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我々は死んだら極楽に行って悟るまで修業をずっとするんでしょうか?
それとも悟る途中で輪廻転生しなければならないのでしょうか?

gooドクター

A 回答 (4件)

 浄土真宗の僧侶で、専門は法然上人の教学です。

少しお話をさせていただきます。

>>我々は死んだら極楽に行って悟るまで修業をずっとするんでしょうか?
>>それとも悟る途中で輪廻転生しなければならないのでしょうか?

このご質問の答えは浄土宗・浄土真宗などの日本浄土教のメインテキストである「浄土三部経」なかでも、『無量寿経』から読み解くことが出来ます。
 『無量寿経』の中で、若かりし頃の阿弥陀如来は法蔵菩薩と名乗っておられました。この法蔵菩薩は「全ての生きとし生ける者を救う力がつかなければ仏にはならない」と四十八の誓いを立てられます。これが四十八願であり、最も有名なのが第十八願です。ここに念仏往生のお誓いが成されているわけですが、今回の質問に関しては別のいくつかのお誓いを見て行きたいと思います。
 まず、第十五願「眷属長寿の願」ですが、

(本文)
設我得仏国中人天寿命無能限量除其本願修短自在若不爾者不取正覚
(私訳)
もし私が仏になったとして、私の国(極楽)に住んでいる人々の寿命には限りはありません。ただし本人が仏になるための誓願を立てて、寿命の長さを自由にしたい場合は別にします。こうならなければ、私は決して仏になりません。

と説かれておりますから、基本的には本人がどうしてもと望まない限り、寿命が尽きることはありません。ですから、本人が望まない限り修行の途中に輪廻してしまうことはありません。
 また輪廻したとしても、地獄・餓鬼・畜生の三悪道には落ちません。第二願「不更悪趣の願」には

(本文)
設我得仏国中人天寿終之後復更三悪道者不取正覚
(私訳)
もし私が仏になったとして、私の国の人々が命終後に再び地獄・餓鬼・畜生の三悪道に陥るならば、私は決して仏になりません。

とあり、輪廻を望んで娑婆世界に修行に出ても、三悪道には落ちないとのことです。また、第十一願「必至滅度の願」には、

(本文)
設我得仏国中人天不住定聚必至滅度者不取正覚
(私訳)
もし私が仏になったとしても、わたしの国の天人や人々が正定聚に入り必ずさとりを得ることができないならば、私は決して仏になりません。

と誓われ、第四十七願「聞名不退の願」には、

(本文)
設我得仏他方国土諸菩薩衆聞我名字不即得至不退転者不取正覚
(私訳)
もし私が仏になったとして、他の国の菩薩たちが、六字の名号聞いて不退転の位に至ることができないならば、私は決して仏になりません。

と誓われております。ここで言う「正定聚」「不退転」は同じことを二つの側面から誓われたもので、「正定聚」は進み続けると言うこと、「不退転」は後退することがないということです。つまり、極楽浄土において「正定聚」「不退転」の位に定まった人は、たとえ修行、または人々を救うために娑婆に輪廻したとしても、悟りを求め続けて(正定聚)迷いの世界に囚われてしまうことはない(不退転)ということです。

 さて、ここまで見てまいりまして、先に質問に関する答えですが、 
>>我々は死んだら極楽に行って悟るまで修業をずっとするんでしょうか?
 答えはイエス。
>>それとも悟る途中で輪廻転生しなければならないのでしょうか?
 答えは、ノー。ただし、「輪廻転生しなければいけない」と言うのは間違いですが、本人が望む場合のみ輪廻することが可能であると言うことになります。

 こんなところでしょうか。急ごしらえの文章のため誤字脱字乱文どうぞご容赦ください。
 合掌 南無阿弥陀佛
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この回答へのお礼

大変ありがとうございました。
すっきりいたしました。
すばらしいことだと思います。
合掌 南無阿弥陀仏

お礼日時:2010/02/07 00:35

浄土宗、浄土真宗の立場では、修行という考え方はしません。


そもそも、凡夫は戒律など守れないのだという考えです。
修行などできないという立場です。
ですから浄土真宗では戒名がありません。
阿弥陀如来の本願にただすがるという立場です。
従って修行はないということです。
また亡くなると阿弥陀様が極楽浄土に導くという立場ですから輪廻転生する必要はないわけです。

この回答への補足

補足日時:2010/02/07 00:36
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この回答へのお礼

お礼日時:-0001/11/30 00:00

浄土宗、浄土真宗には、あまり詳しくないです。


ただ、ネットで検索すると、浄土宗、浄土真宗は、大衆布教に力を入れていたようですし、「念仏さえとなえればOK!」的な気楽な教えですから、「悟り」「修行」っていう面は、あまり強調してないと思えますよ。

>>我々は死んだら極楽に行って悟るまで修業をずっとするんでしょうか?

現代では、5割以上の方が、無くなってから地獄にいくようです。特に、近年は女性の方の地獄に行く割合が増えているらしいです。で、天国に行けた方が、悟るまで修行を継続するか?というと、やはり人それぞれのようです。勉強が好きな人(霊)は当然ながらイロイロと勉学をやり続けるでしょうが、のほほんと過ごすのが好きな人は、格段の修行もしないで暮らすみたいです。
もちろん、霊になっていますので、食べなくてもいいし、寝る必要もなく暮らしていけるので、「生きるためにイヤな仕事をしないといけない」ってことはないですから、のほほんでもいいわけですね。

また、例えば「家が欲しい!」と思えば、生前に建築の仕事をやっていたような腕に覚えのある方が、家を作ってくれたりします。天国の人(霊)はみんな親切ですからね。(ちなみに、台所、トイレ、寝室は無くてもいい。でも、作る人もいる。)

それから「悟らないと!!」いうゴールめがけて、厳しい修行をする方もいるかもしれませんが、荘子や老子のように「今、現在を楽しむ。過程を楽しむ。」っていう姿勢も、やっぱり時には必要でしょうね。

ちなみに、「いちおう、悟った!」というレベルになれたとしても、それで終わりではありません。
そこから先は、「指導者」としての修行が待っています。人々を指導するには、幅広い分野の知識が必要でしょうし、時には、深いレベルの知識も必要になるでしょう。また、いかに教育効果を上げるか?っていう教育技術も必要になります。そう考えると、エンドレスですね。

>>それとも悟る途中で輪廻転生しなければならないのでしょうか?

悟っていない多くの方は、当然ながら転生輪廻を繰り返します。悟った方で、強制的に転生輪廻をさせられない方(義務教育を卒業した方)も、自発的に、タイミングを見て、あの世からこの世に生まれてきます。
それは2つの理由があるようです。

1)指導力アップのため

天国で長く過ごしていると、この世(地上)のことが分からなくなってきます。死んで、天国に来た方を指導しようとしても、地上のことが分からないとうまく指導できません。なので、悟った方でも、この世に生まれて地上のことを学習するそうです。ただし、転生輪廻のサイクルは、悟ってない人に比べて長くなる傾向があるようです。

2)世直しのため

現在のように、売国奴の民主党が政権をとるような国難が予想される時、悟っている天国の方達も、「こりゃ、ちょっと俺たちが出ないと、日本が危ない!」と考えて、この世に生まれてくるようです。ただ、この世でヘマすると天国に戻れない可能性があるわけですから、危険もありますね。でも、それでも生まれることを選ぶのが天国にいる多くの霊でしょう。とはいえ、日本は、毎年、統計で40万件くらいの人工中絶(実際は100万以上?)がされているわけですからね。

この回答への補足

補足日時:2010/02/06 00:30
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この回答へのお礼

お礼日時:-0001/11/30 00:00

我々は脳が死んだら、宇宙も消えます。

脳=認識体ですから、どんな宗教であれ、結果は同じです。あなたの脳が生きている期間だけ宇宙は存在すると言っても過言ではないでしょう。

この回答への補足

補足日時:2010/02/06 00:28
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この回答へのお礼

お礼日時:-0001/11/30 00:00

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