祖母が「正岡子規に関する本が欲しい」と言い、どんなものが良いか探しています。
子規の作品集と、伝記のようなノンフィクションの本、両方でオススメを教えて下さい。

わがままを言いますが、年寄りですのであまり文字が小さいもの・文庫本は読めません。(>_<)
アドバイス頂けたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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A 回答 (2件)

こんにちは。



正岡子規には晩年、病床で書いた随筆がいくつかあり、どれも名随筆として知られていますが、岩波文庫ワイド版に2冊あるようです。

墨汁一滴
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/6/0072530.html

病牀六尺
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/5/0070970.html

どちらも大真面目なのにユーモアに満ちた面白い作品で、子規の強靭な知性がうかがえます(あの若さで書いたとは・・・!!)。

*岩波文庫ワイド版は、版も大きく、活字も一般の文庫本に比べて大きくしてあります。
もちろん普通の岩波文庫にも収められていますから、大きい書店にいらっしゃれば質問者様みずからお手にとって内容が確かめられると思います。
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最近、愛媛県松山市にある正岡子規記念館に行ってきました。



本ではありませんが、この秋、放映になるNHKドラマ「坂の上の雲」に正岡子規も登場します。
これを見ると、かなり楽しいと思います。

正岡子規記念館では彼の生涯がパネルや映像でたどれるようになっていました。ここを訪れるのもいいと思います。

http://www.nhk.or.jp/matsuyama/sakanoue/

http://www.city.matsuyama.ehime.jp/sikihaku/

本の情報でなくてすみません。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
「坂の上の雲」楽しみにしています。

お礼日時:2009/04/26 21:28

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Q正岡子規の短歌の解釈

正岡子規の短歌に「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」というものがあります。
 この短歌の意味とみなさんの独自の解釈を教えてください。 詳しく教えていただけると幸いです。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
>「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」

俳句というのは、元々、これだけで文学作品としては自立せず、状況説明などが必要になります。詠まれた状況が分かると、はじめて意味が納得できる作品では、自立しないのです。しかし、短歌は、和歌もそうですが、詠まれた状況を外しても、自立した作品となります。

ただし、うたが詠まれた状況が分かっていれば、なお、うたの鑑賞は深くなるとも言えます。

まず、このうたは、正岡子規が病弱で、晩年、病床に伏して多くの作品を造ったことは有名ですが、この作品が果たして、病床にあるときの作品かどうか、わたしは知りません。しかし、短歌は、字数が多いため、色々な内容を詠むことができます。この作品の場合、「たたみの上にとどかざりけり」と、短句あるいは下の句で詠っています。

一体、瓶にさした藤の花ぶさが、たたみの上に届くとか届かないとか、普通、そういうことを気にするだろうか、という疑問が素朴に出てきます。つまり、枯れかかって来た場合などは別ですが、たたみなどに花が触れないように活けるのが、普通です。

ここから、花房がたたみに触れるか触れないかということを、わざわざ短句で詠むということは、作者の視点が、床のたたみ近くにあるからではないかということが出てきます。そうでない場合は、別の詠み方が可能だからです。

正岡子規が病床に伏して作品を造ったか造らなかったか、この作品は病床に伏していたとき造った作品なのか、元気なときの作品なのか、それは分からないとしても、作品自身のなかに詠み込まれている言葉から、病床か、または何にしろ、たたみ近くに横たわって詠んだうたではないかという推測が当然出てきます。あるいは、たたみに横たわる場合の視点を想像して詠ったという解釈が出てきます。

「瓶にさす藤の花ぶさ」となっています。自然に咲いている藤の花ではなく、瓶に活けられたものなのです。これも重要で、わざわざそう詠うということは、「瓶の花」でなければならない理由があるのです。たまたま、瓶の藤の花を見たということでもよいのですが、この「たまたま見た」は、歌においては、「必然理由」になります。

先にも述べましたが、「瓶にさす花」が、床のたたみに、その花が届かないのは、ごく当たり前のことです。そういう風に花をさす、というか活けるからです。

すると、これはあたりまえの何でもない情景を詠っているということになります。しかし、「詠っている」ということに意味があるのです。わざわざこれをうたにしたというのは、何故かという疑問です。

ここで、「視点」が、たたみの上に横たわっているか、その状態を想定しての視点だと先に述べたことが関係してきます。藤の花ぶさが、たたみに届かない、という状況は、横たわっている状況が、そのままで、変えることができない、という事態を平行的に詠んでいるのではないかと解釈できるのです。

「瓶に活けられた藤の花ぶさが、畳に届かない。届かないのは当たり前で、そのように活けてあるのである。横たわる私も、この床から出ることができない。できないのは当然で、わたしは多分、病で、このまま死んで行くはずなのだから。世のなかの定めはどうしようもないものがある。人の運命も、どうしようもない。しかし、そう思いつつも、藤の花が、手元にあれば、ただ見るだけでなく、触れてめでることもできる。それもできないのが運命である。わたしのいのちが短いのも、これも運命だろう。しかし、花は花、短いことも短いこと……自然なことではないか」

ここまで解釈すると、正岡子規が、病床で作品を造り、病床から抜け出すことなく病死したという知識が入っていますが、作者は、「客観的」に「花ぶさの短いこと」「自分のいのちも短いこと」などを、何気ない情景を描写するように詠っていることになります。

自分自身のありようを、「客観視」し、色々な思いや、心の苦悩なども、もしかしてあるかも知れないのを、そういうことを一読感じさせず、何気ない情景を詠んだように作品を造っているところに味わいがあるということになります。(何気ない情景を詠んだうたではない、というのは、最初に、なぜ、たたみに届かないことを、それほど重要視するかということを述べましたが、ここから、出てきます)。
 
(また、たたみ近くの視点は、「寝ている状態」「病床にある状態」「死んで横たわっている状態」など色々ありえるのですが、正岡子規が、病床に伏してうたを詠んだなどという知識を前提にしないでも、「寝ている状態」を想定して、こういううたを詠んだということから、この「寝ている状態」は、多分、病床で、しかも、長くないいのちではないか、というのが、うたの言葉を玩味すると出てくるのです)。
 

 
>「瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり」

俳句というのは、元々、これだけで文学作品としては自立せず、状況説明などが必要になります。詠まれた状況が分かると、はじめて意味が納得できる作品では、自立しないのです。しかし、短歌は、和歌もそうですが、詠まれた状況を外しても、自立した作品となります。

ただし、うたが詠まれた状況が分かっていれば、なお、うたの鑑賞は深くなるとも言えます。

まず、このうたは、正岡子規が病弱で、晩年、病床に伏して多くの作品を...続きを読む

Q歴史物・恋愛もの・老夫婦の愛・夏目漱石などが好きな私におすすめの本

こんにちわ^^
タイトル長くてすみません。。。
若い頃はあまり本を読まなかったのですが(後悔してます・・・)、大学に入った頃からよく本を読むようになりました。育ってきた環境もあってか、感動しやすく涙腺がゆるすぎる20代半ばの♀です☆

宮沢賢治・夏目漱石は大好きです。森鴎外は「雁」にひどく感動しました。司馬遼太郎さんの本はどれも好きです。笑える話も好きです。バカの壁はおもしろかったけど「そんなに売れる本か?」と思いました。村上春樹だとノルウェイの森には深く感動し胸を痛めました。太宰治もよかったです。小学校のころ唯一呼んでいた本は星新一です(笑)老人と海など、古典的な?名作はどれも感動しますね(といってもそんなに沢山読んでるわけじゃないです)山崎豊子もおもしろいです。

映画でも家族愛には弱いですね。おばかな笑える映画も好きです。

いっぽう・・・・
去年?の芥川受賞作品の綿矢リサやら、蛇にピアスなんかは全然おもしろいと思いませんでした。柳美里も苦手です。闇をもったものが嫌いというわけではありません。吉本ばななも嫌いじゃないですが、特別おもしろいとも思えません。また、左より的な思想は好きじゃないです(笑)

あまり共通点はない・・・かもしれませんが(笑)、恋人や家族への深い愛情や、作られた残酷さではないもの、胸がはりさけそうな喜びと紙一重にある苦しみ・・・など(伝えるのがへたですみません^^;)が伝わる作品が好きかもしれません。

いろんなジャンルに挑戦したいとは思いつつ、推理小説は読まないですね(笑)


読みやすいけれども綺麗な日本語を使っていて、私がすきそうな本はないでしょうか???まだまだ読書初心者ですのでいろいろ読みたいと思います。

よろしくおねがいします^^
日本でも海外でもどっちでもOKです☆

こんにちわ^^
タイトル長くてすみません。。。
若い頃はあまり本を読まなかったのですが(後悔してます・・・)、大学に入った頃からよく本を読むようになりました。育ってきた環境もあってか、感動しやすく涙腺がゆるすぎる20代半ばの♀です☆

宮沢賢治・夏目漱石は大好きです。森鴎外は「雁」にひどく感動しました。司馬遼太郎さんの本はどれも好きです。笑える話も好きです。バカの壁はおもしろかったけど「そんなに売れる本か?」と思いました。村上春樹だとノルウェイの森には深く感動し胸を痛めまし...続きを読む

Aベストアンサー

わたしがお勧めしたい作品です。
ご参考までに。

・「愛と死をみつめて」(著者:大島みち子&河野実)
・「若きいのちの日記」(著者:大島みち子)
 

Q正岡子規の”瓶にさす藤の花ぶさ・・”は優れている?

正岡子規が歌った有名な短歌に
”瓶にさす藤の花ぶさみじかければ たたみの上にとどかざりけり”
があります。

正岡子規が病床で歌ったという境遇を、私は知っているので、この歌は素晴らしい、と思います。
しかし、もし、子規の境遇を知らなかったら、私はおそらく良い歌とは思わないでしょう。
皆様は、子規の境遇を知らなくても、この歌は優れている、と思いますか?

Aベストアンサー

短歌とか俳句は字数を極端に制限した詩・文学なのですが、その代償として前編が必ず鑑賞や「詞書」=タイトルやキャプションにあたる物とセットになったものと思って良いのではないでしょうか。

たとえば伊勢物語などは全編がその歌がどのようなシチュエーションで詠まれたかという描写で構成されているのです。

また有名な歌にはエピソードがセットになっていることは珍しくないのは、そのような(セットとして)流布されてきたからでしょう。

短歌はまずテーマが提出されて集まった人たちがそれに沿って歌を作って行くという形式から始まった文学であり知的な遊びでもあったわけです。ですから詞書というのは短歌とセットになった物なのです。

子規は新聞連載の中でこの歌を発表しています。冒頭に次の言葉書きを自ら付けています。
————————
 夕餉したため了りて仰向に寝ながら左の方を見れば机の上に藤を活けたるいとよく水をあげて花は今を盛りの有様なり。艶(えん)にもうつくしきかなとひとりごちつつそぞろに物語の昔などしぬばるるにつけてあやしくも歌心なん催されける。この道には日頃うとくなりまさりたればおぼつかなくも筆を取りて

瓶(かめ)にさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとゞかざりけり
瓶にさす藤の花ぶさ一ふさはかさねし書の上に垂れたり
藤なみの花をし見れば奈良のみかど京のみかどの昔こひしも
藤なみの花をし見れば紫の絵の具取り出で写さんと思ふ
藤なみの花の紫絵にかゝばこき紫にかくべかりけり
瓶にさす藤の花ぶさ花垂(た)れて病の牀に春暮れんとす
去年(こぞ)の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひいでつも
くれなゐの牡丹(ぼたん)の花にさきだちて藤の紫咲きいでにけり
この藤は早く咲きたり亀井戸(かめいど)の藤咲かまくは十日まり後
八入折(やしおおり)の酒にひたせばしをれたる藤なみの花よみがへり咲く

 おだやかならぬふしもありがちながら病のひまの筆のすさみは日頃稀(まれ)なる心やりなりけり。をかしき春の一夜や。
—————————————

夕食を終わって寝ている左側に藤が生けられている、それを子規は畳に寝て下から見ているからこの畳と藤の間の空間にダイナミックな物を感じておもしろがっているわけです。卑小と思われている世界でのそういう発見を描いている。

十首の歌と言葉書きが最初からセットの物として発表されている事実はまず知っておくべきだと思います。

短歌や俳句は言葉で、ある光景を写し撮った写真のような物であり、言葉書きはそのキャプションであるという風にもシミュレートできるのではないでしょうか。

説明が無いと何だかわからなくてつまらない、確かに短歌や俳句はそういう宿命を持った文学形式かもしれません。
しかし子規はことば書きやこの歌の中に自分の寿命が限られてしまっていて悲しいだとかいう言葉を一切入れていない。その姿勢は子規が歌作に当たってむしろそのような説明語句に頼っていないことを意味しているのではないでしょうか。
作品の中にそれを入れてしまってはかえって説明的な絵解きに堕してしまうことをわかっているのです。

たとえば絵は一枚で全てを物語っていて鑑賞者は無言で予備知識無しでそこから何かを得なければいけない、しかも感動しなくちゃいけない。芸術は世紀の天才の思いもよらない仕事でなければいけない。
そういう芸術鑑賞法というのは、何かの意味や宗教的教訓の絵解きとして押し付けられた時代への反発として近代主義的な芸術観だとは思います。しかしかたくなになんでもかんでもそういう物でなければいけないとするのはかえって芸術の本質を見誤って、つまらない貧相な物にしてしまうでしょう。

短歌とか俳句は字数を極端に制限した詩・文学なのですが、その代償として前編が必ず鑑賞や「詞書」=タイトルやキャプションにあたる物とセットになったものと思って良いのではないでしょうか。

たとえば伊勢物語などは全編がその歌がどのようなシチュエーションで詠まれたかという描写で構成されているのです。

また有名な歌にはエピソードがセットになっていることは珍しくないのは、そのような(セットとして)流布されてきたからでしょう。

短歌はまずテーマが提出されて集まった人たちがそれに沿って歌を...続きを読む

Q旅行に関する本

イギリスに関する旅行記のような、読んで楽しい本を探しています。
文庫本だと嬉しいです。

その他にも旅をたくさんしてる人の本など、オススメの本があったら教えてください。「海外旅行をするなら絶対読んでおいた方がいい」という本もあったら教えてくれると嬉しいです。

Aベストアンサー

文庫本ではないのがほとんどですし、ロンドンに限定しているものもあります。滞在記など旅行記以外も含まれています。ご希望に合いますかどうか・・・。

・「ロンドンゆきの飛行機の中で読む本」三澤晴彦
ロンドンへの旅行や生活に役立つ情報満載です。
・「なぜ英国のホテルは世界で最も愛されるのか」三澤晴彦
イギリスのホテルマンだった著者のホテルでのおもしろいエピソードは、旅行にも参考になると思います。
・「小説家ぶー子 イギリスを行く/ぶー子のスケッテブック」村山由佳
イギリス全土を旅した旅行エッセイとイラストいっぱいのスケッチブックの2冊セットです。
・「イギリスで貴族気分」岩淵潤子
ハイ・ティー、名門ホテル、料理、買い物などちょっとリッチな気分を味わえ、旅行にも役立つ内容です。
・「ふだん歩きのイギリスノート」佐々木ひとみ、本郷けい子
個人旅行エッセイです。イラスト入りで楽しく読めます。
・「ロンドン再発見の旅」林信吾
これは文庫(中公文庫)です。空港、ホテル、ショッピングなど客観的な視点で書かれています。
・「イギリスで歩いて考えた」唐津康夫
海外駐在生活を振り返ったエッセイです。
・「イギリスの味わい方」小林章夫
イギリス人の生活を衣食住・趣味・レジャーなど具体例をあげて紹介してあり、その国民性を窺い知ることができます。

まだまだあるのですがキリがないのでこのくらいで。

海外旅行全般ということでは、旅行人から出ているものがおもしろいです。かなりディープな内容ですが。
・「旅行人傑作選1 世界の果てまで行きたいぜ!」
・「旅行人傑作選2 世界が私を呼んでいた!」
・「旅ときどき沈没」蔵前仁一
・「旅で眠りたい」蔵前仁一

イギリスに関する書籍を紹介したサイトを見つけましたので、そちらもご参考までに。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~vy6t-kbys/bookE.html

文庫本ではないのがほとんどですし、ロンドンに限定しているものもあります。滞在記など旅行記以外も含まれています。ご希望に合いますかどうか・・・。

・「ロンドンゆきの飛行機の中で読む本」三澤晴彦
ロンドンへの旅行や生活に役立つ情報満載です。
・「なぜ英国のホテルは世界で最も愛されるのか」三澤晴彦
イギリスのホテルマンだった著者のホテルでのおもしろいエピソードは、旅行にも参考になると思います。
・「小説家ぶー子 イギリスを行く/ぶー子のスケッテブック」村山由佳
イギリス全土を...続きを読む

Q「俳句」という言葉は正岡子規が作ったものですか?

江戸時代に俳諧、発句といわれていたのを明治になって正岡子規が「俳句」と呼ぶようになったという説をききました。
これは本当でしょうか?
江戸時代にも俳句という言葉があったと思うのですが。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

以下、日国オンライン(日本国語大辞典のWeb版)の
俳句の項を引用しておきます。

はい‐く【俳句】
〔名〕(「俳諧の句」の略)

もと俳諧連歌の第一句(発句)が独立してできたもの。元来は俳諧連歌の発句および連句の句をさしていっていたが、明治にはいって正岡子規が発句のみを意味する語として使うようになってから一般化されるようになった。五七五の三句一七文字で完結する日本独特の短詩で、季(き)を入れるならわしであるが、季語の撤廃や定型を破った自由律の主張などもみられる。

*俳諧・虚栗〔1683〕序「翻手作雲覆手雨 粉々俳句何須数」
*浮世草子・新竹斎〔1687〕一・一「さいつ比富尾何がし此所にて俳句(ハイク)あり 浄蔵ありや昼にかたぶく八坂の花」
*随筆・胆大小心録〔1808〕六一「唐人を二度見た事をとし忘れといふ俳句があったが」
*筆まかせ〔1884~92〕〈正岡子規〉一・哲学の発足「俳句を作るは明治二十年大原其戎宗匠の許に行きしを始めとす」
*吾輩は猫である〔1905~06〕〈夏目漱石〉一「俳句をやってほととぎすへ投書をしたり」

日本国語大辞典はかなり信用に足る辞書なので
概ね上記のような事情なのだと思います。
ちなみに日本国語大辞典は、
用例を最も古いものから載せるという方針なので、
俳諧・虚栗〔1683〕序が、一番古い例となるようです。
この頃から意味は違えど、俳句という語が使用されていたようですね。

以下、日国オンライン(日本国語大辞典のWeb版)の
俳句の項を引用しておきます。

はい‐く【俳句】
〔名〕(「俳諧の句」の略)

もと俳諧連歌の第一句(発句)が独立してできたもの。元来は俳諧連歌の発句および連句の句をさしていっていたが、明治にはいって正岡子規が発句のみを意味する語として使うようになってから一般化されるようになった。五七五の三句一七文字で完結する日本独特の短詩で、季(き)を入れるならわしであるが、季語の撤廃や定型を破った自由律の主張などもみられる。

*俳諧・...続きを読む

Q女の生き方に関する本

女の生き方(恋愛を含め)について書かれている本がたくさん出ていますが、中でも「自立した女性」というのをテーマに書かれた本があれば、教えて下さい。
私は今大学4年で、結婚してもずっと仕事をしていきたいと考えています。また、性格も男っぽく、男に守ってもらおうなんて思ってないので、モテないのですが(笑)、そういう生き方を肯定するような本に出会いたいのです。もし何かお薦めがあればよろしくお願いします。

Aベストアンサー

haydsjeさんこんにちは。

「シンデレラ・コンプレックス」
(コレット・ダウリング 三笠書房)

不幸・不当な境遇にいるシンデレラは、
そこから脱出するべく努力することは特になく、
ただ「与えられた状況」に「文句を言わず素直に従った」
ごほうびとして「幸福=すてきな結婚」を手に入れます。
この寓話から、女という生き物は生まれたときから
「与えられ、言いつけられたものごとだけを素直にただ
受け入れていれば、ある日突然素敵な相手が現れて、その相手と
一緒になってその人に守られ、依存することで幸せになれる」
という教育を知らずしらずのうちにされてるのでは・・・?
そのことにより、
「自分の人格と努力と甲斐性でもって与えられた状況を変えようとする」
ことはすなわち「幸せになれない」ことを意味することになり、
自分の手を伸ばせばつかめるはずの野望や成功があるのに、
「守られる、依存する=幸せ」という感覚に邪魔されて
混乱したり、追い詰められたりしていませんか?という本です。

世代も違いますし、これから大学をご卒業されて
前途洋々のHaydsjeさんに失礼かもしれないですが、、
もしhaydsjeさんが社会にでて、

>結婚してもずっと仕事をしていきたい
>男に守ってもらおうなんて思ってない

常日頃そう思っているはずなのに何故か不安になってしまったり、
自分と同じ考えを持っていたはずの知人、友人が
恋愛を境に逆方向の考えに豹変してしまってナヌ?と
思われたりするようでしたら特にご一読をおすすめします。

ただ、この本現在絶版状態なんですよねー・・・。
出版当時は結構話題になった本なので、図書館等では
見つかるとは思うんですが。
機会がありましたら是非どうぞ。

haydsjeさんこんにちは。

「シンデレラ・コンプレックス」
(コレット・ダウリング 三笠書房)

不幸・不当な境遇にいるシンデレラは、
そこから脱出するべく努力することは特になく、
ただ「与えられた状況」に「文句を言わず素直に従った」
ごほうびとして「幸福=すてきな結婚」を手に入れます。
この寓話から、女という生き物は生まれたときから
「与えられ、言いつけられたものごとだけを素直にただ
受け入れていれば、ある日突然素敵な相手が現れて、その相手と
一緒になってその人に守られ、...続きを読む

Q正岡子規の短歌解釈 ぬばたまの~

正岡子規の短歌
「ぬばたまの黒毛の駒の太腹に雪どけの波さかまき来たる」
の解釈を教えてください。特に「黒毛の駒の太腹」の部分がよくわかりません。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 正岡子規には、「平家物語」の、「宇治川の先陣」の争いの話に基づいた、
 先がけの 勲功(いさお)立てずば 生きてあらじと
    誓へる心 生食(いけずき)知るも
という短歌があります。(「いけずき」は馬の名。)

 ご質問の歌も同じ時の作品じゃないかな。

ぬばたまの(「黒」にかかる枕詞〔まくらことば〕)黒毛の馬の太った腹に、(宇治川を流れる)雪解けの(水の)波が逆巻いて打ち寄せている

というぐらいの内容だと思いますが。

「いけずき、するすみ」という二頭の馬を巡る平家物語の話は、

http://masa_n.at.infoseek.co.jp/heike/h236ch10_1.htm

〔第二百三十六話・第十章 青葉の笛(一)〕から、「次回へ」をクリックして、「第二百三十八話・青葉の笛(三)」ぐらいまでをお読みください。

参考URL:http://masa_n.at.infoseek.co.jp/heike/h236ch10_1.htm

Q夢や時間に関する本

該当するカテゴリーが難しいので書籍で投稿させてもらいました。

当方大学生でして、一般教育の授業において人間が眠るときに見る「夢」や、日々刻々と流れている「時間」に関して大変興味を持ちました。
とても抽象的な質問で申し訳ないのですが、これらふたつのテーマに関するおすすめの本はないでしょうか?

夢に関しては所謂「夢診断」などといういった内容ではなく、人はなぜ夢を見て、夢になんの意味があり、どういったメカニズムで見るのかなどいうような内容の本を読みたいのです。

また時間に関してもいろいろ調べていると「ゾウの時間・ネズミの時間」という本が有名のようで、アマゾンのレビューをみていると基本的には動物学に関する内容ということなので、このほかにも何かおすすめの本がありましたらご紹介願いたいところです。


できれば専門書ではなく、入門書や文庫本になっている類のものであればありがたいです。

Aベストアンサー

「時間」について参考になる本をいくつか挙げます。

1)本川達雄『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)
2)本川達雄『時間―生物の視点とヒトの生き方』(NHKライブラリー)
3)中島義道『「時間」を哲学する』(講談社現代新書)
4)中島義道『時間論』(ちくま学芸文庫)
5)真木悠介『時間の比較社会学』(岩波書店 同時代ライブラリー)
6)青山拓央『タイムトラベルの哲学』(講談社)
7)ノルベルト・エリアス『時間について』(法政大学出版局 叢書・ウニベルシタス)

とりあえず、1・3・5を読まれたらいいと思います。

Q正岡子規

正岡子規って病気ばっかりでほとんどニートだったんですよね?

Aベストアンサー

新聞社で働いたりもしています

Qローマとパリに関するお薦めの本

ローマとパリに関するお薦めの本を紹介してください。
旅行する予定なのですが、知識に乏しいので予習したいと思っています。
できれば小説で、文化や歴史などに楽しく触れられるものがいいです。

Aベストアンサー

古代ローマの歴史なぞいかがでしょう。

塩野七生さんの『ローマ人の物語』
古代ローマの歴史をその誕生からずっと追っています。
(私は今、4巻目、ユリウス・カエサル、ルビコン川以前)

塩野さんの文章は読みやすく、大好きです。
私が何回も読み直す数少ない作家の一人です。


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