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我が宿の池の藤なみ咲きにけりほととぎすいつか来鳴かむ

の「む」はなぜ連体形になるのでしょうか??
終止形ではないのでしょうか??

A 回答 (5件)

>我が宿の池の藤なみ咲きにけりほととぎすいつか来鳴かむ



の「む」はなぜ連体形になるのでしょうか??
終止形ではないのでしょうか??

正確には「ほととぎす」ではなく「山ほととぎす」だと思います。この和歌は古今和歌集巻第三、夏の部の先頭に収録されている「よみ人しらず」の和歌で、有名な和歌です。解説も多いので、確認してください。私は分かる範囲で以下に書いていますので。

「いつか」は、代名詞の「いつ(何時)」に、係助詞の「か」がついた形です。係助詞は、自立語について、疑問・反語などの意味を添えて、文末(述部)の活用形を指定する役割をします。この場合、「いつ」という代名詞(自立語)について、文末の述語を連体形にさせる働きを持っています。ですから、文末の助動詞「む」は終止形ではなく、連体形ということになります。
係助詞は「ぞ」「なむ」「や」「か」の文末は連体形。
「こそ」の文末は已然形。
「は」の文末は終止形(普通と変わりがないので、一般には学習しません)。となります。
ついでに書くと、「咲きにけり」で三句切れになり、意味は、「私の家の池の(ほとりにある)藤の花は(すでに)咲いたことだ。ホトトギスはいつ来て鳴くのだろうか」となります。


以上、参考までに。
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係り結びの法則の為、連体形で終わっているのです。

以下のURLを参考にしてみてください。

  http://www.geocities.jp/nm3032nakatsu/koten/kt02 …

係助詞ですが、具体的には「ぞ」「なむ(なん)」「や」「か」「こそ」があり、学校で習うものはたったこの5つだけです。5つだけ覚えてしまえば良いのです。

「ぞ」「なむ(なん)」「こそ」は強意、「や」「か」は疑問・反語、という意味(用法)です。

「ぞ」「なむ」「や」「か」が文中に来ると結びが連体形に、「こそ」だと結びが已然形になるというのが、係り結びの法則です。
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質問者様の年齢が分かりませんので何とも言い切れないのですが、


「係り結び」というものを学校で習ってはいないでしょうか?
http://www.geocities.jp/nm3032nakatsu/koten/kt02 …

係助詞「ぞ」「なむ」「や」「か」が使われている文の末尾は、原則として連体形になります。
なぜか、と問われると困ってしまいますが……(恐らく難しい理屈がいろいろとあるのでしょうけど)。
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そうでしたか。



「いつか来鳴かむ」で一体として考えなくてはいけないのですかね。

「いつか来鳴かむ」は疑問文で、
「来鳴くのはいつか?」
ということで、
「来鳴くかむ時」が何どきであるかを問うています。

つまり、「時」の代わりに「いつ(か)」が体言の役割を担っている、ということなのでしょう、おそらく。
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こんばんは。



推量の助動詞「む」の終止形ですが。
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この回答へのお礼

早速のご回答感謝します。
問題集には連体形と書いてあるのです。

お礼日時:2008/07/24 01:53

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Aベストアンサー

当該箇所の場合、「書きつけける」の直後が歌なので、

書き付けた(歌(は以下の通り)):~

みたいなことを言いたいのを省エネしていると考えれば良いと思います。用言が体言的に働く歴とした準体法で、このような場合は、「余韻」とはあまり関係なかろうと思います。

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当該箇所の場合、「書きつけける」の直後が歌なので、

書き付けた(歌(は以下の通り)):~

みたいなことを言いたいのを省エネしていると考えれば良いと思います。用言が体言的に働く歴とした準体法で、このような場合は、「余韻」とはあまり関係なかろうと思います。

また、既に例が出ていますが、連体形で文を結ぶことによって「余韻を与える」とされる用例もあります。連体形というのは本質的に体言的なもので(だからこそ準体法が可能なのですが)、文を連体形で終えるということは、文末に体言が...続きを読む

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Aベストアンサー

こんばんは。
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>>>動詞の「あり」+助動詞「む」だと思うのですか

そのとおりです。


>>>「む」の意味のうち推量・意志・可能・当然・命令・適当・仮定婉曲のどれにあたるのでしょうか。

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