アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

ビデ倫が「表現の自由」を強調するので、興味を持ったのですが、
表現の「自由」ってそれ自体が言葉の意味するところ矛盾していませんか?

例えば、「表現の自由なんて許さない!」という意見も、表現の自由賛同者は認めなければならなくなってくるのではないのでしょうか?
何故ならばそれは、「表現の自由は認めない」という「表現の自由」なのですから。

ビデ倫やその他マスコミは何かあるとすぐに「表現の自由」を主張するが、ちょっと考えてみると表現の「自由」なんてありえないことぐらい中学生にもわかると思うのですが……。

例えば、私が表現の自由を唱える人たちを「表現の自由を唱えるヤツは、馬鹿であほで低脳の包茎野朗!」と「表現」した場合、表現の自由を標榜する人は、私の「表現の自由」をどう捕らえるのだろうか?


是非とも、「表現の自由」肯定者の意見が聞きたい次第でございます。

A 回答 (11件中11~11件)

もちろん、表現の自由支持者は、表現の自由を否定する表現を禁止しませんよ。



> 私の「表現の自由」をどう捕らえるのだろうか?

どう捉えるも何も、ご勝手にどうぞ、と言うだけです。
もっとも、如何に表現の自由も、その濫用は禁止されています。例えば、誹謗中傷・プライバシーの侵害はダメです。

> 「表現の自由を唱えるヤツは、馬鹿であほで低脳の包茎野朗!」

と言うのは、誹謗中傷かプライバシーの侵害(笑)になるのでダメです。

他に、猥褻も表現の自由を制限する理由の一つではあります。今回のビデ倫もこれに当たります。
ただ、猥褻に関しては、その制限が妥当かどうかがいつも問題になりますが。

> ちょっと考えてみると表現の「自由」なんてありえないことぐらい中学生にもわかると思うのですが……。

というわけで、そんなことはありません。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!