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こんにちは、私自身の経験からお話しさせていただきたいと思います。
人が内向的になる傾向についての疑問です。

私自身が内向的とはっきりと認識したのはいつだったのかよく判らないのですが、
少なくとも、保育園から小学生の中頃までは明るい子供だったと思います。
しかし、小学校の高学年になったころから、他人の目が気になりはじめ(いわゆる自我の目覚めというべきなのか)、
それまで周りに対して普通にしていた振る舞いが恥ずかしく思うようなってきました。
今思えば、その頃から内向的になってきたと思います。

その後もその傾向は続き、高校の時には殆ど人とは話しをせずに終わってしまいました。
そして、今現在もその傾向であり続けているわけですが、「これはもう仕方ないな」と思えるようになってきましたし、
高校時代のことがあったから、今の自分があるんだなと消化できるようになってきました。
ただ、「昔の明るかった自分」というのは、非常にわがままで自己中心的な自分であって、それがずっと自分の中にあるのが悩みの種なわけですが…。

さて、ここで本題である疑問点です。
「何故、幼い頃に明るかった人間の方が内向的になりやすいのか」

この場合、「内向的」「ネクラ」「暗い」のどの言葉で表現すべきなのかよく判らないので申し訳ないのですが、
他の有名人の方々の話を聞いてましても、結構そういう人が多いような気がします。
(そしてこの方々は、自分自身と上手く付き合えるようになって、周りと上手くやっていけるようになったのだと思います。)

長文すみません。
暇なときにお答え下さい。

A 回答 (6件)

No.4さんの


>思ったことをそのまま話していた人は言葉を選ぶのははじめてということになりますからね、なりやすいのかもしれませんね。
という言葉のとおりかもしれません。
私自身がそうですね。子供の頃は天真爛漫で無邪気でした。
40になった今でもあまり基本的には変わってません。
本音と建前の人間はいまだに苦手です。誰とでも仲良くはなれません。
こっち側の人間とあっち側の人間という感じで完璧にわけていますね。
でも私はそういうありのままの自分を受け入れてくれる友人がたくさんいたので
自分のテリトリーにおいては外交的でもいられました。
というかそういう同類をたくさん見つけるために今まで積極的に外に出て行って見つけてきた
というほうがいいかもしれません。行動力だけはありますからね。
基本的に人間が嫌いではないんですね。寂しいとか孤独が嫌いなんですよ。
誰かと接していたいのです。でも本音でなければいやなんですね。
私をよく知ってる人間はみんな私が本質的には内向的であることを見抜いてると思いますが
だからこそより深く私を受け入れてくれるのかもしれません。
誰しも内向的な部分を持っているわけで共感できる部分もあるはずなんです。
そういう自分を解放できる味方さえいればあとはわかりあえない人たちとも適度な距離を取りながら
接することもそれほど苦痛ではなくなるような気がします。
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この回答へのお礼

ちょこちょことお礼を付けさせていただきましたが、ここでまとめてお礼をさせていただきます。

しかしながら、どうしても「何がどのように作用してこのようになったのか」と
自分の個人的な体験から原因を見つけたがるので、はっきりとした答えは得られていない状態です。

でも、皆様私の他愛ない質問にお付き合いいただき本当にありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 22:07

>「内向的」「ネクラ」「暗い」


独自性があり静かで自分の世界を持って生きる人ですね。話を聞いたりするのが得意な人 仕事とプライベートを分けて考えることが出来るし本を読んで学び自分の世界を構築してください。
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>何故、幼い頃に明るかった人間の方が内向的になりやすいのか



思ったことをそのまま話していた人は言葉を選ぶのははじめてということになりますからね、なりやすいのかもしれませんね。

小さい頃自己中心的だったというのは、当たり前というか、普通なんですよ。
相手の立場にたって考えるというのは、まだあまり出来ないんです。
優しい行動は親の真似とか、叱られることを避けるためとか、誉められることを期待するとかの要素が大きいんですね。
個人差はありますけどね。
小学校低学年あたりから徐々に道徳性や客観性というものが発達していきます。
親といるのが恥ずかしくなったり、異性を意識しだしたりもします。
自分と他人の違いを強く意識するようになって、他人との関わりを考えるようになります。
他人との関係が上手くいくように相手の立場に立つことを徐々に覚えるんですね。

その中で、友人関係を構築していくわけですが、環境の要素って結構大きいんですね。
友達に面白いって言われ続ければ、自信がついて面白い人間にもっとなろうと思ったりね。
運悪く友達に恵まれなかった場合、大人しい人になるでしょうね。
誰でも内向的になる可能性はあるんですよ。

でも誰でも変われますからね。
高校卒業して少し楽になりましたか?
人と上手く話すには人と話して慣れることが一番なんですよ。
一言二言、少しづつでいいので、前に一歩づつ進めば、いつか自己中心的でない明るさをもった自分になれるのではないでしょうか。
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子供の頃に既に内向的か外交的かの傾向はありますが・・


育つ環境の違いもありますし、大人になればそれなりの経験から思慮深くなるのは普通の事で、周りに応じて自分をコントロールするようになりますからね。
内向的でも明るい人はいますし、外交的でも暗い考えの人もいるので、内面のものと外面のものを一緒に考える事にムリがあるような気もします。
ま、個人的にウォシュレットは弱~中から始めた方がいいんじゃないかと思いますね。
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この回答へのお礼

人間、みんな内面と外面は全然違うのは重々承知はしているんですが…

そうですね、結局のところやっぱ環境ですね。
ご回答ありがとうございました。

あと、ウォシュレットは下記でもありますように、中ぐらいから使ってます。
それなりに使いこなせているので大丈夫ですよ☆

お礼日時:2009/07/04 21:39

子供の頃は~という部分と今は~という自分に違いを感じてる。


でも、どちらも貴方なんですよ。貴方なりにそういう部分を意思を持って育んできてる部分もある。
幼い頃に明るかった。それは深く考える要素が余り前に出てこなかっただけ。逆に今は内向的な部分が中心にあるだけで、明るい貴方という部分はちゃんと存在してるんです。貴方はそれを上手く引っ張り出せないだけ。そこに色々な考えや他者とのコミュニケーションに対する難しさを感じている貴方が居てバランスが取れてない。素直になれないというかね。誰だってそういう要素は持ち合わせているんですよ。それが成長していく中で自分なりに必要な部分を中心に据えて人格を形成したり、自分らしさとしていく。貴方も今が行き止まりではないですからね。
今後自分の現実的な問題点や過去の自分とも向かい合う中で、大切にしたい部分に改めて目を向けて、自分を改善していく。それは今からでも出来ることなんです。幼い頃の明るさのまま今に至る人も居るし、逆も居る。一般論には出来ない。それに内向的な貴方は人より深みのある人間になれる要素を持っている。そういう自分と外に発信していく自分とのバランスを見つけていけば、貴方なりに良いなと思える自分に近づいていける筈ですから☆
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この回答へのお礼

やはり、頭で判っていても身体が付いていかない部分が大きいですね。
難しいものです。

とりあえず、今はとにかく、10年20年後の自分はどうなっているのか判らないので
即断はしないように心がけたいものです。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/07/04 21:49

こどものころより



す こ し だ け か し こ く な って
い ろ い ろ 余 計な こ と か ん  が え る  か ら
ひ と と は な せ な く な る ん で し ょ?

あ た ま の な か が  ず っ と す っ  から  か ん なら

あ る い は ま わ  りよ り ず っ と か し こ  け れ ば
外 交 的 な ま ま な の よ。

そ う ね

ま ず ウ ォ シ ュ レ ッ ト  の強 さを  最 大 に

するところから

は じ め て み て  は

い か が で す か? 
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この回答へのお礼

なるほど、確かにその通りですね。

ただし、私としてはウォシュレットの強さは「中」ぐらいが好みであります。
最大だとどっか行っちゃいそうになるので。

なんともステキなご回答ありがとうございました☆

お礼日時:2009/07/04 21:18

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