高校③年生の男です。

長文で乱雑な文章になりますが、アドバイス等をいただけたら幸いです。

僕は、自分が嫌いです。醜いルックスや嫉妬深いひねくれた性格…
欠点はいくらでも上げられますが、長所が見つかりません

常に周りを意識して
自分と比較(勝手に優劣をつける)したり、嫉妬したりします。
自分の顔が写る鏡や写真も嫌いです。
実際、クラスの集合写真とかを見ていると自分だけ浮いています
目に光がないというか、表情に明るさが全くないかんじです
イメージを変えようと美容室にも行ってみたのですが
鏡に写る自分の顔に絶望し、美容師さんたちの綺麗な姿・明るさを見ると自分が場違いな感じがしてそれ以降行きにくくなりました…
また、クラスや予備校の周りの人たちを見ていると、高校生らしくとても生き生きとして輝いて見えます
高①の時に人見知り・暗い性格でクラスに友達ができなかったこともあり、
どう見ても自分は周りのように輝いているとは思えないし、むしろその真逆に思えます


年度末には大学受験が控えているのに勉強に集中できません
周りはとても頑張っているのに、焦りすら感じません


僕はどうしたらいいんでしょうか?
どうしたら、こんな自分でも好きになれますか?

厳しくても構いません、良かったら回答よろしくお願いします
m(_ _)m

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A 回答 (3件)

こんにちは。


正直なところ、yyadada08さんのタイトルを見て、最近よく聞くことだな……と思ってしまいました。(失礼ですが)
それほど、自分を変えたいと思って、好きになれない方が多いようです。そして、殆どの方が自分を変えたくても「どう変えたいか」という指針がないようです。

一緒くたにしてしまって申し訳ないのですが、漠然と「変えたい」だけでは何も変わりません。受験でもそうですが、ゴールがあるからその対策を考えて、目的に向かって頑張って行けますよね。なので、この場合はyyadada08さんが好きだという人物像をよく思い浮かべてみては如何でしょうか。

「明るい」「気さく」「容姿がいい」「友達が多い」「頭がいい」……こんな感じでしょうか??
誰だってそんな凄い人間になりたいです。
万人に好かれる、万人が素敵だと思う人物になってみたいです。

しかし、自分の家族や友人を「頭がいいから好き」「顔が良いから仲良くする」「明るいから付き合う」という理由で選択しましたか? また、美点がないからと関係を断ち切りますか??
yyadada08さんのご両親だって「できた息子だから好き」なんてないですよね。そんな理由がなくてもあなたを深く愛していると思いますよ。

今、yyadada08さんに必要なのは、自分を許して甘やかすことです。
そして、人と自分を比べないことです。yyadada08さんの評価は自分が出すことですが、その基準は必ずしも他者ではありませんよ。
しなくてはならないことは沢山ありますが、今のままでは「あれもしなくちゃ、これもしなくちゃ」と全部が中途半端になってしまいそうです。
自分に対するハードルを下げる事も大事なのです(磨くことを諦めるということではありません)。
出来ない自分、理想とはギャップのある自分に×をつけないでください。

私事ですが、私は「ダメであること」をダメとは思いません。
容姿はもしかしたら真ん中以下でしょうし、世間の価値観から言ったら立派な負け組だ思います。でも、それは私が出した評価ではありません。しかも、そんな自分を私は好きなんです。
yyadada08さんはまだ生まれて17年くらいでしょうか。
今の性格が嫌だとしたら、17年間の自分の育て方が「嫌な自分」を作っています。でも、それはいくらでも変わるんです。好きなこと、したいこと、それに向かって頑張ること。「自分はダメかも知れないけど、○○に頑張ってる自分って凄くないか?」そうして少しずつ褒めてあげれるようになって欲しいです。

「ダメでなにが悪い」の精神で、図太く生きていくと、完璧さよりも「頑張ってもがく姿」こと愛おしく思えるものです。
長々とまとまりのないことを書いて申し訳ないですが、何かを感じ取って頂けたらな…と思います。
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「自分を変えたい」というような質問は、ホント多いですよね。

それから「厳しくても構わない」。
厳しいことを言えば、こちらも心が痛むこともままある。辛い思いをしなくてはいけない。
誰の悩みですか? 貴方の悩みですよね。
自分を変えたいと本気で望んでいるなら、少なくとも過去ログは読みましたよね。
それは面倒ですよね。面倒だから辛いですよね。しかし誰の悩みですか?
本来我々以上に辛い思いをしなければいけないのは、貴方の方です。貴方の悩みなのだから。
簡単に人に要求するだけの辛い思い、努力を、それを要求するご自分の方は、していますか? 
もししていないのなら、これが甘えでなくて何でしょう? 相手のことも考えていますか?
悩んでいる貴方も人。我々も人。元々平等です。貴方だけが特別の人間であるはずはない。

既に素晴らしい回答があり、且つ私も過去に、同じようなことを何度も述べたりしている。しかしまぁ実際には、ただ話を聞いてあげるだけしかできない位傷ついている人から、比較的軽度な人まで様々いらっしゃいます。文面だけで判断すると、貴方は比較的軽いと思う。そんなこともあり今回は、別の角度でお話を差し上げたい。

スキーの練習を始めた目の見えない人の話を書きます。加藤 諦三さんの "行動すれば人生は開ける" という本にあった話を、私なりに解説致します。本当は直接読んで欲しいのです。

オマエは今、肉体的には健常者だ。目も見える。
それで、オマエの目は、金を幾ら貰えば見えなくなってもいいと思うか?
実際に真剣に検討してみて下さい。
1億円貰えば目が見えなくなってもいいのか? …嫌です。怖いです。
2億円でも3億円でも、普通嫌です。10億円位では? 10億円貰っても嫌です。
キリがないので「10億円以上」としておきましょう。
しかし本当は、ちょっと想像できない程の大きなものを、この人は背負っているのだ、ということですよ。
そうですよね。それを忘れないで下さい。

まずは、自分からすれば、自分より10億円以上不幸な人が、世の中にはいる、ということです。
よーく考えて下さい。よーく読み返して噛み砕いて下さい。これは事実ですよ。

それなのに、例えば10万円のパソコンを親に買って貰えないから、オレは不幸だ、
世界で一番不幸だ、もう生きているのは嫌だと。そう嘆いているオマエは何なんだ? と。
たったの10万円でオマエは世界一不幸なのか、と。まずはそういうことです。
貴方の悩みは何でしたっけ? 質問文に書いてありますね。

それで、自分より10億円以上不幸な人が、ではどうやって生きているのか。
自分より10億円以上も不幸なその目の見えない人が、勇気を出してスキーを覚えているのですよ!
手探りでストックの形を把握し、スキーの形を把握し、そして目が見えていても怖い
斜面を滑り降りるのです。想像してみて下さい。
この人より10億円以上も幸せなはずのオマエは、どーなんだ、と。
この人より10億円以上も幸せであるにも関わらず、オマエにはこの人がスキーを覚えるような、
そういう勇気ある行動を、努力を日頃しているのか、と。
ちょっとしたことでグズグス言い、できません、無理ですって何だ、と。
今不幸を感じている。そこにもっと過酷な試練がのしかかってきたとする。
今よりもっと辛くなる。もっと落ち込む。もうダメだ…。本当にダメでしょうか?
それはどれ程のものでしょうか。元の不幸と次に来た不幸と足したら、この人以上になりますか?
オマエより10億円以上も不幸な人がこれだけしているのに、オマエは何だ、ということです。

そして更に、この目の見えない人は、実は不幸ではない。幸せなのです。
穏やかな顔で、子供に山の頂上から見える風景を聞いて、ニコニコしている。
この人は、誰から見ても、輝いて見えます。
不幸ではないのです。この人は自分の運命をすっかり背負っているのです。だからそのままで幸せなのです。
自分は目が見えない。それが自分なのです。そのままです。これが自分の運命を受け入れている姿です。
人と比較するものではないのです。自分は自分。ここに安定すれば、不幸ではないのです。
失礼ながら、貴方のお顔立ち。どれ程のものですか? 
この人は、人から見れば10億円以上不幸であるにも関わらず、決して自分は不幸だとぐちぐち言って、
例えば引きこもりなんてしない。誰のせいにもしない。何のせいにもしない。
スキーをやりに出かけてます。好奇の目にさらされることもあるでしょう。
健常者以上に怖いでしょう、大変でしょう、辛いでしょう。
我々なら10分で覚えられることが、2時間位かかるかも知れない。でもスキーに行く。
新しくチャレンジしてスキーを覚える。
…どうですか?

どうですかって、私だって偉そうに人に問えません。だから本を読んで欲しいと言った。
こうやって自分が分かっているかのごとく、言葉にするのが恥かしい。
ただ、どうしても自分がダラケて どうしようもない時は、この話を思い出します。
すると体が動きます。心が引き締まります。自分が恥かしくなることもあります。
私は、とても凄いことだと思うのですが。どうですか?
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あなたには小さいころからどうしてもこれだけはやめられないというものがあったはず。

それがあなたの長所です。
ゲームだっていいんです。本当にゲームが好きならゲーム会社に就職してゲームにかかわるいろんな仕事をやればいいのですから。

長所などいりません。あなたが持っているたった一つの才能。それがあなたを光らせます。私は幸い音楽に目覚め、修行を重ね、ロックのスタイルから脱出はできないながらも、毎日音楽と戯れ、ついつい作った作品をニコ動にアップしたりもしています。

いつしか私はその音楽の才能を買われたことがあります。
まだ20にもなっていないあなたは「自分が好きなこと」や、「やってみれば結構やれるもの」を探す時期です。ようはこれからなんです。

目的も無く、単なる地位の獲得のためだけに退屈な大学になど私は行きたいとも思わない。でも、自分のもてるすべてを出し尽くしてライバルたちとしのぎを削りあいながら修行ができる音大には行きたいと思っています。
私の力では専門学校は少々稚拙でした・・・。授業など眠ってすごし、講師をとっ捕まえてはプロレベルの話を質問攻めという形式で聴いたものです。

かくいう私は高校卒業の時点で「頭の悪い人間にクソったれな評価をしては補習補習とうるさい学校などもう行かぬ」と就職しました。
就職先では毎日「俺はこんなつまらん仕事をするべきじゃないんだ。今の俺は腐っている」と思っていました。

それでいて、バンドや作曲など音楽をやっているときだけは猛烈なオーラを放っているという自信がありました。
・・・まさか音楽の才能を買ってくれた職場で恋人と出会うほどにかっこよさが出ていたとは驚いたものですが・・・。

その前もやはり音楽に必死で打ち込む姿を見て一緒にいてくれる人がいました。
「人間は好きなことをやっているときがもっとも美しい」
こんな冗談みたいな言葉がまさか本当だったとは世の中は不思議なものです。

あなたはまだ無限の可能性を持ったまま、どこにその無限の力を差し向けるかを考える時期です。なんもあわてることは無いですし、そんな自分を嫌う必要も無いのです。
あなたをまぶしいほどに輝かせるものを見つけさえすれば、あなたはその道を進むうちに数々の出会いや別れを体験し、人間性を磨かれ、大人になっていきます。

そうして走り続けているうちにあなたはいつか思うでしょう。
「俺もなかなか捨てたもんでもない。」と。
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