社会主義は人類の理想と・・・謳い上げた往年の元気はどこへやら。
彼らは何をしくじったのか?しくじったのは本当に彼らなのか?

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A 回答 (2件)

0)「進歩的知識人」なる概念:



そもそも「進歩的知識人」とは具体的に誰(複数)を指しているのでしょうか?
外部の人間が「進歩的知識人」なるレッテルを貼ることはあっても自ら「進歩的知識人」を名乗る人はいなかったはずです。

世間で「進歩的知識人」なるレッテルを貼られることが多かったのは、

a)「岩波文化人」などと呼ばれ、雑誌「世界」などでの発言の機会が多かった。
b)左翼というより、マルクス思想や左翼運動に対する共感を隠さなかった。
c)戦前の軍国主義を否定し、戦後民主主義を肯定的に捉える。
d)大学でマルクス経済学の講座を持ったりする。

学者・文化人ではなかったでしょうか?

彼らの中の一部は「社会主義者」といってもよかったのですが、pikittoさんに問いたいのは、「社会主義は人類の理想」などと言っている人なんて存在したんですか?と言うことです。pikittoさんの知識がどの程度か分かりませが、私は、pikittoさんの幻想、または偏見だと思います。

勿論そういう主旨の発言をする知識人がいたかも知れません。しかし、所謂マルクス主義者とか、それに近い人は一人もいなかったはずです。詳細な検証なしに何故それが言えるか?答えは簡単です。マルクス(・レーニン)主義者にとって、社会主義とは共産主義に至る過渡的な存在で、理想ではありえないからです。英国のフェビアン主義を源流とする、英国労働党、マルクス主義とは戦後決別したドイツ社民党など西欧の「社会主義者」は、マルクス主義者ではなく、日本の知識人でその流れを汲む者はいたにせよ少数派でした。今も「社会主義インターナショナル」なる国際的組織が残っています。彼らは今でも堂々と「Socialist」を名乗っているはずです。

1)「進歩的知識人」の問題:

前提として、西欧流の「社会民主主義者」ではなく、「岩波文化人」的な人達を想定します。彼らは必ずしも、およそ「社会主義者」とは呼べない人達でしたが、知識としてはマルクス思想に通じていることが多かったようです。

口先では、えらく進歩的なこと、労働者や女性に同情的なこと、米国の横暴に異議を唱えることが多かったですが、机上論、建前論が多く、(国際)政治や経済という現実問題を前には殆ど無力だったのです。経済学なんてその典型です。70年代ころまで、日本の最高学府東大・京大などの経済学部では「マル経」が主流でした。はっきり言って「資本論解釈学」と言ってもいいでしょう。(私はどちらの大学出身でもない)
だから、東大経済学部を出ても、現実の経済問題やら、経営にはあまり役に立たなかったと言われています。無論どちらにも「近代経済学」やら「経営学」の講座はあったので、まるで無駄というわけではなかったでしょうが..。

東大経済学部で「資本論」を学び、全く独創的な発想を展開した、「堺屋太一」のような傑物も存在するには存在します。しかし、彼はどう見ても「進歩的知識人」ではありません。個人的には好きなんだが、経企庁長官としては期待外れでした。

2)環境の変化:

言わばこうした、無能さ、無力さが、所謂「右派知識人」の台頭を招く一要素になったことは否定できないでしょう。ある意味で「進歩的文化人」を攻撃する「右派知識人」の方が新鮮で固定観念にとらわれていなかったからです。「右派知識人」も「右派」のレッテルが剥がされていまや、かつての「進歩的文化人」と同じような立場、言論界の主流を占めるに至りました。

「進歩的文化人」が活躍していた頃、日本はまだ貧しく、高度成長期の只中、しかも戦争体験者も多く、彼らの発言は、常識的な意見として素直に受け入れられていました。しかし、戦争体験者が減り、日本が繁栄を極めると、ある意味でのナショナリズムが素直に受け要られれる素地が出来ました。「Japan as Number-1」なるエズラ・ボーゲル氏の言葉がもてはやされました。大衆にとっては心地よい響きだったに違いありません。
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この回答へのお礼

返信感謝致します。

>外部の人間が「進歩的知識人」なるレッテルを貼ることはあっても自ら「進歩的知識人」を名乗る人はいなかったはずです。

ホントかね?じゃあ僕が知ってるあの人たちはいなかったのかね?

>pikittoさんの知識がどの程度か分かりませが、私は、pikittoさんの幻想、または偏見だと思います。

僕に知識なんてありゃしないよ。
でも「彼らの一部は・・・よかった」っていったのは君だよ。

>・・・彼らは今でも堂々と「Socialist」を名乗っているはずです。

僕だって誰がどんな人生観で生きていようと全然かまやしないさ。
でもさっき君はそんなのいないっていったじゃないか!

お礼日時:2001/04/14 20:24

彼らは何をしくじったのか?



「一般論を論じるときに、自分自身を入れ込んで考える、というとても困難な作業の遂行」をしくじった.

この困難な作業の遂行に成功すれば、すなわち、自分を正当に振り返れば、自分自身が常に理想どおりには動くわけでない、という厳しい認識に行き当たる.

自分自身が常に理想どおりに動くわけでない、という視点は、人間は常に理想どおりには動くわけではない、という認識にいたる.

理想的な一般論を構築する際に、常に自分自身を入れ込んで考える、という視点が欠落していた.

この回答への補足

返信どうもありがとう。

>「一般論を論じるときに、自分自身を入れ込んで考える、というとても困難な作業の遂行」をしくじった.

そう。彼らの一般論には自身の影がまるでないね。
「思想」とは「主張」なのだからその背後にチョロチョロしている誰かとはすなわち自分であるはずだ。
しかしね・・・だからこそ人は自分自身を入れ込んで「一般論」など語ることは出来ないのだよ。

>この困難な作業の遂行に成功すれば、すなわち、自分を正当に振り返れば、自分自身が常に理想どおりには動くわけでない、という厳しい認識に行き当たる.

ほう。自分自身が理想通りに動けないとは如何なることか。
「自身が理想どおりに動かない」と認識することは、他でもない、自身の理想を語っているとは思わないかい?

補足日時:2001/04/14 20:06
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Q英語は誰にでもできるって幻想じゃないのですか?

質問どおりです。
英語を塾や学校で教えている人は除きますが、英語が得意で最初から学校時代に受けたテストやTOEICなどで高得点を取れていた人はこの質問を見ないでください。それはこれから書く文章が英語が得意な人にとっては分かるはずのない私の体験談であるからです。
学校で教えられたとおり、単語をいっぱい覚えて、文法も覚えて、音読やリスニングもしました。
でも、周りの人と同じように、いやそれ以上に勉強しているのに、塾ではいつも出来が一番悪くて、偏差値は最高で39でした。
英語は誰にでもできるとか言っている人がいますが、なぜそう言い切れるのでしょうか?
http://service.mcafee.com/FAQDocument.aspx?lc=10 …
とあるPCのトラブルで、上記のURLから英語で書かれた文章を読まなくてはいけないのですが、最初の方に書かれている文「McAfee Anti-Theft service prevents unauthorized use by locking your computer. Until the computer is unlocked, it cannot be used. 」からもう読めません。
英語が誰にでもできるのって幻想じゃないのですか?できるとしたらなぜそう言い切れるのでしょうか。
全く英語が苦手な人が、大学入試の英語の偏差値が70以上いって、TOEICで900以上取ってきて、英語の曲の歌詞の意味も分かるようになったという話は聞いたことがないのですが。

質問どおりです。
英語を塾や学校で教えている人は除きますが、英語が得意で最初から学校時代に受けたテストやTOEICなどで高得点を取れていた人はこの質問を見ないでください。それはこれから書く文章が英語が得意な人にとっては分かるはずのない私の体験談であるからです。
学校で教えられたとおり、単語をいっぱい覚えて、文法も覚えて、音読やリスニングもしました。
でも、周りの人と同じように、いやそれ以上に勉強しているのに、塾ではいつも出来が一番悪くて、偏差値は最高で39でした。
英語は誰にでもで...続きを読む

Aベストアンサー

英語が誰にでもできるのかと問われれば、もちろんそんなワケ御座いませんと答える他ないのですが、
コトの本質は、はたして質問者さんはそれでも英語を習得したい、あるいは事情があって上達する必要性を感じていらっしゃるということでしょうか?

そうであれば、ご自身が英語に関して興味を持てる事柄を見出し、狭くても良いのでその事柄だけに集中して理解に努めてみて下さい。たくさん辞書を引いて、解らない点は納得のいくまで質問を繰り返してみて下さい。英語を文脈で理解できた、という実績を積み重ねてみて下さい。『単語をいっぱい覚えて、文法も覚えて、音読やリスニングも』やった経験を、私は無駄だとは思いません。その時はパーツとしてしか認識できなかった事でも、全体像がぼんやりとでも見えてきたら、後から意味を成すことは多々あります。

ところで『英語が得意/苦手な人』を、『言語習得に向き/不向きな人格』と言い換えた上で、私は言語習得に向いている人格を『自分の頭でモノを考え、己の意見を理論的に述べることを当たり前にできていること』と定義します。

その意味で、例えば ANo.5 と ANo.6 の回答者の方たちは学校教育での英語は成績不調だったものの、ある時点で『英語はできた方が人生有利だ』と考え(←ここは推測ですが)、それぞれ自身に合った英語の習得法を自分で模索し努力した結果、成功された典型例かもしれません。それに、共通項として、日本語でもご自身の考えを言語化する事に長けておられますよね。

ヒトは言葉を使って思考します。ですから、まずは母語である日本語で自身の感情を明確に言語化するトレーニングを日常で行うのも有効かと存じます。

末尾に代えて:
Multilingualism is a trained skill, and only the ones who've tried hard enough are entitled to enjoy the privilege of linguistic advantage :))
  より単純に
The harder you try, the luckier you get!

以上、ご健闘お祈りいたします。

英語が誰にでもできるのかと問われれば、もちろんそんなワケ御座いませんと答える他ないのですが、
コトの本質は、はたして質問者さんはそれでも英語を習得したい、あるいは事情があって上達する必要性を感じていらっしゃるということでしょうか?

そうであれば、ご自身が英語に関して興味を持てる事柄を見出し、狭くても良いのでその事柄だけに集中して理解に努めてみて下さい。たくさん辞書を引いて、解らない点は納得のいくまで質問を繰り返してみて下さい。英語を文脈で理解できた、という実績を積み重ねてみ...続きを読む

Q本当に戦争放棄は人類の理想でしょうか?現在の人類が有るのは戦争のおかげとも言えるのではないでしょうか

本当に戦争放棄は人類の理想でしょうか?現在の人類が有るのは戦争のおかげとも言えるのではないでしょうか?

戦争が無ければ、人類は怠惰になり、ゴリラやチンパンジーとさして変わらない生活を送っていたのではないでしょうか?

確かに平和で良いかもしれませんが、それが、人類の理想でしょうか?

Aベストアンサー

確かに、そういう面は否定できません。

次のような言い方をする人もいます。

原始以来、人は常に競い合い、凌ぎ合い、いのちを賭けて戦った。
その闘争本能と生存本能のせめぎあいの中で、人は知能を磨き
力を養い、心と体を鍛え、一面で道徳律を築き上げた。

カントも次のように言っています。

戦争は、国民に数多の困難を与えながらも、それを乗り越えて戦い抜く
ことで、国民を崇高な存在にできる。
平和は、商人気質を旺盛にするが、卑しい利己心、怯儒や臆病の風を
はびこらせ、国民の心意を低劣にする




確かに平和で良いかもしれませんが、それが、人類の理想でしょうか?
   ↑
戦争が無かったら、人類はここまで繁栄しなかった
でしょうね。
ネットだって軍事技術でした。

殺し合いをしながら繁栄の道を選ぶか、
平和に浸って、衰退滅亡の未知を歩むか。

戦争を肯定するなんてタブーになっていますから
まともな議論も行われてきませんでした。

Q【英語】英語の故事の「Slow and steady wins the race.」は誰の言葉でどう

【英語】英語の故事の「Slow and steady wins the race.」は誰の言葉でどういう意味ですか?

Aベストアンサー

急がば回れ
語源は宗長の歌

Q彼らは完全であった、彼らは完璧であった

 
彼らは完全かつ完璧に漬かっていた。
ブータン、GNH(Gross National Happiness)の国、国民総幸福量の国。
マニ車の国。
真の幸福とは何か。
ブータン的であるべきか、あらざるべきか。
いずれであろーか。
 

Aベストアンサー

#3の者です。
ブータンの道路は、東西に1本通っているメインロードと、そこか
ら派生した枝道だけで、国民の主要な部分は、道路から何日も
離れた山奥で、貨幣経済とは隔離されて、自給自足の生活を
している。
ブータン人の9割が自給自足の農民だし、残りの1割のお坊さん
と軍人、官僚・政治家も、実家は農家で、食料は送ってもらえる。
日本人は一生かかってやっと建てられる自宅も、彼らは農閑期
に互いに古いものから改築し合っている。

#3に添付した画像は、ブータンで僕が2年半過ごした東部の
主要な集落カンルンのメインストリートであるが、そこから職場
への通勤路の様子は下の画像のようで、毎朝、標高差600mを
1時間かけて登っていた(子供達は逆に町の学校に向かって
この道を降りて来た)。
先の「メインストリート」にある店舗は、インド製の埃のかぶった
雑貨を売っている雑貨屋が2軒、食堂が1軒あるだけで、皆ん
なが農家なので八百屋・米屋がない。
通勤路の周りは畑なので、途中で「この野菜を売って下さい」
と言っても強硬にお金を受け取らず、必ずタダでくれるばかりか、
『この人は食料に困っているのだろう』と考えたのか、家に招い
てくれてたびたび食事をごちそうになった。
彼らにとって、お金とは雑貨屋でラジオの電池を買うぐらいの
用途しかなく(衣食住とも自給自足だから)、人と人とのつながり
(地域コミュニティの助け合い)の方が「財産」なのだ。
貨幣経済の浸透していない所に暮してみて、「お金」という物が
いかに人の意識を歪めるか痛感した。
地方に暮した私にとって、「貧富の格差」とは、田んぼを耕す力
がなく、周りに助けられる事でしかない。

都市部での貧富の格差とは、首都に集まった一部の人、それも
インドから流入したネパール系住民の話であろう。
確かに、自給自足経済ゆえに数値上に表れる所得や失業率は、
貨幣経済をベースとした先進国から見ると、貧困であったり格差も
表れよう。
確かに、漏れ聞く今回の政権交代の一因は、就職先が少なくて
(自給自足だから)首都のストリートにたむろしている若者の不満
もあっただろうが、基本的に今回の政権交代の原因は、調和党が
国境の安定のためにとった親中国政策を、ブータンの後ろ盾の
インド政府が不満に思い、供給しているプロパンガスの値段を
倍に上げたので庶民の不満がつのったため、と聞いている。
もちろん、首都への人口集中による歪みは避けがたく、問題は
生じるであろうが、それはブータンの主要な社会をなしている
自給自足社会=伝統文化=地域コミュニティの助け合いを
ベースにした「GNH」政策自体が招いたものではない。

両方に暮してみて、日本人の「私達は豊かになったので、幸せな
はずだ」という思い込みが、いかに虚しいものか実感している。
拝金主義に毒されて、ブータンと同じだった労働集約的なジャポ
ニカ米稲作農耕文化の協調性が、地域コミュニティの希薄化、
核家族化と共働きによる家庭教育の劣化、学校教育の詰め込み
&点取り競争への過度の依存によって自己チュー化し、目先の
損得と周りの人との競合に追われ、決してブータンより幸せとは
言えない。
我々は、豊かさによる幸せを目指して千年、いつから助け合い
としての社会の本質を見失い、ギスギスした競合と遊ぶヒマも
ないほど働いてやっと得た小さな財産による『幸せに違いない』
という虚構に我慢させられるようになったのか?

#3の者です。
ブータンの道路は、東西に1本通っているメインロードと、そこか
ら派生した枝道だけで、国民の主要な部分は、道路から何日も
離れた山奥で、貨幣経済とは隔離されて、自給自足の生活を
している。
ブータン人の9割が自給自足の農民だし、残りの1割のお坊さん
と軍人、官僚・政治家も、実家は農家で、食料は送ってもらえる。
日本人は一生かかってやっと建てられる自宅も、彼らは農閑期
に互いに古いものから改築し合っている。

#3に添付した画像は、ブータンで僕が2年半過ごした東部の
主要な集...続きを読む

Q未来は今日ほど重要ではないという名言は誰の言葉ですか? 英語にするとどう表現にされているのかも教え

未来は今日ほど重要ではないという名言は誰の言葉ですか?

英語にするとどう表現にされているのかも教えてください。

Aベストアンサー

誰の名言かは知りませんが、英語にすると以下の通りです。
Tomorrow is not as important as today.

Q資本主義、共産主義、次は何主義?

資本主義も共産主義も問題が多いです。もっと良い主義はないのでしょうか?

考えたことありませんか?

資本主義も修正し共産主義も修正し人口爆発、資源の争奪戦をやてますが

何か・・・ボランティア主義?世界宗教?の様な 新しい思想はないものでしょうか?

僕は存在性思想を掲げましたが 桜咲かず 梅咲かず

何か良い主義ありませんか?

ちなみに当方病人のため、要点を教えて下さると有難いですm(_ _)m

Aベストアンサー

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。
あくまで控え目で謙虚に、そして、宿主さまへの感謝の念を忘れない。

実際の人間⇔サナダムシの関係は宿主⇔寄生虫の固定的な関係ですけれども、
人間社会においては、時に、宿主がサナダムシになり、サナダムシが宿主になったりと、その都度、その役割を変えますがね。宿主とサナダムシの役割は流動的であり、同時に流動的でなければならない。固定的になってはいけない。


ちなみに、西洋の海に住むサナダムシは凶暴で宿主から栄養を一方的に搾取して宿主を劇ヤセさせたり、宿主に様々な健康障害をもたらします。
西洋のものは、思想、原理・原則だけではなく、サナダムシまで凶暴なんですよ。
Win-Winの関係を目指したりしない。
そこにあるのは一方的な搾取であり、相手を根絶やしてまでも自身の利益や正義(?)のみを追求しようとする貪欲で非情な論理。

共存共栄を願う、win-winのを目指すサナダムシイズムでしょうか。

日本周辺の海に住み、最終宿主が人間であるサナダムシは、
宿主さまから栄養のお余りをいただく代わりに、
宿主さまがガンやアレルギーなどにならないような化学物質を作り、ひそかに宿主さまの健康を守っていた。陰ながら健康に貢献させていただいていた。
宿主さまに死なれると自分もともに死ななければならないので、長い進化の過程でこのようなwin-winの関係が構築された。

このサナダムシの活動を見倣おうというのがサナダムシイズムです。...続きを読む

Qすいません。誰か私にかっこいい英語などでいいニックネームを考えてください!全然思いつかないので、あま

すいません。誰か私にかっこいい英語などでいいニックネームを考えてください!全然思いつかないので、あまりパクリなどではないのでお願いします。英語の場合は、意味などもお願いします。ちなみに名前は、カエデです。

Aベストアンサー

mapleメイプル(かえで)
一択でしょう。
かっこよくないですか
なら、
mad maple(マッドメイプル、狂楓)
mad bull(マッドブル、狂雄牛)
mad slaughter(スローター、狂殺戮)

Q資本主義の次は○○主義、って当分資本主義でしょ!?

若手論客の方々の対談を聴く機会があって、頭の良い方々の議論を聴くのは刺激があってそれはそれですごく楽しいのですが、自分なりに色々疑問とか違和感も湧きました。

地域地域の共同体が崩れて、これから新しい共同体の形を模索できないだろうか、国家と個人の間に入る、理想的な中間共同体は無いだろうか…というような議論があって、1人の方は、ネット上で同じ趣味の人同士がつながって趣味共同体みたいなのができればそれでいいんじゃないか~みたいなことを言っていました。

またもう1人の方は、人間生活の元々の形態は農業だから、農業社会の再生を~みたいなことを言う人がいるが、難しいんじゃないか~とか、人間の歴史は○○年代まで農業社会で○○年代まで企業社会でそれもだんだん崩れてきて~みたいなことを言っていました。

やっぱり評論家みたいな人たちってこういう議論が好きなんだな~と思いながら聞いていたのですが、やっぱり違和感がありました。

ネット上で多くの人がつながれる、というイメージ自体は私も好きですが、それとは別の話で、現実の社会の大多数は、いまだに企業共同体、しかないと思うのです。

今までの時代は企業のつながり、お金のつながりを通してしか、人は徒党を組めなかったけど今からは違う~みたいなことを言っておられたのですが、実際そうかな…確かにネット等を通じて、新しいコミュニティみたいなものが少し芽生え始めているかもしれませんが、実際大多数の人は、学校を卒業したらもう企業の社会に絡めとられてしまっている、と思うんですね。

これは高度成長期、バブル前後、から、別に今もそんなに変わっていないと思うんです。

なんとなくバブルが崩壊してから何年もたって、ネットが登場して、リーマンショックでアメリカの凋落とか言われたり世の中が大変化しつつあるような印象がありますが、世の中の大多数の人は依然「資本主義」の論理の中で生きていて、組織の有無を言わさぬ圧力のもとで忙殺に近い生活を強いられている人が大半じゃないか、と思うんです。資本主義の次は○○主義だ、とか、農業社会、企業社会の次は○○社会だ、みたいな言い方をする人がいるようですが、資本主義も企業社会も全然終わっていないと思うんですね。

そういう感覚が、頭が良いはずの評論家、学者の方はもしかしたらちょっと分かっていないんじゃないかな~と思いました。

トヨタもそろそろ倒産するかもしれない、とか、日立の明日も危ないとか、そういう話、あり得ませんよね?

ですから、こういう言い方をすると共産主義の人ですね、と言われて終わりそうですが、言論で仕事をされる方に望みたいのは、いかに資本主義、企業の圧力から人々を解放するか、そしてそれ以外の共同体とか、BIなり、企業以外で生活を建てる方法がないか、そういうことを具体的に考えて欲しいんですね。

人間一人ひとり、ここの議論みたいにもっと社会はこうあるべき?とか、もっとこういうサービスを作るべきじゃない?とか、若い人でも本当は色々考えられるはずなのに、企業に入ったとたん、大抵の人は考える余裕を奪われていると思います。企業の価値観、あり方に全身染まることを要求されるのです。そういう意味でも、マルクスの時代から100何年たった今でも、資本主義、企業社会は依然問題を多く孕んでいると思います。

そういう議論、必要だと思いませんか?

若手論客の方々の対談を聴く機会があって、頭の良い方々の議論を聴くのは刺激があってそれはそれですごく楽しいのですが、自分なりに色々疑問とか違和感も湧きました。

地域地域の共同体が崩れて、これから新しい共同体の形を模索できないだろうか、国家と個人の間に入る、理想的な中間共同体は無いだろうか…というような議論があって、1人の方は、ネット上で同じ趣味の人同士がつながって趣味共同体みたいなのができればそれでいいんじゃないか~みたいなことを言っていました。

またもう1人の方は、人間生活...続きを読む

Aベストアンサー

僕が思想を始めた'70年代は、まだ学生運動の余熱が残っており、
それが次第に市民と遊離した過激派として追いやられ、消えて、
その後に三無主義(無気力・無関心・無責任)と呼ばれる波が
来ました。
それでは、その「三無主義の波」は去ったかというと、そのまま
時代の基調になって、今に至ります。

「いや無気力・無関心じゃない」と言われる人もいるでしょう。
しかしこの『無気力・無関心・無責任』というのは、自分の利益や
自分の仕事についての話ではなく、社会的な事についてなのだ。
要するにそれまでは、『社会は個人の意志で変えられる』という
通念があり、実際に学生に限らず社会人もデモやストライキで
大なり小なり世の中を動かした時代があったのだ。
しかし、次第に体制の締め付けと国民の軽薄化が功を奏し、
“親方日の丸”で国政は腹黒い政治家と官僚に任せっぱなしに
なりつつある中、その閉塞感への若い力の最後の抵抗が'70年
代の学生運動の騒乱であったのだ(そして敗れて三無主義)。

今、「哲学」ならまだしも、社会体制的なことに関わる「思想」的
だと思われる事を口にすれば、その内容の如何を問わず周りの
人から危険人物認定され、出版やネット発信が過ぎれば当局
のブラックリストに載る。
この、独裁者なきファシズム国家は、容易に変革できない(叩く
べき頭のない)粘着質の構造をつくり上げたのだ(抵抗できず
海外に逃げた派の私のような人間にも責任がある)。
これを動かすには、何か学術的な権威において証明するとか、
パブリックなブームに乗せるとかして、一気に数を集めないと、
隅っこで議論しても潰されるだけです。

僕が思想を始めた'70年代は、まだ学生運動の余熱が残っており、
それが次第に市民と遊離した過激派として追いやられ、消えて、
その後に三無主義(無気力・無関心・無責任)と呼ばれる波が
来ました。
それでは、その「三無主義の波」は去ったかというと、そのまま
時代の基調になって、今に至ります。

「いや無気力・無関心じゃない」と言われる人もいるでしょう。
しかしこの『無気力・無関心・無責任』というのは、自分の利益や
自分の仕事についての話ではなく、社会的な事についてなのだ。
要するにそれまで...続きを読む

Q日本で1番初めに通訳した人って誰なんですか? 参考書や塾などが充実している今の時代でも英語を完璧に理

日本で1番初めに通訳した人って誰なんですか?
参考書や塾などが充実している今の時代でも英語を完璧に理解している人は少ないのにそれらが全くない時代に英語を究めるなんて天才ですよね。

Aベストアンサー

質問者は英語と言う狭い範囲だけの話ですか?、

ポルトガルの舟が種子島へ着いたときはどうしたんでしょうね?、

ペリーが浦賀へ着いたときも、
役人が乗る伝馬船へ多少なりとも外国語が理解できる人間が同乗して「アイキャンスピークダッチ(オランダ語です)」と呼びかけたと言う話も有ります、
当時の日本はオランダ語が最先端です、

ペリーの後で実際に訪れた外交団と日本語と英語のやり取りを実際に取り仕切ったのは、
幕府方エゲレス通司のジョン万次郎、

此れがはしりの通訳なんですかね?、

彼はしがない漁師の倅だったようですが、アメリカで保護されてた間に手書きの英和辞書を造ってます、
才能も十分だったのでしょうが、中の一つの言葉が今も記録に残ってるようですね、
「Water」、
我々は必ずウォーターが正しい発音と習います、
しかしながら、彼の辞書では「ワータ」と記載されてます、
彼が耳で聞き及んだ音で書き込まれてます、

英語だからと構えたり萎縮しなければ結構身振り手振りでも通用するのかも知れませんね、

質問者は見た事が無いかも知れませんが、
かつての東京五輪の記録映画のマラソンで外国選手が消耗しきって水を現地語で要求するんですね、手で水を飲む様子を周りへ伝えると沿道の民家の女将さんが茶瓶に水を入れて湯飲みと一緒に持ち出してきて与える場面が有りました、

案外こんな事で意思の疎通は其れまででも有ったのかも知れませんね。

質問者は英語と言う狭い範囲だけの話ですか?、

ポルトガルの舟が種子島へ着いたときはどうしたんでしょうね?、

ペリーが浦賀へ着いたときも、
役人が乗る伝馬船へ多少なりとも外国語が理解できる人間が同乗して「アイキャンスピークダッチ(オランダ語です)」と呼びかけたと言う話も有ります、
当時の日本はオランダ語が最先端です、

ペリーの後で実際に訪れた外交団と日本語と英語のやり取りを実際に取り仕切ったのは、
幕府方エゲレス通司のジョン万次郎、

此れがはしりの通訳なんですかね?、

彼はしが...続きを読む

Q理想主義的な考え方に対する反論

他人が至らないと思う心。そして、それを許しつつも自らはこうあるべきだと思う心。

この臭くて、高い鼻をどうやってへし折るか。

ご教授願います。

Aベストアンサー

No.3です。

なるほど、ご自身でしたか。

>他人が至らないと思う心。そして、それを許しつつも自らはこうあるべきだと思う心。
これを「心象」といいます。
多くの人は、これを主体とし自身だと思っています。

この心象を客体とし、無である(純粋な理性・主体)自身で客体の自身を見つめなおし
これまでの思いを現象として表す時(言動など)に、主体の思うがままに表現して下さい。
その主体が思ったことが「心証」と言います。

それで理想の高さの鼻になるでしょう。

哲学カテらしい回答ができて、ちょっと嬉しかったです♪


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