューバ危機でも、ソ連への出入国は関係なかった(から大丈夫)」
と返答していたのを憶えています。
あの時、日本では大騒ぎでしたがソ連国内はあんまり変化がなく
相変わらずドイツやトルコからの観光客や輸入業者が普通に出入国
してたようです。

ソ連というと怖いイメージもありますが、けっこうおおらかな国民性
という面もあったらしいですよ。
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この回答へのお礼

冷戦といっても入国については完全に拒否する方針ではなかったのですね。ロシア人は確かに人なつっこいというかあたたかな面も感じたりしますが、そういう民族がソ連というなぜ政府の管理統制の強い国を作りあげてしまったのでしょう?

お礼日時:2007/09/27 00:35

>エスピオナージの小説や映画


すみません、最近遠ざかっていて、すぐに思い出せませんでした。
ジョン・ル・カレのスマイリーとか、フリーマントルのチャーリー・マフィンが一般的なのでしょう。

私が思い出していたのはアダム・ホールのクィラー・シリーズです。
http://homepage1.nifty.com/ta/sfh/hall3.htm

映画では『ファイヤーフォックス』で、クリント・イーストウッドの扮するミッチェル・ガントがソ連に侵入して戦闘機を奪いだすのですが、後半の空中戦のイメージが強くて、どうやって侵入したのか覚えてません。ビジネスマンとして入ったのではなかったかと思います。
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この回答へのお礼

ご紹介ありがとうございます。図書館で借りて読んでみようと思います。『ファイヤーフォックス』は残念ながら観たことがありませんでした。是非観てみたいです。

お礼日時:2007/09/27 00:28

ある程度の緊張感は必要でしたが、50年代からアメリカ人をはじめ


西側各国(日本は国交正常化後)から観光には行けました。
ただし、ソ連の旅行会社が用意した観光ルートがメインで、観光客が
ルートから外れて好き勝手に行動することはできませんでした。
キューバ危機やアフガン侵攻の時でも観光は可能だったそうです。

ゴルバチョフ政権末期(冷戦終了期)には、かなり観光客への制限も
緩みましたが、チェルノブイリの影響と共産党政権崩壊による物不足
から観光客の数は激減。
90年代後期から自由市場経済の導入で観光客(ビジネスマン)の数も
回復しましたが、最近は若者らによる右翼活動でアジア系や中東系の
人たちは警戒の必要があるそうですが。

ケネディ暗殺犯(に仕立てられている?)オズワルドは、60年代に
頻繁にアメリカからソ連に出入国していたそうです。
彼は、観光以外にも「留学生」としてもソ連に入っていたそうですが
ミンスクで知り合ったロシア女性を結婚するためにアメリカに連れて
いってますね。ただし、彼はソ連のスパイという噂もありますが。

20世紀初頭、ロシアから大量の移民がアメリカに渡っています。
その子孫が、自分たちの民族的故郷を確認したいためか、当時の
アメリカからの観光客にロシア系アメリカ人も少なくありません
でした。
ソ連崩壊後、それらのツテを頼ってアメリカに移住したロシア人も
多くいました。
しかし、アメリカ社会での疎外感に悩まされ自殺や犯罪に走った
人も少なくなかったそうです。

すいません。余計なことばかり書いてしまいました。
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この回答へのお礼

多岐に渡りいろいろと詳しくご回答頂き大変感謝しています。
bossnassさんは当時の状況について大変詳細な点までご存じの様で
そのような方にご回答頂きありがたいです。

bossnassさんは、ロシアの歴史に関係したお仕事に就いておられるとか、お知り合いにそのような方がいらっしゃるのか、よくご存じでうらやましいです

>キューバ危機やアフガン侵攻の時でも観光は可能だったそうです。
この点は日本からということではなく、一般的に西側諸国から可能だっったということでしょうか?

重ねてご質問してしまい申し訳ございませんが、
よろしくお願いいたします。

お礼日時:2007/09/23 18:28

日本生まれのアメリカ人です



冷戦中と言えどもソ連は外貨が欲しいのでアメリカ人の旅行者を大歓迎していました、ニューヨークにソ連の観光事務所があって雑誌にキャビア食べ放題とか毛皮が安いとかの広告を盛んに出していました

その反対にソ連人が単なる旅行で外国に出るのは不可能だった筈です
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この回答へのお礼

実際に体験した事を具体的に教えて頂き、大変ありがとうございました。

お礼日時:2007/09/23 18:17

行けたはずです。


冷戦であって、ホットな戦争をしていたわけではありませんから。
現在の北朝鮮にだって観光旅行に行けますよね。ガイドがべったり張り付いてくるらしいですが。
自分の国のよいところは見せたいわけです。
同様に、ソ連でもインツーリストという国営旅行会社のガイド(当然、KGBの)が張り付いていて、自由気ままに行動できたわけではありません(軍事施設に近づくなどもってのほか)し、宿泊できるホテル(たぶん、盗聴付き)も限定されています。
冷戦当時の、エスピオナージの小説や映画などでは、モスクワにいるアメリカ人観光客などがよく登場します。
スパイさんたちは、ビジネスマンや観光客に偽装して、ソ連に入国し、監視役のガイドを振りきって…と、なるわけです。
冷戦当時の、英国のエスピオナージを読んでみると面白いですよ。
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この回答へのお礼

回答大変ありがとうございます。
重ね重ね申し訳ございませんが、もしよろしければ、ohbacomeonさんがご存じの冷戦当時のエスピオナージの小説や映画がありましたら教えて頂けますでしょうか?よろしくお願いいたします。

お礼日時:2007/09/23 18:12

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Qアエロフロートはなぜ人気がない

 冬のスウェーデンを旅行したいので"格安航空券"を検索したところ、アエロフロートが格安上位を独占しており、どういう理由で安いのか疑問が出てきました。

 過去問を検索してみると、機体がボロで危ないとか、機内サービスがマルでなっていないとか、経由地空港が気味悪いとか、1-2日の遅れは日常茶飯事とか…、料金が安いことの理由がたくさん出てきましたが何れもすこし昔の事のようでした。

 どなたか最近(冬季)にモスクワ経由で欧州行きのアエロフロートを利用した方の"恐怖談"とその対処法を教えてください。

Aベストアンサー

こんにちは。以前のアエロフロートは皆さんが書かれている通り、機体のボロさ(イリューシンやツポレフなどの旧ソ連製機材)やサービスのひどさなどの悪評が有名でした。しかし、近年はエアバスなど西側機材の導入を図り、サービスも大幅に向上してます(特に東京ーモスクワーロンドン・パリ線)。一般に言われている安全性の不安ですが、アエロフロートのパイロットは旧ソビエト空軍出身者が多く、操縦の腕はバツグンで、操縦技術(特に凍結した空港への着陸)は他のエアラインに引けをとらないそうです。
 問題点を挙げるとすると、出発時間の遅延が非常に多い事でしょうか?
私も以前東欧へ旅行に行く時アエロフロートを使いましたが、東京出発が大幅に遅れ、
モスクワでのトランジットが間に合わず、数日、アエロフロートが用意したモスクワのホテルに缶詰になった経験があります。
当時は学生で、旅行期間が1ヶ月と長かったのでそれ程困りませんでしたが(退屈でした)、短期の旅行者やビジネス客などは
非常に迷惑だったと思います(基本的にビジネス客はJALなどを使い、SUは使わないでしょうけど)。出発遅延・トランジットでの足止めは安いチケット代の
代償として、他の欧州系や日系エアラインに比べて多い事を頭に入れておいたほうがイイと思います。
 時間の遅延以外はチケットが安くて機内食も意外と美味しいし、ロシア人乗務員のたどたどしい日本語(「アリガットゴジャーリマスタ」)、はいつ聞いても
微笑ましいし、独特のデザインでカッコイイ旧ソ連製機材に乗れる事、中近東・東欧・アフリカなど豊富な路線を持っている点などで個人的には好きなエアラインです。
 社会人になった今は仕事に影響が出るので個人旅行でも使う機会が減りましたが、また乗りたいエアラインです。

こんにちは。以前のアエロフロートは皆さんが書かれている通り、機体のボロさ(イリューシンやツポレフなどの旧ソ連製機材)やサービスのひどさなどの悪評が有名でした。しかし、近年はエアバスなど西側機材の導入を図り、サービスも大幅に向上してます(特に東京ーモスクワーロンドン・パリ線)。一般に言われている安全性の不安ですが、アエロフロートのパイロットは旧ソビエト空軍出身者が多く、操縦の腕はバツグンで、操縦技術(特に凍結した空港への着陸)は他のエアラインに引けをとらないそうです。
 問...続きを読む

Q日本はアメリカの犬ですか?

よく日本はアメリカの属国であって独立国ではないという話を聞きますが、反対にアメリカの意向を全く無視できる国は存在するのでしょうか?
北朝鮮やイランといった反米派の国ですら常にアメリカを刺激しないような政策を行っているように思います。また、本当に日本がアメリカの奴隷であるならアフガニスタンやイラクで自衛隊はテロリストを殺さなかったのですか?

Aベストアンサー

程度の問題でしょう。

米国は世界一の大国ですから、米国の意向を
全く無視できる国は存在しないと思います。

ただ、相当言いなりになる国と、あまり言うことを
聞かない国、その間にある国・・・と段階がある。

ということで、日本はかなり言いなりになっている
国だ、という意味だと思われます。

構造改革、郵政民営化
建築基準法の改正、おもいやり予算、日米地位協定、
定期借家制度、住宅表示制度、教育改革・・・
これらは皆、米国の要請に基づくものです。

そして、
米国に遠慮して公定歩合引き上げを引き延ばし
総量規制と同時になってバブル崩壊を引き起こした
のは周知の事実です。

まあ、ポチ、いや犬は言い過ぎでしょうが、部下みたいな
ものであることは確かだと思います。

Q冷戦時代のソ連軍は、本当に脅威だったのですか?

今、北朝鮮の核が問題になっていますが、北朝鮮自体が秘密のベールに
包まれているため、核とミサイルの脅威がどの程度のものなのかは
わかりにくいと思います。
(実際にミサイルに搭載して使用できる信頼性があるのか、という程度の
 意味です)

そこでふと、旧ソ連軍はどうだったのだろうかと考えました。
1980年代頃のテレビや小説などでは、ヨーロッパでNATO軍とワルシャワ軍が
開戦したら、ソ連軍の大戦車部隊は物量でNATO軍を圧倒し、窮地にたった
NATO軍側が戦術核を使用して、それをきっかけに全面核戦争が始まると
いったパターンの話が多かったと思います。
当時のソ連軍に、それだけの実力が本当にあったのでしょうか?

北朝鮮の核はよくわかりませんが、当時のソ連軍は、数はあっても中味は張子の
虎で、実際の戦力はたいしたことはなかったと思うのですが、どうでしょうか?

Aベストアンサー

こんにちは。
レス、ありがとうございます! やっぱり、こういう話は楽しいですねぇ。で、今回はとてつもなく長いです。書いてみて、バカだなぁとちょっと思ってしまいましたが、お許しを…。もしお時間が許せば読んでやってください。
ところで失礼かなと思ったのですが、edogawaranpoさんの仰るフィリピンのマルコスの夫人はイメルダです。で、デビさんの旦那はインドネシアのスカルノのです。ちょっと横槍すみません。

ハードウェアで戦争に勝てるとは思いませんけど、ベトナム戦争以降のアメリカの戦争の仕方を考えるとやはりハードウェアを抜きに考えるわけにはいかないというのも事実だと思います。まず、ハードウェアの面で東側がどれだけ遅れてしまったということは、それこそベルリンの壁の崩壊で明らかになったわけです。と、その前に、ベトナム戦争に関して、ちょっと思うところがあるのでそのことをまず。
米軍がベトナムで大苦戦して、挙げ句の果てに負けたということで物量、最先端技術というものがものの役に立たないような言われかたがしていますが、個人的にはこれはまちがいのような気がするんです。というのは戦争の性格をみた場合、アメリカはかの戦争に勝つためには完全に共産主義という思想をベトナム国内から一掃しなければならないわけで、経済として施行されていれば共産主義の一掃もかなうかもしれませんが、思想を人の中から追い出すというのは不可能なわけですよね。ということでこれは勝ちようがない。また、ベトナムにしてみれば、自国の防衛なわけですからどんな犠牲を払ってでも米軍を追い出せばいいわけですが、米軍にしてみれば明確な叩くべき戦略拠点(戦術上必要な要所はあったとしても)がないわけで、無駄な犠牲を国内世論を考えてもあれ以上出せなかったわけですよね。事実、ベトナム側の犠牲者は20万とも30万とも言われていますが、米軍のほうは6万~7万とされています。単純に数字だけを見ればアメリカが負けたと言えないわけです。
ということで、単純に破壊力だけを考えればやはり戦争においてはハードウェアがもたらす効率のいい戦闘ということは無視出来ないのではないかと思います。戦争そのものに関しては、政治的な問題や軍隊そのもの志気という目に見えない部分が大きく絡んできますが、個々の戦闘ということに関して言えば、ハードウェアと物量というのは、非常に重要なので、doyaさんの仰るところの、旧ソ連軍にそれだけの軍事的な力、すなわち西側にとって脅威になり得たのかという、ことを考える必要がやはりありますよね。この辺のところがどうも、抜け落ちて語られ過ぎているというのは、まったく仰るとおりです(念のために申し上げておきますが、決して、軍備の増強を願っているとか、兵器を礼賛しているとか、アメリカよりというわけではありませんので)。
と大幅に脱線してしまいましたが、東のテクノロジーの遅れについてもっとも有名なところのお話でひょっとしたらご存じかもしれませんが、カール・ツァイスのことを書いておこうかなぁと思いました。
ご存じの通り、ドイツの名門光学機器メーカーのカール・ツァイス(当時もっとも優秀な航空機用照準器だったらしいですね)ですが、第2次世界大戦のあと、ドイツが分断された際にカール・ツァイスも分断されてしまったわけです。ここから二つのツァイス社が出来てしまいます。東側のツァイスのほうがむしろ本社のあっとところだったわけで、分断された直後に関してはどうやら東側のほうが光学の技術もある程度すすんでいたらしいのですが、実際に東西が統一されツァイス自体も統一されるとその技術格差は大変なものがあったらしいのです。西側のツァイスはすでに非球面レンズの高精度なものを作れていたのですが、東側のツァイスはまだそれすらも完成していなかったとか。この高度な非球面レンズがないということは、つまり、集積回路を作る際に小型化が出来ないということになります。優秀な集積回路をもてない中では、情報機器の整備は追いつけませんよね?
この辺だけを見ても、電子戦と言われる現在の戦争のスタイルを考えても、鉄のかたまりが衝突するわけではなくなってしまったので(第2次世界大戦ですらレーダーの発達で戦局は大きくかわっているわけですからねぇ)東側の持っている兵力がたとえ数字上、西側のものを上回っていてもかなり不利だったと言えるのではないでしょうか? また、doyaさんの仰るとおり、あれだけの大きな陸戦隊を管理するとなると指揮命令系統が完璧に機能しなければならず、その指揮命令系統の攪乱のためのEMSを使いまくるNATOが苦戦して、窮地に陥るなどとはとうてい考えられません(東側には優秀な真空管がありますけど、これは結局、ノイズシールドが出来るだけの集積回路をもてなかったからという話もあります)。事実、米軍のパナマ侵攻、グレナダ作戦の時は周辺地域の電波使用の機器は完全におかしくなったという話です。また、今回のアフガンのほうに関しても、徹底的に電子戦をやってのけていますよね。もちろん、今の技術と冷戦時の技術とは比較になりませんが。
情報戦の面を考えても、ソ連軍がNATO軍の脅威になり得たか、本当のところはやはり怪しいとボクは思います。ただ、数字上の戦力に関しては侮れないものも当然あり、戦争でもっとも人的被害をもたらすものは一発20円くらいのライフルの弾なので苦戦は強いられるでしょうけど。しかし、この両陣営が本格的に衝突して総力戦ということになればゲリラ戦というような展開になることはないでしょうね。そうした意味でも、ボクは、やはり一部の東西冷戦の「たら、れば」小説にはたいがい疑問符がついてしまいます。とはいえ、エンターテインメントとしてみた場合は面白いんですけど(先日、ご紹介いただいた本は残念ながら読んでおりませんが、近いうちに読んでみようと思います)。
ところで、北朝鮮の核に関しては、開発こそしていたでしょうけど、やはり運搬手段(核戦術で一番重要なのはこれなんですけどね、ほんとうは。関係者とはいえ、マスコミがこの辺を落としているのが気にくわないです)と発火装置の開発の難しさを考えてみれば、まぁ、やっぱりあったとしても、ないに等しいのではないでしょうか。
むしろ、北朝鮮が核を保有していると言うことをことさら恐怖し、それによって日本やアメリカなどの国内世論が不必要に神経質になって本来果たすべき外向的解決を放棄してしまうことのほうが怖いです。そうした意味でも核の持つ政治兵器としての存在感とその破壊力は相変わらずというか、以前にもまして重要になってきていますよね。そろそろ、日本の大学でも国際政治というインチキな学科にちゃんとした戦略・戦術も教える環境が出来ることを望んでしまいます。
かなり脱線しまくっていますが、お許しください。では、参考までに。

こんにちは。
レス、ありがとうございます! やっぱり、こういう話は楽しいですねぇ。で、今回はとてつもなく長いです。書いてみて、バカだなぁとちょっと思ってしまいましたが、お許しを…。もしお時間が許せば読んでやってください。
ところで失礼かなと思ったのですが、edogawaranpoさんの仰るフィリピンのマルコスの夫人はイメルダです。で、デビさんの旦那はインドネシアのスカルノのです。ちょっと横槍すみません。

ハードウェアで戦争に勝てるとは思いませんけど、ベトナム戦争以降のアメリカの戦争の...続きを読む

Q1980年のソ連軍と現在の自衛隊が戦ったら自衛隊は勝てるでしょうか?核

1980年のソ連軍と現在の自衛隊が戦ったら自衛隊は勝てるでしょうか?核兵器は除きます。

Aベストアンサー

無理です。

イギリス国際戦略研究所の発行する「ミリタリーバランス1981年~82年版」によると・・
(1980年とは1年違いがありますが、そう戦力に開きはないと思います)

ソ連陸軍の兵力は182万5千人で、戦車の数は4万5千両。
現在の陸上自衛隊は約15万人で、戦車の数は900両。

ソ連空軍の戦闘機数は5300機で、航空自衛隊は攻撃機を入れて約370機。

ソ連海軍の艦艇は・・
巡洋艦37隻。このうち原子力巡洋艦は1隻。またミサイル巡洋艦は27隻で、あとの10隻は砲のみの旧式艦。
駆逐艦は73隻で、このうち41隻がミサイル駆逐艦で、あとの32隻が砲のみ。
フリゲート艦は180隻で、このうちミサイルフリゲートが72隻で、あとの108隻は砲のみ。
他にミサイル艇128隻。魚雷艇220隻。哨戒艇111隻。
潜水艦は核抜きという事なので弾道ミサイル潜水艦は抜きにして・・
原子力巡航ミサイル潜水艦が47隻。巡航ミサイル通常型潜水艦が22隻。攻撃型原子力潜水艦が52隻。攻撃型通常潜水艦が138隻。
これに対し、海上自衛隊は護衛艦が50隻、通常型潜水艦が16隻。

難しい話は抜きにして、ただ単純に戦力をぶつけあったなら自衛隊は高性能な兵器により多大な損害をソ連軍に与えるでしょう。しかし、最終的には数の差で圧倒され敗北すると思います。

ちょっと小難しい話をすると、自衛隊に日本が守れるかというと、無理です。日本の弱点は海上交通路です。貿易ができなければ日本の命取りです。そしてペルシャ湾、インド洋、南シナ海、太平洋の広大で長い海上交通路をわずかな海上自衛隊の戦力では守りきれません。ソ連の大潜水艦隊の通商破壊戦に敗北するのは必至です。

ですが、それはまあ置いておいて・・もしソ連軍が日本に侵攻するとしたら・・
まずは準備でしょう。西から極東に戦力を移し、航空基地を幾つも建設し、全ての揚陸艦をソ連太平洋艦隊に配属し、沿海州沿岸にスカッドC地対地ミサイルを数百基集結させます。
そして、まずは千歳基地にミサイルでの一斉攻撃を行います。沿海州沿岸から千歳までは500キロに達しません。スカッドCなら十分に射程内です。また、潜水艦発射巡航ミサイルも使用します。長距離爆撃機から発射する長距離空対地ミサイルも使用します。このミサイルは射程が300キロもあるので、長距離爆撃機はミグ戦闘機の援護を十分受けられます。バジャー、ベアといった長距離爆撃機は460機もあります。
ミサイルの波状攻撃、飽和攻撃により千歳基地を無力化します。
いかに高性能の戦闘機、対空ミサイル部隊でも数が多すぎて対処できないのではないかと思います。戦闘機も基地と滑走路が無ければ戦えません。他の基地に行くか、民間空港を利用するしかありませんが、そこで補給・整備の体制を整えるのは大変でしょう。
千歳の次は三沢です。
北海道の制空権が取れそうなら上陸作戦を開始します。イワン・ロゴフ級揚陸艦1隻、アリゲーター級戦車揚陸艦14隻、ロプチャ級戦車揚陸艦12隻、ポルノクヌイ級戦車揚陸艦52隻を中心とする揚陸艦隊です。この艦艇の数なら一度に720両の戦車を運べます。二往復すれば、早くも質的にはともかく数的には自衛隊の戦車の数を凌駕します。三往復すれば自衛隊の倍の数の戦車です。
ソ連太平洋艦隊はその援護です。日本の潜水艦対策には機雷原を構成し揚陸艦部隊に近寄らせないようにします。あとは空と海上の対潜部隊に厳重に監視させれば十分でしょう。
そして、南下し順々に攻略していきます。
スペツナズなどの特殊部隊を日本各所に侵入させ破壊工作も行います。
数の少ない自衛隊は非常に苦戦を強いられるでしょう。
つまりはソ連軍の勝利という事で。

無理です。

イギリス国際戦略研究所の発行する「ミリタリーバランス1981年~82年版」によると・・
(1980年とは1年違いがありますが、そう戦力に開きはないと思います)

ソ連陸軍の兵力は182万5千人で、戦車の数は4万5千両。
現在の陸上自衛隊は約15万人で、戦車の数は900両。

ソ連空軍の戦闘機数は5300機で、航空自衛隊は攻撃機を入れて約370機。

ソ連海軍の艦艇は・・
巡洋艦37隻。このうち原子力巡洋艦は1隻。またミサイル巡洋艦は27隻で、あとの10隻は砲のみの旧式艦。
駆逐艦は73隻で、このうち41隻がミサイ...続きを読む

Qなぜ中国は人口が多いのですか?

数千年前に急激に増えたのでしょうか?
SEXの好きな民族だったのでしょうか?

Aベストアンサー

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇させました。そのため、古代、二千年とか辺りからすでに人口問題があり、周期的な大戦争や天災で、死んだり、餓死したりで、人口調整がなされていたとも云えます。つまり、昔から、中国は人口が多かったのです。人口密度も高かったのです。
 
  2)上の周期的な人口減少があるということは、それを回復するための努力や、また自然に回復する理由があったとも云えます。その理由の一つは、中国の社会が、農業文明であって、農業文明では、人口調整は自分たちでは行わないのです。つまり、生まれる数だけの子どもを育成しようという文化慣習があります。この結果、戦争・天災などで、減った人口はすぐに回復するということが繰り返され、また、このような経験を蓄積した文化として、「子どもはできるだけ多数造る」というのが、歴史を越えて、文化の基底習慣にもなってしまいました。
 
  3)もう一つの理由として、中国の社会の構造があります。中国は、大家族制社会で、もう一つ大結社的社会でもあるのですが、中国の歴史上の争い、戦争や政争などは、大家族・大結社の規模や、どれだけ、それらを糾合できるかで決まりました。従って、大家族は、人数が多いほどよいというので、農業文化の基本である、子どもは造れるだけ造るという原理以外にも、社会的競争の結果、大家族集団では、育てることのできない子どもは、力ある、大家族の別の家族が引き取り養うという形で、単に、農民家族が多くの子どもを育てるというだけではなく(これだと、個人家族の限界が出てきます)、大家族共同体が、そのなかで、多数の子どもを再生産するという、大共同体レベルで、多産多育成を可能とする社会機構があったので、そういう機構がない農業社会に較べ、多数の子どもが、成長し得たということで、人口増大がすぐ起こったのです。
 
  4)あまり説明が長くなるのも困りますから、もう少し簡単にしますが、次に、社会の「近代化」という問題があります。農業生産を基盤とする社会は、可能な上限まで人口を増やします。国連が食料を援助すると、その援助分だけ、人口が増えて行ったりします。しかし、先進近代国家は、人口減少へと現実的に向かっています。この理由は、高度文化社会となると、餓死の心配などはなくなり、国家の国民支援も、制度的に保証され、子どもをたくさん造って、家族や自分たちの「保険=保証」にしようという必要がなくなることがあります。また、高度文化においえ、義務教育他高等教育も普通となり、生活費用も高くなり、一人の子ども成人させるのにかかる費用が大きくなって行き、多くの子ども育てるということが、合理的でなくなってきます。不可能になるとも云えます。国民全体が、餓死などない、相応に豊かな生活水準になり、義務教育の普及が90%を越えて来ると、こういうことになり、人口増加は逆転して人口減少になります。これが先進国の実状です。
 
  5)現在の先進国も、1世紀前には、実は、人口増大していました。先進国はどこもかも、産業化の時点から較べて、数倍から十倍ぐらいの人口に増え、その後、増加は停止し、減少へと転じます。このパターンからすると、現在世界の後発国は、産業化をすすめ、教育の普及などを進めていますが、この結果としての人口増大があります。衛生思想や技術の普及で乳児死亡率が低下し、人口増大へと転化した国も多数あります。中国もそうであり、1世紀前に較べ、第二次世界大戦などを経過したにも拘わらず、産業化・先進化の歩みの途上の人口増加を経験していると云えます。
 
  インドやバングラデシュや、アフリカなどの人口増加はどうなるのかは、主に第五の理由が共通しています。その他には、インドには、また固有の事情があります。とまれ、中国は、先進国化してしまえば、人口増加は停止するはずですが、「先進国化」というのは、文明の展開で、最初に突破した少数の国々・地域だけに可能で、後発諸国は、そういう可能性はないのではないかという可能性もあります。つまり、中国が近代化・先進化する見込みはないという可能性が高いです。先進化への開始から、実現までのあいだに、日本・欧米で、数倍から十倍ぐらいの人口増加と言いましたが、その数字からすると、中国が近代化を進めて行く過程で、いまから、農業国であった理由での人口増大とは別の要因の人口増大が加わって、まだまだ、増えて行くと考えられます。
 

 
  基本的に幾つかの理由が輻輳しています。
 
  1)まず、中国は、黄河・揚子江を擁し、肥沃な大平野があり、古来より、麦・米の栽培による灌漑農耕があり、「四大文明」の一つだともされています。二千年乃至三千年以前から、肥沃な土地にあって農業を営み、養える人口が、他の地域よりも多く、結果的に、古代から人口過剰になっており、農耕地をどんどん拡大し、揚子江南岸の三国志時代の呉などの地域は、あまり農業生産性が高くなかったのですが、ここも農耕地に変え、食料生産能力を高度に上昇さ...続きを読む

Q夫がネオナチです。

40代の夫は、いわゆるネオナチです。

もちろん結婚するまで、このような強い思想を持っているとは知りませんでした。

ヒトラーを崇拝し、自らもそのような人物になりたい。
自分の子供に、「ハイルヒトラー」と叫ばせたいと。
私もいろいろ勉強しました。
現在でも、賛否両論、喧々囂々、さまざまな解釈がされていますね。

無知なときにはただ、独裁者であることと、大量虐殺を行った人物であることしか知らず、ただ恐れていましたが、少し勉強して、彼の生い立ちや、歴史的背景などがわかりました。

私の結論は言うまでもなく、ヒトラーはコンプレックスを大きく抱えた異常者であるということです。(差別感をあのように現実化する)

どんな言い訳も、通用しないと思います。

また、形式美をたたえる向きもありますが、愚の骨頂です。

もう何年も夫を説得してみましたが、変わりません。
この際個人の思想は尊重します。

子供に悪影響を及ぼすことだけが心配でなりません。
ヒトラー崇拝の方、なぜ?どんなきっかけでそのような思想に?

教えてください。

また、同じ境遇で、子育てされた方、経験談、アドバイスなどいただきたく思います。

40代の夫は、いわゆるネオナチです。

もちろん結婚するまで、このような強い思想を持っているとは知りませんでした。

ヒトラーを崇拝し、自らもそのような人物になりたい。
自分の子供に、「ハイルヒトラー」と叫ばせたいと。
私もいろいろ勉強しました。
現在でも、賛否両論、喧々囂々、さまざまな解釈がされていますね。

無知なときにはただ、独裁者であることと、大量虐殺を行った人物であることしか知らず、ただ恐れていましたが、少し勉強して、彼の生い立ちや、歴史的背景などがわかりました...続きを読む

Aベストアンサー

ネオナチといってもいろいろあります。
いわゆる「あのころは良かった」というナチス残党組と
失業者を中心とした外国人排斥思想組、若者を中心とした白人至上主義組等ですね。

日本の場合は移民自体が少ないために外国人排斥活動は見かけませんが
若者を中心とした弱者排斥思想は日本でも同じです。いじめや浮浪者刈りは
その典型ですよね。こうして現状に対する不満を外国人や弱者にぶつけるのが
最近のネオナチであり、その大義名分がナチスの政策なんです。
なので単にヒットラーが好きという理由のネオナチは少数派なんですね。
アメリカの有名なネオナチ指導者なんて父親が黒人に殺されたからという
理由でネオナチの活動家になっただけですしね。

御主人が立派なネオナチなら華僑が経営する中華レストランや在日朝鮮人が
経営する焼肉屋への破壊活動は当たり前に実践しているはずでしょう。
そういうことをしないで家でヒットラー最高といっているだけであれば
単なる「オタク」です。心配ありません、この手のオタクはたくさんいます。

軍服を見るとワクワクしてくるというかなんというか
細かい政策云々よりもその時代に対する憧れが中心ですからね。
私の中学時代の同級生にも強烈な国粋主義者がいました。彼の部屋は
日章旗はもちろんのこと満州国の地図、軍刀をたずさえた自分の写真も
貼ってありました。

軍事関係の雑誌を見ればナチス関連のグッズを扱う業者はたくさんいます。
それだけナチス好きな日本人がいるということでしょうが、日本では
あまり外国人排斥活動は見当たりませんね。(たまに在日朝鮮人に対する
いやがらせはありますけど、リンチがあるというわけではないし)
みんな、家やサークルの中で「ハイル・ヒットラー」といっているだけの
ナチスごっこにすぎません。たぶん、女性にはこの手のマニアぶりが
理解できないでしょうが、そんなに実害はないでしょう。

子供は親だけと過ごしているわけではありません。少なくとも両親が
違う思想であれば、成長するにしたがって「アホちゃう」と思いますよ。
ただ、御主人が実際に外国人排斥に対して行動をおこしていて
外国人へのリンチをしているようであれば、それは別の問題ですが。

ナチスについて勉強されているようですが、再度、優生学について
勉強してみてください。ナチスの場合は公衆衛生学と言う場合が多いのですが
この法律を題材に御主人に同意できるかどうか、できるのであれば
堂々と選挙に立候補するように勧めてみて下さい。選挙公約には
「ハンセン病訴訟の国家賠償の反対」として。ヒットラーは権力者では
ありますが、それ以前に政治家です。彼がまともと言える点は自分の主張を
選挙で訴えて権力を握ったことです。御主人がヒットラーのようになりたいのであれば
ちゃんと政治家として活動するべきだと思います。それができないようであれば
やはり、オタクとしか言えず、心配する程のことでもないと思いますよ。

繰り返しますが、問題はネオナチとはヒットラーに対する個人的な評価ではなく、
ナチスが提出した法律、政策の問題です。ヒットラーがどいう人物であったかを
議論するのではなく、政策面で話し合った方が有意義だと思いますよ。

ネオナチといってもいろいろあります。
いわゆる「あのころは良かった」というナチス残党組と
失業者を中心とした外国人排斥思想組、若者を中心とした白人至上主義組等ですね。

日本の場合は移民自体が少ないために外国人排斥活動は見かけませんが
若者を中心とした弱者排斥思想は日本でも同じです。いじめや浮浪者刈りは
その典型ですよね。こうして現状に対する不満を外国人や弱者にぶつけるのが
最近のネオナチであり、その大義名分がナチスの政策なんです。
なので単にヒットラーが好きという理由の...続きを読む

Q日本の航空会社の運賃、どうしてこんなに高いんですか?

こんにちは。

いつも思うのですが、日本の航空会社(JAL・ANA)の国際線運賃って

どうしてこんなにも高いのですか?正規運賃が世界共通なのは知ってます。

格安航空券とか、割引航空券とか同じ路線なのに海外航空会社の方が

安いですよね。時間帯もJALとかANAはいいですし、利用したくても

この値段じゃ・・・ってときがあります。何か理由でもあるんでしょうか?

推測ではなく、的確な回答をお待ちしてます。

Aベストアンサー

概ね3つの理由が考えられます。

1、理由は安全性にかける費用が違う
 パイロットの養成にかかる費用が非常に高価。その代わり優秀な乗務員が多い。
 日本の航空会社の事故補償についてはいちおう制限なし。

2、公租公課が非常に高額
 空港の着陸料、サービス受益料、駐機料が日本をベースとすれば当然高い。
 しかも大型機材ばかりで、重量に応じた課金なので高い。国際線空港の
 成田・関西は超高額です。しかし羽田は安いです。

3、協定が存在。
 詳しくは申し上げられませんが、特定の路線で価格協定が存在してます。
 それゆえ日系会社には競争が存在せずにのさばっていられるところがある。
 それは結果として乗客にツケが回ってきます。

1)の理由から需要が高いのは当然です。そうすればまた料金はつりあがります。

けっこう複雑な内情があります。

Q冷戦が日本に与えた影響

私は今冷戦が日本にもたらした影響について調べています。
自分なりに調べ、
戦後日本の経済成長のきっかけとなった特需は朝鮮戦争が起こったからこそあったわけで、その朝鮮戦争は米ソの代理戦争だったから、これも『冷戦が日本に及ぼした影響』ととらえていい と考えました。
これはよいとして、『冷戦が日本に及ぼした影響』のほかの例が分かりません。いろいろ調べてみたのですが、どうも日本には無関係だと感じる内容ばかりで(汗)
経済面、政治面、外交面。なんでもいいので教えていただきたいのです。本来なら自力で調べるのが道理でしょうが・・・・
どうかよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

宿題は自分でやれ~
途中まで調べたんか、ほな、おっちゃんも加勢したる~

(1) 占領政策の転換

朝鮮戦争は1950年に始まった。その前、早くも48年1月のロイヤル陸軍長官の演説のころから、米国の対日方針に転換の兆しが出てくる。「逆コース」ともいう。

日米関係資料集1945-1960(東大・田中明彦研究室)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/indices/JPUS/index45-60.html
逆コース - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%86%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9

逆コース以前は、日本の「右」や「旧軍」が米国の敵だった。「右」を制するためには「左」ということだろうか、GHQは共産主義者も釈放している。
しかし、冷戦ゆえに方針が転換された。「日本を(強い)味方にしよう」ということである。今度は「左」を目のかたきにして、「右」が徐々に復権する。再軍備まで始まった。

(2) サンフランシスコ条約と日米安保条約

日本国との平和条約(中野文庫)
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js27-5.htm
日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約
http://www.geocities.jp/nakanolib/joyaku/js27-6.htm

言うまでもなくサンフランシスコ条約は講和条約であるが、冷戦下で日本が西側陣営に組み込まれることも意味していた。ソ連も中国も(中華民国も中華人民共和国も)その他の国も、この条約から外れている。ただし、中華民国とは、同内容の条約を同時期に結んだ。
サンフランシスコ条約は日米安保条約と抱き合わせになっていた。普通、講和条約を結んで占領が終結すれば、占領軍は撤退するだろう。ところが、安保条約により、米軍は日本に留まり続けることになった。冷戦状況下で、日本は米軍の不沈空母(何じゃそりゃあ)となった。

(3) 日本の古狸(ふるだぬき)

日本は否応なしに冷戦構造に組み込まれた。しかし、それを利用して、のし上がっていったとも言えよう。経済はもちろん、政治でも、意外な利用の仕方があった。
後藤田正晴は、「カミソリ」の異名をとった男だ。

後藤田正晴とは - はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B8%E5%C6%A3%C5%C4%C0%B5%C0%B2
後藤田正晴 講演(1994年9月6日)
http://www.tfcc.or.jp/cshl/no1.html
(引用開始)
日本の政治のシステムというものは、東西対立の中でイデオロギーを中心にしながら三十八年間、自由民主党と社会党が中心になって政治を担当してきました。
(中略)
アメリカなり外国の目から日本の自由民主党のやり方を見ていると、どうも自由民主党というのは我々と折衝すると、なにしろ国内の政治勢力に社会党だのなんだのうるさいのがいて、とてもじゃないが、あなた方の言うとおりにはできませんよと、うまいこと言って少々ごまかしてきたなというのが外国の評価ですよ、率直に言って。 ことほどさように、外交の面において自由民主党が社会党の主張を利用したということも事実なんです。
(引用終り)

つまり、自民党は社会党をダシに使ったわけだ。
アメリカさんよ、日本に無理難題を押し付けないでください、社会主義の連中が勢いづいちゃうんですよー、とか言って。これも冷戦下の「55年体制」の一つの名物だった。

宿題は自分でやれ~
途中まで調べたんか、ほな、おっちゃんも加勢したる~

(1) 占領政策の転換

朝鮮戦争は1950年に始まった。その前、早くも48年1月のロイヤル陸軍長官の演説のころから、米国の対日方針に転換の兆しが出てくる。「逆コース」ともいう。

日米関係資料集1945-1960(東大・田中明彦研究室)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/indices/JPUS/index45-60.html
逆コース - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%86%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%B9

逆コ...続きを読む

Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Q入る改札と下りる改札の間の時間が不自然だったら?

こんにちは。

渋谷から山手線に乗り、数時間寝てしまい、
山手線を何週かした後に隣の原宿駅で降りたら、
普通に降りれるのでしょうか?

警告みたいなアクションが起こるでしょうか?

もし何もないのであれば、極端な話、
山手線を始発から終電まで乗っていても
問題はないということになるのでしょうか?

Aベストアンサー

○有効な乗車券を持っていた場合
 例えば、東京23区内1日乗り放題の「都区内パス」等を持っている
場合、問題なく乗降できます。何度も乗り降りしている内に券が曲が
るなどして、自動改札を通らなくなる可能性はありますが、この場合
も友人改札を通ればOKです。

○有効ではない乗車券を持っていた場合
 例えば渋谷⇒原宿の片道切符では山手線一周は出来ません。
 故意に何周かした場合は不正乗車、居眠りで何周かした場合は誤乗
扱いとなるかと思います。

 この場合注意しなくてはいけないのは、
「改札機の判定=規則に照らしたJRの判断」
 ではないという事でしょうか。
 他の回答者さんが指摘したように、不自然に長時間時間をかけると
「係員のいる通路をお通りください」という説明が出て、改札口を出
られなくなる可能性がありますが、誤乗や駅構内に長居する理由がき
ちんと説明出来れば、不正とは処理されません。
 逆に、故意に一周した程度なら、自動改札機が「不正乗車の疑いあ
り」と判定せず、普通に通してくれる可能性もありますが、不正は不
正、上手く改札を通過しても、尾行調査していた調査員が改札脇で実
行者の方を叩いて、3倍運賃を請求する可能性もあります。
 実際には、山手線一周程度なら不正を取り締まるコストの方が高く
成りすぎるので、「後をつけて摘発」という事は稀かとは思いますが、
可能性があるという時点で「問題はある」というのが正解かな、と思
います。

○有効な乗車券を持っていた場合
 例えば、東京23区内1日乗り放題の「都区内パス」等を持っている
場合、問題なく乗降できます。何度も乗り降りしている内に券が曲が
るなどして、自動改札を通らなくなる可能性はありますが、この場合
も友人改札を通ればOKです。

○有効ではない乗車券を持っていた場合
 例えば渋谷⇒原宿の片道切符では山手線一周は出来ません。
 故意に何周かした場合は不正乗車、居眠りで何周かした場合は誤乗
扱いとなるかと思います。

 この場合注意しなくてはいけないのは、
「改札機...続きを読む


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