「科学」、「哲学」が蔓延している。
正確には「言葉」がだ。
この言葉、だれしも知ってて当然であるかのようだ。
また知っていることが前提で話が一人歩きし始め案の定この言葉は彷徨う。
言葉とは語る人の語る所のものであると私は思う。
よって人が「科学」、「哲学」と呼ぶ時、その人は何を指してそう呼ぶのか?
あなたはあなたの指す「科学」、「哲学」を説明出来るか?
暇があったら返答願います。(ひやかしおことわり)

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A 回答 (13件中11~13件)

俗っぽいので、冷やかしと受け取られては困るのですが・・・



私は常々、次のような言葉に興味を覚えています。

[数学はふところを豊かにし、文学は心を豊かにする]

これを「科学」と「哲学」に、そのまま置き換える訳にも行きませんが・・・

科学は人間が作り出す価値を高め、哲学は人間自身を高め豊かに

するものではないかと考えています。

この回答への補足

返信ありがとうございます。
俗っぽいのは大歓迎ですよ(笑)

>[数学はふところを豊かにし、文学は心を豊かにする]
 
数学はふところを豊かにしますか?あはは!

>科学は人間が作り出す価値を高め、哲学は人間自身を高め豊かに
するものではないかと考えています。

「科学は~高め」のところは私には不可解です。
「哲学は~豊か云々」ですがでは哲学は何故人を豊かにすることが出来るのでしょうか?出来るのであればそれはどのような仕組みでそうであるのでしょうか?

補足日時:2001/04/04 20:23
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私個人的な考えとしては


この世界のすべての仕組みを知ろうとすることが哲学
これは、人間そのもの、その考え方も含めてすべての成り立ち、関わり、仕組み、役割を求める物
科学はその一部分で自然の仕組みを解き明かす物で手段の一つでしかない。

哲学の目的を失った科学は、その一部分だけしか見えず、暴走してしまう。

この回答への補足

意義なし。
但し「科学」という「言霊」は「手段」と定義できますか?

補足日時:2001/04/04 20:35
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 哲学は「世界および人間についての理論知・実践知を与えようとするもの」。


 科学は「自然についての理論知・実践知を与えようとするもの」。

 とりあえず最初はおおまかに。
 pikittoさんはどのようにお考えですか。
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この回答へのお礼

まず議論にあたり第一に、あなたは私など比べモノにならない博識であり哲ジャーゴンも豊富であること。
第二に、あなたの自己紹介にもあるとおりあなたが「知」と呼ぶ代物(必ずしも私のものでない)にルサンチマンを感じていることが容易に推察されること。(この場合は「知」の背景)
第三に、「考える」ということはヘーゲルのいうところの「バカの閲覧室」とは全き別モノであるということ。

この三点において同意されるなら私としてはこの議論を望むものです。

お礼日時:2001/04/04 21:06

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