先日、青山しんじ監督のユリイカという映画を見ました。引きこもりの、少年、少女の兄弟がでてきます。映画みてたら、引きこもりの、根のふかさ。簡単に、ナワつけて学校に行かせる、そんなレベルの話しじゃないことがわかります。

引きこもりと、名をつけたマスコミに、憤りを感じます。引きこもりとは、目の前の可能性に目をつぶり、挑戦しないこと、戦わないこと、そういう風にとられる解釈が可能になります。はたして、挑戦してないのか、戦ってないのか?

脳には、いろいろな部分にわかれます。考える部分。感じる部分。爬虫類の部分。その中で、考える部分に重きを置くのが、現代です。そのことと、繋がりがあるとおもうます。

私は、引きこもりは、怠け者とは、思いません。治療の対象にするのも反対です

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A 回答 (16件中1~10件)

引きこもりについては世間の誤解が多いようです。



わたしは占い師ですが引きこもりの相談をよく受けます。
占いなんかで何が分かるんだと誰もが思うかもしれませんが
実は引きこもりのほとんどは四柱推命という占いで調べると
その原因が分かります。

こんな事をいうとどうせ占いの営業か宣伝の為だろうとすぐ勘ぐる人が
いますが、そのつもりは全くないと断言します。
ただ、知って欲しいからあえて書かせていただきます。

引きこもりで悩まれている方には一定の傾向があり
巡る運がぶつかり合ったり、精神を弱める運の時に引きこもりとなる場合が
非常に多いです。

または命式と呼ばれる持って生まれたそもそもの気の状態をしめすものの中に
衝突や精神を弱める星を多く持つ方が引きこもりとなっています。

この2つに当てはまらない場合は引きこもりであってもとても軽い場合が多いです。

怠けているから外に出ないのではなく
弱った精神から自身を守る為に引きこもるという行動をとらざるを得ない
という事です。

分かりやすく言えば引きこもりという状態も人間の1つの個性であり
病気でもなければ、レッテルをはって見るべきものでもありません。

生まれながらに気の強い人もいれば弱い人もいる
こう言った方が分かり易いかも知れません。

ただ、人間には運気の流れと循環があるので
どんな人でも気の強くなる時期もあれば弱くなる(元気のなくなる)時期が
あります。

引きこもりで悩まれている方も強い運気やぶつかり合いが解消する運気が
巡ると引きこもりが解消したり、軽くなったりします。
ただ、中には巡る運のまわりが悪く引きこもりの状態が長く続く方もいます。

引きこもり=怠け者という図式が誤解だと
知って欲しいと思います。
このあたりの事を取り上げている方が占い師の中でもほとんど見当たらないので
うちでは5年ほど前から引きこもりについてのページをHPで詳しく説明していますが
参考URLはあえて掲載致しません。
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すみません。

私も、回答させてください。

最初に、色んなタイプがいるので「引きこもり」という言葉で、片付けようと一縄に考えられてる事自体が、先ず間違いです。

虐めを受けて、対人恐怖になり不登校から、外に出られないタイプ。

大学まで順調に行けたが、就職が見つからず、フリーターや無職の自分を受け入れられないで、籠もるタイプ。

上の2つは、私が思うに、現在多いタイプの引きこもりだと思います。

質問者様は、社会復帰する際にどちらが難しいか分かりますか?
同じに思いますか?


私は、前者は、私自身経験しましたが、一種の病気と一緒で、止まった時から現在において皆でやりたかった事をすれば治ると思います。

因みに私は、小5から不登校になり、悩み続けてたのですが、23の時にフリースペースに行き、キャッチボールやカルタで遊んだら、心の隙間が埋まり、洗脳されてしまって辞めてしまいましたが、就職も経験しました。


しかし、後者は、大人になってから引きこもりになったタイプなので、私には怠けに見えます。
しかも、プライドは高くなってる気がするので、厄介な感じに見えます。
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題名が気になって、回答を見るつもりだったのですが、何となく納得できないので私も回答することにします。



『引きこもり』という言葉自体が気に入らないようですが、だったら何なら良いというのでしょう?
社会的に見て『引きこもり』になってしまっているのだから仕方がないと思う。

冷静に考えて理不尽な対応という物が無いわけがない。
誰かを守る為には誰かを犠牲にしなければならないから。

『引きこもり』と、大きく区切る事や詳しい原因の究明をしない大勢も怠け者であるとは言えるが、最終的に『社会的にこうだ!』と言われても反撃や反論,または改善を行わないのは怠け者といえないでしょうか?

たしかに、本人が何かをしようとして失敗しらり、何かに苦しんで仕方がなかったりもするかもしれません。
でも、最終的に自分の努力が他の人に認められない事を本人は十分承知なハズです。(でなかったら社会常識を知るという努力が足りないから怠け者)

どうでしょう?
最終的に働いてないと人が怠け者だと言われる事と同じだと思いませんか?
実際に怠け者かどうかは別として社会的には怠け者と呼ばれるのが相応しいと思います。


>怠け者を、カバレロ君あなたとします。(中略)組織に集団で引きこもるのも、世界を呪ってるからかも知れません。

それを、知らない人が見たら単なる変な人です。
引きこもりで怠け者です。
『知らない人』と言うのがミソです。
一般的に社会一般の物事の定義は多数意見や権力者の意見を採用しています。
なら、カバレロ君(何度も使ってすいません)の事を知らない人がほとんどでしょう。
その人達は『怠け者』と言わないでしょうか?
nabayoshさんと同じく、私も引きこもりは社会問題だと考えています。ただ、違うのはそれは本人が解決すべきであり、社会全体で救うべき事ではないと考えている事です。

本人だけでダメなのも分かっています。
医者に連れて行けば治る様な物ではないとも分かっています。
でも、それを一人一人に対応しなければならないほど、まだ世の中は豊かではないと考えるからです。(精神的にも)
もし、これを見て、『そんなことは無い』と思うなら自分の出来る限りの人に『引きこもり』が居ないかを確かめて、彼らを助ける手伝いに専念するといい。
そんな事は絶対に出来ないから。
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あなたと同意見ですよ。

反論者には反吐がでそうなくらいです。
ただ、人間社会で生きていくには、非常に苦労するでしょうし。心の病といえます。(しかし、薬で治るもんじゃないと思っています)

怠け者かどうかについて・・
例えとして、交通事故に在った者がいたとします。半身不随でもなり、
彼はまともに歩けません。当然、仕事も出来ません。
リハビリが精一杯です。
果たして彼は怠け者でしょうか?

引きこもり(鬱病なども)も同じ事です。
心の運動力が無いのです。そんな人に「怠け者」だと言うのは、酷な話です。交通事故は皆に分かる症状ですが、引きこもりなどは、健康人には理解されにくい症状というだけです。
いずれ、世間の理解が深まれば、社会は改善されると思います。
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僕は引きこもりです。


しかし僕は甘えています。
なさけない。。
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これまでの回答とお礼を読ませてもらって、哲学の知識を持っていない


私(私的哲学はありますけど(笑))ですが、ちょっとおじゃまします。

引きこもり以外でも最近は精神的に悩んでる人が多いんでしょうね。
人間社会がどんどん複雑になってきて、人間が本来の姿を失ってきて
いるからなんでしょうか?

便利な世の中で、ある程度、経済的にも時間にも余裕がある時代だから
みんな色々考えすぎちゃうのだと思います。
人間も動物だから本能があると思うけど、そういうことを押さえつけて
理性的な生活のみを追及しすぎる反動とも思うけど。

極端な話、原始時代、毎日狩りをして、木の実を取っていないと
生きていけなかった時代にはこういうことは考えもしなかったのでしょうし、
もっと自然な生活をしていたのではないでしょうか。

文明が進み、人間頭で考えることが多くなり、時間もできると精神的に
アンバランスになってくるのかな?
私は母子家庭で育ち、裕福ではない子供時代だったので、親に迷惑を
かけることは絶対にできないと思っていたし、生活の危機感もあったので
ただただ、たくましく生活してましたけど、引きこもれる状況は
ちょっと裕福なのですか?姉の子は家庭に何の問題もないけど、引きこもって
ます。

哲学な皆様に単純とも思われそうですが、人間単純なものではないでしょうか?
朝日が昇ったら起き、自分の仕事をし、日が沈んだら寝、今日の食事があれば幸せ
でいいんじゃないでしょうか?
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この回答へのお礼

僕も実はそう思います。朝起きて、お母さんが作ってくれた御飯をよく噛んで食べて、朝日は、美しく大地を照らし、学校に行けば今まで知らなかった事を学ぶ喜びにみちて、家に帰ると、お母さんが、カレーを作って待っててくれる。友達の話しや、今日あった話をする。うん単純でいいんだけど、

なんで、姉の子は、いっぱい、いっぱいになって、引きこもるのか?姉の子が、閉じられた世界の内部で自己満足的かつ暴力的に主観が膨れ上がるのか、そして金縛り状態になるんでしょうね。-食欲、貧乏、の不安がないのに。明石家さんまの、生きてるだけで、まる儲け。となぜ胸をはって言えないのか、疑問だらけです。

でも、実はもうあなたは、質問しながら答えをいってます。単純にすればいいのかも。会社とか学校は、いざと言う時動けない。一ケ所に定住して、一定の生活様式を強いられる。これを支えてるのが、電気のシステム、ガスのシステム、上下水道のシステム、道路のシステム、そういうもののすごい国家規模の巨大システムです。それらのシステムに頼らなくても、したがってそういうシステムに縛られて定住しなくても、一件一件、一個一個のマシンが、ちょっとした太陽電池かなんか付いていて、その機械だけで自立できたり、ひとりひとりの人間が自立してやっていけること。そのほうが、風とうしよくなりそう。このことを、スタンドアローン時代を目指してとよんでいます。

お礼日時:2001/06/11 01:29

引きこもり大いに結構!! 確かに経済に寄与してないのは


もったいないが より大きな損害あたえる政治家や犯罪者よりは
ぜんぜんOk 出番があるまで待機してくださいな
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これ以上いわんが、caballeroさん



2回めの発言
>「引きこもり」だからといって、
>「怠け者」じゃぁないというのはおかしいと思える。と言う意見なのです。

1回目の発言
>引きこもりは、怠け者だと思います。
>組織に集団で引きこもるのも、一人で部屋に引きこもるのも、
>共に怠け者だと思います。やまごもりじゃぁないですからね。


これは相反してるよ。
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>「働いてないから怠け者って論理はどうかと思う」って問いなんじゃないかい?これは?


 
 働いていても怠け者はいると思います。私が、「組織(学校や企業のことです)に集団で引きこもるのも、一人で部屋に引きこもるのも、共に怠け者だと思います。」といったのは、そういう気持ちからです。学校にいっているからといって、労働者であるからといって、「引きこもり」と比べて「「怠け者」ではない。」とはいえないでしょう。「怠け者であるかそうでないかはいかにして判断付けられるのでしょうか?
 「いわれたことをするだけで・・・・」と、質問者が言っておられたので、「いわれたまま学校に通う子供達、いわれたままする労働者達」いずれも、大半は怠け者だよね、と共感していたのです。質問者に対する私の意見は、学校に通う子供達、多くの労働者を総じて「怠け者だ!」と言うのは無理がある。それは、全ての引きこもりが、「怠け者でない!」と言い切れないのと同じじゃぁないですか?と、いう思考から、「引きこもり」だからといって、「怠け者」じゃぁないというのはおかしいと思える。と言う意見なのです。
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この回答へのお礼

すいません。あなたの言うとうりです。固有名詞のない意見は論理として欠陥があります。例えば、最近の若い女は、援助交際をしてる。と言った時に、今だに、若くて、援助交際してる女にあったことがありません。正しく、言うのは、若い女の田中さんが、援助交際してると、固有名詞をだすべきです。関西人は毎日たこやきを食べてる。このような人もまだ合ってません。だから、関西人の渡辺が毎日たこやきを食べてる。こういうべきですが、テレビ、ラジオのメヂィアは、固有名詞を出す環境がありません。だから、いつも話がややこしくなりますね。

だから働いてる人の、大久保さんが、なまけもので。引きこもってる、三浦は、怠け者だけど、引きこもってる、宮田は、苦しんでると言うべきでした。あなたの言う通りです。働いてても、怠け者はいます。それは、陶然です。

お礼日時:2001/04/16 20:54

怠け者ってのは簡単に現状を肯定し、


ただ単に「そういうもんでしょ?」と話を区切る人のことである。
ことに論理の世界においては。

caballeroさんはこれにあてはまるが、ひきこもりの人は必ずしもそうでない。
脳の運動をしましょう。caballeroさん。
あなたは、passagen22さんが
「引きこもりとは、目の前の可能性に目をつぶり、挑戦しないこと、戦わないこと、そういう風にとられる解釈が可能になります。はたして、挑戦してないのか、戦ってないのか? 」
と書いてることを見落としてます。「働いてないから怠け者って論理はどうかと思う」って問いなんじゃないかい?これは?


>引きこもってる人環境変えれば、いいと思います。
>タイが、いいと思います。タイにいけば、ホッとするよ。いっちゃえば。
ちなみに、これは有効かも。
この間NHKで登校拒否児童のための中学校が沖縄の離島にあるっていうことでドキュメンタリーやってたけど、だんだん、みんないい顔になっていてました。

言葉尻をひっつかむような考え方ではこういうことは理解できないと思う。
小津安二郎の「生まれてはみたけれど」を全ての人に。
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この回答へのお礼

小津安二郎。東京物語。
いやあ、そんなこたあない。
ええんじゃよ、忘れてくれて。
いやあ、ずるくない。
ええんじゃよ、それで。やっぱりあんたはええ人じゃよ、正直で、、、、
いやあ、ありがと。

肯定することは、存在するものを背負い引き受けることではなく、生きてるものを、解放し、その重荷をとりのけてやりたいです。小津安二郎の東京物語のおじいさんみたいにね、

お礼日時:2001/04/16 20:23

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言われたことを遂行する能力があり、言われた以上に働くのが働きもの。
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う~ん。質問者様は知った上で質問しているのだと思いますけど・・・。これの全てを知る人とそうでない人では、結構、解釈は変わるかと思います。

この組織論は、いわゆる軍の統率や軍の組織頂点が、軍の指揮官や下士官をどう選ぶかという点で、述べられた論述です。彼は、ヴァイマル共和国軍の陸軍総司令官でしたから、現場のものが現場の判断でどう見るかというものではないのです。
強いて言えば、ある程度その分野で頂点を極めているものが、高みから見下ろして、それを大別する場合に適用する統制の理論です...続きを読む

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この本の内容と、値段を教えてください!
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どんまい魂(スピリッツ) ISBN:4072359092 主婦の友社 (2003-03-01出版) 本体1400円


紀伊国屋の書誌検索にて見つけましたので、参考にしてください。(写真・目次等掲載されてます。)

参考URL:http://bookweb.kinokuniya.co.jp/

Qニート・引きこもり・うつなど精神疾患は 社会源病だ。

ニート・引きこもり・うつなど精神疾患は 社会源病だ。


 まづつぎのような随筆を見かけました。表題にぴったりの内容です。読んでみてください。

 ◆ 大野裕:精神疾患は社会の病気 ~~~~~~~
 〔こころの健康学・日経2010・10・08夕刊7面〕
 ――立ち場によって男女比変化

 しばらく前 このコラムでうつ病になるのは女性が多いと書いた。うつ病と診断される女性の数は 男性の二倍であることが分かっている。アルコール依存などは男性が女性の二倍になっている。

 女性にうつ病が多いのは 月経や出産 更年期などの女性ホルモンの変化が影響するからだと考えられている。そうした体の仕組みの違いだけでなく 社会的な立場がそれ以上に強く影響している。

 ところが その立場が変わってくると 精神的変調の表われ方も違ってくる。世界保健機関( WHO )の国際比較研究を見ると 女性の社会進出が進めば うつ病やアルコール依存の男女比の差が小さくなってくる。うつ病では女性の割合が減り アルコール依存といった男性に多い精神疾患では女性の割合が増えてくるというのだ。

 この傾向は国際共通だが 女性が社会進出するようになると ストレスへの対処の仕方が違ってくるのではないかと考えられる。

 社会的な立場が弱いときには 内向的になって心の中で悩む傾向が強くなるが 社会のなかで自分の立場を主張できるようになると 行動を通して悩みを発散する傾向が強くなるのかも知れない。精神疾患は単に脳の病気や心の病気だけでなく 社会の病気なのだと思えてくる。
 (大野裕:慶応義塾大学保保健管理センター教授)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ☆ さて 一般に上に立つガミガミ役に対して下に身をおくアース役。前者が一般に 意識の排泄をおこない 後者がこれを受けとめる。
 この関係を広く

  《アマテラス( A )公民主導‐スサノヲ( S )市民従属》連関
  
 ということにします。これは そもそもふつうの主権在民=スサノヲイズムをさかさまにした連関関係ではないでしょうか。
 この《逆立 A - S 連関制》から成る社会のあり方によって――《アース役》であることを通じて―― 精神疾患のすべてが起きている。のではないか?

 この見方について 見るところ感じるところ考えるところをお聞かせください。

 引用の随筆について解説をしていただける方は おしえてください。

 この質問は 【Q:ニートや引きこもりは 未来社会への陰画だろうか】
 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa6191141.html
 を継いでいます。

ニート・引きこもり・うつなど精神疾患は 社会源病だ。


 まづつぎのような随筆を見かけました。表題にぴったりの内容です。読んでみてください。

 ◆ 大野裕:精神疾患は社会の病気 ~~~~~~~
 〔こころの健康学・日経2010・10・08夕刊7面〕
 ――立ち場によって男女比変化

 しばらく前 このコラムでうつ病になるのは女性が多いと書いた。うつ病と診断される女性の数は 男性の二倍であることが分かっている。アルコール依存などは男性が女性の二倍になっている。

 女性にうつ病が多い...続きを読む

Aベストアンサー

 おはようございます。Hidocchiでございます。

 Ano.3の方も言っておられましたが、デリケートな問題かもしれません。
 ですが、愚生(自立支援医療を受けております)は、これら問題の根底には、何かしらの共通する原因等があるものと考えておりますし、もしあるのならそれを追求するのが、哲学の問題でもあろうかとも考えております。従いまして、ご質問をお続けになられることを切にお願い致します。
 とは申しますものの、個人(そのご家族様も含みます)への誹謗中傷がみられる回答が散見された場合には、その回答に対しまして、今回は積極的に、”通報”をしていこうかとも考えております。

> たしかに言挙げせずとも以心伝心で分かり合えるという側面も 日本人どおしにはあったのだろうけれど これも通用しなくなって来たのだと思われる。
 大きい声でともかく論理を通した話をすればよいというアメリカニズムのどちらかと言うと悪い一面と そして日本人の間に見られる事なかれ主義とが合わさって 最悪のサラダが出来上がったのでしょうか。そこまでは行かないでしょうか。

 愚生は、お互いの“悪いとこ取り”をしてしまっているように、考えております。
アメリカニズム賛美のもとに、“個としての尊重”といったものが、“個としての確立および自立心なき、単に駄々っ子なだけの個人主義”へと向かい、また、それとは逆の、“家元制度的慣習”・“事なかれ主義”を後生大事に存在させているという、ある意味、奇怪な現象が現れているものかと思っております。
 さらに申しますと、思考停止させているところをも 鑑みますと、日本社会では、幼児化現象が起こっているのかもしれません。

 話が変わりますが、ただ、もし仮に、一個人の問題と解してしまいますと、近年増加しております、うつや引きこもりは、自己責任になってしまいかねないかと考えております(実際、そういった論調はネットでも結構みられます)。つまり、これもまた増加傾向にございます ”自分のことは棚上げし、人様に対しましては「他責」的な人達(人様に責任をなすりつけ、自己の精神の安定化、もしくは優越感を抱くような人達です)” が増えてきているのも事実かとも考えております。従いまして、個人のみの問題ではないものと考えております。
 では、何が原因なのかと問われますと.......
 残念ながら、すぐには回答を用意はできていない状況でございます。もし、考え等が見つかり次第、駄文、お聞きいただければ、幸いでございます。

 ご参考になれば、幸いに存じます。

 おはようございます。Hidocchiでございます。

 Ano.3の方も言っておられましたが、デリケートな問題かもしれません。
 ですが、愚生(自立支援医療を受けております)は、これら問題の根底には、何かしらの共通する原因等があるものと考えておりますし、もしあるのならそれを追求するのが、哲学の問題でもあろうかとも考えております。従いまして、ご質問をお続けになられることを切にお願い致します。
 とは申しますものの、個人(そのご家族様も含みます)への誹謗中傷がみられる回答が散見された場合には...続きを読む

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 これは ちょっとずるい見方で 事後的な・後づけとしての見方ではあります。
 ★ 「過剰適応することが生きる目的だ」と、 / 子どものころ、勘違いしたくらいでした。
 ☆ といった状態つまりその一時期の状態は おそらく誰もが通過するのではないかと見る部分を含んでいます。あるいはまた 《過剰に適応》しようとする反応を引き起こすようなかたちの《仕向け》が おこなわれるのではないか。
 そこには ひとつにこの過剰適応というのは いわばマインドコントロールに免疫が出来ていない段階に起こるのだと思われることがありますし。ですから 何かのきっかけで免疫が出来たあとは 一般に《振りをする》状態に移行するのではないか。

 あるいはひとつに 《仕向け》の仕方が 一般に理論や理詰めの説得によるのではなく
 ★ 非言語的
 ☆ な雰囲気を醸し出すこと・つまり空気の伝達によっている。それゆえ 素直な人間は素直ななりに・ひねくれたところのある人間はいやいやながらも まづは免疫のない段階でならなおさらのこと なびき寄せられる。
 しかも人の意志行為が ただなびき寄せられることに見出されるかと言えば それはむつかしいとき 熱心に十二分になびこうとする過剰適応という反応は 《わたしがわたしである》ことの持続のためのしかるべき自己表現である。と考えられる。互いに 意志はどこにあるかと 暗黙のうちに問うている。 
 これは基本的に 《わたしがわたしする》行為ですよね。

 もし免疫がつかずに過ごしているとすれば
 ★ ~~~~~~~~~~~~~
 日本では、
 「適応し過ぎている状態」〔としての〕「普通」・・・を、
 子どもは親の背中を見て、
 つまり普通の生活の中で普通に学び、
 その子どもがまた学ぶ、という。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ まだ《振りをする状態》〔など〕に移行しないことになるかも知れません。

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~
 誰かが、他人の心をコントロールしている、
 というよりは、
 「(非言語的)誤教育」と、
 「(非言語的)誤学習」が、
 延々と続いている、のが、問題、
 のような気がしています。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ つまり《マインドコントロール》のはたらきかけが――それを誰が誰に仕掛けるのかも分からないようなかたちで――現象として多分あると思われると同時に その《非言語的な誤教育かつ誤学習》が世代を超えて続いている現実をかかえているのではないか。
 以心伝心というより 以空気伝空気そしてその輻射・対流という現実でしょうか。

 そうしてこの長い長い歴史を経て来ている一般的な現実の中に あたらしい動きが現われました。
 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~
 今は(もともと?)、
 (一部の例外を除いてですが)、
 誰も、上層も、庶民も、
 他人の心をコントロールしていないと思います。
 ずいぶん自己中心的になってきていると思います。

 結果、ひきこもりさんや、ニートさんが増え、
 それは、良い傾向ではないかと思います。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ ですから このように考えてくると この自己をしかるべき中心として位置づける新しい《息吹き》も 免疫のない(?)段階では いまはまだ過剰に適応している姿を呈しているのかも知れません。ふるい常識から見れば 疾患だと思われかねません。
 《わたしがわたしする》という自己の文体の確立のためではあるのですが いまはまだその負の姿(陰画のようなかたち)で現われているのでしょうか。やがて陰画の現像が陽画として現われて来るでしょうか。

   *

 すなわち ニートや引きこもりは 人間の人間による人間のための未来社会構築の過程である。またもし疾患だとしても 明らかに社会源病である。
 お考えになるところを明らかにしてください。

ニートや引きこもりは 未来社会への陰画だろうか

 次のやり取りを読んで添削や批判を寄せてくださいませんか。(★ はニュウトラルさんです。事後ですが おゆるしを乞います)。

   *

 日本は《マインドコントロール社会》でしょうか

 ★ ん~。たぶん、否。
 ☆ わたしの考えも 現象としては《仕向ける》はたらきかけは行なわれると思うけれども 《統御》されるマインドコントロールはないのではないかというものです。言いかえると 仮りに《戦時中の統制》のもとでも それに従っていたとして...続きを読む

Aベストアンサー

ニートや引きこもりの問題は、
はっきり言って国の憲法違反です。
国民には、勤労の権利と義務が
あると書いてあります。

義務教育みたいに義務勤労が
必要なのではないでしょうか。

最高裁判決で、企業には
雇用の自由があるそうですが
それならば、企業で雇用されなかった
人を国や地方公共団体で
雇う義務があると思います。

あまり関係ありませんが、
面接で不採用が続くと
すぐに精神疾患ということに
されてしまいます。

過激な意見、済みません。

Q小森哲也について

昔、中日に小森哲也という二塁手がいましたよね。
1994年10月8日の巨人戦では、最後のバッターとなった人です。
彼は、1997年に引退したようですが、今何をしているのかご存知の方がいたら教えてください。

Aベストアンサー

97年に発覚した脱税事件に主犯だったので、公の場にはでてきてないのではないでしょうか?

参考URL:http://www.geocities.jp/alleznagoya/nagoyakessen3.htm

Qニート・引きこもり・あるいはうつなど精神の傾向は ふつうの社会現象であ

ニート・引きこもり・あるいはうつなど精神の傾向は ふつうの社会現象であるに過ぎない。


 まづつぎのような随筆を見かけました。その場合は表題としても《精神疾患は社会の病気》というものですが その《病気》の部分を社会思潮であり社会現象だとして読んでみてください。

 ◆ 大野裕:精神疾患は社会の病気 ~~~~~~~
 〔こころの健康学・日経2010・10・08夕刊7面〕
 ――立ち場によって男女比変化

 しばらく前 このコラムでうつ病になるのは女性が多いと書いた。うつ病と診断される女性の数は 男性の二倍であることが分かっている。アルコール依存などは男性が女性の二倍になっている。

 女性にうつ病が多いのは 月経や出産 更年期などの女性ホルモンの変化が影響するからだと考えられている。そうした体の仕組みの違いだけでなく 社会的な立場がそれ以上に強く影響している。

 ところが その立場が変わってくると 精神的変調の表われ方も違ってくる。世界保健機関( WHO )の国際比較研究を見ると 女性の社会進出が進めば うつ病やアルコール依存の男女比の差が小さくなってくる。うつ病では女性の割合が減り アルコール依存といった男性に多い精神疾患では女性の割合が増えてくるというのだ。

 この傾向は国際共通だが 女性が社会進出するようになると ストレスへの対処の仕方が違ってくるのではないかと考えられる。

 社会的な立場が弱いときには 内向的になって心の中で悩む傾向が強くなるが 社会のなかで自分の立場を主張できるようになると 行動を通して悩みを発散する傾向が強くなるのかも知れない。精神疾患は単に脳の病気や心の病気だけでなく 社会の病気なのだと思えてくる。
 (大野裕:慶応義塾大学保保健管理センター教授)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ☆ さて 一般に上に立つガミガミ役に対して下に身をおくアース役。前者が一般に 意識の排泄をおこない 後者がこれを受けとめる。
 この関係を広く

  《アマテラス( A )公民主導‐スサノヲ( S )市民従属》連関
  
 と呼ぶことにします。これは そもそもふつうの主権在民=スサノヲイズムをさかさまにした連関関係ではないでしょうか。
 この《逆立 A - S 連関制》から成る社会のあり方によって――《アース役》であることを通じて―― 世間でわざわざまちがって《精神疾患》とさえ呼ぶような精神にかんする社会現象のすべてが起きている。のではないか?
 アース役である人たちから 主婦である女性 あるいは 子どもたちへといわゆるしわ寄せが行くのではないか?

 この見方について 見るところ感じるところ考えるところをお聞かせください。

 引用の随筆について解説をしていただける方は おしえてください。

 この質問は
 【Q:ニートや引きこもりは 未来社会への陰画だろうか】
 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa6191141.html
 
 【Q:・・・うつなど精神疾患は 社会源病だ。】
 http://soudan1.biglobe.ne.jp/qa6236569.html

 を継いでいます。

ニート・引きこもり・あるいはうつなど精神の傾向は ふつうの社会現象であるに過ぎない。


 まづつぎのような随筆を見かけました。その場合は表題としても《精神疾患は社会の病気》というものですが その《病気》の部分を社会思潮であり社会現象だとして読んでみてください。

 ◆ 大野裕:精神疾患は社会の病気 ~~~~~~~
 〔こころの健康学・日経2010・10・08夕刊7面〕
 ――立ち場によって男女比変化

 しばらく前 このコラムでうつ病になるのは女性が多いと書いた。うつ病と診断される...続きを読む

Aベストアンサー

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。Hidocchiでございます。


> ☆ お二階さんの責任回避だともいうことですが この《自己責任》論は どうもけっきょく《しわよせ》理論であるに過ぎないようですね。

 ご賛同いただきまして、どうもありがとうございました。
 
・レイオフ:原則、従業員の責任は問われないと思われます。
・失業:求人倍率が低いため、誰かにしわ寄せが来ます。これは単に経済状況の問題であるため、一個人、さらには企業も含めまして、誰もが責任は問われないと考えられます。
・過労死:これは、一概には言えないのですが、労災の対象になろうかと思われます。従いまして、これも原則、責任は問われないかと思われます(労災におきまして、従業員の過失が問われますと、確実に過失相殺されますので、従業員は無過失として扱われるのが一般的かと思われます)。

> ガミガミ役とアース役との織り成す社会力学の模様の中から スサノヲ語を大切にしたいと暗黙のうちに言って 枡の縁をこぼれ出た人たちあるいは枡の均(なら)し棒で均されて押し出されてしまった人たち これを公正な科学的アマテラス語は どう捉えるのか?
 A 語と S 語とを総合しまとめ切った人間の言葉によって考え出された人間〔と社会と自然〕の科学は どうすれば実現しましょうか。

 一般には、憲法とは、為政者を縛るために存在すると言われています(通説)。
 つまり、憲法を盾にとり(必要ならば、新たな条文を追加することをも含めまして)、スサナオ市民がその権利を主張していく、もしくは、お二階様の権力の乱用を阻止していくとうのが一般的かと考えられます。例えば、25条1項では、主語は国民、そして、その権利を認めるのが為政者(国家)となります。2項では、主語が国家(為政者)となり、誰の権利かと言われますと、当然、国民となります。

 一方、単なる似非お二階様(ガミガミ役)の場合ですと、私人-私人関係となりますので、憲法の範囲外となるかと思われます。ですが、かような似非お二階様も結局は自分で自分の首を絞めていることがわかってくるかと思われます。以下に、新卒者の就職人気ランキングを載せております。

過去の就職人気企業ランキング(1976-2007)
http://rank.in.coocan.jp/shu30year.html
就職人気企業ランキング(2010)
http://www.rbbtoday.com/article/img/2010/03/10/66268/98048.html 

 約20年ほど前では、理系の場合、ソニー、NTT、日本電子等が上位を占めていましたが、今では、ソニーがかろうじて残っているぐらいでしょうか。ですがそのソニーも、リストラを断行しているようでございます。

“ソニーがリストラ計画を発表、全世界で1万6000人削減へ ”
http://eetimes.jp/article/22640 

 つまり、“明日は我が身”であることは自然と分かってくるように思ってはいるのですが…..

> Neutral様からも、ご意見が出ておりました、
 会社(準二階?)が、国(二階?)に 苦しいぢゃないか!一階さんとかいろいろ!
と訴えることができたとして、
 ピラミッドの一番上(終着駅?)の人は、どこに何をしゃべったらよいと思いますか。

 終着駅は、大臣級の人たちかと考えられますが、“我こそは”と なりたがっているのを見ますと、苦しさ よりも その権力の方が旨味があるのではないでしょうか。
 一方、天皇陛下の場合ですと、宮内庁がその役を担っているのでしょうが、しょせんは宮内庁長官も天下り集団ですので(下記をご参照くださいませ)、当の天皇陛下は確かに、言えない 状況下にあるかもしれません。

http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2009/12/post_1562.html 

 最後まで、お読みいただきまして、どうもありがとうございました。

 こんばんは、ご返答いただきまして、どうもありがとうございました。Hidocchiでございます。


> ☆ お二階さんの責任回避だともいうことですが この《自己責任》論は どうもけっきょく《しわよせ》理論であるに過ぎないようですね。

 ご賛同いただきまして、どうもありがとうございました。
 
・レイオフ:原則、従業員の責任は問われないと思われます。
・失業:求人倍率が低いため、誰かにしわ寄せが来ます。これは単に経済状況の問題であるため、一個人、さらには企業も含めまして、誰もが責任は問われ...続きを読む


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