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自宅の地鎮祭の事です。神式なので神官が見えました。祝詞をあげられましたが、やがて土地に塩をまきはじめその時に般若心経を繰り返しとなえられていました。神官は住宅メーカーがつれてきました。また終了後の神官のお話の中で「これまで土地に住んでいた生き物はすみかを追われる事になるので、生き物への感謝の気持ちで・・・」というような事をいわれたのでなんか仏教的なものを感じました。神官は般若心経を勉強し(暗唱し)仏教も勉強するものなのですか?それとも神道の中でも一部の流派がそうなのでしょうか?あるいはこのコーナーでもお話がでていたのですが、葬儀社がつれてきたお坊さんは偽坊主のことがある といいますが、住宅メーカーがつれてきた神官は正規の神官ではないってこともありですか?

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A 回答 (3件)

神道もいろいろあるのですが、基本的には問題ないですし、ありえる話です。


もともと明治政府の神仏分離令以前は、仏教と神祇信仰の融合があり、寺院でも盛んに神祇をお祀りするようになり、神前読経や神前法楽といい神社で仏事が執り行われでおりました。また神社の維持管理を寺院が行うことが大半でした。
明治の神仏分離以降、神社を分けたり、お寺を神社にしたり、新たに神社が造営され、神主養成学校が寺院内に作られるなど寺の次男・三男などは僧侶から神主に移らされて、それ以降の新しい神道としてはまだ100年ちょっとです。
祝詞もお経を元にしたと思われるお経と同じ内容のものの多いですし、明治の神仏分離令による廃仏毀釈という宗教改革で神と仏の領域が切り離されて、儀礼も形式的には分離していますが、もともと仏教行事に由来する神社の行事も多くあり、以前の歴史を残しているところも多々あります。現在でも神社で僧侶が出向いて仏教行事が行われたり、その逆であったりという行事や神仏合同法要も残っています(日吉大宮社の山王礼拝講、山王権現の法楽として法華八講論議の法儀。宇佐八幡宮本殿の法華八講。京都長岡天満宮の放生会。石清水八幡宮の放生大会など)。
明治以前は、亀戸天満宮で塙保己一が般若心経を読んで群書類従の成功を祈願とか、神社で般若心経はごく当たり前でしたので、その歴史を受け継いでいるところは残っています。現代の神社では神前読経に否定的なところと、逆に神前読経をするところがあるのが現状です。なお、神前で読誦の際には、最初の部分の「仏説」を読まずに、「摩訶」から読み始めます。
神道と一口で言っても、仏教で宗派が異なるとかなり違うように、
宮中神道、神社神道、民間神道(道祖神・田の神・山の神など)、陰陽道系の土御門神道・いざなぎ流。復古神道、伊勢神道、唯一神道、両部神道、山王一実神道、儒家神道、理学神道でかなり違います。神仏習合の強いところとそうでないところがあります。
また神道というと教派神道(実行教・御嶽教、黒住教、金光教、天理教、出雲大社教、生長の家、世界真光文明教団、崇教真光、ス光光波世界神団など) も含みますので、その神職の方がどこの方かわからないと本物かどうかは区別が出来ません。
なお『神官』では無いはずです。「神官」は1894(明治27)年以降は伊勢神宮の神職のみであり、大東亜戦争敗戦後はGHQによって出された神道指令によって神官は廃止されています。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりました。神社では仏説をはずすのですね。神道にもたくさんあるのですね。ありがとうございました。

お礼日時:2009/03/01 17:55

ニセモノの可能性は、まあ、あります。


明治時代に「氏子制度」ができてから、神官にも守備範囲(?)があって、住宅メーカーについて来ることはないとは思います。

ただ、戦後、氏子制度は「任意」ですから、「資格のある神官」がどこに行こうと自由ではあります。

お坊さんにしても、神主さんにしても、「イベント」のタレントではないので、ちゃんとしたお話をされる方であってほしいですね。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりました。にせものかもしれないのですね。
でも私はお話の内容には納得でした。自分自身はものを無駄にし放題ですが。

お礼日時:2009/03/01 17:51

神道でも唱えるところがある。

神社(神前)で読誦の際は、冒頭の「仏説」を読まずに、「摩訶」から読む。一般の人々にとっては、「空」を説く経典と言うより、むしろ、「霊験あらたかな真言」の経典として受け止められており、一部には悪霊の力を「空ずる」という解釈もされた。古くから般若心経の利益で病気が治るという信仰があり、既に日本霊異記にその説話が残っている。お守りとして所持したり、病気になったときに写経して平癒を祈願したりした人が多い。また、神社で読誦された。亀戸天満宮で塙保己一が般若心経を読んで『群書類従』の成功を祈願したことは有名である。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなりました。仏説をはずすのですね。参考になりました。

お礼日時:2009/03/01 17:53

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Q神社でお経??

先日、神社でお祓いをしてもらった時のことです。
直前に結婚式があり、その後にお祓いとなりました。
私たち夫婦を含め、6家族くらいでしたが、神主さんの祝詞の最中にお経が聞こえ出しました。
初めは空耳かと思いましたが、次第にはっきりしてきて祝詞が聞こえないくらいでした。
また、拍手も「ぱん、ぱん」ではなく「バンバン!!」とかなり乱暴でした。
せっかくのお祓いが台無しになったようで、気分が悪いです。
それで質問なのですが、お坊さん(または仏教徒?)が神社でお経を読んで、神主さんの邪魔をするようなことはあるのでしょうか?
ご存知の方がいらっしゃれば、教えて下さい。

Aベストアンサー

僧籍を有している者ですが、神前でも読経はしますよ。

 奈良時代に仏教が渡来して以降、仏教と神祇信仰の融合は自然な流れでした。特に中世期には“神祇が威光によって日本の仏教が栄える”、“神祇は仏が日本人を救済するために現れた姿”という考えが一般化し、寺院が盛んに神祇をお祀りするようになります。そのため、神前読経や神前法楽といい神社で仏事が執り行われることが多くありました。また神社の維持管理を寺院が行うことの方が大半でした。

 ですから“神前で仏事”というと現代人の感覚では奇異に映りますが、それは明治の神仏分離以降からの流れであって、たかだか100年ちょっとしかない流れなのです。

ですから読経することが悪いのではなくて、神社仏閣に参詣する際に、そこで法会・儀式が行われているのであれば、それを妨げるような参拝の仕方は問題ですね。

Q般若心経を唱えてしまった!!

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその辺にいる霊がどんどんやってきてしまいます。あまりいい死に方をせずに成仏しないで浮遊している霊達が「もっと唱えてくれ~」と次から次へとやってくるのです。唱えるのをやめても霊達はまた般若心経を聞きたくてその場にとどまってしまいます。

ですから一般の方が般若心経を唱えるのは本当は怖いことなのです。防御系に強い菩薩の真言を奏上してその後内観という心の内を澄み切った愛情で満たしたうえでかくなる方法にて般若心経を唱えなくては霊にとってはまったく意味がございません。逆に霊を迷わす原因となります。

上のような文章をみて、どうしたらいいかこまっています。
まったくの素人です。般若心経をとなえてしまいました。しかも実家は浄土真宗なのに。。きいているあいだ、なんだか体がぐらぐらしました。
パソコンから、お坊さんがとなえたものも、聞いました。どうしたらいいでしょうか。こわいです。心を落ち着かせるために、写経をしようとおもっていたのですが、やめたほうがいいでしょうか。。アドバイスください。般若心経は邪を払ってくれると聞いたのですが、悪い霊をよびよせないで、安全な唱え方などはないですか。

般若心経は一般の方が唱えることはお控えください。というのも、般若心経の霊力は亡くなった霊には無条件で大慈大悲を与える功徳があります。これはこの般若心経の言霊(ことたま=言葉そのものが霊力を持っている)が霊にとっては非常に暖かく明るい光明に見えるのでどんな霊も唱えている人のところへ集まってきます。どんな霊もくるので必ずしもいい霊ばかりとは限りません。般若心経は他の真言と合わせて使わないと無防備で非常に危険なのです

単に般若心経を唱えれば質問者さんにはまったく関係のないその...続きを読む

Aベストアンサー

悪い霊は、比較的に午前0時を過ぎて般若心教を唱えると出てくるような気がします。朝、太陽が昇ってから唱えるのが一番効果的に思えます。朝時間がなければ、風呂上りの体をきれいにして直ぐにやれば良いです。それから般若心教に宗派は余り関係ありません。仏教でも神道でも気にするような事はないです。仏教、神道、キリスト教等がどうしてできたとかを考えれば根本は同じです。それぞれの宗派に分かれて多少は、教えが違ってきてますが、根本が同じなので気にする必要はないです。


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