吉田茂の首相としての業績(政策)について書かれている新書を探しています。
ご存知の方がいらっしゃったら回答お願いします。

自分が今まで調べて見つけた新書は、
『戦後日本の宰相たち』渡辺昭夫(著)
『宰相吉田茂』高坂正堯(著)
『吉田茂とその時代』岡崎久彦(著)
『吉田茂―尊高の政治家』原彬久(著)
があります。
まだどの本も読んでいないので、特におすすめの新書がこの中にあるようでしたらそれも教えていただければうれしいです。

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A 回答 (1件)

「新書」のみではありませんが、幾つか上げてみます。



まずは、上げられている本についての私見ですが、、

『 戦後日本の宰相たち』 (中公文庫)
渡辺 昭夫 (著)

著者の渡辺氏は所謂「沖縄問題」についての研究をライフワークにしており、政府の日米安保の会議に参加して大きな影響を与えたとも言われています。
内容は、東久邇稔彦から竹下登までの17人の政治家の思想と行動を通し、「55年体制」の成立からその崩壊寸前までを描いています。
戦後の政局の基本を知るのに最適な書です。

『吉田茂とその時代―敗戦とは』 (PHP研究所)
岡崎 久彦 (著)

著者は、元外交官として西アジア方面の駐在大使を歴任した国際情勢分析のエキスパートの1人です。
思想的には、親米保守派の代表格と目されています。
他にも、「歴史修正主義」と批判されることが多い運動団体である「新しい歴史教科書をつくる会」の賛同者でもあります。
なので、ちょっと右に寄りすぎてる感はありますが、その辺りを気をつければ良書の一つです。

『 宰相吉田茂 』(中公クラシックス (J31)) (新書)
高坂 正堯 (著)

著者は京都学派四天王の1人である高坂正顕氏の次男であり、戦後昭和期の代表するオピニオンリーダーの1人です。(正堯氏は国際政治学が専門です)
この本では、当時はとかく不人気だった吉田茂の政策について、「日米基調・経済重視の戦後外交路線」に光を当て、高く評価しました。
この本によって、吉田茂の評価が一変したと言われています。

最後の一冊は読んでいないので内容はわかりません。
ただ、著者の原彬久氏は安保騒動関係者へのインタビューを行い、安保闘争研究の先駆けとして知られています。


で、以下は個人的に良書と思っている本です。
まだ、全てを読んだわけではないですけど、吉田茂研究でよく使われているようなので、お勧めしても大丈夫かな~と思ってます。

『回想十年』 (全4巻)(新潮社)
吉田茂/著 

吉田茂自身が書いた回顧録です。
吉田茂研究の必読書の一つです。(本人の事はまず本人に聞くことが一番です・笑)(1巻だけ読了、後は未読)

『ダレスと吉田茂-プリンストン大学所蔵ダレス文書を中心として』
村川 一郎 (編集) 国書刊行会 (1991.3)

日米安保交渉を担当したダレスと吉田茂の交渉を、主にダレス側の文書資料を中心に纏められています。
安保交渉の事実をしるのに、最適な書の一つだと思います。(未読)

『 吉田田茂 』(講談社)
今 日出海 (著)
初代文化庁長官で小説家でもある今 日出海(こん ひでみ)氏の手による伝記です。
今氏は太平洋戦争により三木清・尾崎士郎・石坂洋次郎など昭和初期を代表する文化人と交流を持ち、戦後には吉田茂とも懇意な仲だったようです。
一番身近な人が見た吉田茂像を知るには、良い本です。(読了)

以上私見ですが、参考になれば幸いです。
上記の本には既に絶版になってるモノも含まれると思いますので、お近くの図書館なんかで探してみてください。
図書館には相互貸借制度というのがあり、近くの図書館になくても他の図書館から借りるために取り寄せてくれます。
大抵は無料だったかと思いますが、場所によっては郵送料がかかる場合もあります。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
参考にさせていただきます。
これからも政治に関する質問をすると思いますので、その時もアドバイスをしていただけたら嬉しいです。

お礼日時:2009/06/14 16:06

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Q吉田茂の業績(政策)について

吉田茂の首相としての業績(政策)について書かれている新書を探しています。
ご存知の方がいらっしゃったら回答お願いします。

自分が今まで調べて見つけた新書は、
『戦後日本の宰相たち』渡辺昭夫(著)
『宰相吉田茂』高坂正堯(著)
『吉田茂とその時代』岡崎久彦(著)
『吉田茂―尊高の政治家』原彬久(著)
があります。
まだどの本も読んでいないので、特におすすめの新書がこの中にあるようでしたらそれも教えていただければうれしいです。

Aベストアンサー

「新書」のみではありませんが、幾つか上げてみます。

まずは、上げられている本についての私見ですが、、

『 戦後日本の宰相たち』 (中公文庫)
渡辺 昭夫 (著)

著者の渡辺氏は所謂「沖縄問題」についての研究をライフワークにしており、政府の日米安保の会議に参加して大きな影響を与えたとも言われています。
内容は、東久邇稔彦から竹下登までの17人の政治家の思想と行動を通し、「55年体制」の成立からその崩壊寸前までを描いています。
戦後の政局の基本を知るのに最適な書です。

『吉田茂とその時代―敗戦とは』 (PHP研究所)
岡崎 久彦 (著)

著者は、元外交官として西アジア方面の駐在大使を歴任した国際情勢分析のエキスパートの1人です。
思想的には、親米保守派の代表格と目されています。
他にも、「歴史修正主義」と批判されることが多い運動団体である「新しい歴史教科書をつくる会」の賛同者でもあります。
なので、ちょっと右に寄りすぎてる感はありますが、その辺りを気をつければ良書の一つです。

『 宰相吉田茂 』(中公クラシックス (J31)) (新書)
高坂 正堯 (著)

著者は京都学派四天王の1人である高坂正顕氏の次男であり、戦後昭和期の代表するオピニオンリーダーの1人です。(正堯氏は国際政治学が専門です)
この本では、当時はとかく不人気だった吉田茂の政策について、「日米基調・経済重視の戦後外交路線」に光を当て、高く評価しました。
この本によって、吉田茂の評価が一変したと言われています。

最後の一冊は読んでいないので内容はわかりません。
ただ、著者の原彬久氏は安保騒動関係者へのインタビューを行い、安保闘争研究の先駆けとして知られています。


で、以下は個人的に良書と思っている本です。
まだ、全てを読んだわけではないですけど、吉田茂研究でよく使われているようなので、お勧めしても大丈夫かな~と思ってます。

『回想十年』 (全4巻)(新潮社)
吉田茂/著 

吉田茂自身が書いた回顧録です。
吉田茂研究の必読書の一つです。(本人の事はまず本人に聞くことが一番です・笑)(1巻だけ読了、後は未読)

『ダレスと吉田茂-プリンストン大学所蔵ダレス文書を中心として』
村川 一郎 (編集) 国書刊行会 (1991.3)

日米安保交渉を担当したダレスと吉田茂の交渉を、主にダレス側の文書資料を中心に纏められています。
安保交渉の事実をしるのに、最適な書の一つだと思います。(未読)

『 吉田田茂 』(講談社)
今 日出海 (著)
初代文化庁長官で小説家でもある今 日出海(こん ひでみ)氏の手による伝記です。
今氏は太平洋戦争により三木清・尾崎士郎・石坂洋次郎など昭和初期を代表する文化人と交流を持ち、戦後には吉田茂とも懇意な仲だったようです。
一番身近な人が見た吉田茂像を知るには、良い本です。(読了)

以上私見ですが、参考になれば幸いです。
上記の本には既に絶版になってるモノも含まれると思いますので、お近くの図書館なんかで探してみてください。
図書館には相互貸借制度というのがあり、近くの図書館になくても他の図書館から借りるために取り寄せてくれます。
大抵は無料だったかと思いますが、場所によっては郵送料がかかる場合もあります。

「新書」のみではありませんが、幾つか上げてみます。

まずは、上げられている本についての私見ですが、、

『 戦後日本の宰相たち』 (中公文庫)
渡辺 昭夫 (著)

著者の渡辺氏は所謂「沖縄問題」についての研究をライフワークにしており、政府の日米安保の会議に参加して大きな影響を与えたとも言われています。
内容は、東久邇稔彦から竹下登までの17人の政治家の思想と行動を通し、「55年体制」の成立からその崩壊寸前までを描いています。
戦後の政局の基本を知るのに最適な書です。

『吉田茂と...続きを読む

Q田中角栄と吉田茂どっちが大人物?

どっちが胆力の大きい人物でしたか?

Aベストアンサー

敗戦後の混乱期で数次に亘って総理を務めた吉田茂が胆力の持ち主だと思います。敗戦国の政治家ほど惨めなものはありません。もともとが外交官、しかも第二次大戦まえまで瀋陽の総領事を務めて大国間のせめぎ合いをよく知っていた人物です。彼の最大の功績は日本社会党の反対を押し切って、サンフランシスコ講和会議で条約に署名したことです。

伝えられるエピソードには、講和条約調印後に日米安保条約が締結された際に、吉田が同行していた池田勇人(後年に総理就任)に「反対論も多いこの条約だから、君の経歴に傷が付いてはいけない」と同席を許さなかったことがあります。吉田は保守本流の政治家になる池田の将来が分かっていたんでしょうね。

田中は平時の総理としては功績も大きかったでしょうが、吉田のリーダーシップに比べると胆力は小さいと思います。

Q吉田茂の評価について・・・

吉田茂の評価について・・・

昨日、仲間と飲んでいて、尖閣等の話題になり、その後戦後の日本の防衛体制の話になりました。
自分にとっては戦後、吉田茂という政治家の決断がある意味日本の復興に寄与した面が大きく、尊敬に値すると思っていましたが、仲間の一人は吉田茂の方向性が拙速であって、現況の日本の体制にある種足枷となったといいました。
自分としてはあの頃の状況では吉田茂の判断は理に適っていて、その後の日本の防衛体制は政権を受け継いだ政治家の問題だと思いはしますが、確かに友人の言うことも否定できないものがあり、ではどういうう決断があったのかが解からなくなりました。

質問ですが・・・
吉田茂をどう評価しますか? です。

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

60年もたってから、その当時の政治的判断に関して、どうのこうのと言われたのでは吉田茂も草葉の陰で

【馬鹿野郎】

というしかないでしょうね。
主権回復という目的のために少々の妥協は当然です。その妥協を修正するのが後に続くものの仕事。
100%の回答が出るまで政治的行動を取れないのであれば、政治家はすべて脳死状態で、何も判断をしないことが正解になります。
80点であろうと、ベターであれば行うのが政治。

トルーマンドクトリンをいまさら文句を言う、あるいはトルーマンドクトリンに拘泥するアメリカの政治家がいるだろうか?いまさら。
冷戦は終わっているのに。


戦後の日本の首相で、100年後に日本史の教科書に残るのは、
吉田茂
岸信介
田中角栄
この三人くらいじゃないの。
良くも悪くも、戦後の日本の体制というのを判断し実行したのだから。

Qサンフランシスコ講和条約の吉田茂が読んだトイレットペーパー

サンフランシスコ講和条約の吉田茂が読んだトイレットペーパーの全文が読めるサイトはありますでしょうか?

そのようなサイトがありましたらご紹介をいただけたらと思います。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

東大東洋文化研究所・田中明彦研究室のデータベースに収録されています。
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPUS/19510907.S1J.html

Q吉田茂首相と鳩山一郎首相

 2009年8月の文藝春秋の「鳩山邦夫 大いに吼える」に、
「総理の椅子を鳩山に返すと言って返さなかった吉田茂」というくだりがあります。
吉田茂首相の次は鳩山一郎首相ですし、
「返す」という表現もよくわかりません。

 事情をご存知の方、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

戦後行われた総選挙で日本自由党が勝利し総理指名において鳩山一郎が指名される見込みでしたが、GHQから鳩山一郎へ公職追放令が出され、急遽吉田茂が総理大臣となりました。
思わぬ事態で総理となった吉田茂は鳩山一郎にいずれ総理の椅子を鳩山一郎さんに返すという約束をしたのかも知れません(そんな約束事があったかはよくわかりませんが)
結局のところ、サンフランシスコ講和条約により日本が自治独立を取り戻した後も吉田茂は総理を続け、1954年に支持率低下で退任、その後鳩山一郎が総理となりました。

1951年の講和条約成立後、吉田茂は即座に鳩山一郎に総理の椅子を譲る事もできたと思いますので、それを指しての発言だとは思います。

Qイラクの戦後と日本の戦後の比較

 今のイラクの状況はテロも続いており、さきほども自爆テロで70人近い人が死んだとありましたが、混乱しているように見えます。

 日本も太平洋戦争で敗れてアメリカに占領されましたが、イラクのように、アメリカに対抗して自爆テロならぬとも、右翼の氾濫…そのような事件は発生しなかったのでしょうか?(三島由紀夫とかじゃなくて)
 日本の国粋主義者達は黙って見ていたのでしょうか。いろいろなエピソードはありますが、イラクのように、復興が進まないといったようなことはあったのでしょうか?

 これに関する話は多少は耳にしますが、あまりないように思います。宗教や民族性の違いがありますが、日本人は穏やかに統治された気がします。イラクに似た混乱はあったのでしょうか?しっている話があったらお聞かせ願います。

Aベストアンサー

日本の戦後の混乱については、手元に資料が無く、回答のしようが無いので、直接の回答ではありませんが・・・、

日本の戦後とイラクの戦後の大きな違いは、

・旧政権が存続したか?しなかったか?
・国民に敗戦の意識があったか?なかったか?

だと思います。

日本の場合には、敗戦後も『降伏』を受諾した政権が存続し、連合軍は内政に関しては、ほとんど口出しをしませんでした。(←教育内容等、戦前の統治機構を是認・助長するようなものを除く)言ってみれば、日本人による政権を通しての間接統治ですね。

イラクの場合には、フセイン政権が崩壊し、内政を統治する政権が存在しないために、連合軍が直接統治せざるを得ません。

また、敗戦に対する意識も、

敗戦時の日本人は、昭和天皇の『玉音放送』で、敗戦を思い知らされたと思いますが、
イラク人は、
フセイン政権側の者は単に逃亡しただけで『降伏』はしていないと思っているでしょうし、
反フセイン政権側の者は連合軍に協力してフセイン政権を倒したと思っていて、
どちらも『降伏』したとは思っていないと思います。(実際、『降伏』文書調印という外交上の手続きは行われていません。)
『降伏』したと思っていない以上、連合軍の統治に不満を持つのは当然だと思います。

日本の戦後の混乱については、手元に資料が無く、回答のしようが無いので、直接の回答ではありませんが・・・、

日本の戦後とイラクの戦後の大きな違いは、

・旧政権が存続したか?しなかったか?
・国民に敗戦の意識があったか?なかったか?

だと思います。

日本の場合には、敗戦後も『降伏』を受諾した政権が存続し、連合軍は内政に関しては、ほとんど口出しをしませんでした。(←教育内容等、戦前の統治機構を是認・助長するようなものを除く)言ってみれば、日本人による政権を通しての間接統治...続きを読む

Q吉田ドクトリンを特徴づける吉田茂の発言

戦後、吉田茂内閣は経済発展を最優先にして、アメリカの要求をすべてのまずに軽装備の警察予備隊(規模も小さめに)をつくり、日本の防衛の肩代わりや継続的な基地使用を認めた日米安保条約を結んだと思うのですが、吉田茂の、経済優先で国づくりをしていくという主旨の、発言(国会答弁でも回顧話でもかまいません)で、何か残っているものがあるのでしょうか。著名なものがベストですが、ご存じの方がいらっしゃったら、是非教えて下さい。

Aベストアンサー

「私ハ斯クノ如キコトヲ認ムルコトガ有害デアルト思フノデアリマス(拍手)近年ノ戦争ハ多ク国家防衛権ノ名ニ於テ行ハレタルコトハ顕著ナル事実デアリマス、故ニ正当防衛権ヲ認ムルコトガ偶々戦争ヲ誘発スル所以デアルト思フノデアリマス」

 
 

1946年6月29日、帝國議会衆議院議事速記録にある、総理大臣吉田茂の言葉である(古関彰一 『新憲法の誕生』 中公文庫 1995 による)。この第90回帝國議会では、米軍占領下の敗戦後日本における憲法改正という課題、すなわち大日本帝國憲法から日本国憲法への転換が議論されていた。

吉田茂首相が提示した新憲法草案が審議されていた中での発言だ。

もちろん、ここでの議論の対象は第9条の戦争放棄の規定の是非である。

 

この吉田の言葉を引き出したのは、共産党の野坂参三であった。

野坂は、戦争には侵略戦争と防衛的な戦争があり、
「コノ憲法草案ニ戦争一般放棄ト云フ形デナシニ、我々ハ之ヲ侵略戦争ノ放棄、斯ウスルノガモツト的確デハナイカ」
と主張していたのである。

吉田の言う「斯クノ如キコト」とは、共産党の野坂の表明した、侵略戦争と防衛的な戦争を区別すべきではないか、との主張なのである。

 

 

これは、かなり有名なやり取りである。

後藤致人著『内奏-天皇と政治の近現代』(中公新書 2010)に、
、吉田内閣の提示した帝国憲法改正案・新憲法草案(現在の日本国憲法である)に対する記名投票による採決では、


 投票総数 429票

       賛成(白票) 421票

       反対(青票) 8票


という結果が示されたのだという。ここで興味深いのは、反対者8人の顔ぶれであろう。


 共産党  柄沢とし子 志賀義雄 高倉輝 徳田球一 中西伊之助 野坂参三

 無所属クラブ  細迫兼光

 新政会  穂積七郎


現行の日本国憲法について、制定議会の審議時点では、反対者8人中の6人は共産党員であったわけだ。議会に議席を持っていた共産党の全議員が、現行の日本国憲法の草案に対し、反対を表明していたということなのである。

 

しかも、当時の共産党は、戦争には侵略戦争と自衛戦争の別があり、


憲法草案ニ戦争一般放棄ト云フ形デナシニ、我々ハ之ヲ侵略戦争ノ放棄、斯ウスルノガモツト的確


という主張を展開していたのである。賛成421票に対する反対票全8票中の6票を、その共産党議員が投じていたことが、『内奏』を読むことで、あらためて(私には)明らかになったわけだ。

 

野坂参三、志賀義雄等は、侵略戦争を否定するが、
自衛戦争や、そのために必要な軍備(日本人民軍\(^^;)の保有は
当然と、まったく現在の自民党と同じことをいっていたのである。
対して、憲法制定帝国議会の時点では、
吉田茂は自衛戦争すら否定し、後の保安隊自衛隊的な物すら否定している。

「私ハ斯クノ如キコトヲ認ムルコトガ有害デアルト思フノデアリマス(拍手)近年ノ戦争ハ多ク国家防衛権ノ名ニ於テ行ハレタルコトハ顕著ナル事実デアリマス、故ニ正当防衛権ヲ認ムルコトガ偶々戦争ヲ誘発スル所以デアルト思フノデアリマス」

 
 

1946年6月29日、帝國議会衆議院議事速記録にある、総理大臣吉田茂の言葉である(古関彰一 『新憲法の誕生』 中公文庫 1995 による)。この第90回帝國議会では、米軍占領下の敗戦後日本における憲法改正という課題、すなわち大日本帝國憲法から日本...続きを読む

Q【日本史・政治】「なぜ内田茂は暴力団なのに東京都議会議員になれたんですか?」 内田茂はテキ屋出身で

【日本史・政治】「なぜ内田茂は暴力団なのに東京都議会議員になれたんですか?」

内田茂はテキ屋出身で暴力団との繋がりもあるヤクザですよね。

小池百合子が東京都知事になったときも挨拶をせずに、東京五輪の開会式に出席して帰国しても出迎えにも姿を現さなかった。

で、小池百合子が豊洲市場移転で築地の暴力団絡みを暴露して、大成建設、清水建設、鹿島建設などの談合、さらに広尾病院の不自然な急な移転。さらに地下コンクリート箱計画で消えた盛り土の工事費用。

建設会社3社が公共事業入札額の96%とか97%のぴったり入札額で落札。しかも落札後に工事費用、人件費の高騰という理由で数百億円の工事費用の上乗せを要求して東京都は受理。

入札額で落札したのに落札後に金額は幾らでも上げれるという謎の入札の行事。

3社はうちはこの棟をやるからあんたの会社はあっちの棟を落札してくれ。

落札予定金額は東京都の関係者がすでに漏らしていた。

で、内田茂は地下コンクリート箱計画で盛り土はやってなかった豊洲市場問題が発覚すると、高島直樹を自民党東京都連幹事長にして、自分は逃げた。

豊洲市場移転問題の石原慎太郎もいない。

舛添要一も広尾病院移転問題で300億円くらいの意味不明なお金の流れがあるがもういない。

石原慎太郎はカジノ構想を東京都でやろうと躍起になっていた。

東京都にとってカジノはどうでも良い政策だったはずなのに最優先にしていた。

石原慎太郎はカジノ利権関係者のパチンコ団体からお金を貰っていたと思う。

東京都知事は給料を返納、ボーナスを返納して半分に減っても億単位の東京都内に別荘を建てる土地代と億単位の家まで建てれる。

政治家は給料は全額返納しても東京都内に別荘が建てれる。

なぜか?

賄賂を貰ってるからだろう。

それにしても内田茂はテキ屋出身で暴力団関係者と関係があるのに東京都議会議員になれた方が不思議でならない。

どういう経緯で暴力団が東京都議会のトップに立てるんだ?

小池百合子も給料を半分にするって言ったけど、半分にしても生活が出来るってことは給料は入らなくても生活出来る別口の裏金が入るってklとですよね 苦笑

【日本史・政治】「なぜ内田茂は暴力団なのに東京都議会議員になれたんですか?」

内田茂はテキ屋出身で暴力団との繋がりもあるヤクザですよね。

小池百合子が東京都知事になったときも挨拶をせずに、東京五輪の開会式に出席して帰国しても出迎えにも姿を現さなかった。

で、小池百合子が豊洲市場移転で築地の暴力団絡みを暴露して、大成建設、清水建設、鹿島建設などの談合、さらに広尾病院の不自然な急な移転。さらに地下コンクリート箱計画で消えた盛り土の工事費用。

建設会社3社が公共事業入札額の96%と...続きを読む

Aベストアンサー

内田茂は、質問者さんも書いている通り、「テキ屋出身で暴力団関係者と関係がある」だけで、暴力団員になったことはありません。 元衆議院議員だった浜田幸一は稲川会系の暴力団の組員でした。 バリバリ暴力団組員だった人物が国会議員になれるのだから、暴力団組員でもない人間が都議会議員くらいになっても、何の不思議もありません。

Q吉田茂って要するに日本が経済力を持てば後から軍事力も勝手に着いてくるからしばらくは軽武装でいいって考

吉田茂って要するに日本が経済力を持てば後から軍事力も勝手に着いてくるからしばらくは軽武装でいいって考え方だったんですか?

Aベストアンサー

吉田茂に関わらず誰が首相になっても、経済力の回復優先でしょうね。
軍備については占領下の日本ではGHQの意向には誰であっても逆らえません。
1950年に朝鮮戦争が勃発して、後の自衛隊となる警察予備隊もGHQの意向により発足でした。

国防に対しての自由度が少し広がるのは1951年のサンフランシスコ条約後ですが、
即急に装備を揃えようとしてもやはり連合国(米国)側の意向があったようです。
海上自衛隊で考えるとWW2で大量建造した第一線の艦艇は供与されずに、初期の供与艦艇は少し古い駆逐艦や護衛艦艇でしたので、
強武装化は米国は時期尚早と考えていたように思います。

Q宰相ビスマルクについて

ビスマルクの生涯を教えてください。
レポート用紙2枚程度でお願いします。

Aベストアンサー

提出期限が明後日以降なら、図書館などへ行った方が良いですよ。
歴史人名辞典、百科事典などをあたれば、ビスマルクは超有名人なので、平均して1500~2000字程度の解説は必ず割いています。


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