電子書籍の厳選無料作品が豊富!

何気なく使っている言葉ですが、心地よいとか居心地が悪いとかの「心地」で、心をなぜ「ここ」と読むようになったのでしょうか?
「心」の音はシン、訓はこころで「ここ」ではないはずです。
心地以外に心を「ここ」と読ませる例は、最近のちょっと信じられない読み方の名前(心愛=ここあ?!、心美=ここみ?!等)ではなく普通の日本語の言葉にもありますか?

A 回答 (4件)

漢字が入ってくる前から、日本語はありました。


「ここち」という言葉がありました。
「こころ」という言葉もありました。
漢字が入ってきてから「ここち」という言葉に「心地」という漢字を当てました。
そして「こころ」という言葉に「心」という漢字を当てました。

「心地」という熟語が中国から入ってきて、それを「ここち」と訓じたわけではありません。
「心」という漢字の訓は「こころ」だと決めたわけではありません。

質問者さんのお考えと順序が逆のように思います。

「心太」:ところてん ←どうしてこう読むのかいろいろ説があるようです。

まあ、漢字の読み方は(訓じ方)は大体定まってきていますが、本来は元からある和語に、意味の良く似た漢字を当てたものですから、例外はいっぱいあります。

「訓読みとは」
http://www.weblio.jp/content/%E8%A8%93%E8%AA%AD% …
    • good
    • 1
この回答へのお礼

心地=「ここち」が熟字訓とは気づきませんでした。
失礼しました。

お礼日時:2009/04/10 13:12

蛇足です



たしか木村拓哉の長女の名前が心美(ここみ)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。
そうなんですか、存じませんでした。
心愛=「ここあ」よりは少しはマシかもしれませんが信じられない名前の読ませ方です・・・・。

お礼日時:2009/04/10 14:16

少し誤解されているようなので指摘しておきます。



常用漢字表によりますと
「心」は「こころ」と「シン」しか読みはありません。
そして、「心地(ここち)」は、その付表に載っています。

常用漢字表付表に載っているのは「熟字訓」と呼ばれる
ものです。
熟字訓とは、漢字1つずつに訓読みを当てるのではなく、
熟字単位で訓読みを当てるものです。
よって「心地」は漢字2字の熟字で「ここち」と読むので
あって、「ここ」と「ち」と分けて読むのではありません。

参考まで。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

心地は熟字訓でしたか!
もちろん熟字訓の何たるかは存じておりますが、「心」(こころ)と「地」(ち)の読みに引きずられ、これも熟字訓とは思いませんでした。

ありがとうございます。

お礼日時:2009/04/10 13:09

漢字は表意文字なので読み方にバリエーションがあります。


音読み・訓読みと言っているのは基本形であって、変化した発音は多数存在しています。

また、言葉は使われていく過程で発音が短縮されたりして変化しているので、この場合も長い歴史の中で元々の発音が変化してきてるのではないでしょうか。

人名に関しては漢字と読み方は一致していなくてもいいらしいので、名付け親のセンスって所ではないでしょうか。
私の友人に「誠鉄」と書いて「まさとし」読む人がいます。どう足掻いても普通の漢字の発音からは想像できない読み方です。(^^;
    • good
    • 0
この回答へのお礼

> 音読み・訓読みと言っているのは基本形であって、変化した発音は多数存在しています。

さっそくありがとうございます。
ただ、それはいわゆる音便や訛音というたぐいの変化ですよね。
「こころ」という3文字の一字欠落も音便や訛音の一種なのでしょうか?
そうであれば、「心地」以外で心を「ここ」と読む例は他にありますか?

なお、ご友人の「誠鉄」さんは、「誠」の「名乗り」に「まさし」が、「鉄」の名乗りに「とし」がありますので人名なら「まさとし」さんと呼んでさしておかしくないですよ。
しかし、「心」の名乗りに「ここ」はないです。

お礼日時:2009/04/10 11:20

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!