大学や、研究所と呼ばれるようなところに所属していず、研究者という肩書きがない人が、もし、偉大なことを考えたら、それを取り上げてくれる専門雑誌ってあるのでしょうか。
あるいは、そのようなすごい理論ではなくても、素人の考えを発表できる場所はあるのでしょうか(素人としてではなく、通常の研究者と同じように)。
現代社会では、そのようなことは無理なんでしょうか。皆さんの考えでもなんでも良いので、よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

 論文を投稿する場合に関して、stomachman、一般人としての見解をば述べてしまいます。



 研究者って、別に免許があるわけじゃない。ヒトを見て落とすような雑誌は一流じゃないでしょう。また、内容がケシカランと言って拒絶されるとは思われません。余りに深遠な理論なら、易しい応用から発表していけば良いんですよ。
 実際、Natureには明らかに「トンでも」な論文が(希に)載ります。必ずエディターのコメントとして「とても信じられない。誰か追試して」というのが付きますけれど、実験の方法、統計処理、論文の体裁などがきちんとしていて、内容がヒトに分かるように書いてあれば掲載されうる。超能力だの超希釈溶液(もとの物質が1分子も残っていないところまで薄めた溶液の効果!?)だの見たことあります。内容でダメとは言われない。体裁に文句が付くのは普通のことで、メゲずに、言われた通り直せば良いんです。

 しかしながら、ホント、論文を書くのって大変です。他に仕事を持っていて論文を書くってのは、凄いパワーが必要ですよ。ましてや誰の指導も受けずに初めて書くとなったら、もう、見るも涙ぐましいぐらい。文句のない理論・データが揃っていて、英語力が完璧でも、少なくとも延べ1箇月は他のことが出来ないという覚悟が要る。いやいや、論文を送る際に添える手紙の書き方、図表や写真の体裁などからして勉強しなくちゃいけない。ホントに細かい詰まらないことでも、指導者がいないと大変ですから、1箇月じゃ無理。で、戻ってきた論文を手直しするのに半月。いよいよ載るとなっても、校正でまた徹夜。
 そもそも、その新理論がどのぐらいスッゴイのか、自分で客観的に評価するのは大変難しい。過大評価してしまう人は(トンでもとして)目立つけど、専門外だとむしろ過小評価してしまいがち。良いアイデアがいっぱい埋もれたままになっているんだと思います。だから、新理論をどういう風に位置づけるのか、そこからして難題ですね。ファインマンの自伝に、ヒトが半年掛かって計算したものを我流で一晩でやっちゃう話が出てきます。それをやって初めて、これは実はスッゴイ技法なんだと自覚したんだそうです。
 ファインマンの後ろに並べるのはナンですけど、stomachmanはある研究会にお呼ばれした時に、テーマとは関係ないついでのネタとして紹介したオリジナルアイデアが、余りにメチャウケしてびっくりしたことがあります。是非論文にしなさいと言われたけれど、めんどくさくてやっていません。なぜかと言うと:
 シロートにとっては、過去の文献のチェックが最初の難関。新規だ、と言い切るのが難しいんです。よほど勉強していないと「そんなのとっくに....」になったり「これってXX理論を変な風に言い換えただけじゃ?」「面白いけど使い途ないですね」「明らかにこっちの論文と矛盾するんですけど...」になったりしてしまう。それをサーベイしてきっちり反論するところまで考察を入れておかないと説得力がないです。
 次に、理論としての体裁を整えたり、従来の(と言っても必ずしも教科書には載っていないような)理論と比較したり、場合によっては過去の実験データと突き合わせたりしなくちゃいけません。これがまた大変。自分でデータをきちんと取るとなったらもっと大変。
 どの雑誌に投稿するかもなかなか悩ましい。なにしろスッゴイ新理論だったりすると、どの分野に該当するのかよくわからない。そもそもどんな雑誌があるのか調べなくちゃ。(ただし英語であることは絶対に必要で、極端な話、アメリカ田舎町のローカル研究会抄録の方が、日本語の国内論文誌よりましです。)
 医学関係の学会は会員になるのに大抵紹介が必要のようですが、昔ほど閉鎖的ではないと思います。正会員を一人知っていれば、医師でなくても紹介して貰うのは全然難しくありませんし、学会によっては必ずしも会員でなくても発表できます。(しかし医学でスッゴイ新理論てのはあるのかな?なにしろ理論をどうこうする学問というより「結果が全て」の世界。何らかの実験的裏付けがないと相手にされないように思われます。)

 どうやら、kawakawa教授の仰るように誰かspecialistを巻込むのが一番早道ですよね。大抵の学会の大会に聴衆として参加するのに必要なのは参加費だけですから、これというヒトを見定めておいて、学会主催の懇親パーティーだとか喫煙コーナーで仲良くなっちゃう(タバコが嫌い?そこはガマンして...)。あるいは大学の聴講生になって先生を引きずり込んじゃう。新理論が本物なら、イモヅル式に人脈を広げられるに違いない。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。
まったく、おっしゃる通りだと思いました。どこかの大学に所属していることは、論文書くにはとても有利です。下手すると、先生が全部書いてくれるし。しかし、本当にやりたい研究ができている人は良いのですが、中にはそうでない人もいると思います。逆に、どこにも所属してないと、自由だけれど、基本的な実験をするのも大変です。
どっちが良いんですかね。

お礼日時:2001/02/11 08:59

やっぱりX会場!!そーか、kawakawa教授クラスでもそうなのか。



 stomachman、白状しますと、せっかく参加費を払ったのに一度も会場に行かないで、ひたすらX会場で雑談してたことがあります。X会場なら偉い先生とでも自然にお話できるし、いろんな方をその場で紹介して貰える。(マル秘テクニック:凄く偉い先生とにこやかに挨拶するところをヒトに見せちゃうと、後がやり易いですゾ。)
 一方、オツキアイで出席した某国際学会の小さいセッションで、ドシロートのくせにキビシク質問しまくったあと抜け出してX会場で楽しく談笑してたら、座長の先生が呼びに来た!ってことがあります。早く来てくれ、あんたが質問してくれんと誰も質問しないんだヨ。
 大抵誰でも、自分の専門分野からほんの一歩はみ出ればよく分からない。だから、ちょっとやってることが違うとうっかり質問することすら出来ない(不勉強がバレちゃう。或いは興味がないのか?)のが普通で、そうなると完全なドシロートの方が断然強い。(いろんな分野を易々とカバーしていらっしゃるkawakawa教授のようなかたはホントに稀少。はっきり言って例外。)で、スルドク質問した後、その発表者を捕まえてX会場でディスカッション、てのが理想のコースですね。
 研究者と言っても、特別の人達じゃありません。むしろ一流の方々は誰に対しても取りあえずは「同じ学究の仲間」という態度で臨んで下さいます。ですからシロートだと思って萎縮することはない。学界は決して閉ざされた世界ではありませんてば。

 てな事を言いながら、実はstomachmanの場合も、高校時代に理科クラブの後輩たちがやった研究と、最近物理の専門誌に載った理論とが明らかに矛盾しています。どうも理科クラブの方が正しいようだ(世界的大発見級じゃあ、ないですけど)。で、同窓会で論文を投稿しようかって話が出ても、やっぱりしんどいからいいや、になっちゃいますねえ...みんな忙しんだよナ。
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stomachmanさんの回答を読んで、思い出したことがあったので、再登場しました。


たしか、数年前だったと思いますが、どこかの工業高校の理科クラブのメンバーが超伝導の世界的大発見レベルの実験をしていたのに、指導していた先生が、その重大性に気付かなかったという記事かニュースがあったと記憶しています(電極を両方向にセットすることか何か、非常に単純なことだったのですが、世界で誰も試していなかったことだったような‥)。
発見の重要性を認識していなかった悲劇ですネ。
また、日本人がノーベル賞を獲得する機会が少ないのは、英語で海外の専門誌に論文を発表しないでいることが多いためであるということが指摘されていますネ。物理学の世界でも、もっと受賞者がいてもおかしくないんだということを某受賞者から聞いたことがあります。
日本国内の医学薬学系の論文は(この分野しか書いたことがないのですが)、緒言・目的・実験材料・実験方法・結果・考察(結論)或いは、緒言・治験内容・結果・考察という基本の流れがきまっており、理論のみのものは非常に書きにくいのが現状ですネ。
学会の懇親会で誰かに接触するのもいいのですが、有名人は取り巻きに囲まれていて、中々近づけないときもあります。
私は学会の談話室(飲み物の無料サービスがある休憩所)をX会場と呼んでいて、非常に重視しています。いろんな非公式な情報交換の場として使えるものだからです。
そういうところで待ち伏せをして知り合い、巻き込んでしまうというのは良いかもしれませんネ。
日本語で論文を書くのはいいのですが、英語で書くときは、通常の英語ではなく、学術論文独特の言い回しなどもあり、結構労力を使います。
The Lancet や Cancer 、Nature などを読まれてみて、そういった書き方に慣れるということも大切でしょうネ。
bigseaさんが、世界に羽ばたく論文を発表されるといいですネ。
以上kawakawaでした
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同じくインターネット利用というアイディアですが、WWW以外にNetNewsに投稿するという手がありますね。

WWWより歴史の古いインターネットの利用法で、イメージとしてはメーリングリストか一種の掲示板と思えばだいたい合っています。
fj.sci.*のカテゴリなら日本語で投稿して、それぞれのジャンルの専門家から意見を聞いてみることができます。専門雑誌に掲載するような公式の発表とは認められませんが、先取権を主張することはできるかと思います。ただしfjは、一見さんの素人がなにか発表したら、かなり厳しいことを言われると覚悟しておいた方がいいです(笑)。そのかわり、本当に偉大な理論だったら、その価値に気づいてくれる人が多いかもしれません。
Outlook ExpressやNetscape Collabra、あるいは各種のフリーソフトを使えばNetNewsを読むこと自体は簡単にできるので、とりあえずROMしてみるのはどうでしょうか。しばらく前にfj.sci.physics(物理)で「新理論(実はトンデモ)」を発表した人がいて、一騒動起きていましたよ。

発表時点では理解されず後世になって評価された例に、メンデルの遺伝の法則があります。専門の研究者ではなく、自然科学への貢献を教義とした宗派の修道士だったメンデルの発表は、当時の学会では無視されましたが、数十年後に同じ法則を発見した学者が文献をチェックしたところメンデルの論文に気づき、彼の名を冠した法則として有名になりました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
インターネットを利用するっていうのも、ナイスなアイデアですね。世界中の論文全部が、インターネットに発表されて、閲覧可能になったらすばらしいですね。

お礼日時:2001/02/11 08:49

学問の世界は意外と閉鎖的なものです。

日本の多くの学術雑誌は何らかの学会の発行物であり、その学会の会員であることが論文受付の条件となっている場合が多いですネ。
理学・工学などの他分野は知りませんが、医学薬学分野の場合、学会への入会に際しても資格が要求されたり、複数名の既存会員による推薦を必要としたりすることも珍しくありません。
一番簡単なのはどこかの大学の先生と連名で発表することなのですが、bigseaさんの意図とは異なってきますよネ。
また、論文審査は通常2名以上のレフェリーと編集委員長によって行われますが、偉大すぎる理論については、審査する能力がなく、審査不能として扱われる場合もありそうですネ。
偉大すぎる理論でなく、新規性の乏しいものであれば、原報ではなく、ノートや速報の形で審査を受けることは可能でしょう。
英文で論文を書き、海外の学術雑誌に投稿されるのが一番でしょうか。その際は、各学術雑誌の投稿規定を取り寄せて、投稿資格などを確認の上、行ってみましょう。
以上kawakawaでした
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
私も、学問の世界って閉鎖的に見えていたのですが、それは、日本の学問の世界がそういうことで、海外の雑誌はそうではないようですね。
私の個人的な考えでは、医学薬学会って特に閉鎖性が強い気がしますが。例えば、物理系の場合は、純粋な理論は実験しなくても提出できそうですが、医学薬学系の場合、専門の実験結果がないと、論文を書けそうにない気がします。それとも、新しい生合成経路のアイデアなどは、実験結果がなくても受け入れられたりするのでしょうか。

お礼日時:2001/02/11 08:37

物理屋の siegmund です.



物理関係で言えば,おそらくどの原著論文専門雑誌も論文を送れば受付拒否はしません.
投稿者の資格制限はないと思ってよいでしょう.
つまり,投稿した論文は受け取ってもらえます(receive).
ただし,雑誌には原稿のスタイルが決められていますから,
あまりはずれていると,指定スタイルにあわせて再提出して下さい,
ということになります.
なお,原稿は英語で書きます.

でも,その雑誌に掲載してもらえるかどうかは全く別の問題です.
まともな原著論文専門雑誌では,受け取った原稿をレフェリー(閲読者)に送付して
その原稿の内容が正しいかどうか,オリジナルであるか,書き方はどうか,など,
その雑誌に掲載するのにふさわしいかどうかの意見を求めます.
レフェリーは,その専門分野でかなりの業績のある研究者のなかから
雑誌の編集委員会などが選びます.
レフェリーは原稿を熟読して,レポートを編集委員会に送ります.
このまま載せてOK,少し修正,大幅修正,全面的書き直し,掲載拒否,
などの評価とその判断理由,
修正や拒否の場合は著者に対しても修正個所の指示や拒否理由の明示なども
付け加えます.
レフェリーは誰の論文を審査したかは秘密にすることになっています.
またレフェリー名は原稿の著者には知らされません.
雑誌によっては,レフェリーに原稿を送付するときに著者の名前や所属を消して
送るように著者側が要求できるシステムもあります.

これは雑誌のレベルを保つためのシステムですね.
こうして掲載OKになると,accept された,といいます.
received と accepted は大違いです.

bigsea さんがどこかの原書論文誌に原稿を投稿すれば,
こういう流れで審査されることになります.
これは研究機関に所属しているかどうかには関係がありません.
どの論文原稿もこういう流れです.

時代をはるかに超越した理論を作ったために,同時代の物理学者には誰も
認めてもらえない可能性はないかって?
現代ではまずないと思いますが,皆無とは言えませんね.
あきらめてもらうより仕方がない?

数学の方ではアーベル,ガロア,などが同時代に認められなかったので
知られています.
アーベルの真価を同時代で理解し得たのは,ガウス,ヤコビ,
ちょっとあとのガロアくらいか.
そのガロアはわずか20歳で決闘に倒れ,死後かなりたってからリウビルやリーマンが
彼の仕事の重要性を認識することとなりました.
ガロアが科学アカデミーに提出した論文をポアソンが「理解不能」と言った
というような話が残っています.

日本物理学会では,会員になっていると学会の講演は審査なしで行うことが出来ます.
それで,ときどきトンデモ講演もあります.

nobor3 さんの言われるように,
今の方が一般人が理論を発表するのはやさしいかも知れません.
ただし,それによって学問の発展に寄与できる可能性は昔よりはるかに
少ないと思います.
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
ガロアって人は、わずか20歳で、亡くなったけれど、何かすごいことをしたのですね。世の中には、天才っているんですね。
アインシュタインも、相対性理論を発表した時は、大学とかには所属していなかったような気がしますが、それでも、彼の場合は、世界中が認めてくれましたね。

お礼日時:2001/02/11 08:19

昔よりも、今の方が一般人が理論を発表するのはやさしんじゃんないでしょうか。


なんてったって、インターネットがありますから。
昔の在野の研究者って、報われなかったですよねー。メンデルなんて、遺伝の法則発表しても全然相手にされなくて、注目されたのは死後何十年もたってからですからねえ。
とりあえず、発表したい分野の専門雑誌にメールを送ってみたらどうでしょうか?
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。
確かに、過去の偉大な発見の中には、すぐに認められたものと、その人の死後、何十年としてから見直されたものもありましたね。

お礼日時:2001/02/10 23:32

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今からどこかの小学校に入って事例研究をしようにも、
コネも時間もないので無理だと教授言われました。

だからやるなら文献研究かアンケートをとるかなのですが・・・
アンケートをとるのにも個人情報などで中々難しいとのこと。

そこで質問なのですが、
普通学校での特別支援支援教育について書くなら具体的にどのようなことを調べていくのが、やりやすいと思いますか??

何か面白いテーマなどないでしょうか??

なんでもいいので参考までに教えて欲しいです。

Aベストアンサー

こんにちは

卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
まずは過去の質問を検索してみてください

卒論の書き方
http://www.mycon10ts.com/top.htm

ここのテーマの決め方を読んでください

どの分野でも共通なのは

とにかくテーマを小さく小さくです
これでもか!というぐらい小さいテーマを選んでください

言葉は悪いですが、質問者さんがいかにがんばろうと
世の中の「特別支援支援」については何の影響も与えません
イメージとしては、「特別支援支援」という万里の長城に
砂粒一つのせて、ちょっとだけ長くする ぐらいの作業です
卒論、つまりあと半年ぐらいで、結論まで出す必要があります
壮大なテーマはアウト!です

例えば
特別支援支援 wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%94%AF%E6%8F%B4%E6%95%99%E8%82%B2
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「知的障害者の小学校教育における歴史的経緯の考察」
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「○○県△△市□□駅前における聴覚障害者対策の実態調査および考察」
言いたいこと伝わりますかね?

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学校での事例研究は相手がいることなので、大変ですが
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こんな対象をいくつかあげて調べていけば、まあなんとなく
フィールド調査型の卒論としてまとめることが可能だと思います

がんばってください

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卒論のテーマ決めの質問は、たまにありますので
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 研究の内容は自動車のみならず道路等自動車インフラにも及んでいます。
 研究は委託されたものが主で、研究の成果はクライアント(国内の自動車メーカーを含む)に提供されます(というか、国内企業と政府が共同研究するための場所と考えたほうがいいかもしれません)。
 自動車に関する法規制なんかは国内メーカーの技術レベルを反映しなければ制定できません(技術的に対応できないような規制なんか制定しても意味がない)から、自動車メーカーの技術レベルを一定以上に保ち、同時にどの程度のことが対応できるのか?などを調べるためにも、こういう研究機関は必要になります。

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 こんばんは。

 結論から申し上げると、質問者さんのおっしゃる通りです。
 平成18年度までの「特殊教育」の制度化では、質問者さんもご案内の通り、盲学校・聾学校・養護学校と対象児童生徒の障害種によって学校が分かれていました。
 平成19年度より実施の特別支援教育の制度化では、これらの特殊教育諸学校が特別支援学校に一本化されます。

 したがいまして、例えばそれまで肢体不自由児を対象としていた旧養護学校だった特別支援学校も、知的障害を持った子や、視覚障害を持った子も受け入れることとなります。

 一方で、文部科学省は、各学校に対し、もともとあった専門分野を確保することも求めています。つまり、もともと肢体不自由児対象の養護学校だったところでは、引き続き肢体不自由児教育の専門性も持たせていく、というのです。文科省では「肢体不自由部門」「知的障害部門」という「~部門」を設けて教育を行うことを想定しています。教員免許についても同様です。「特別支援学校教諭免許状」に一本化されました。ただし、これについても「視覚障害」「聴覚障害」「知的障害・肢体不自由・病弱」の各部門に分けて授与することになっています。
 
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 以上です。ほかに何かあれば補足してください。

 こんばんは。

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と、考えています。

 1は、個々の人格と人間性に果たす教育の役割りからいって当然のこと。だが、社会のあり方も看過できないと考えています。
 若い女性の二人に一人が非正規雇用。男子も3人に二人しか正社員はいない。その正社員も、能力主義の名の下に過度の競争を強いられているのが昨今の特徴。「衣食足りて礼節を知る」と言いますが、やはり、人間誰しも聖人君子ではありませんので生活に余裕がなければ弱者を思いや...続きを読む

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というところを説明した上で、それならば切り口をどの段階までさかのぼって切り直すか、という相談ができるでしょう。

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Aベストアンサー

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


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まず。
保護者の思いが重い…というのが、学校側の本音といったところでしょうか。最近思うのですが、親御さんがパワフルになりすぎて失敗するケースも少なからずあるかもしれません。もちろん、学校がきちんと対応しなくてはならないことが基本的な前提なのですが、それを後押しするタイプと停滞させてしまうタイプの働きかけがある、ということです。

今まで学校に駆け込んでくる親御さんがどういうタイプだったかを考えると、イメージしやすいかもしれません。一昔前のドラマに出てくる母親に例えれば、バリバリの教育ママとか暴力団に近いようなヤンママとか、駆け込んできてはおいおい泣いて家庭内の問題までどうしましょう?なんて聞いてくる母親とか…。
仮に、上記のような親御さんと同様に思われていたとしたら、どうでしょう(実際にはそういう状況ではないことと思いますが、分かりやすくするため、あえてひどい例を挙げています)?

言葉の端々に不信感が噴出しています。そういうのが、電話で話したり会っていたりしていると、そういった思いが言外に表れてしまうと思いませんか?
学校側が直接受け取れば、自分たちが非難されていると感じるかも知れません(この場合、実際に非難されるようなことをしている/いないは関係ありません)。人は非難されると、やがて心を閉ざしてしまうものです。そういう意味で、No.1の方の書かれた「先生方も同じ人間」という表現は、ここに通じるのではないかと。


正しいことを主張することは大切です。ただし、その方法を工夫しないと、クレーマーのような扱いをされてしまいますよ。クレーマーに対して、話をきちんと聞いて受け入れ、学校運営を見直そうという動きにはつながりにくいと思うのです。目的は、正しいことを伝えることではないでしょう?ケンカすることでもないでしょう?
お子さんにとって最適な学習の場をつくるために必要なのは、事実の共有、目標の共有、支援の手立ての共有かと思いますが…何より必要なのは、協調姿勢を作ることではないでしょうか?


と、ここまでお読みになって、上記の考え方について、たとえ理屈では分かったとしても、非常に不愉快に感じられるのではないでしょうか?それは、質問者の方の思いに、あえて真正面から反対するような書き方をしているからです。そして、ある意味「現実ベースに語られた正論」と見ることもできるので、なおさら腹が立つことでしょう。これはつまり、質問者の方と私が戦ってしまっているのです。さらに、質問者の方の動き方では動けない、それでは学校は変わらない、なんて全否定してしまったとしたら(私はそうは思っていませんからね、念のため)、もう聞く耳なんて持たなくなるのではないかと思います。

失礼な物言いをして大変申し訳なく思っています。
ただおそらく、質問文に書いていらっしゃるような雰囲気の伝え方が、どういう風に見られてしまうかは、ご理解いただけたのではないでしょうか?


学校側としては、冷静さを失った方への対応として、ひとまず伺っておいて、落ち着くのを待ってから話をしよう、という対応になりやすいと思います。感情的な状態では話し合いにはならないからです。
たとえ正しいことであっても、学校が親御さんの「感情」で動くことは、ないといって良いかも知れません。本当に様々な親御さんがいますので…と言えば、分かっていただけますでしょうか?

要するに、質問者の方が熱心に語ることがクレームだと思われてしまったら、その時点で目標であるお子さんの教育ニーズを満たすための働きかけから一歩遠のくと思うのです。それは望む状態ではないでしょう?


余談ですが…
今の学校は、少しのミスでも叩かれやすく、少々の不手際も許されない環境に置かれているため、かえって組織としては融通が利かないところがあるのです。新しいことを始めるよりも、今やっていることを確実にやろうよ、みたいなこともありますし、もちろん怠惰が原因でもあります。私も含め多くの教員は怠惰と言えるでしょう。
また、要望=対応するべきもの、という風に考えているわけではありません。学校には学校としての考えもありますし、大勢のお子さんを抱えていく中で、全体を見てバランスの良い体制を整えることも大事なことだからです(ただし、この意見は教員向けのものではありません。教員としては、現状がどうあれ、その時点でできるベストを尽くすべきだと思いますし、そういう対応を心がけています。多少の労働条件の悪化も厭わないで子供のために身を粉にしている同僚も多いです。ただ、そうすべきだ、という風に外部から言われることでもないのかな、という微妙な話です)。


特別支援教育の体制が整っている/いない、ということは、その学校に専門的な知識や技能を持つ教員がいるかどうかによって異なります。その意味で、確かに学校間格差、地域間格差が生じていることは事実でしょう。

私は特別支援教育に関わる立場にいるので、発達障害をもつお子さんの指導について、いくつかのケースを経験し、同僚とも具体的に話し合うことができます。ADHDの障害像を漠然とですがイメージできますし、課題の発見も教育目標の設定も手立てや配慮事項の工夫も、少しは考えることができます。ただ一般の学校の先生方の多くは、そういったお子さんの事例を見ていない(正確には見えていない)ので、比較的にスムーズには行かないでしょう。私が突然月曜から職場を交換しても40人をまとめきり授業を成立させることができないように。

「~するべき」という言い方は、正しくも不幸な意見の出し方だと思います。
簡単にできるならすでにやっているはずですし、必要性を感じていればすでにやっているはずです。どうしたらいいか分かっていればすでにやっているはずですし、余裕があれば手をつけはじめているはずです。
…できない理由を怠惰にもってくると、相手の人を責めてしまうし、お互いに不幸になります。怠惰と責められ喜ぶ人はいませんから。逆に、どういう条件が整えば組織が動き出すかを考えると、必要な手立てが生まれてくるかもしれません。ダメ社員が多く足を引っ張り合っているような会社でも、現状を的確に把握し、今の状態でできることは何か、といった視点で改善を続けていくと、成果が上がってくるそうです。



もう一つ、指摘しなければならないことがあります。

担任をこえて管理職と話し合いたいとのこと。
どういったいきさつがあるかは分かりませんが、直接指導にあたっている教員ではなく、その上司に話をしようとしている状態を、担任の方はどのように感じていらっしゃるのでしょうかね。
自分に指導能力がないと、保護者に責められているように感じているかもしれませんね。そう感じてもなお、お子さんのために全力を尽くしてサポートしようと思うのかどうか、少々疑問があります。…もしかして、担任の方と戦ってしまっていませんでしょうか?

正論を語ることも大切ですが、直接お子さんを指導している方が、本当に特別な教育的支援の必要性があることに気づいて、どうしたらいいかな、と思えるようにならなければ、何も変わらないと思うのですが…。どのような支援が必要だとお考えかは分かりませんが、普通中学では教科担任制で授業が進むので、それぞれの担当教員が一人一人変わっていくような、働きかけが必要だと思います。

管理職、県の窓口、文科省、どこに話をしていってもよいのですが、結局のところ、お子さんの担当教員が変わらないと、意味がないばかりか、学校との関係が悪くなるばかりで、かえって害があると思います。また、いわゆる上の組織に話したとしても、クレーマーだという判断をされてしまっていたら、何ら効果がありません。たとえ多少なりとも効果があったとしても、やればいいんでしょ、といったような対応になってしまって、理解もないまま形だけ整えて見せて、本当に必要な支援を得られないことを、私は心配しています。


否定的な話ばかりしてしまってすみません。
お子さんの苦しみが分かるからこそ、強く要望されているのだと思います。学校の対応が変わっていないからこそ、言わねばならないと立ち上がったことも理解できます。であればこそ、なお私は作戦を考えていただきたいと思ってしまうのです。


>しかし、カミングアウトしていないので教室内で徐々に
>セルフエスティームが下がってきており、学業成績も
>連動して下がっています。

カミングアウトしていればセルフエスティームは保てる…?
ちょっと分かりませんでしたが、何か省略があるのでしょう。それはともかく、成績やセルフエスティームの低下が、ちょっと対応を工夫することで防げることを、うまく伝えていかなくてはなりませんね。

私は、第3者である医師や臨床心理士といった方(普段お子さんを診ている方のことです)を交えて、担任と十分に懇談をされることをおすすめします。今までに出された情報をもとにすると、私には担任の理解が不足していると言わざるを得ないと思うのです。まずはその辺りを、親御さんからではなく専門家から解説してもらうようにするのです。できれば授業も一緒に見たり、教室のレイアウトや活動の組み立て、基本的な対応など具体的なアドバイスを頂くようにします。
それを行うことでお子さんが変われば、きっと担任の方も親御さんが何を言わんとしているか、漠然としながらも分かるようになるのではないかと思うのです。

このステップは、親御さんだけでは出来ないのです。
親御さんの色眼鏡があることが否定できないからです。
(ここも、本来なら学校サイドで実態を的確に把握しなくてはならないことが大前提です。ただ、こういったことが必要であることすら気づかない状況は確かにありますし、それをどうにかするために多少の権威ある存在は有効だと思います)


>特別支援教育に係る法の精神に対して、不遵守もしくは
>不適格な状態だと考えます。
>先生の限界とはだれがジャッジするのでしょう?

教員をジャッジするのは、生徒であり親であり、地域の皆さんでしょう。そのために学校評価制度というものもありますし。存分に評価されてください。

ただ、評価をつけることが目的ではなく、「改善する」ことが目的なのです。そこは大事にされてほしいと思います。思ったことを散々書かれて良いのですが、改善案も具体的に挙げられるとか、ここは良い/ここは要改善、とメリハリをつけて具体性をもたせることなどをおすすめします。
予算がかかるような改善案よりも、工夫することでできる改善案のほうが適しているかもしれませんね。

同じく改善するなら、明るく前向きに行いたいものです。人に言われるよりも、仲間内から挙がってきた声の方が、変わりやすいものです。そういう形につなげられることを、心から願っています。



色々と失礼なことを申しまして…お怒りは重々承知していますが、どうしようもない状況をどうにかしようとしていらっしゃる様子を感じ、少しでもお役に立てればと思い回答しました。

どうか、よい方向に向かいますように。
失礼します。

はじめまして。
養護学校で教員をしています。


なんだか大変な状況に陥っているようですね。
気があせることでしょう。心中お察しいたします。
確かに、学校の体制整備は遅れており、また地域格差や学校間格差も大きいと思います。非常に憤りを感じていらっしゃることが伝わってきますが…個人的にはお書きになっていることに若干の違和感も感じます。


教員の立場では、なかなか言えないこともあります。ただ…これも何かの縁かと思うので、あえて今回だけは家庭の立場に立って、思うところをなるべく...続きを読む

Q大学院生の研究指導委託では必要経費(契約金,家賃,交通費)は全て自腹な

大学院生の研究指導委託では必要経費(契約金,家賃,交通費)は全て自腹なのでしょうか?
私は今,大学院生です。1から4年生のころは自宅から大学に通っていました。今年度は,研究指導委託という形でほかの大学(下宿しなければならない程遠く)で修士論文作成のために学ぶことになりました。この話はもちろん私から言い出したものではなく,研究室側の提案に賛同したものです。しかし,これに関わる費用(アパートの契約金,家賃,交通費)を全て自腹で払いました。私がこのことを相談した他の研究室の教員は全額負担はおかしいとおっしゃっていました。担当教官にやはりおかしいのではというと自宅から通うのを辞めて元の大学の近くに下宿したのと同じ扱いだと言われました。大学の近くに下宿するのは個人の事情で,今回のこととは全く別のことだと思います。また,卒論研究のための派遣では交通費,宿泊代は支給されたため,私は全額負担とは思っておりませんでした。
派遣自体は,私の将来のためになることで,すばらし,有り難いことと思うのですが,費用が全額自腹であることが腑に落ちません。このような扱いは普通なのでしょうか??回答よろしくお願いします。

大学院生の研究指導委託では必要経費(契約金,家賃,交通費)は全て自腹なのでしょうか?
私は今,大学院生です。1から4年生のころは自宅から大学に通っていました。今年度は,研究指導委託という形でほかの大学(下宿しなければならない程遠く)で修士論文作成のために学ぶことになりました。この話はもちろん私から言い出したものではなく,研究室側の提案に賛同したものです。しかし,これに関わる費用(アパートの契約金,家賃,交通費)を全て自腹で払いました。私がこのことを相談した他の研究室の教員は全...続きを読む

Aベストアンサー

 難しいのは、誰が利益を受けるか、ということです。学問の世界だけでなく、受益者負担、というのが大原則です。教員の為、とはあまり思えない。まあ、論文が一つ増えるかも、程度です。そうすると、質問者がほとんと利益を享受するので、その費用の負担は当然、というのが社会の論理です。

 もう一つの考えは、指導者が、というのはあります。財源があれば、私は出します。その場合でも、実行前に計画し、その経費を申請し、認められていなければなりません。書きこまれた内容から判断すると、無理でしょう。
 それも、負担すべき、とは考えません。費用が大変であれば、援助できる財源があれば、です。

 そもそも、他所で長期間するのが決まっているのなら、最初からそこに入学すべきです。指導教官と引き受けての思惑は、分かりたくもない。派遣される方も、どちらの所属だが。私の周辺にもいますが、私なら絶対にしません。1年の派遣なら、修士なら在学期間の半分に相当するのは、算数でも明白です。
 1週間以内で、テクニックを教えてもらうなら程度ならあり得ます。下宿なんぞ、・・・、(以下、誹謗中傷が続きます)。私のゼミの卒業生にもいますが、アメリカに飛ばされた、と感じました。飛ばされたのではなく、選ばれたようなので、一応安心しています。

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