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間接正犯類似説

「原因において自由な行為」の論点。行為の途中から心神喪失になった場合、間接正犯類似説だと適用困難だそうです。
原因行為時にはシラフだったにもかかわらず適用ができないということは、原因行為時には責任性がそれでもまだ欠けていた
ということでしょう。それ以外に考えられません。

さてさて、ということは、原因において自由な行為において特に重要な原則「行為と責任同時の原則」というものの
「責任」とは「責任能力」だけではなく「責任故意」のことも含むのでしょうか??


多分違うでしょうが。

A 回答 (1件)

行為の途中から心神喪失になったのならば、逆に行為開始時には、まだ責任能力があったということかと思います。

それなら、「原因において自由な行為」の法理を持ち出すまでもなく、当該行為に出たことの責任を問い得るのであり、行為が1個と評価できる範囲内では、その行為から生じた結果に関しても、非難を向けることが可能だと考えます。

「間接正犯類似説」とは、自分を責任無能力の状態に陥れて犯罪を行うことが、あたかも間接正犯において他人を道具として利用するのと変わりはないとする見解に立ち、原因設定行為に実行行為性を認めることによって、「行為・責任同時存在の原則」を満たそうとする学説です。
この学説を適用するには、原因設定行為時に責任能力があると共に、実際の行為開始時には責任無能力(心神喪失)の状態になっていることが必要だと思います。行為開始時に心神喪失の状態になっていないのなら、それは自分の意思で行為に出たと考えるのが自然であり、自分を道具化したとはいえないからです。これが、行為の途中から心神喪失になった場合に、「間接正犯類似説」を適用できない理由だと思います。

結局、「間接正犯類似説」が適用できなくても行為者の責任を問えるので、特に可罰性の問題は生じないのかと思います。
なお、「行為・責任同時存在の原則」の「責任」とは、「責任能力」のことを指しているものと思います。責任能力は、故意の可否を判断する前提となるものなので、この原則には必ずしも「責任故意」が含まれているとはいえないと考えます。

以上、ご質問の趣旨に沿わない回答であれば、お許し下さい。
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