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先日、青山しんじ監督のユリイカという映画を見ました。引きこもりの、少年、少女の兄弟がでてきます。映画みてたら、引きこもりの、根のふかさ。簡単に、ナワつけて学校に行かせる、そんなレベルの話しじゃないことがわかります。

引きこもりと、名をつけたマスコミに、憤りを感じます。引きこもりとは、目の前の可能性に目をつぶり、挑戦しないこと、戦わないこと、そういう風にとられる解釈が可能になります。はたして、挑戦してないのか、戦ってないのか?

脳には、いろいろな部分にわかれます。考える部分。感じる部分。爬虫類の部分。その中で、考える部分に重きを置くのが、現代です。そのことと、繋がりがあるとおもうます。

私は、引きこもりは、怠け者とは、思いません。治療の対象にするのも反対です

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A 回答 (16件中11~16件)

>ほんと、せちがらくて、殺風景で、しゃらくさくて、子供は引きこもり、政治家は、ばかばっか。

仕事は、言われたことだけを守って。アメリカの大学が日本に根ずきもしない。ほんと、風通し悪いね。

すいません、引用させていただきます。
引きこもりは、怠け者だと思います。組織に集団で引きこもるのも、一人で部屋に引きこもるのも、共に怠け者だと思います。やまごもりじゃぁないですからね。
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この回答へのお礼

引きこもりは、怠け者じゃないと、思います。これは、フィクションだけど、怠け者を、カバレロ君あなたとします。ごめんね。カバレロ君は、本来真面目過ぎる態度で、自由の刑と向き合います。ともかく何か行動を始めなければ、何か全身全霊を打ち込めるものをさがさなければ、と焦ってたよね。焦れば、焦るほど、自我のぬかるみにはまる。

そして、いつも自分の行動には自覚的で積極的に他人と関わり、世界とも関わろうとするカバレロは、傷だらけになり、打ひしがれ、敗北を重ね、他人に利用され、快活さを失い、世界を呪い始める。

そして、世界を呪ってるのも忘れ。自分の思考が正しいと錯角をし、偶然を排除し、変な歴史の教科書を作ったり、組織に集団で引きこもるのも、世界を呪ってるからかも知れません。

でも、あなたの言うとうり、甘えもあるよね。家で引きこもれる状況は、かなり恵まれてる。食事、家賃、ガス、電気。ボーっとしてる暇ないからね。
引きこもってる人環境変えれば、いいと思います。タイが、いいと思います。タイにいけば、ホッとするよ。いっちゃえば。

お礼日時:2001/04/15 09:23

ん~、誰だって、ひきこもりたい時ぐらいあるさ。


と思う。

恋人にふられたとき、近しい人を失ったとき。
失業したとき、病気のとき、辛い仕事が会社に待ってるとき、
テストが帰ってくるとき、面接のとき、合格発表のとき、
などなどなど。

病気とか、いじめとかに答えなんか求めなくても、そんなことは
いくらでもある。だから、やさしくしてあげましょう。
これすんごくわかる。たいへんわかる。痛いほどわかる。

でもね、人間は一人では生きられないけど、ひとりで生きようとしなきゃいけない生き物なんだ。

ひきこもってても生きていける状況にある人なんて、ほんの少しの恵まれた人だけなんだ。

「助けてあげたい。」これはわかる。
でも「助けちゃいけない。」のときだってあるんだ。

このことは君の言う通り病気だけではないんだけれど(病気の場合もあるかもしれない)
それよりもっと大きいのは社会問題のもつれなんじゃないかな?
ひきこもる彼や彼女の中に解けなくなってこんがらがったもつれがある。
それを知って、歩み寄ってあげる、一緒に沈んであげる、できることなら、
もつれをみつけてあげる。

でもね、他人ができるのはここまでなんだ。
もつれを認めてほどくのは彼や彼女の仕事なんだ。
自分がそのもつれを認めたり、引き受けたり、ほどいたりできるように
するためには、助けてばかりでもいられないんだ。
許したり、叱ったり、笑ったり、喜んだり、怒ったり、悲しんだり、
彼らに必要なそれらを、かたよりなく与えてあげること。

僕らにその他の何ができようか?
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この回答へのお礼

同感です。「助けちゃいけない。」のときだってある。これは、大事です。なんでも、いじくるのは、よくありません。ものごとを徹底的に放置したままでいられるような生活態度は最高の知性だと思います。

タイにいったとき、小津安二郎の映画をみたとき、ブラジルの音楽を聞く時に感じる、いきな感じ。テレビ、東京を散歩した時、jpopがコンビニからながれてくる時の、殺風景な感じ。

ほんと、せちがらくて、殺風景で、しゃらくさくて、子供は引きこもり、政治家は、ばかばっか。仕事は、言われたことだけを守って。アメリカの大学が日本に根ずきもしない。ほんと、風通し悪いね。

お礼日時:2001/04/13 00:18

 まったくの素人ですが私にもひとこと発言する自由をお許しください。



 ひきこもりは病気なのか個性なのか。一概には言えないと思います。外見からは同じに
見えることでも、その人によって、抱えている問題・背負ってきた境遇は、それこそ文字
どおり百人百様ではないでしょうか。ネガティブな逃避(または反抗)か、ポジティブな静養
(または模索)か、あるいはまったく違う何かか。個々の事例を見ずに議論することはまったく
できないと思います。

 passagen22さんの今までの質問や、そのお礼を読ませていただいておりますが、たいへんな
読書家で、深い文学的・哲学的な思索をなさっている方と想像しています。
社会的なものと文学的なもの、あるいは公的なものと私的なもの(こういう画一的な切り分け
はよくないし、社会が公で文学が私という訳でもないのですが)、それらは、ある意味では
いつも対立した緊張関係にありますし、またその緊張が社会や人生に意味や意義を与えて、
両者を生かしていると、私は考えます。

 私は三十代のはじめ、会社の課長職だったころ、一人の若い社員をクビにしたことがあり
ます。一ヶ月のうち半分以上遅刻し、何度注意しても直らなかったからです。彼の生い立ちや
境遇に起因する生活能力の未熟と思われましたが、私が彼に語った言葉は、あまりに一方的・
短絡的・企業論理的でした。今思うと胸が痛みます。もう少しなんとかしてやれなかったのか。
もう少しこころのある対処はできなかったのか。(ひきこもりの事例ではないですけれど)

 「会社は慈善事業団体ではない」これは企業の管理職がよく口にするセリフです。が、しかし
企業論理が悪でないことも、もちろんです。こういう厳しさがなければ、電車は動かないし、
現金引出機からお金は出ないし、スーパーの棚の商品は並ばないからです。その背後では、
何千人・何万人もの「ひきこもらない人」がきちんとルールどおりに仕事をしています。
(ただしかし、こういう「近代社会」が無条件に肯定されうるのかという、大問題もあります)
 「ひきこもる人の内面理由」と「社会を成り立たせるためのルール」、どちらかだけが一方的に、
正しいとか、尊重されるべきであるとか、そういうことはないと思います。かと言って折衷的
相対主義は、思考停止・問題放棄であると考えます。

 何でもそうですけど、客観化したり概念化したり、一般対処法を学問的なマニュアルにしたり、
そういうことの不毛・こころの喪失、それを感じずにいられません。生の人間・個々の人間が
抽象化され、殺されてしまい、個がかえりみられなくなるからです。

こういう「ひきこもり」などに対しては、それぞれの場所で、それぞれの当事者が(もちろん
本人も)学問的マニュアルなどに頼らず、また「弱者は守られるべきである」というような
固定観念なども持たずに、自分の頭と心で直接対峙するしかないのではないでしょうか。

 質問のしかたですが、文系学問のカテゴリではpassagen22さんのようなスタイルは容認されて
よいのではないでしょうか。私自身、「私はこう思うのですが皆さんはどう思われますか」という
問い方を何度もさせていただいております。また、抽象的で短い質問に対しては「背景を説明して
ください」とか「自分はどう考えるのか示してください」という補足要求がつくことが、少なか
らずあります。このOKWebがより内容の深い豊かな知識資産になるためにも、短問短答の
「正解を答えて終わり」という形式だけに限定すべきでないと考えます。

 質問の答えにほとんどなっていないですね。ごめんなさい。

この回答への補足

売れない人、不機嫌なひとには、ちかずきません。売れないのと、不機嫌は、伝染するので嫌いです。引きこもってる人の論理は、偶然がありません。やる前から、結果がわかってます。だるいじゃん。何のために?引きこもってる人は、不機嫌です。いやですよね、遅刻くりかえす人。遅刻して、居心地悪くないんですかね。それで、あなたが、居心地悪い。居心地悪く感じる事ができるのは、知性ですからね。

補足日時:2001/04/13 00:20
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この回答へのお礼

引きこもってる少年、少女、そして、どうしていいか分からない親達。殺風景。このあたりじゃ誰もが気にしちゃいない。誇りをなくした子供たちの目。引きこもってる子供の心を想像するだけで、せつないです。

子供達が、やわらかくて、あどけなくて、無垢な笑いに、つつまれますように。

お礼日時:2001/04/12 01:12

 や。

おひさでした。
 引きこもりね…。またぞろ、アレかもしれない。「近代の病」ってやつ。「狂気は近代になって発見され、隔離された」というフーコーの理屈と似たような構図で、「勤勉に労働する理性的近代人」という人間像から外れる人間を、ことさら鮮明に切り出してクローズアップし、「治療・矯正」の対象にするという流れの一環。
 その力学の目立つ部分を成しているのがマスコミであることはたしかだけど、それだけじゃないよ。「一方でそれを作り出しておいて、もう一方で病気と規定して診察台に乗せる」…近代社会のいつもの手口だもん。しかも「それ」を生み出す自身の構造には何らの反省も加えることなく、自分たちの「挑戦する、戦うルール」をただ押し付ける。それにしたがわないからと言って「挑戦してない、戦ってない」と決め付ける。いつもの手口だ。何も解決しない。マスコミはただ報じるだけ。「こんな人たちがいますよ、問題ですね、イヤですね」。そうして排除の論理を社会の中に再生産する。

 いろいろなケースがあるだろうけど、引きこもる彼らも彼らなりの仕方で「探している」んだと思う。「見つからない」のは彼らだけのせいじゃない。「探しにくい」時代のせいでもある。いちおう、オレは引きこもってはいないけど、でも「オレは知ってるぜ、オレは見つけてるぜ」と自信を持っては言えない。言える人がどれくらいいるのか。いや…「時代のせい」だけでもないかも。もともと、人間というやつは「見つけにくい」世界に投げ込まれているのかも。だとしたら、「引きこもり」も一つの人間の姿、真の姿の一つと言えるかもしれない。

    *

 さて…質問履歴が見られなくなったことの弊害がちょっとここに出ている気もする。でも、passagenくん、叩かれ慣れてるから大丈夫だよね。
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この回答へのお礼

彼のリゾームはこわされ、彼の地図はよごされ、その地図は、位置は、正され、あらゆる出口は塞がれて、ついに彼は、自分自身の恥辱と罪悪感を望むにいたり、彼のうちに恥辱と罪悪感、<恐怖症>が根を生やす。「彼に対して建物のリゾーム、街路のリゾームが封鎖され、フロイト先生に金縛りにされる。

大地に忠実であれ。そして地上を超えた希望などを説く者に信用を置くな。かれらは、生命の軽蔑者だ。

地上を超えた希望。身体の軽蔑者。

いまやもっとも恐るべきことは、大地を冒涜することだ。さだめることのできない者を設定し、そのえたいのしれぬ臓器を大地の意義以上に高く崇めることだ。

大地を冒涜し、地上を超えた希望が、蔓延してる、現代。生命の軽蔑者が、ルサンチマン抱え込んで、引きこもりに、同情し、励まし、地上を超えた希望を説く。このことが、本質なら、根はふかいです。

お礼日時:2001/04/12 01:48

引きこもりは社会問題です。

それを「哲学」のカテゴリーとして考える方には、私の意見は外れているかもしれません。
また、脳のはたらき、という「生理学」に踏み込んだ質問にも答えられません。

私は「社会学」および「心理学」という面から、この質問に取り組むことにしました。

日本には「出る杭は打たれる」という文化があります。打たれてへこまされたまま、立ち直るのに時間がかかる人が最近は特に多いのです。
打たれ弱いので、何か運動(労働にしても何にしても責任を伴うこと)をおこすことができないのです。「打たれるのが怖い」からでしょう。
働かない・学校へ行かない→これは(引きこもりに限らず)昔から怠け者だと言われています。ですから、こういう症状が出た場合は怠け者と言われても仕方がないと思います。

でも、打たれ弱いままでいいのでしょうか。本人がいいと言っても、それを支えていかなくてはならない社会にとっては深刻な問題です。だから、社会としては治療を要求しているのです。

passagen22さんの主張で、こちらとしてわからないのは、
・引きこもり、の命名はマスコミなのですか? 精神分析者の命名かと思っていましたが。マスコミはそれを広めたのでは。
・現代が脳の考える部分に重きをおく時代というのもわかりません。この話の流れで突然脳の話が入ってくることで、論点が不明瞭になっています。補足説明があればお願いします。
・「私は~思いません。治療の~反対です」は、前の人もおっしゃる通り、ご自分の意見をお持ちということですね。では、なぜ質問されたのでしょうか。推察するに、passagen22さんはご自分の意見に自信がないのではないでしょうか。そこで同調者を求めていらっしゃる。誰でも反対されるよりは賛成してもらう方が心地いいものです。どこか賛成を求めた文章なので、これは自己弁護ではないかと私は推理しました。つまり、「passagen22さん自身が引きこもりの症状を持っており、怠け者と言われるのが怖く、治療などされたくない」ということです。

これを見て御立腹になるかもしれません。しかし、私は率直にそう思いましたので書かせてもらいましたし、お怒りになるのならば、それが図星である可能性もあるということだけは一言申し添えておきます。
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この回答へのお礼

脳の話しが、突然出てきてすいません。ある日ぼーとテレビを見てたら、南方熊楠の伝記をやってました。ある学者が、熊楠は、言語の脳じゃなくて、爬虫類の脳でも感じるんだ。とデマカセをいってました。爬虫類の脳は、メタファーで、別に無意識といってもいいし、丸山圭三郎の身分けといってもかまいません。

あなたの言う通り、打たれ弱くて、「打たれるのが怖い」打たれ弱いままだと、社会にとっては深刻な問題で。だから、社会としては治療を要求しているのです。そのことも、引きこもりの人は、よくわかっていると思います。でも無意識が拒否をする。爬虫類の脳が、居心地の悪さをしめす。人間は、ファミコンじゃありません。Aボタン押しても、ジャンプしませんし、Bボタンおしても、ダッシュしません。こいつ、使えねーなと言われても、そんな事する必要はないと思います。

お礼日時:2001/04/12 02:19

質問されているのですか?


回答は既に御自分でされているようですが。
討論の場ではないので、主張なさりたいのでしたら、
引きこもりに関する掲示板などを探されるのをお勧めします。
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