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国籍を歴史的にみて。

平安時代、奈良時代は帰化人に対して寛容であった。
しかし、その精神は、明治時代から、ナショナリズムで変わった。(差別意識)(単一思想?)

何故、寛容だったんですか??
明治時代ではなにがどう変わったのですか?

A 回答 (5件)

平安時代、奈良時代は帰化人に対して寛容であったとされる、出典は私も知りたいです(否定しているのではありません)。

仏法や技術をもつ人は、優遇はされたとおもいます。

ただ、卑弥呼くらいの時代を書いた中国の歴史書には、日本の西(たぶん九州)と思われる地域に、中国人が集まって住む地域のことがでてきます。これは、単に同じ中国人だから集まっていたのか、あるいは隔離されていたのかは、わかりません。ただ、そういう地域があったということは、やはり言葉が通じなかったでしょうし、文化の違いは認識されていたのだと思います。
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 そもそも近代国家が成立したのは17世紀以降のことで、それ以前には「国籍」という概念自体がはっきりしませんでした。



 主権国家が確固たるものとして成立する以前は、日本も含むアジアは海陸の交通路を舞台に人々が激しく行き来する流動的な空間で、日本が外国から人を受け入れる一方、日本人自身も海から外に出て行ってそのまま他の土地にいついてしまうなどということもよくありました。パスポートも何もない時代ですので、勝手によその土地に住み着いても、現地の領主の許可さえ得ていて周囲の人といざこざを起こさない限りは、たいした手続きもいらなかったのです。

 ヨーロッパも都市国家や領主が支配する私領が林立していて、「国籍」ではなくどの領主に仕えているか、どの都市の住民であるかというようなことのほうが重要でした。領地の範囲はちょっとした紛争や結婚・相続などでしょっちゅう変わりますから、領土に従って国籍を規定するなどということをしてもあまり意味がありません。

 アフリカや南北アメリカなどにも主権国家らしいものは成立しておらず、一部の王国は別として小さな部族ごとに固まって住んでいたりしたので、どの部族社会の構成員であるかというようなことのほうが重要でした。

 このように、昔は国籍を規定する国家というものがそもそも存在していなかったので、おそらく近世以前の人々は自分の「国籍」を実感するということ自体がほとんどなかったのではないかと思われます。

 より詳しいことをお調べになりたければ、去年末に出た『興亡の世界史15 東インド会社とアジアの海』という本をおすすめします。17世紀頃まで人間はほとんど国籍のことなんか考えずに外国と行き来していたんだな…ということがよくわかる本です。

http://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E3%82%A4%E3%83 …
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> 何故、寛容だったんですか??



中国・朝鮮が先進国だったからです。
蘇我氏は朝鮮の知識を元に、権勢を築きました。
遣隋使・遣唐使しかり  今でも欧米系のタレントはチヤホヤ

昔も今も理屈は変わりません。
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明治以降の何時、日本に帰化した外国人を差別したのですか?



ラフカディオ・ハーンが差別された?
ラモスが?
サントスが?
弦念が?

> 何故、寛容だったんですか??
> 明治時代ではなにがどう変わったのですか?

どのような事例を見てそう思ったのか書いてないと回答が出せません。
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 中世くらいまではあちらが先進国です。

また移民といえるような大移動ではなく学識者など限られた日本で尊重されるような人たちの移入であったためでしょう。記録に残っているのはそういう重要な人たちの話であって、民間レベルではそうであったかまではわかりませんね。
 幕末の日本を動かしたのは国学思想を持つ人々であるし、外国からの圧迫感があってナショナリズム的にならざるを得なかったのでしょう。
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