造花は精巧にできていても、それが造花だと分かったとたんに味気無いものに感じてしまいます。
生花は期間が短くても本当に美しいものです。
いつかは萎れて枯れていく花ですが
綺麗さとか 優しさとか あると思いますが
この生きた花から受け取るものをどのように皆さんはお思いでしょうか。
何となく、と言った感想でも結構です。
お聞かせ下さい。

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A 回答 (2件)

そうですね。

最初に思い浮かぶのは質問者さんの仰るように「優しさ」です。

花は、手間を惜しむと萎れてしまうし、手間を掛ければ弱っていても、また綺麗な花を咲かせてくれたりしますよね。
茎が折れてしまったので添え木をしてあげたら、蘇ってくれたこともありました。
花は言葉を話さないけれど、愛情を注ぐと、ちゃんと答えてくれます。

私は心がとげとげしていたり、元気がないときでも、見ていると心が和みます。
また、亡くなった人が好きだった花だと、懐かしさもこみ上げてきます。

花から受ける印象は暖かな心、ぬくもり、安らぎです。
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この回答へのお礼

素直なご感想ありがとうございました。
心が癒される、というふうに感じました。
花から沢山のものをいただく事のできる回答者様は、感性の豊かな方とお見受けいたします。
私もそうありたいものです。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/29 19:23

改めて考えれば、生花(活花)というのは、本来の姿を人間の手で刈り取っているわけですから、自然の美しさの法則を壊していることになります。

にもかかわらず、いわゆる華道を極めたとされるような名人の生花をみると、本来ある自然の美しさ以上に心を高ぶらせる何かを感じされられますよね。

生命を刈り取って、ある一瞬のために華々しく咲かせる。なんだか、美しさの裏腹に、どことなく切なさを感じさせるのが華道の味わいなのでしょうかね?

ただあるがままに咲いて散るという花の一生、それに対して短い時間でも鮮やかに咲いて輝いて散るという花の一生。これは人の生き方と対比させると、非常に哲学的なテーゼであると感じます。

もしかしたら、ある華道を極めようとする人は花の咲き様を自分の生き様として表現しているのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
人と花との深い係わりを思っておられるのですね。
私は生け花はやっていませんが
見事に活けられた花をみると、きれいさと共に何と言いますか
活けた人の心が表れているような感じも受けます。
ほのぼのとした感じもあれば、艶やかな感じのものや、逆に緊張感の漂っているものもあります。
心の表現としての花というものでしょうか。
深い感じがしますね。
一般の人と華道家では花に対する感覚がまた違うのでしょう。
一般的な優しさだけではなく、芸術的なものとしての花という感覚なのでしょうか・・ね。
ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/29 19:53

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