ジメジメする梅雨のお悩み、一挙解決! >>

母が父の死から立ち直るにはどうしたらよいでしょうか。
皆様のお知恵をお貸しください。

昨年の春に父が定年を間際にして急逝しました。
母は父の定年後に二人で一緒に旅行に行ったりすることを楽しみにしていたようで、父の死に大きなショックを受けたようです。
(もちろんみんなショックを受けましたが。)
私も弟も結婚して別の家に住んでいるため、それ以来母は一人で生活していましたが、父への依存が大きかっただけに父がいない生活に耐え切れなかったようで、うつ病になってしまいました。
私は夫の仕事の関係もあり、母が住む実家から約60km離れた場所に住んでいるため、あまり頻繁に会いに行くことはできないのですが、時間を作って週末に会いに行ったり、ときどき我が家に泊まってもらったり、毎日電話をかけて話を聞いたりとできる限りのことはしているつもりです。
それでも寂しさを紛らすことはできないようで、会ったり話したりするたびに寂しいという言葉を口にします。
本来ならば家族である私か弟が母と一緒に生活してあげるべきなのだとは思いますが、私は嫁いでいる身ですし、幼稚園に通う子どももいるので、そう簡単に実家に帰るわけにはいきません。
弟も実家から少し離れたところに住んでおり、将来的には実家を弟が継ぐことになっているのですが、今の家から実家に戻ると通勤時間が10分から1時間半になってしまうことと、実家が今の家よりも田舎にあり子育てに不向きな環境だと考えていることから、実家に帰ることに消極的です。
母も、弟が不満を抱きながら家に帰ってきても毎日文句を言われたりして居心地が悪いだろうと考えているようです。
母が実家と土地を処分して家族のもとへ行けばよいと考える方もいらっしゃると思いますが、実家は先祖代々から守ってきた土地で、父の両親が他界したときに父がその土地やお墓を守るという約束で父の兄弟に相続を放棄してもらっているという事情があるため、勝手に処分することは許されないと母は考えているようです。
母も自立したいと考えてはいるようなのですが、やる気が起きないらしく、仕事などを始めても長続きしないようです。
(もちろん、がんばらなくていいということは伝えるようにしています。)
かといって何もしないで家で過ごしていると、どうしても父のことを考えてしまって落ち込んでしまうそうです。

ほんの少しでもよいので母が今よりも幸せな生活を送れるようになるためにはどうしたらよいでしょうか。
ご回答のほどよろしくお願いいたします。

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A 回答 (11件中1~10件)

レスありがとうございます。



例えば「趣味」です。
趣味とは、よほど大事なものなのです。よく加藤 諦三さんが著書で仰っております。
私は四十代男性ですが、二十代の頃、英会話サークル校で同席だった女性が、
「私の母は、歳を取った時困るから、寂しくなるから、だから趣味を持ちなさいって言うの。
だから私は英語を習いにきているの」と言っていました。
又、高齢者の施設等では、習字でもカラオケでも俳句でも絵でも「趣味」というものを重要視します。

「趣味」とは、要は「自分が好きなこと」です。「自分が好きなこと」とは、
例えば幼児にとっては「自分という存在の全て」に近いものです。

人のために生きる。そしてそれに区切りがつく時がくる。
その時、やはり「自分を支えるもの」が必要なのです。
元より真の自立の意味とは
「自分の力だけで自分を支えて立てること。自分の力だけで生きられること」であります。

そのために、趣味というのは時に、とても大切なものであろうと思うのです。
精神的な自立。自分だけで自分を支え立てること。これができないとしたならば、
厳しい言葉になりますが、それは「甘え」。或いは「依存(他者依存)」とも云えるのか、と。

しかし元よりお母様を責めるつもりは毛頭ありません。ご容赦下さい。
特にこの年代の方々は、趣味だとか言っている間もなく、ひたすらに自分のことを捨ててまで、
懸命にご家族のために生きてこられたのだと思うのです。ですからお母様は立派な方だと思います。

脳血管障害でも何でも、高齢になってそういう運命がやってきた。病気で倒れた。
そしてリハビリです。
例えばそんな時、自分を支えてくれるものは「趣味」であったりもします。
趣味である○○がやりたい。もう一度やりたい。この気持ちがリハビリの意欲となったりもするのです。

そんなことで、一つの具体的手段として、お母様に趣味を持つことをお勧めされるのも宜しいのかな、と。
或いはもし既に趣味をお持ちなら、それに一層力を入れるよう、手助けをして差し上げるのです。
そして、趣味というものの大切さを、さりげなく諭して差し上げるのです。
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この回答へのお礼

率直なご意見、ありがとうございます。
youchan37さんを始め、ここの皆さんは
私のような見ず知らずの若輩者に、真剣に向き合ってくださって
感謝でいっぱいです。

今週も子供と二人で、実家に行ってきました。
たった一泊ですが、
孫と触れ合っているときの母は、
ほんとうに生き生きと楽しそうでした。
もし、私がいわゆる「スープのさめない距離」に住んでいたら
母は毎日でも私のところに通って
私の子供の世話を生きがいとしていくのだろうな、
と漠然と思いました。
それが母のためになるかどうかは別として。

今は病院の先生からも
がんばらないよう、無理しないよう
念を押されているようなので
今は母が落ち込まないよう、私が頑張る時期なんでしょう。
きっと。
それが過ぎたら、
子供の小物や服をネタに、
かつて好きだった針仕事をやってもらうよう
少しずつ頼んでみます。
あんなに楽しそうに接している孫なんですもの
孫のためと思えば、きっと指も動き出すと思うのです。

12月になれば、私に第2子が誕生します。
そうすれば、またいろいろと状況も変わってくるでしょう。
それまでもう少し、母の支えになれるように頑張ります。

お礼日時:2009/07/12 23:59

何度もごめんなさい。

NO5です。

私の母は総てのことを父に頼りっぱなしの依存型でした。
掃除機の紙パックでさえ自分では交換できない人です。
というより自分でしようとしない人です。今でもそれは変わりません。

父が亡くなってすぐの頃は、母も高齢だし寂しい気持ちもわかるので
ただ母の思う通りに、と心を掛けてきました。
「寂しいよ」「一人では息が詰まりそうになるんよ」「心細いわ~」等々。
比較的近い近隣県に住む弟には「会いたいよ」「次の休みに来れない?」「来て欲しいよ」等々。
三回忌の法事で帰省した時、私は心を鬼にして母に言いました。
「寂しいのはわかる。でも、毎日寂しい、寂しいと言われたら、母さんが寂しいことをわかっていながら
帰ってあげられない私はもっと辛いし、○○(弟の名前)だって、もし疲れているのに無理をしてそこへ帰る途中に
何か事故に遭ってしまったら、母さんは一生悔いが残るよ。
母さんは自分の気持ばかり訴えてくるけど、それを聞いて何にもしてあげられない子供の辛さを考えたことがあるの?」と。

質問者様と同じ、娘の気持で考えるとどうにかしてあげたい気持ちでいっぱいですが、定年前のお父様が亡くなられたと
いうお話からして、お母様はまだ60歳前でしょう?
そしたら私とほぼ変わらない年代です。
母親の立場として考えたら、もう少し元気になって(上面だけでも)娘達に心配かけないようにしたいなと思います。
実際、その場になったらこんな偉そうなこと言えないかもしれませんが。
お母さんにもっと前向きになって頂きたいです。
「死にたい」なんて・・・、あんまりですよね。
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この回答へのお礼

度々の投稿、ありがとうございます。

ご指摘のとおり、母は60前です。
そして、osuyanさまのお母様と同じように
寂しい、一人は耐えられない、ということを
しょっちゅう電話で訴えてきます。
先週末も実家に帰っていたのですが
帰り際に「消えてしまいたい」と泣き出され
帰るに帰れなくなってしまいました。

まだ母は自分のことで手いっぱいで
私たち子どもの気持ちまで頭がまわらないのだな
と今は思うようにしています。
それでも、毎朝メールで安否確認をし、毎晩電話をし
3歳の子どもと妊娠5ヶ月のお腹を抱えて
月に一度以上顔を見に帰っているのに
死にたいといわれると、
それじゃ、私はいったいどうしたらいいの?
と追い詰められた気持ちになります。
それで、つい、ここに投稿してしまいました。

・・・すみません、愚痴を書いてしまいました。

母の本当の悲しみ・苦しみを
私はわかってあげられていないのかもしれないのですが
母にも、私たちの苦しみをわかってもらいたいです。
とはいえ、今の心理状況ではとても無理でしょうね。
そんなことを訴えたところで、逆に母を追い詰めかねませんし。
せめて、希死願望がでなくなったころを見計らって
私も、自分の気持ちを母に伝えてみようと思います。

お礼日時:2009/07/10 23:14

親を見れば子が分かる。

子を見れば親が分かるなどと、人生経験の豊かな偉人が云います。
私ごときがそれを真似するのは、本来大変僭越ではありますが、
失礼ながらも、そんな意識で貴方様のご質問文やお礼文を拝見したところ、
貴方は大変ご立派な方だな、という印象ばかりであり。

するとお母様の欝は、比較的軽度で、回復も早いのではないか、という気も致します。
しかしそうであれば今度は、遺伝子的・器質的な欝の可能性が高まるとも考えられ、
希死願望をお口にされているのでしたら尚更、然るべき病院を受診されるのが宜しいかと思います。

それで、唯一僅かながら心配を感じるのは、貴方様はお父様に似ていないでしょうか?
貴方様が大変お母様を心配されているご様子は伝わるのですが、
或いはご心配のし過ぎというか、過保護的なご様子も幾ばくか感じ…。
お母様が元来依存的なご性格であるならば、お父様が亡くなられて以降、
その依存する対象が貴方様に移ったのでは、という、ごく僅かの心配を感じるのです。

もしそんなことがありそうならば、欝が強い間はいけませんが、
ある程度しっかりされてきたならば、そんなことも頭の片隅に置いていただきながら、
お母様の依存的なご性格が少しでも修正されるような、そんな関わり方を意識されるのも宜しいのでは、
と感じました。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

病院については、私が若干そちらの方面の知識を持ち合わせていたので
嫌がる母に頭を下げて、
去年の早い時期から通院してもらっています。
いまだに、希死願望がでるのですが
通院当初にくらべれば、これでもずいぶんよくなったと思います。
病院・薬に頼ることは、効果のあることだし必要なのですが、
本人にとっては、通院自体恥ずかしいと思っているようで・・・
難しいですね。
(おそらく、年代による偏見のせいもあるかとおもいます。)


>その依存する対象が貴方様に移ったのでは
あまりに的確なご指摘で、びっくりしました。
まさに、そうだと思います。
1人では生きていけない人なのです。
今まで、子どもを育て上げ、
同居していた姑の身の世話をし、父の身の回りの世話をし・・・
ずっとそういう生活を送ってきました。
身内の世話をする、役に立つ
ということに人生の生きがいを見出していた人なので
その世話をする相手がいなくなってしまったことで
自分でもどうしていいのかわからない、という状況のようです。
依存とは少し違うかもしれませんが、
相手がいないと生きていけない、という意味では同じですよね。
かといって、身内以外の人の役に、という考えは毛頭なく
そのために、父の代わりを私に求めているような気がします。

なんとか、人のためではなく自分のために
残りの人生を使ってほしいな、と思っています。
母がそう意識を変えていけるように
手助けしていくのも、ひとつの方法ですね。

お礼日時:2009/07/10 22:55

私も去年肉親を立て続けに二人亡くしたのですが、やはり


こころの傷というのは、1年以上経ってもまだまだ癒えるものでは
ありません。

同時期にPTSDでカウンセリングを受けて居るとき「グリーフケア」という
存在を知りました。「遺族が体験し乗り越えなければいけないプロセス」を
グリーフワークといい、そのグリーフワークのプロセスを支えて見守ることが
「グリーフケア」です。

身内の中だけの対応だとどうしても、堂々巡りで抜け出せないことも
多いのですが、他人に思いの丈をぶつけて徹底的に嘆き悲しむことも
「悲しみの発散」としては有効だと思います。一度カウンセリングを
お試しになってみるのもいいかも知れません。多分、付き添いも可能
だと思います。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

ご両親を立て続けに亡くされたとのこと
ご心境お察しします。

身内だけの対応での限界、というのは
本当に身にしみて感じています。

カウンセリングや、他人と徹底的に話をすること、
必要だと思います。
実際、私も母にいろいろ勧めているのですが
今はまだ重い腰が上がらない、といった状況です。

もう少し時間が経って、
そのようなところに行く気力がでてきたら
また誘ってみようと思います。

お礼日時:2009/07/09 23:05

30代既婚者♂です。


まずは心よりお悔やみ申し上げます。

私など、偉そうなことなど言えないでしょうが、
あなたに何か言葉をと思い、書き込みました。
ある心理学の先生が仰っていた言葉で、人が一番辛い
別れは、配偶者との別れだと聞いたことがあります。私には
今、妻と息子が一人いますが、もちろん息子との別れは辛い
ことは事実ですが、妻との別れを想像すると、胸が締め付け
られるような、思いになります。
これは、あなた方子供がそばにいたりすることでは解決でき
ない問題かとも思えます。
要は、お母さん自身が乗り越えなくてはいけないこと、又は
お母さんが気付きを得なくては何も解決できないということ
なんです。
今のお母さんに、何を与えても、何を語りかけても、
心が晴れることはないはずです。心から愛する大切な人を
失う悲しみは、当人にしか分からないものです。
我々がいくらお母さんの心に寄り添っても、腹の底で理解
はできないのだと思います。

そこで、あなたに申し上げることは、解決しようとしないこと
だと思います。
解決するのではなく、お母さんの悲しみをそのまま受け留めて
あげればいいのではないかと思うのです。
「そうなんだね、悲しいんだね、それでいいんだよ、我慢しな
くていいんだよ」ってただ受け留めてあげるのです。
こうした方がいいとか、こんなんでは駄目とか、一緒に暮らそ
うとか、家を処分して引っ越すとか、そういうことは一切
言わないことです。
お母さんにとってお父さんとの思い出の詰まった家で生きて
行くことは、一見辛いことにも思えますが、その家から
離れることは、もっと辛いことだと思います。
あなた方子供が、一緒に暮らせなくてもいいのです。
電話したり、遊びに行ったり、遠からず近からずで、いれば
いいと思います。
いつかお母さん自身で乗り越えてくれると信じるのです。
これは誰しも通らなくてはならない経験なのです。
あなたも私も、いずれその時が必ず訪れるということを理解
しましょう。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

時間が解決してくれるとはわかっていても
何かにつけて、消えてしまいたいとか、自殺したい
と言い出すので
気が気でないのも事実です。
それでつい、なんとかしなければと焦ってしまって。

確かに、どう考えても解決策は思い浮かばないし
母自身がなんとかしなければならない問題なんですよね。

お礼日時:2009/07/09 23:00

いきなりお仕事ではなくて、まずは習い事や趣味を始めることから


っていうのはいかがでしょうか?それか、お母さんのお友達を
ご存じでしたら、ちょっとお茶しに行くとか、お買い物へ一緒に
行くとか・・・誘ってもらえるようお願いしてみるとか。
うちの母はお友達にお茶やお買い物へ誘ってもらっているうちに
元気になっていったようです(今は区役所の食堂にお食事へ行くのが
楽しみになっているようです^^;)
ずっと悲しんだままでは亡くなられたお父さんもお母さんのことが
心配になっちゃいますよね。「元気でがんばってるよ!」という
前向きにお父さんに報告できるくらい元気なお母さんになって
もらえるといいですね。心配でたまらないでしょうが、やっぱり
焦らず・・・なんですよね。もどかしい気もするし、焦っては
いけないし・・・でお母さんが元気でないと娘としても安心が
なかなかできないですよね。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

みなさん、それぞれ
いずれは立ち直っておられるのですね。

もともと物を作るのが好きだったのですが
困ったことに、今は針を持つ気にもなれないみたいです。
針仕事でもできるようになれば
時間をもてあますこともなくなるのですけど。

幸い、お友達は、何かと気にかけてくれる人がいて
話相手になってくれたり、
ときどき外に誘ってくれているようです。
(本当は、私の役目なんだろうなと思うと
歯がゆくもあり、ありがたくも思います。)

いつまでも、同じ状態のままということはないのですよね。
私も焦らず支えていこうと思います。

お礼日時:2009/07/09 22:53

お母様のお気持ち、それを思う質問者様のお気持ち、痛いほどよくわかります。


私も母も同じでした。4年前に突然父が亡くなりました。
それまで長い間夫婦二人きりの暮らしでしたので、父が亡くなった後の母はもう抜け殻のようで・・・、見てられなかったです。
でも、私達姉弟は両方とも遠く離れて暮らしていますし、いくら子供といえども各家庭々の暮らしがあるわけで、
すぐにどちらかが同居、という訳にはいかないことだってありますものね。

私の場合は、父の死以降、毎日夕方の6時に母と電話をしています。
毎日1時間くらい、時には2時間以上も話します。
もう4年になります。 毎日毎日同じような内容の話ばかりですが、母の話し相手になっています。
最初の頃はやっぱり父の事を話しては泣く・・・の繰り返しでしたが、さすがに4年も経つと笑い話も増えてきました。
最近では「何処のスーパーが安い」「何処何処の○○さんがどうしたこうした」と井戸端会議並みの話題ばかりです。
自分が疲れている時とかは本当にキツく「もういい加減にしてよ」と言いたくなる時もありますけど・・・。

大切な人を亡くされた場合、なかなか立ち直れないのは当たり前のことです。質問者様のお母様だけでなく、
世の中にはそんな方はたくさんいますよ。みんな我慢して乗り越えていらっしゃいます。
私の母は70歳でした。あれから4年かかりました。
質問者さまのお母様はまだお若いのですから、どうか前向きに頑張って欲しいと思います。
悩んでいらっしゃるのにこんな言い方失礼かと存じますが、
「時間が薬」です。
ただ、それしかないと思います。
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

同じような立場の方からの回答、
納得することばかりです。

私も、父が亡くなってから
毎日欠かさず電話をしています。
顔を見に行くことができない以上
電話で話を聞くことくらいしかできないですものね。
やはり、1時間、2時間になることも多いです。

でも、4年ですか・・・
私はまだ1年半ですが、
ときどき電話をかけるのが義務のようになってしまって
苦痛になることがあります。
弱音を吐いちゃいけませんね。
頑張ろうと思います。

お礼日時:2009/07/09 22:45

がんばらなくてもいいよ


そういうメッセージをあたたかい心をもって送り届けることが
いちばんかなぁ
質問の文章を読んでいてそう思いました
質問者様はこころの優しいかたなのだなぁと感じました
質問者様なら、きっと、誰のアドバイスもなく、お母さまをいたわってそういわれるのだろうなぁ
そう、思いました

こころが通じ合い、愛し合ったご夫婦ほど、伴侶がお亡くなりになられたときの、喪失感はかなり強いと思います
ありきたりですが、時間が解決してくれるのを、周囲の方は
こころこめて見守る
それしかないような気がします
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この回答へのお礼

回答、ありがとうございます。

今週末も、様子を見に行こうと思っていますが
私も、いつまで続けられるか・・・

やはり、解決してくれるのは
時間しかないのでしょうか。

今は梅雨で、天気が悪いということも
ずいぶん悪影響をあたえているみたいです。
もうすぐ、夏になりますし
少しでも前向きになれるように
支えていこうと思います。

お礼日時:2009/07/09 22:30

こんな意見しか思いつかないんですが・・



動物がダメでないならペットを飼ってはいかがでしょう?
犬なら散歩にいかないといけないので、毎日外に出るでしょうから近所のかたと顔もあわすし、少しは気が紛れるのではないでしょうか?
公園に行くと犬友達もできますし。
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この回答へのお礼

早速の回答、ありがとうございます。

実は、犬は飼っているのですが
困ったことに、それすら重荷になっているようです。
重荷になるくらいなら、他人に譲ってしまっては
という話をしたこともあるのですが
今の犬は、父がどうしても飼いたくて
母の反対を押し切って飼った犬という経緯もあって
手放すのは嫌なんだそうです。
(なんとも我侭な言い分だと思いますが)

それでも、やっぱり散歩で毎日外出はしていますし、
飼っていないよりはよかったのかもしれませんよね。

お礼日時:2009/07/09 01:02

生老病死は 誰もが経験しなくてはならないことです。


誰しも、これから逃れることは出来ません。

配偶者の死から立ち直るには、4~5年かかる、、と言われます。
もちろん 心からの立ち直りはお母さんが亡くなられる時まで癒えないと思います。

お母さんを心配されるお気持ちは、大事ですが、これは、お母さん自身が、御自分で乗り越えなければならない問題です。

はっきり言って どんなに貴女や弟さんが、側に居てくれたとしても
貴女も弟さんも「夫」ではないのです。

子供であっても、配偶者を失った悲しみは癒えないでしょう。

時間が必要です。
今は、そっと見守ってあげるしか有りません。

>昨年の春に父が定年を間際にして急逝しました。

ということは、お父さんは S.23年生まれでしょうか?
私の夫と同じですね。
お母さんも、私と同じくらい(私は57歳です)でしょうか?

とても、寂しいことです。
でも、どうしようもないことでもあります。

もし、少しでも心が晴れるようでしたら、
ご実家の宗派のお寺で「説法」でもお聞きになられたら如何でしょうか?

今、人の弱みにつけ込む 新興宗教が多いので娘の貴女が、そのあたりも気をつけてあげられたら、、、と思います。

選挙も近いですから、宗教を基盤にした政党がなんやかやと、近寄ってきますので。

あそこは、一度入り込むと なかなか逃げられませんので、よくよく
気配りしてあげてください。
ご実家の情報が流れて、勧誘しようと狙われますから。
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この回答へのお礼

早速の回答、ありがとうございます。

時間が解決すること、子どもである私たちは父の代わりになれないことは
母自身、頭では理解しているようなのですが
とにかく、家に一人でいるのが耐えられず、気がおかしくなると
いつも訴えています。

配偶者を亡くした方のサークルなどに顔を出したこともあったようですが
逆効果だったと言っていました。

宗教に関しても、常々私から忠告はしていますし、
親戚で痛い目にあってる人間を間近で見ているので
おそらく気をつけてくれてはいると思います。

近距離なら、私が毎日通うこともできるのですが・・・
以前は、私の家に泊まりにくる気力もあったのですが
今はその気力もないようで、本当に困っています。
母が元気になれるまでは、私のできる範囲で
なんとかフォローしていくしかないのかもしれませんね。

お礼日時:2009/07/09 00:51

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「予測できる死」と「突然死」の悲しみの値について安直には計れないんじゃないかなと思います。それでも貴方が現在おいくつか分からないですが、少なくとも20代、30代で両親を亡くすというのは普通じゃないことですし、「予測できる死」と「突然死」という死の基準よりも、死という現実を受け入れる年齢が、「早いのか」、「遅いのか」ということ。

親が死ぬと言うことは誰でも経験することではありますが、実際若い身空で親の死を経てフラットになった時、何にもない自分に喪失感が出てくる気持ちは非常によく分かります。

結論からいいますと22歳の私はその踏ん切りつまり親の死を乗り越えたと、自分で思えたのは26の頃でした。質問者さんと同じく22ぐらいの時にはわかったような口を聞く大人に「はやく結婚すれば?」と言われました。結果、26で結婚しました。そのとき初めて肩の荷が降りる思いでした。

19の頃は絶望感ばかりがあり22の時にその加速度が増しました。大学もやめ、バイトをしながら親の貯金を食いつぶし、親が残した有り難くないコトを整理して俺が何をしたっていうんだよ!って毎日思ってました。23、4のとき就職をきっかけに地元を離れ違う土地へ行き、それこそ色んな年相応のことを経験してに両親のことに対して前向きな諦めをつけた瞬間に彼女が出来て、すぐに結婚~という流れになりました。ただし結婚して全てのことが払拭されたわけでもなく10年経っても未だ悩みはつきません。
だけど、自分の経験したことは確実に同世代にはない経験でしたし、自分の友人らにもし突然のことがおきても冷静に対応できるだけの能力は備わったと思っています。

できれば10年前の絶望感ばかりだった自分に今、まともに生きていることを教えてあげたい。

質問者様へも私自身、早く結婚しろとはいいませんが、今すべきこと、10年後のよりカッコいい自分を想像してみてはいかがでしょうか?そのために今自分がなにをすべきなのかが見えてくると思います。
それが答えです。

申し訳ないけど、悲しみをやわらげるいい方法は無いです。

私も19の時と22の時に両親を突然死で無くしました。どちらも60に満たなくて、突然死という割には若年齢でしたが、その後、若いからと人の足元みたような態度や発言をする大人と喧嘩したり、それこそクスリも飲みましたが結局何も変わらなかったし、自殺未遂も、彼女やその他のことでそれを相殺すればしようすればするほど、精神的に浮き沈みが激しかったし随分苦しみました。

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Q末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 

末期癌~死ぬまでの状況を教えてください。 
末期癌の母は現在ホスピスケアを受けています。
これから母の面倒を見るのは私の役目なのでこれからどうなるのか不安です。

母がすいぞう癌だと宣告されたのはおよそ1年前です。
肝臓にも転移しており既に手遅れでした。
今年の3月頃までは癌だと思えないほど元気な母でしたが
4月頃から急に階段を転げ落ちる様に容態が悪くなってしまいました。
あらゆる箇所の骨に転移し、強い痛みも出てきました。
肺へも転移し、咳がひどいです。
今ではほんの少し動いただけでも息切れがひどく、時々咳き込んで嘔吐してしまいます。
急に食欲もなくなりました。
一日、一日ごとにどんどん体力がなくなり弱くなっていきます。
母はこれからどうなっていくのでしょうか。
苦しみが増しますか? 
意識は最後まであるものですか?
自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?
この状態で、あとどのくらいと考えていればいいでしょうか。。。

文章がうまくまとまっていなくてすみません。
少しでも心の準備ができればと思います。
宜しくお願いします。

Aベストアンサー

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化学作用
が止ることになり、肝性昏睡などの様々な症状を起こします。
大きな血管にがんができて、血管が破れるということも起きます。
腎臓の機能が低下すれば……
脳の機能が低下すれば……

つまり、がんがどこにあり、その臓器は、どんな仕事をしているのか、
ということです。
何が起きても不思議ではない、ということです。

「苦しみが増しますか?」
軽くなるということはないでしょう。
出てきた苦しみを押さえるということになります。

「意識は最後まであるものですか?」
わかりません。
先に昏睡状態になる場合もありますし、最後まで、意識がはっきりしている
場合もあります。

「自分でトイレにも行けなくなったらどうすればいいのですか?」
状況によりますが、オムツということも考えてください。
尿はカテーテルを留置することになります。

残酷な言い方ですが、何らかの理由で昏睡状態になった場合、
「それを治療して、昏睡から醒めさせて、延命をする」ということを
しないという選択肢もあります。

末期症状は、医師や看護師がよく知っています。
まずは、医師や看護師と相談してください。

「人はがんでは死なない」という言葉があります。
がんが特別な毒素を出すわけではありません。
では、なぜ、人はがんで死ぬのか?
それは、がんが増殖することで、臓器に様々な障害が起き、
その障害が引き起こす様々な症状によって、死にいたるのです。

様々な症状の一つには、疼痛もあります。
これは、モルヒネなどによりかなりコントロールできるようになってきました。

気管支のがん細胞が増殖して気管支を塞げば、窒息の危険があります。
肝臓のがんが増殖して、肝臓の機能が低下すれば、体内の様々な化...続きを読む

Q親の葬式に際して、実家を出た子どもの立場は?

私たち夫婦は、二人とも実家を出て家庭を持って暮らしており、実家はそれぞれの兄弟が継いだ形で両親と同居しています。

親が健在のうちからこんなことを考えるのはどうかとも思う反面、両方の親ともかなり高齢になってきて、健康上の問題も出てきて入院することも度々となっており、いずれは来る日の事を考えておかなければとも思い、質問いたします。

親が亡くなり葬儀となった場合、喪主は同居していた兄弟がするのが自然だと思うのですが、実家を出た子どもの立場としては、葬儀を営む側の人間として葬儀費用をある程度負担し喪主をサポートするのか、それとも葬儀に出席する側の人間として喪主にお香典を出すのか、どちらなのでしょうか。

それによって、お金のことも含めて、心づもりしておかなければならないことが全く違ってくると思うのです。

ネットで「親の葬儀」などのキーワードで検索すると、「お香典は10万円が相場」とか出てきますが、実の子供として、また、喪主の実の兄弟として、それでいいのだろうか、という疑問もあります。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>私たち夫婦は、二人とも実家を出て家庭を持って暮らしており、実家はそれぞれの…

兄弟は、子供のうちは確かに「家族」ですが、お互いが結婚して独立したら「近い親戚」に成り下がります。

>実家を出た子どもの立場としては、葬儀を営む側の人間として葬儀費用をある程度負担し喪主をサポートするのか…

葬儀や法事は、一族郎党の共催行事ではありません。
あくまでも喪主・喪家の単独行事です。

集まった香典は喪主のものであり、葬儀社やお寺などの支払いを済ませて残ったお金は喪主のポケットに入ります。
逆に、香典だけで支払分に足りなければ、補填するのは喪主の責であり、親戚が赤字を肩代わりする必用はありません。

要するに、葬儀や法事を営むことは、いずれ故人と同じ墓に入る者の責務なのです。
故人と同じ墓に入ることはできない分家した者や他家へ嫁いだ者は、あくまでもお参り客に過ぎないのです。

>それとも葬儀に出席する側の人間として喪主にお香典を出すのか…

喪主・喪家にもっとも近い親戚として、香典とともに供花や供物などが必用です。

>「お香典は10万円が相場」とか出てきますが、実の子供として、また、喪主の実の兄弟として、それでいいのだろうか…

10万円では足りないとお考えなのですか。
まあ、あなたの懐にお金が有り余っているならいくらでも出せば良いですけど、親戚間での冠婚葬祭は、ギブアンドテークが建前です。
慶事にしろ弔事にしろ、一度金品をもらったら、近い将来に相手方で同じようなことがあったとき、同じようにお返しをするのです。
多ければ多いほどよいというわけでは決してなく、多すぎてももらったほうで迷惑することがあるのです。

冠婚葬祭をド派手にやる地域でなければ、香典 5万円に供物や供花なども含めて 10万円弱も用意しておけばじゅうぶんでしょう。

>私たち夫婦は、二人とも実家を出て家庭を持って暮らしており、実家はそれぞれの…

兄弟は、子供のうちは確かに「家族」ですが、お互いが結婚して独立したら「近い親戚」に成り下がります。

>実家を出た子どもの立場としては、葬儀を営む側の人間として葬儀費用をある程度負担し喪主をサポートするのか…

葬儀や法事は、一族郎党の共催行事ではありません。
あくまでも喪主・喪家の単独行事です。

集まった香典は喪主のものであり、葬儀社やお寺などの支払いを済ませて残ったお金は喪主のポケットに入ります。...続きを読む

Q母の死。父が心配です

3月中旬母が急逝しました。

私は結婚して実家から車で15分くらいの所に住んでいます
兄は海外で仕事しています

母が急逝したため、父は落ち込んでいます
亡くなってから、今現在も私と子供は実家に帰っています
旦那も仕事が終わると、私の実家に帰ってきます

もうすぐ49日です。
私は、自分の実家なので気にしていませんでしたが、
旦那がストレス感じているようです
当たり前ですよね。

もうそろそろ、自分たちの家に帰ろうかと考えてはいますが、
70歳近くになる父が心配です。
家の事は、亡くなった母が全てやっていたので、食事面など心配です

私はフルで働いているため、夜しかいませんが
父は体は元気ですが、精神的には弱っている今
出来れば一緒にいてあげたい
げど、旦那の事考えるとそろそろ帰ろうか・・。
いずれか、帰るのだから、49日がよい機会なのか
けど父が心配

一体どうすればいいでしょうか!?
乗り越えるにはどうしたらいいのかわかりません

アドバイス下さい

Aベストアンサー

  おはようございます。50代女です。
  この度、お母様の訃報、
  心よりご冥福をお祈り申しあげます。
  今誰よりも辛く悲しいのはお父様です。
  いつも一緒にいた大事な伴侶を失った
  悲痛さは解りません。
  娘として当然のこと、側にいてあげること。
  こういう場合は女の助けは必要ですから。 
  49日の法要が終わるまであなたが支えになって
  あげてください。
  ただ、”可哀想”では今度はあなたの家庭が大変です。
  旦那様のこともきちんと考えてあげないといけません。
  嫁ぎ先と実家も近いのだから、様子を見に来る事くらい
  にとどまらないとお互いがギクシャクしてしまいます。
  お父様も今は"抜け殻"状態かも知れませんが
  子供が思うほど親とは弱くないものです。
  何れはどちらかが先旅立つもの。
  人間、生まれてくればいつかは死ぬもの、
  これも運命です。
  最後を見届け責任を果たされた。
  りっぱな”夫婦愛”です。  
  こういう時はお子さん(お孫さん)を口実に時々、実家に
  連れて行ってあげて成長を共に喜びましょう。
  子供の笑顔が何よりです。
  私は14歳で母(47)と兄(25長男)を交通事故でなくしました。
  父は48歳、祖父78歳、
  このときの父の顔には"涙"はありませんでした。
  母をなくした哀れな娘(私)をどう育てようか
  必死でした。ましては年老いた父の世話もあります。
  普段、お酒も好きで晩酌は欠かさなかった父
  お酒に溺れることなく、仕事とに専念し家計を支えてくれました。
  あれから37年。昨年永眠(85)しました。
  大切な伴侶をなくしても再婚することなく
  自分の子供を第一に考え、教育し,独立させ
  親として子供を嫁がせ孫に囲まれ幸せに旅たちました。
  海外に移住されているお兄さんにも今後のことを相談され
  子供達が親孝行してあげて下さい。
  ”見守る”これも愛の形ですから。  
    
   
    

  おはようございます。50代女です。
  この度、お母様の訃報、
  心よりご冥福をお祈り申しあげます。
  今誰よりも辛く悲しいのはお父様です。
  いつも一緒にいた大事な伴侶を失った
  悲痛さは解りません。
  娘として当然のこと、側にいてあげること。
  こういう場合は女の助けは必要ですから。 
  49日の法要が終わるまであなたが支えになって
  あげてください。
  ただ、”可哀想”では今度はあなたの家庭が大変です。
  旦那様のこともきちんと考えてあげないといけません。
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Q三年前に夫と死別して以来無気力になった

 現代五十五歳の未亡人です。
三年前に夫を癌で亡くして、三十才の娘と二十五才になる息子と一緒に暮しております。
 子供たちはそれぞれ少ない給料ですが就職して少しばかりですが生活も安定しておりますが、夫をなくして私も更年期障害に悩まされたりもしたのですけれど、最近は若いときに比べて何をやってもあまり楽しくなくて、こんなのでよいのだろうかと思ってしまいます。
 私も勤続三十年で仕事を持っておりますが、若いときは仕事が休みのとき趣味を楽しんでましたが、最近は休みになると家事をこなすのが精一杯で、寝てテレビばかり見ております。
 私の周りのバツ一の女性や未亡人の女性たちは活き活きと、シニアサイトなどで活躍している人が多いのですけれど、今の自分は何をやっても「こんなのやっても何の得にもならない。」と言う気持ちが先にたって結局家でひきこもってしまってます。
 この先私は死ぬまで何の楽しみも見出せずに、年老いてしまうのかと思うととても不安です。
 同じような経験をした方の意見をお待ちしております。

Aベストアンサー

更年期障害との事でしたが、最近はどうですか?ちゃんと通院されていますか?果てしなく落ち込んでしまう状態が続いているならしっかり相談してそれなりのお薬があるので処方して貰って下さい。
きっと傍目には最近元気がない、位にしか映っていないのかもしれませんが心の風邪は長引く前に手をつけましょう…。お願いします。
それと…、もしも目標なんか無くたって、夢なんか無くたってとにかく生きる事を選択して下さい。生きて生きて、生き抜いて下さい。 今がどんなにツラくても生きてさえいれば必ず光は差して来ます。そういうものです。応援していますからね。

Q親が突然他界してなかなか立ち直れません。

親が突然他界してなかなか立ち直れません。

高齢の母が今年の夏突然他界しました。
母と息子(私)の二人暮らしでした。
以前私は別のところで一人で住んでいましたが、
母が風邪をこじらせ何日も寝込むことがあって以来、
一人暮らしをしている母が心配になってきて同居してました。

父はかなり前に他界してます。父の場合は長年病気で入退院を繰り返して
いたので父が他界したときは心の準備ができていたので
自分でも驚くほど早く立ち直りました。

しかし母の場合、突然倒れて死亡したので心の準備ができておらず
私は時々悲しみで押しつぶされそうになるのです。

母は高齢のわりには元気でしたが、この夏の猛暑の影響もあったようで
突然他界しました。
倒れる前日までは「普通のお婆さん」という感じで
普通に生活していました。

私はできるだけ楽しげに生活して普段はなにげなく仕事したりしてますが
誰もいない家に帰ると
「口では表現できないような喪失感」に襲われ、
これがいったいいつまで続くのだろうかと悩んでいます。

「父も母もいなくなって一人ぼっちになってしまった」
という寂しい気持ちにおしつぶされそうになり
なにをやろうとしても集中できないのです。

いつかこういう日(両親ともに亡くなる日)がくる・・・
と自分で自覚してたつもりですが
自覚が足りなかったのか、気持ちが乱れます。

また母の突然の死後
私の体調も不安定で
不眠や胃腸の不調に悩まされ、クリニックに通ったりもしてますが
「口では表現できないような喪失感」までは治せません。

ただ、自分が幸せだと思えることもあります。
それは今、母に心から「ありがとう」と思えること。
そして私が母を最後まで看取ったことです。

仮に親が元気でも
親子関係が険悪な状態が長期化してたりすると
それは不幸せだと私は思うのです。

また母の死後知ったことですが、
母は周辺の人から評判が良かったことを知りました。
周辺の人からは「心が優しい親切なお母さん」、「真面目で誠実な人」
「年齢を感じさせない若々しいお婆さん」など・・・。

家の中では
母は歳をとってからは
よく私に愚痴を言ったりもして私はウンザリすることもよくありました。
でも今ではそれさえ大切な思い出です。

そのように言われていた母を亡くしたことに
いっそう心が悲しくなるのです。

早く立ち直りたいと思えば思うほど、
何故か自信がなくなってしまい自分が情けなくなるのです。

親や家族を亡くして悲しい思いをしたとき、
人はどうやってその悲しみをのりこえるのでしょうか?

親を亡くすとこんなにも気持ちが乱れ
自分がもろくなるものなのでしょうか。

親が突然他界してなかなか立ち直れません。

高齢の母が今年の夏突然他界しました。
母と息子(私)の二人暮らしでした。
以前私は別のところで一人で住んでいましたが、
母が風邪をこじらせ何日も寝込むことがあって以来、
一人暮らしをしている母が心配になってきて同居してました。

父はかなり前に他界してます。父の場合は長年病気で入退院を繰り返して
いたので父が他界したときは心の準備ができていたので
自分でも驚くほど早く立ち直りました。

しかし母の場合、突然倒れて死亡したので心の準備ができて...続きを読む

Aベストアンサー

無理に悲しみから逃れる事を考えなくて良いと思います。
突然死は誰にも解らぬ事で在り、誰もが受け入れるのに時間が掛かる事です。
時間が解決してくれるのは、理解してるのですから、喪失感・・・良いじゃないですか!
貴女以外、誰も居ない部屋で一人で想い出に浸り、泪しても誰が何を言えるでしょうか?誰が早く立ち直れと言えるでしょうか?誰も言えません!
お母様との想い出に心ゆくまで浸り、悲しみに浸り、喪失感に浸れば良いでは在りませんか。
今の在るが儘が最高の時ですよ、在るが儘の姿が美しい涙であり、心なのですから、もっともっとお母様との想い出話を目に見えない糸電話で会話して下さい。

私の場合は親が突然死では無かったのですが、私が外国で仕事をしていたので、看取る事も無く、葬式すら出る事無く、日本に帰国後、墓参りをした時に親不孝者と悔やみ、嘆いた事を今でも想い出して悲しくなる時が在りますが、不思議に親の残した言葉が、心の中から蘇って来ては懐かしむ事がしばしば今でも在ります。
ただ、辛かったのは、遺品として父親が愛用していた、コーンパイプと万年筆を見た瞬間は男泣きしながら、物凄い喪失感に襲われました。
そして、今でも遺品を見ながら父親と会話をしています。
貴女とは違いますが、無理に忘れる事も無いし、喪失感でも良いじゃないですか!姿が無くても、見えなくても心の会話を一生しましょう。
心がもろく成っても、目に見えない糸電話で母親が支えてくれてるので心配ありません。
永遠の心の糸電話を楽しんで下さい。

無理に悲しみから逃れる事を考えなくて良いと思います。
突然死は誰にも解らぬ事で在り、誰もが受け入れるのに時間が掛かる事です。
時間が解決してくれるのは、理解してるのですから、喪失感・・・良いじゃないですか!
貴女以外、誰も居ない部屋で一人で想い出に浸り、泪しても誰が何を言えるでしょうか?誰が早く立ち直れと言えるでしょうか?誰も言えません!
お母様との想い出に心ゆくまで浸り、悲しみに浸り、喪失感に浸れば良いでは在りませんか。
今の在るが儘が最高の時ですよ、在るが儘の姿が美しい涙で...続きを読む

Q父の死から立ち直りたい

父が末期癌で亡くなりました。
一周忌法要がようやく終わりました。
一年前良く泣いていましたがそれも収まっていましたが一周忌になり桜をみてあの頃の長いような短いような闘病生活が昨日のことのように思い出してしまいます。
最近は涙もろくなり思い出すだけで涙が止まりません。
うつ病にもなりました。

もっと強くなりたい。
死から立ち直りたい。
でも泣いてばかりの毎日です。
あの時ああしていれば、こうしていればなど後悔ばっかり残っています。

どうやって肉親の死から立ち直る、受け入れればいいのでしょうか?
同じような体験を経験した人のアドバイスがあれば助かります。

Aベストアンサー

8です。
そうですね、書くこと以外では、乗馬などは現実的に良い療法とされていますね。

療法のなかでは、やはり丁寧にことばにするというのは、特別です。
けっして、反省や内面を書くのではなく、
簡単な心の動きでも、丁寧にことばにする・言語化する作業です。
わかりにくいかもしれませんが、
確認すると集中ケアしてパイプがつながる、という心の働きを利用しているものです。

世界があたりまえの見方で見えなくなっている部分がありますから、
書くといってもなかなか言葉にできないわけですが、その嫌な感じや苦しい感じに直面することも意味があるんですね。

たとえば桜を見て悲しくなる場合、家族が桜の下ではしゃいだりしていれば、
穏やかな気持ちと、乱れた気持ちが突き合わされます。
チクっと葛藤があって、心が穴を修理しようと自然に動き出す。

しかし一人では、なかなかこのエンジンをかけられないです。
自分で確認するには、泣くことも必要だし、再確認も必要になります。
なんで俺は泣くのか、苦しいからだ、何が苦しいんだろう、
ただきれいに咲いているのがやりきれない、
いつか平和な気持ちで花見ができるようになるんだろうか、
と、たとえばですが、少し書き留めておくと、
二度これを同じ強さで味わうことがなくなります。心は同じ強さを繰りかえさない。健康な状態ではそうです。

書くこと以外では、確認ではなく、習慣的な力を使って埋めるという作業もあります。
禅寺のような掃除洗濯炊事の繰り返しを、一日一定のリズムでできれば効果的ですが、
はっきり言って自力で日常にこれをするのは難しいです。修行や、行動療法でもない限り。。。

心を他の命にあずけるという方法もありますね。
乗馬はその好例です。犬も似ています。
出産や育児で安定する場合がありますが、相手が馬や犬のように同調しないので、大変な面もあります。

あとは、生活の中でできるのは、料理と睡眠でしょうか。
料理は、新鮮な材料を目や鼻で選び、手で触り、調理の過程を踏んで、味わうところまで、自分で行います。
生のエネルギーは、新鮮な食べ物にはまだ酵素として残っており、摂取することで体の生命力を補ってくれます。
食材に触れて、死のそばから離れるということだけでも、軽くなるものがあるのは確かのようです。

眠れないときは、薬に頼って寝てください。眠ることは一番大切です。
そして、深くゆっくり息を吐くような呼吸は、心が強くしなやかになります。
脳と体にかかった負担が取れるためです。

8です。
そうですね、書くこと以外では、乗馬などは現実的に良い療法とされていますね。

療法のなかでは、やはり丁寧にことばにするというのは、特別です。
けっして、反省や内面を書くのではなく、
簡単な心の動きでも、丁寧にことばにする・言語化する作業です。
わかりにくいかもしれませんが、
確認すると集中ケアしてパイプがつながる、という心の働きを利用しているものです。

世界があたりまえの見方で見えなくなっている部分がありますから、
書くといってもなかなか言葉にできないわけですが...続きを読む

Q父が亡くなり、心にぽっかり穴が・・・

父が亡くなり、悲しくて心にぽっかり穴があいてしまっています。

4月3日に、父ががんで亡くなりました。
私はひとり暮らしで、実家も電車で30分くらいの距離にあります。
父が元気だった頃は親子関係は良かったものの、父が無口だったせいもあり、あまり実家に帰っていませんでした。
父のガンがわかったのは昨年12月で、それ以来家族3人(母、弟、私)でできる限りそばにいて看病をしました。こんなに一緒の時間を過ごしたのは成人して以来初めてで、父も母に「子供達は本当によくやってくれる」と言ってくれていたようです。

その父もとうとう天国へ行ってしまいました。
それ以来、私は心に穴があいたようで本当に辛く、悲しく、まだ信じられない気持ちです。
離れて暮らしていたので、今でも実家に帰ったら父がいるようで・・・
父の事を思い出して、いつも泣いています。

母は一人暮らしになったので、私よりもっとさみしく感じていると思います。(弟も実家を出ています)
母親を励まさなくてはいけない私が、こんな感じでいいのか情けないです。

このどうしようもない気持ちは、時間が経てば少しずつでも癒されていくのでしょうか?
今はただただ辛いです。

父が亡くなり、悲しくて心にぽっかり穴があいてしまっています。

4月3日に、父ががんで亡くなりました。
私はひとり暮らしで、実家も電車で30分くらいの距離にあります。
父が元気だった頃は親子関係は良かったものの、父が無口だったせいもあり、あまり実家に帰っていませんでした。
父のガンがわかったのは昨年12月で、それ以来家族3人(母、弟、私)でできる限りそばにいて看病をしました。こんなに一緒の時間を過ごしたのは成人して以来初めてで、父も母に「子供達は本当によくやってくれる」と言って...続きを読む

Aベストアンサー

はじめまして。
同じような境遇なので思わず返信しています。

私の父も、昨年の4月に他界しました。膵臓癌でした。
こうして返信を打ってはいますが・・私もまだ、父が居ないことが信じられないでいます。
実家に帰れば仏壇もあるし、父の葬儀や納骨も見たはずなのに。
それなのに、まだ父に逢えるような気がしています。
時々、「逢いたいけど逢えない」現実に苦しくもなります。
逢えないことが分かっていても、もう1度だけ逢いたいと思います。

私も、亡くなって毎日、何ヶ月も泣きました。
今でも泣きます。・・今も、泣いています。
悲しくて苦しくて、どうしようもない日もあります。
だって、大切な大切な父親です。
優しい優しい、大好きな父親です。

でも・・・
こうして父が亡くなって1年経ってみて。
悲しみは癒えないけど、苦しみはまだやってくるけど。
それでも、父との思い出を思い出したり、
父ならどう言うか、どう振る舞うかと考えてみたり、
今年も父の誕生日を皆でお祝いしたり・・・
ちょっとした拍子に父を思い出し、
母や妹と「お父さんは〇〇だったね」と話したりしています。
そして最近、これがいつまでも心の中で生き続けるということなんだと気付きました。

父は色褪せません。
いつも優しく心の中にいてくれます。
父が亡くなり1年が経ち、泣く日もあるけど、思い出に笑う日もあります。

きっと質問者様のお父様も素敵な方なんですね。
最期まで看病出来て、親孝行が出来ましたね。
ああしていればよかったと後悔がもしかしたら出てくるかもしれません。
私は、未だに後悔の念に苦しむこともあります。
でもその時はそれで精いっぱいやったのだからと、言い聞かせています。
そして心で父に謝っています。

ただただ辛いお気持ち、本当によく分かります。
でも、質問者様のお父様も、質問者様の心の中、記憶の中で生き続けていますよ。
今は思い出すことすら辛いかもしれませんが、
きっとその思い出が愛おしく、忘れたくなく、思い出したくなる時が来ます。

なんだかちっともアドバイスにも答えにもなっていませんが・・・
質問者様が今はただただ辛くて当たり前で、
でも、今の私は父を亡くした頃よりは元気に過ごせるようになっています。
父を忘れたのではなく、父と一緒に生きているから。

すみません、こんなことしかお伝え出来ませんが・・・
お父様も質問者さまも、ひとまずは本当にお疲れさまでした。

はじめまして。
同じような境遇なので思わず返信しています。

私の父も、昨年の4月に他界しました。膵臓癌でした。
こうして返信を打ってはいますが・・私もまだ、父が居ないことが信じられないでいます。
実家に帰れば仏壇もあるし、父の葬儀や納骨も見たはずなのに。
それなのに、まだ父に逢えるような気がしています。
時々、「逢いたいけど逢えない」現実に苦しくもなります。
逢えないことが分かっていても、もう1度だけ逢いたいと思います。

私も、亡くなって毎日、何ヶ月も泣きました。
今でも泣きます...続きを読む

Q夫に先立たれました

ひと月前に夫に先立たれた 56歳女性です。寂しくて毎日泣いています。同じような経験をなさった方どのように乗り切れば良いかアドバイス下さい。異性との出会いは今は望んでいません。

Aベストアンサー

お辛いですね。
ひと月、気が張って雑事を終え・・・ぽっかりと穴が開いたような喪失感。

私の友達は雨の日に部屋中に写真を置き
写真に話しかけながら、ひとりで子供のようにワァーワァー何時間も大声で泣いたそうです。

何かが変わるわけではないのですが、そうすることで少し受け止めることが出来た。
と言ってました。

参考まで・・・


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